第63話 漁師の依頼

 翌朝。

 ルリ達は、漁師からの依頼の集合場所である港に来ていた。


『ノブレス・エンジェルズ』の4人と『蛇女』のラミア。

 今日は海上に出るという事で、珍しがったラミアもついて来たのだ。



 朝の港は活気に溢れている。

 恰幅のいい男達の息遣い、漁の準備をする男達の激しい口調が飛び交う。

 そんな中、場違い甚だしい5人は、呑気に歩いていた。


「ガレイ丸って船はどれかしらね。

 赤い旗が目印って聞いたけど……」


 朝の港には一際目立つ少女たちであるが、周りの目線など気にしてはいられない。

 依頼者であるガレイ丸と言う船を探す必要がある。



 しばらく歩くと、前方から声がした。


「おいおい、ギルドが派遣してきたのは小娘かよ。

 ふざけてんのかよ……」


 先に見つけたのは、漁師たちだった。

 とても戦闘が出来るようには見えない冒険者パーティの姿に、失望と怒りの声が聞こえる。

 少なくとも、歓迎される様な状況では無かった。


「ガレイ丸の皆様でしょうか。

 冒険者ギルドの依頼で来ました。Cランクパーティ『ノブレス・エンジェルズ』です。

 よろしくお願いします!」


 セイラがカーテシーで優雅に挨拶する。

 漁師たちは、突然のメイド服の少女からの、丁寧すぎる挨拶を受け、……驚いた。



「あ、ああ。俺がガレイ丸の船長、ムーロだ。

 君たちが冒険者ギルドから来てくれたパーティかい?

 今日はよろしく頼む」


「「「「よろしくお願いします」」」」


 厳つい男、船長のムーロが寄って来る。

 周りの漁師たちは怪訝な表情だが、ルリ達は元気に挨拶して回る。

 見た目で不信感を持たれる事は、最初から承知しているのだ。特に問題はない。



 さっそく船に案内される。

 長さ20メートルを超える、大きな船だ。


 電気や蒸気機関などの動力は無いので、オールで漕いで進む。

 漕ぎ手は、10人の筋骨隆々な海の男たちだ。


 配置につくと、船はすぐに出発した。


 せいっ! やあっ!

 せいっ! やあっ!


 男達の景気のいい掛け声で、船は速度を上げていく

 船長と共に船の中央にまとめて座らされたルリ達は、迫力に縮こまっていた。



「よぉし、あと10分で問題の岩場だ。

 いったん休憩、戦闘も出来るようにしておけ!

 あと、耳栓だ、全員持っとけ!」


 船長のムーロから渡されたのは、耳栓……。

 ルリ達が疑問に思っていると、察したのかムーロが説明してくれた。


「人魚が出るかもしれねぇから、耳塞いでおくんだよ」


「「「「人魚……?」」」」


 そんな話は聞いていない。

 一同、驚いて聞き返した。



 人魚……その伝説自体は、そう珍しい物ではない。

 上半身が人の女性、下半身が魚の姿。美しい歌声で人を誘惑し、海に引きずり込むと言うものだ。


 かと言って、実際に人魚を見たという人はおらず、ただの言い伝えになっている。

 確かに、歌声を聞いたらマズいのかも知れないが……。

 そもそも耳栓などでどうにかなるのかすら、疑問である。



「3日前に船乗りが女の声を聞いたらしいんだ。

 それで、危ねえから護衛を雇ったんだが……聞いてねえのかよ、大丈夫か? おい……」


 何の為に来たのかという様な、軽蔑に近い表情で睨まれる。

 とは言え、今さら引き返せない。人魚だろうが何が出ようが、護衛依頼を受けた以上、完遂する義務があるのだ。


(ラミアも誘って助かったかも……。人魚何て本当に出てくるのか分からないけど、人外には人外の『蛇女』に対応してもらいましょう……)


