第66話 温泉街
マリーナル領での人魚と領主家との関係づくりも順調に終わった。
翌日は、朝から大忙しだ。
馬車に乗り込み、領都をパレードしながら出発する。
目的地は、学園の同級生、ベラの故郷でもある伯爵家が治める温泉街。
馬車に揺られて4日間の工程だ。
王都へ戻る道のりとしては、東側の山中に外れた場所。
つまり、マリーナル領の北東、王都の南東に位置する。
お約束のすごろくとトランプで時間を過ごし、道中で魔物や盗賊と出会う事もなく、無事に温泉街へと到着した。
(これって、硫黄のニオイ! 風情ある温泉だわ!)
建物が石造りの洋風なため、日本の温泉街よりはテルマエの映画の世界観に近い。
それでも、この世界初の温泉に、ルリは浮かれている。
「この温泉は、万病に効くと言われていて、国中からたくさんの人が訪れるのですよ!」
ベラが自慢げに説明してくれた。
医学や化学の発達していない世界なので、何が身体にいいのかなど解明されてはいないが、温泉で癒される事は経験的に分かっているのだろう。
魔法やポーションでは治せない、内臓や関節の病気に効果があるのであろうと推測できた。
案内されたのは、一軒の大きな宿。
温泉宿を貸し切りで準備してくれたらしい。
宿に着くと、ベラの両親、つまり伯爵夫妻が出迎えてくれる。
人の好さそうな、同世代としては少し年配に見える夫婦だった。
ミリアが代表して、歓迎のお礼を告げる。
手厚くもてなしてくれる様子に、本気で感謝した。
「食事までの間に、さっそく温泉をいただきましょう!」
「「「「はーい!」」」」
ベラの言葉に元気に返事をする。
本来であれば部屋に荷物を置いたり着替えを準備したりと支度が必要なのだが、そこはメイド達がやってくれる。
ルリ達は、真っ直ぐ温泉に向かう事になった。
「ニオイが……、すごいですわね……」
誰もが口にしなかったセリフを、ついにミリアが言ってしまう。
「ミリアーヌ様……、このニオイが、身体にいいのですわ!
それに、お湯につかれば、すぐに慣れますわよ!」
グレイシーが慌てて弁明する。
こんな所で、温泉の評価を、そしてミリアからのマリーナル領の評価を、下げる訳にはいかない。
服を脱ぎ払い、浴室へ入る。
そこは、スパリゾートのような大きな温泉施設がある。
「大きな湯船の他に、温度や泉質の違う湯船がいくつかあります。身体を洗ったら、あちこち回ってみましょう」
大小さまざまな湯船。
泡風呂や水風呂まである。
「うわぁ、何かシュワシュワしてますよ!」
メアリーが気に入ったのは泡風呂だ。
いい意味で、まだまだ子供たちである。泡風呂は全員の興味を引いた。
「こらミリア、泳がないの!」
大きなお風呂で泳ぎ出したミリアを、セイラが叱っている。
これも、年齢を考えれば仕方がない。
「ふわぁぁぁぁ、生き返るぅぅぅぅ」
「ルリ……、年寄りくさいよ」
少しだけ、精神年齢としては年上のつもりのルリ。
騒がずにお湯につかり、ふと漏れた言葉に突っ込まれた。
露天風呂は、絶景だった。
見渡す限りの大自然、山と緑。そして空には夕焼け。
(キレイ……。空気が澄んでるのでしょうね……。絵のように美しい絶景って、この事だわ……)
騒ぐのも忘れ、あまりの景色の美しさに、少女たちは目を奪われていた。
しばらく無言で、ただただお湯に浸かっていた。
「……あの、お寛ぎの所申し訳ございません。そろそろ夕食の準備になりますので、お上がりいただけますでしょうか」
静寂を破ったのは、呼びに来たメイドの声だ。
もう夕刻。髪を乾かしたり衣服を正したりと、準備には時間がかかる。
お風呂上りに浴衣でヒョイと言う訳にはいかない。
宿の夕食は、山間部らしく山の幸が豊富だ。
野菜とお肉が中心で、木の実などがトッピングされている。
王都と違うのは、海産物も料理に使われている点だ。
さすがに刺身など生の状態では食べないが、まだここなら、鮮度を保ったまま海から食材を運んでこれる距離。
海と山の幸が融合された数々の料理は、上品な味付けで、洗練されていた。
「私、ここで一生暮らすわ!」
「ルリ、だからあなたにはアメイズ領があるでしょ!」
お決まりの会話がここでもなされた事は、言うまでもない。
翌日は、温泉街を散策した。
温泉の独特のニオイのせいなのか、あまり魔物は近づいて来ないらしいので軽装だ。
実は、温泉に行く準備として、王都の職人エルフ、ララノアに、浴衣を作ってもらっていたのだ。
(温泉の女子旅。浴衣で散歩とか、夢かなったわね。思った通り、楽しい!)
