第65話 水かけ祭り

 船は、マリーナル領の港に戻ると、そのまま運河を進み、市場まで移動する。


 そのまま、市場は大騒ぎになった。

 当然である、伝説の人魚が船に引率され運河を泳いでいるのだから。


 そして、陸揚げされた獲物は、大量の魔物と巨大なクラーケン。

 注目を集めない訳がない。


 まずは他の漁師や市場に集まっていた人々が。

 続いて騒ぎを聞きつけた衛兵が。

 そして、領主家の主要人物も呼ばれた。



「ミリアーヌ様、何事ですか?」

 騒ぎの中心に知り合いを見つけ、飛んできたのは領主夫妻と娘のグレイシーだ。


「うん、岩場の調査に行ってたのだけど、いろいろとあってね。説明するわ。

 ただその前に、この場の騒ぎを何とかしないとね……」


 ミリアの声に、領主夫妻が協力を申し出る。

 直ちに市場の個室が準備され、人魚たちを招き入れると、騒ぎは収まった。

 こういった時に、領主の権力はさすがだ。



 セイレンと他の人魚も、人の姿になっている。

 活気に溢れる人の世界は数百年ぶりだそうだ。

 驚きながらも、楽しそうな表情をしている。


(伝説になるような魔物って、みんな人の姿になれるのかしらね?

 もしかしたら普通に街中で暮らしてたりもするのかなぁ……?

 それに、とても友好的だわ!)


 出会ったのは『蛇女』と『人魚』と言う2種族だけではあるが、どちらとも上手く一緒に暮らせそうで、ルリは安心していた。

 そして、魔物と人が分かり合う事も可能なのではないかなどと、考えていた。



「ルリ? ボーっとしてどうしたの?」


「ううん、人魚さん達がいい人で良かったなって……」


 メアリーが心配して声を掛ける。

 そこで、会話の流れとして、人魚と仲良く暮らす方法を模索できないか振ってみる事にした。



「人魚の皆さん、マリーナル侯爵様、ご提案があります。人魚とヒト族が一緒に仲良く出来るように、何か約束事を作りませんか?」


「そうだな、マリーナル領は、人魚の皆さんを歓迎しますよ。ヒト族との友好的な関係を希望したい」


 ルリの提案に、マリーナル侯爵も乗ってくれた。

 人魚は、性格なのだろうか? みんな我関せずという様子で、楽しそうに食事を待っている。


「ほれセイレン、何か答えたらどうじゃ」

 気を使ったのか、ラミアが、相変わらずツンとした表情のセイレンに返事を促してくれた。


「いいわよ、好きにすれば」

 何ともつれない返答ではあるのだが、他の人魚も笑顔で頷いた事から、友好的に暮らす方向で話を進める事になる。


(この場は、お互いに話が出来るようになれば、それで十分かしらね。

 細かい事は侯爵様に丸投げにしちゃいましょう!)


 話の主導権を侯爵に渡し、最低限の取り決めだけ行ってもらう。

 お互いに襲わない事、人魚が領都で暮らせるように環境を整える事など、細部後回しで大筋のルールが決まった。




 そうしている内に、料理の準備が出来たようだ。

 小鉢や造りの盛り合わせなどがテーブルに並び始めた。


「では、話は後にして、食事をいただきましょう!

 人魚の皆様は、ヒト族の味付けを、ぜひ堪能してください!」


 侯爵の声を待たずして、出てくる側から食事が始まった。

 人魚にとって魚介は珍しくもなんともないが、魚醤をはじめとした調味料の文化は珍しいらしい。

 最初は驚いた表情をしたが、すぐに美味しそうに頬張り出す。



「お口に合いますかね。たくさん召し上がってください。

 領都に遊びに来ていただければ、いつでも御馳走しますからね」


 笑顔で頷く人魚たちに、侯爵も満足そうだ。

 そこに、本日のメインメニューが運ばれてくる。


「さぁお待たせしました。クラーケンのフルコースです。

 お造りに、焼き物、そしてフライと煮物です」


 漁師から買い取られたクラーケンは、本日の限定メニューとして庶民にも提供されるらしい。

 少し大味であるが、珍しさから飛ぶように売れていく。


(さっそく、魚醤を使ったメニュー作ってくれたのね!)

