第64話 伝説の人魚

 巨大なクラーケンの足に絡まれ、『蛇女』のラミアが海に引きずり込まれる。


「ラミアを助けないと……」


「待って、今は船を守る事が最優先よ!

 依頼を受けてるの忘れた!?」


 助けようと海に飛び込もうとするルリを、メアリーが止める。

 今は、ルリが戦闘から外れる事の方が危険だ。それに、ラミアなら自分でどうにかできるとの期待もあった。


 クラーケンはラミアと共に沈んだままだ。

 船を取り囲む雑魚が撃退された事もありを、辺りは一瞬の静寂に包まれる。



 しかし、静寂は長く持たなかった……。


 水面に浮かび上がってきたのは、クラーケン。

 しかも、巨大な蛇に巻き付かれ、身動きが取れなくなっている。

 そして、『蛇女』の姿に戻りクラーケンを圧倒しているラミアの姿を確認すると、ルリ達はほっと胸を撫でた。

 

 漁師たちはと言えば、大蛇の出現にもはや腰を抜かしている・・・のであったが。




 ……これで終わりかな?

 後はラミアに任せようという空気になるが、まだ終わらせてはもらえないようだ。

 ラミアがクラーケンを押しつぶしていると、あたりに異変が起こる。


「な、何? 霧が出て来たわよ!?」

 船の周りが、白い靄に覆われだした。


「みんな、気を付けて!」

 周囲を警戒するルリ達。



 そこに現れたのは……。

 水面に浮かんできたのは、女性の姿だった……。



「「に……人魚……?」」


 驚くミリアとセイラ。

 人魚は、薄霧の中、クラーケンに絡まりつくラミアの所に移動していく。

 クラーケンは既に動かない。息絶えたようだ。


「ラミアぁぁぁぁ、会いたかったわよぉぉぉぉ!!」


「「「「はぁ?」」」」


 突然の展開に、頭が追い付かないルリ達。

 漁師たちは、完全に目が点になっている。


「セイレンかぁ、久しぶりよのう」

 ラミアが呑気に答える。




「ラミア……、知り合い?

 それとも攻撃した方が良い?」


 とりあえず重要なのは、敵かどうかである。

 戦闘態勢のまま、ルリがラミアに向け叫ぶ。



「知り合いじゃがのう、殺しても構わんぞぉ」


「えぇぇぇぇ、やめてぇぇぇぇ、私を殺さないでぇぇぇ」


 人魚のセイレンがラミアに擦り寄り懇願している。



氷槍アイスランス

 ルリは10本の氷の槍を、威嚇するかのように人魚の目の前に浮かべ、人魚に向けて問い始めた。


「よくわからないけど、説明してもらえるかしら。

 あなたは誰? そのクラーケンは何? それで敵なの?」


 仲間が危機だったのだ。こういう時のルリは容赦が無い。



「ルリ、待って……」

 ミリアが口を挟む。


「何? 命乞いとかさせないわよ!」


「違うわよ……。2人に服着せて……」

「「「……」」」



 ミリアは、全裸の2人の姿の方が許せなかったらしい。

 戦闘の緊迫感など……どこ吹く風。マイペースでわがままなのがミリアである。

 とりあえずタオルを海に投げつけて、『蛇女』と『人魚』に胸だけは隠させるのだった……。





「さて、もう一度聞くわ。

 あなた、戦う気はあるの?」


「無いわよ! ヒト族が何言ってるのよ。

 ……ねぇラミア姉さま……助けてよぉ……」

 人魚のセイレンはルリ達をキッと睨むと、甘えるようにラミアに抱きついた。


「「「「姉さま……?」」」」



「仕方ないのぅ、ルリ、助けてあげてくれぃ」


「わかったわよ。状況が全く理解できないのだけど!

 それで……お二人はどういう関係なの……?」



 いつの間にか、周囲の霧は晴れていた。

 戦いになる様子は無いので、いったん話しを聞く事にする。


 ラミアとセイレンは、1000年以上前からの知り合いらしい。

 幼少……という表現が正しいのかは分からないが、同じ半人の存在として、仲良くしていたようだ。


 4日前、数百年ぶりに、ラミアの気配を感じ、人魚の仲間と共にセイレンは海岸まで寄って来た。

 その時の会話を、漁師に聞かれたようである。



 いざ、ラミアを見つけたら、人間と一緒にいるではないか!

