第62話 マリーナルのギルド

「それでは、行きますわよ!」

「「「おー!」」」


 海で遊んだ翌日。

 グレイシーは屋敷で用があるそうで、ルリ達は自由時間となった。

 そこで、冒険者『ノブレス・エンジェルズ』として、ギルドに顔を出す事にした。



「マリーナル領の冒険者ギルドは街門の近くにあるそうですわ。舟で行きましょう!」

「また乗れるのね! 舟の移動って面白いですわね!」

「せっかくだから、食事しながら行きましょう!」


 朝食を食べたばかり。お腹が減っている訳ではないのだが途中、市場の食堂に寄る。

 お屋敷の食事も豪華だが、素材の味を活かしたここの料理に、ルリ達は病みつきになっていた。



「ホント、魚介料理って美味しいわ!

 ルリ、この魚介、いっぱい買って持って帰りましょうね!」


「うん、って……あれ?」


「何? 収納魔法で持って帰るのよ。

 容量無制限、時間停止、ルリの収納じゃないと持って帰れないでしょ?」


(あれれ……? 時間停止とか、言ってないはずだけど……)


 ルリがキョトンとしていると、ミリアが言葉を続ける。


「あなた、隠してるつもりなのかも知れないけど……。

 バレてないとでも思ってるの?」


「あは? バレテーラ……?」



「熱々のスープが鍋ごと作りたてで出てきた時は驚いたけどね。

 他の人の前では自重しなさいよ……」


「あはは……。分かりました……」


 収納魔法は、一般的には時間が停止する事は無い。

 ただ、上位の魔術師の中には時間停止の収納を使える者もいる為、決して異常ではなかった。

 それでも珍しい能力には間違いないので、あまり人前で使うべきではない。


 ミリアをはじめ、セイラもメアリーも、今さらルリの収納魔法の性能に驚くことはない。

 むしろ、新鮮な魚介を持ち帰れる幸運に、みんな感謝すらしていた。




「あの、皆さん、買い物はいいのですが、少しお金が……」


 水着や装備品など、金額も気にせずに買いまくっているルリ達。

 お財布を預かるメアリーから、待ったがかかる。


「あ、じゃぁギルドに着いたら少し換金しましょう。

 使い道わかんない素材、まだまだいっぱい持ってるから!」



 ルリが換金しようとしているのは、異世界で最初に手に入れた、いや倒した魔物の牙や爪などだ。


 武器やアクセサリーの素材になる事は分かるが、『ノブレス・エンジェルズ』の4人はそれらを素材としたアイテムを必要としていなかった。

 どうせアクセサリーを付けるなら、宝石の方がいい……。


「いいの? アメイズ領から持ち出した物じゃなかった?」


「うん、いつか使うかも知れない……って物を処分するのは、断捨離の基本よ!」


「だんしゃり……? よく分かんないけど、とにかく助かるわ……。ありがとう」






 市場を出て、舟に乗り街門を目指す。

 冒険者ギルドは、すぐに見つかった。


 チロリン

 お馴染みのベルが鳴る。


 突然の少女の出現に、男たちの好奇の目が向けられる。

 好色に満ちた視線、威圧するような視線、値踏みするような視線……。


「けっ、場違いな嬢ちゃんが来やがったぞ」

「はは、お使いなら店間違ってんじゃねぇのかぁ」


 バカにするような声が聞こえる。

 王都以外のギルドに入ったことの無い……特に視線を浴びる事になれていないメアリーは驚いたようだ。

 少し怯えたように後退る。


「王都から来ました!

 Cランクパーティ、『ノブレス・エンジェルズ』です!」


 男たちを嘲笑うかのように、ミリアが声をあげる。

 冒険者とわかって視線を戻す者もいるが、ほとんどの人間は理解が出来なかったようだ。


「はぁ? Cランクだぁ?」

「パーティだと? 魔術師とメイドじゃねぇか……」


 今日の服装は、お嬢様モードではない。

 とは言え、魔術師のローブが2人、ミニ浴衣が1人、メイド服が1人……。

 しかも、どう見ても10代前半の少女が4人……。

 確かに、異質であった……。




 ルリ達は、当初の目的通り買取の窓口へ向かう。


「あぁ、買取かよ。やっぱりな」

「採取でもしてきたんだろ、お疲れさん」


 周りはごちゃごちゃと言っているが気にしない。

 そのまま窓口に並び、順番を待った。



「冒険者ギルド、マリーナル支部へようこそ。

 初めてだよね。後で受付にも顔を出してくれ。常時依頼の素材なら依頼達成にもなるからね」


 担当してくれたのは、親切な男性だった。

 確かに、薬草採取等なら依頼の手続きをする事で達成の報告ができる。


「ありがとうございます。

 もし買取品の中に依頼の物があったら教えてください!」


 ルリは、爪や牙の入った革袋を受付に渡した。

 元の魔物が大きいので、かなりの量がある。


「おお! なかなかの量だね。見させてもらうよ」


 受付のカウンターに山のように積まれた素材。

 周りの冒険者も、想像外の素材が出てきたので驚き、注目し始めた。


「なな!