 最初に来た時に伝えた調理法を生かした料理に、ルリも大満足だった。




 楽しい食事を終え、領主邸へと戻る。

 その際、いくつか今後の事が決まった。


 まずは、人魚たちの住処。

 海に近い空き家を1軒、人魚たちに提供する事になった。

 当面は、使用人を派遣して面倒を見る事にする。


 セイレンはラミアに付いて来ると言っているが、他の人魚はマリーナル領の近海で暮らし続けるらしい。その際の、拠点としてヒト族の屋敷を使えるようにしたのだ。



 そして、人魚たちのお披露目も兼ねたお祭りの開催。

 領都内で快適に暮らせるよう、住民にも説明が必要と考えての計らいだ。


 お祭りは、ルリ達の滞在期間ギリギリの2日後に実施。

 運河を利用したパレードで、人魚と一緒に行進。

 さらに、住民参加のお祭りを小規模で開催する。


 マリーナル領では夏の初めの風物詩になっているお祭りがある。「水かけ祭り」だ。

 暑い夏を乗り切るために、人と人が、バケツなどで水を掛け合う。

 身分も老若男女問わず、水をぶつけ合うというお祭り。

 この祭りのお陰で、マリーナル領の領都では貴族と平民との距離が近く、平和が保たれているらしい。


 直ちに、お祭り開催のお触れが領都を駆け巡る。

 住民にとっても、準備するものが水着とバケツ程度なので、突然の開催でも大歓迎だ。

 何より、人魚が現れたという噂が、お祭りムードを盛り上げた。


 当の人魚たちは、大騒ぎしたい訳ではないらしく、侯爵の嘆願によりしぶしぶ引き受ける事になったのではあったが……。





 お祭り当日のパレードは、侯爵家の豪華な舟が運河を先導。

 続いて人魚たちが続いて泳いだ。

 

 ルリ達『ノブレス・エンジェルズ』もパレードに加わる。

 この旅行では、見せ物にされる事が多い……。

 ……ちなみに、ラミアとセイレンは、面倒くさがり屋敷で留守番だ。



 その後行われたのが、水かけ祭りである。


 ざっぱーん

 ルリ達は、散々に水を掛けられ捲った。

 領主家の令嬢が王国の三の姫を連れて歩いていれば、……狙われて当然である。



 最初は笑顔で楽しんでいたのだが……。


「「「「水球ウォーター!」」」」


 威力を抑えた魔法で、反撃を始める『ノブレス・エンジェルズ』であった……。





「ちょっ、ミリアーヌ様、やり過ぎはだめです……」


 慌てるグレイシーを後目に、ミリアは巨大な水球水の玉を空中で弾けさせ、住民に滝のような雨を浴びせている。


 ルリも負けじと、大量の水球ウォーターを空中に浮かべ、発射態勢をとった。

 少し楽しくなってきた、ルリ達であった。


「うわぁ! 三の姫様の大魔法だ! 逃げろ~」

「避けても避けても水球ウォーターが飛んでくるぞ! どうなってるんだ!」

「おい、見ろ、空が水球ウォーターで埋め尽くされてるぞ!」

「水の鳥が飛んでるぞ!」


 楽し気な、驚きの声が聞こえてくる。

 これはこれで、……楽しい。




 水かけ祭りの餌食になって群衆が満足すれば、貴族としての役目は終わりだ。

 さっさと屋敷に戻る。


「ふぅ、大変な目に合いましたわ。でも、楽しかったですわ!」

 思いがけず魔法が使え、それに住民とワイワイ触れ合うという機会に、ミリアも満足そうだ。

 他のメンバーも同様に頷いている。



 明日には、マリーナル領都を離れ、次の訪問先へ向かう予定になっている。

 夕食は侯爵夫妻や他の貴族たちと共にし、簡単な舞踏会が開催された。


 グレイシーの兄弟は本気で別れを惜しんでいるが、令嬢たちとかなりお近づきになれた事は間違いない。

 この数日で婚約に至れる気配はなかったとしても、他の貴族たちよりは一歩リードしたという実感があるのだった。


「グレイシー、学園に戻っても、皆様と仲良くするのですよ。親交を深めてくださいね」

「当然ですわ。わたくしにお任せください!」

 心中を感じ、自信満々に兄に返事するグレイシーだった。


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