 捕らえられたのでは? と勘違いしたセイレンが、ラミアを助けるべくクラーケンなどの海の魔物を使役して襲い掛かった。


 ……と言うのが、二人の関係を事の成り行きだった。




「……。何と言う人騒がせな……。

 どうしてくれるのよ。みんな死ぬところだったのよ!」


「ふん、知らないわよ!」


 膨れっ面で言い返すセイレン。

 どうもツンデレ系キャラの様だ……。




 ふと周囲を見渡すと、大量の魔物の死骸が浮いている。

 巨大なイカと魚っぽいもの。焼かれていたり、凍っていたり。


「じょ……嬢ちゃん。もう大丈夫なのか?」

 

 戦闘終了で、普段の和やかムードに戻るルリ達に、船長のムーロが尋ねてきた。


「はい。戦闘は、もう大丈夫です。漁場も、問題解決と言っていいと思いますわ!

 それで、ひとつ心配事がありますの……」


「まだ問題があるのか?」


「はい。このイカ、食べられますかね?」


「「「……そこ?」」」


 ルリの興味は、終わった戦闘よりも、目の前の食材である。





「よし! 食える物は船に積み込め! 今日は大漁だぞ!」

「「「あいよぉ!」」」


 船長の声に、やっと再起動した漁師たちが続く。

 魚の魔物も、食べられる種類が多いようだ。


 もちろん、巨大なイカ、クラーケンもレアな食材だ。

 船に積み込み、持ち帰る事になった。




「セイレン、我はそろそろ行くでのう」

「えぇぇぇぇ、お姉さまぁぁぁ」

 ラミアが船に戻ろうとすると、セイレンが引き留める。


「人の世界は面白いからのう。それに、我は海では生活できん」

「そんなぁ……。わかったわ、お姉さま、私もついて行くわ!」


(……ん? 今なんて言った……?

 話がおかしな方向に進んでない?)


 勝手に話を進めるラミアとセイレン。船に近づき、乗り込んでくる勢いだ。

 それを心配そうに見つめるルリ。


「えと……セイレンさん? 海から離れても平気なのですか?」


 ルリは単純な疑問を言ってみるが、セイレンは全く気にしない様子だ。

 もはや、同行する事は決定事項になっている……。



「……待って! 船に上がるなら、とにかく服を着なさい!」


 いつの間にか、ラミアもセイレンも、全身が人の女性の姿になっている。

 前は何とかタオルで隠れてはいるが、下半身まで全裸は……まずい。


 ミリアの叫びを聞き、ルリは慌てて服を海に投げ込んだ。

 漁師たちの残念そうな声が聞こえるが、……気にしない。


 2人の美女が船に乗り込み、ようやく辺りは、落ち着きを取り戻した。

 もちろん、漁師たちは、薄着の美女登場に大喜びだ。

 恐れおののいた『蛇女』と『人魚』である事すら、忘れているようだった。




 すると、海から女性の歌声が聞こえてきた。

 伝説通りならと、漁師たちに緊張が走る。


 姿を現したのは、5人の人魚。

 セイレンの仲間らしい。


「何よ! 私達はヒト族を襲ったりしないわ。

 たまに遊びに来るくらいよ。仲間が来たのよ。問題あるの?」


「船を襲って人を海に引きずり落とすのじゃないの?」


「海に落ちたヒト族は昔いたわね。私達は悪くないわよ!」


 恐れを知らぬミリアの質問に、ムッとした顔で返答するセイレン。


 何百年も前は、人魚とヒト族は、つかず離れず、仲良く暮らしていたらしい。

 ただ、トラブルがあり、以来、人魚は船などには近づかない事にしたのだとか。


 トラブルと言うのも、ある人間の男性が、人魚を船で連れ去ろうとした為に争いになり、船が転覆してしまった事件だとか。

 本当か嘘かは別にしても、有り得そうな話だった。




「セイレンさん? お友達が来たって事は、人魚の皆さんもヒト族と仲良くしたいって事なの?」


「知らないわよ。興味ないわ!」


 ルリの質問に突っぱねるセイレンであるが、顔は少しうれしそうだ。

 もし、お互いが仲良く出来るのであれば、それに越した事はない。


(人魚のいる海岸……テーマパーク……)

 何度も足を運んだ日本の夢の国を、懐かしく思い出すのであった。

 今まさに、魔法の世界に、リアルで存在してしまっているのではあるが……。



「人魚の皆さん、良かったら一緒に港まで来ませんか? 美味しい食事、ご馳走しますよ!」


 そうして、漁師たちの大歓声の中、人魚たちが港に来る事に決まった。

 勝手に人外を連れて行って……。領都が大騒ぎになる事は……、間違いない……。

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