 ルリ達は目を合わせ、大丈夫と頷き合う。

 もちろん、やる、と言う選択肢以外ない。



「ご安心ください。皆様の安全は、私達が必ず守ります。

 もし何かと戦闘になるようなことがあれば、船の中央に避難してください。

 その為の、魔術師である私達が護衛についているのですから!」


 セイラがハッキリと伝える。

 少しだけ、漁師たちも安心したように見える。


「セイラは全方位で警戒。

 ミリアは船の後方、ルリは船の前方に配置。

 魔法攻撃、いつでも打てるようにしておいて。

 あと、ラミアは漁師の皆さんを守ってね」

「「「「はい!」」」」


 こういう時の指揮官は、メアリーだ。

 指示を出すと、自分も弓を構えた。


「そうだミリア、プラズマの魔法は海では禁止ね。

 ビリビリって水を伝わるから……」


「うん? ……そうなのね、わかったわ」


 ルリは念の為、注意しておく。

 全力で雷の電撃を落とされたら、自分たちも感電しかねない。



「船長さん、いつでも良いですよ。

 岩場に向かってください」

 それぞれの準備を整え、臨戦態勢が整うと、メアリーはムーロに伝えた。


「おうよ。お前ら、ゆっくり近づくぞ。

 何かあったらすぐに耳栓して船の端から離れろ!」


 船長の指示で、船はゆっくりと、岩場に近づいていく。




 特に何も起こらず、岩場の近くの漁場まで到着する。

 しばらく耳を澄ませてみるが、女の声なども聞こえない。


「何もねえのかな。嬢ちゃん達、しばらく様子見て、大丈夫なら警戒も解いてくれ。

 女の声ってのも、元々本当かどうかわからねぇ話だ。問題ないだろう。

 せっかくだし、少し釣りでもしてから戻ろうか!」


 ムーロの表情も、緊張から笑顔に変わりつつある。

 漁師たちも、無事に釣りが出来そうで安堵した様子だ。




 しかし、その時だった。


「いけない!」

「な!」

「おい、あれ!」


 危機感知の反応に声をあげたセイラ。

 何者かの接近に気付いたラミア。

 そして前方の波のうねりに違和感を感じた漁師。


 同時に声が上がる。



「皆さん、避難してください。

 右前方100メートル、何か大きな魔物と、周囲に数十、いや百体以上の魔物です!!」


 波のうねりが激しくなる。

 とてつもなく巨大な何かが近づいてくるのが分かる。


 ルリとミリアは目を合わせると、魔法を放った。


「「凍り付け!!」」


 波に船が飲まれそうになったため、波ごと船の周囲20メートルほどの海を凍らせた。



「「「うぁぁぁぁ」」」

 驚く漁師たち。



「距離30メートル。来ます!」



 バキバキバキバキ


 海の表面を凍らせた程度では勢いを鈍らせる程度にしかなっていない。

 魔物がぶつかり、氷が砕ける音がする。

 そして、海中から巨大な魔物が姿を現した。



「「「クラーケン!!!」」」


 イカの怪物が、触手のような足を伸ばして、氷を砕きながら近づいてくる。


「ミリアは全力で魔法攻撃、ルリは氷で魔物を近づけさせないで!」

「「はい!」」


風槍ウィンドランス!」

氷槍アイスランス!」


 バリバリバリバリ

 バキバキバキバキ


 風と氷の魔法が乱れ飛ぶ。

 それでも、触手のように伸びるクラーケンの足が、魔法の隙間から船に迫る。


 ドゴン

 ドゴドゴン


 セイラが盾で船を守るが、捌ききれる量では無かった。

 氷を突き破り、クラーケンの足や他の魔物たちが襲い掛かってくる。



「小さいのも来たわ! 氷が持たない!

 海上に見えている敵には炎も使って! 殲滅するわよ!」


「数撃ちゃ当たる! 炎球フレアボール!」

「抜かせないわ! 炎槍フレアランス!」

「討ち漏らしは任せて! 火の鳥フェニックス!」


 ミリアが数百の炎球炎の玉を全方位に発射。

 ルリは二刀で近くの魔物を切りながら、次々と炎の槍を、魔物を狙い放つ。

 メアリーも弓を弾き、空中に火の鳥を旋回させた。



「まだまだ来るわよ! 炎球フレアボール

「うん、炎槍フレアランス


 ボシュ

 ズシャ

 ジュワ


 ルリ達の全力攻撃で、船に襲い掛かってくる魔物が、瞬く間に燃え尽きていく。

 数は多くても、魔法が当たれば倒せない相手ではない。

 しだいに、水面から上がる魔物は少なくなっていた。



「今が勝負。 一気にクラーケン叩いて!」


 メアリーの号令で、一斉攻撃。

 それでも、クラーケンは怯まずに近づいてくる。


「ダメ、このままじゃ船が持たないわ!」


 クラーケンの足が船に絡みついてくる。

 そして、船上の人を攫うかのように巻き付いてくる。

 船の上では逃げ場がない。


 その足の一本が、漁師を守ろうと立ち塞がっていたラミアを襲った。


「ラミア、避けて!」

 セイラの声がむなしく響く。


「ぬぁ……」

 足に囚われ、ラミアが海に引きずり込まれた。



「「「ラミアぁ!!」」」

 慌てて足を切り付けるが、間に合わない。

 ラミアは海の中へ消えて行った……。

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