 これは……ケルベロスの爪と牙……。

 それに、デビルベアの爪と牙……。

 ちょ……ちょっと待ってくれ……」


 受付の男性が、驚きの声をあげる。

 自分の目が信じられないのか、しきりに目を擦っていた。


「全部買い取りでお願いします」


「あ、あぁ。少し鑑定に時間を貰えるか……。

 終わったら呼ぶから待っててくれ……」



 数も多いが、素材の内容が普通じゃない。

 鑑定に時間がかかると言われ、ルリ達は依頼ボードの所で待つ事にした。


「お、おい、ケルベロスとかデビルベアとか聞こえたが……」

「俺にもそう聞こえた……。何者だ? あいつら……」



 不審な目線が、さらに増えている……が、構わず依頼を探すルリ達。


「何か面白そうな依頼はあるかしら?」

「オーク討伐、ワイルドベア討伐……王都と比べると魔物討伐が多いわね」

「魔物のレベルも、王都よりは高そうよ」


 王都の周辺が少ないだけで、この世界では一般的に魔物が闊歩している。

 初めて見る、冒険者ギルドらしい依頼の数々に、ルリ達はウキウキしていた。



「魔物討伐、行ってみます?」

「うん、稼ぎにはなるけど……普通よねぇ……」


 セイラが依頼書を手に取ろうとすると、ミリアがつまらなそうにした。

 普通の討伐で生計を立てている普通の冒険者には失礼極まりない……。


「普通でいいと思うけど……。あっ、これ受けましょう!」


 ルリが見つけたのは、漁師からの依頼だ。

『漁場の調査及び漁師の護衛 金貨8枚 Cランク』


 東にある岩場の漁場で、安全に漁が出来るように調査と護衛をして欲しいらしい。



「漁師さん達と船に乗れるのかしら?

 面白そうね」


「でも、何か出てくる可能性もあるって事よね。西の森の時みたいに……」


 ミリアは反応するが、セイラは否定的だ。

 王都の調査依頼では死にかけているのだから、当然かもしれない……。


「でもね、美味しい魚に出会えるかもしれませんよ!」

「「「受けましょう!」」」


 危険性よりも食欲。

 ルリの一言で受注が決定した。



 翌朝の漁で、護衛として同行するらしい。

 港で集合するまでは、特に準備する事もない。


 今日は時間もあるので、適当に討伐依頼を行い、明日に備える事にした。



 

 受付に魔物討伐の依頼受注を行い、冒険者ギルドを出ると、その足で魔物のいるという場所に向かう。


 マリーナル領は、海と河川に囲まれている為、街の中に魔物が襲って来ることはまずない。

 しかし、川を越えれば、魔物の生息地となっている。


 街門を出て少し歩くと、すぐに魔物に遭遇した。


「左100メートル、ブラックウルフ12体」


 ちゅどーん


「前方150メートル、メッシュボア3体」


 ぴきぃぃぃぃん


「11時方向、80メートル、でっかい熊1体」


 ばりばりばりばり


「2時、30メートル、なんか魔物……」


 しゅきぃぃぃぃん



 途中から面倒になったのか、セイラの探知も適当になっている……。

 ミリアとルリの魔法、メアリーの火の鳥フェニックス……。

 視界に捉えた次の瞬間には遠距離の攻撃で倒してしまうので、セイラは暇だった。



「ねぇ、もうそろそろ帰らない?」


「えぇ、もうちょっとぉ……」


 帰りたそうなセイラと、サクサク進む狩りが楽しくて嫌がるミリア。

 それでも、夕方までには屋敷に帰る必要があり、ギルドへと戻る事になった。





 冒険者ギルドに戻り、解体場へ討伐した魔物を納品する。


「ただいま戻りました」


「はい。お疲れ様です。

 それでは報酬を精算しますね」


 周囲の冒険者も聞き耳を立てている。

 狩場までは往復1時間。3時間も経たない内に帰って来たという事は、実際に狩りをした時間は僅かのはずである。

 小娘たちがまともに依頼をこなしているとは思えず、バカにしようという構えだ。


「どうせ、諦めて薬草でも取ってきたんだろ」

 などと言う冷やかしの声が聞こえる……。



「ブラックウルフが18体……。

 メッシュボア6体、ビッグベア3体、マッドブル5体……?

 これ、本当に今狩ってきたのですか……?」


 解体場から届いた明細を見て驚く受付嬢。


 周囲の冒険者も、

「「「「「嘘だぁぁぁぁ」」」」」

 と叫んでいる。


「はい。王都と違って魔物がたくさんで……楽しかったですわ!」

 ミリアがうれしそうに答えた。


「報酬は合計で金貨189枚になります」

 メアリーが金貨を受け取る。

 依頼報酬としてはすごい金額なのだが、もはや驚く様子もない。



「ねえ、爪や牙、売らなくても魚買えたじゃない……?」


「あはは、そうね……。

 でも、どうせ使わない素材だったし、いいんじゃない……?」


 メアリーが気を使ってルリに声を掛けるが、ルリは気にしていないようだ。



「その、素材の買い取りですが、明細がこちらになります。

 全て売却なさいますか……?」


 受付嬢から渡されたのは、ケルベロス等の素材の買い取り明細。

 そこに書かれていた金額は、合計、聖金貨20枚の大金だった。


 聖金貨は金貨100枚分の価値がある。

 平民であれば、聖金貨20枚は5年や10年分の収入に相当する金額だ。



「せ……聖金貨! いいの……ルリ?」

 驚くメアリー。聖金貨などに驚きはしないミリアとセイラ。


(アメイズ領から持って来た素材って事は領のお金って事になるのだろうけど……。実際は違うからね。説明できない素材だし、ここで換金出来て良かったのかも知れないわね)


「うん、いいよ」

 ルリの返事で全てを買い取ってもらう事が決まる。




「これで、お魚いっぱい買えますね!」

「うん、さっそく買いに行こうか!」

「「おー!!」」


 明るく元気に、ギルドを後にしたルリ達。

 もちろん、市場に向かう。




「おい、王都のCランクってあんなのなのか……?」

「魔性の女ってやつだろうな……可愛いけど……」

「困ったぁ、どの娘が嫁に来ても俺より強そうだぁ……」

「その心配はいらねぇよ……」


 冒険者ギルドでは、バカバカしい会話が繰り広げられていた……。

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