美少女が6人と大人の美人2人。
浴衣が派手なのもあるが、かなり目立つ。
『ノブレス・エンジェルズ』にグレイシーとベラ、それにラミアとセイレンも浴衣に着替えてついて来ている。
メイド服がいいというセイラや、面倒くさがるラミアを説得し、歩きにくいなどと言うクレームを必死になだめて、ルリは何とか温泉街の散策までたどり着いたのだった。
温泉街に出さえすれば、それぞれ楽しめるものである。
食べ歩きをしたり、お土産っぽいものを探したり。
「名物の温泉饅頭だよ~。お姉さん方、食べて行って~」
ルリが想像したのは、茶色い生地にあんこが詰まった饅頭だが……。
そこに並んでいるのは緑色の団子のような物。
(ヨモギのお団子、はちみつのソースって感じかなぁ)
知っている饅頭とは違うが、十分に美味しい味だ。
お茶をいただきながら、しばらく休憩する事にする。
店先に腰掛けた美少女たちは、とても絵になる。
往来する数人が立ち止まり、すぐに人だかりが出来てくる。
カメラがあれば、撮影されているであろう。
慣れた様子で笑顔を振りまくミリアとセイラ。
一見して高貴な雰囲気があるので、近づいて絡んでくる人はいない。
ラミアとセイレンも、人が集まっているからと特に気にすることは無いようだ。
「なんか、安らぐわねぇ」
「うん、ずっとここに居たいわ~」
ルリとメアリーの一言に、全員同意だった。
それほど、温泉街の雰囲気は平和で、のんびりとしていたのだ。
ゆっくりしたい所だが、人だかりがすごい事になってきたので、仕方なく移動する。
目に付いたものを食べ歩きながら、温泉街を堪能して歩く。
(これは……こんにゃく!?)
それは、串に刺さった玉こんにゃく。
塩味でシンプルな味付けではあるが、食感は間違いなくこんにゃくだ。
「すみません、これってどういう料理ですか?」
ルリはすかさず質問し、遠巻きに付いて来ているメイド三姉妹に原料の入手ルートなど調べてもらう。
「ルリ、どうしたの? 変わった食べ物ではありますけど……」
こんにゃくに興味を示すルリに、セイラが疑問を持つ。
「これね、たぶん、ダイエットにいい食材だわ!」
「「「おお!!」」」
少女たちが、当然のように食い付いた。
ミリアがお代わりをして食べ始める。一応気にしているようだ。
「あのね、ミリア。いくら何でも、食べ過ぎたら逆効果だと思うわよ。
こんにゃくって、お腹に溜まるでしょ。普段の食事を控えめにして、こんにゃくを食べると痩せるのよ」
低カロリー、便秘解消などと期待できることは多いのであろうが、説明は端折った。
いずれにしても、新しい食材の発見は、ルリにとって何よりも嬉しい事。みんなにも興味を持ってもらいたかった。
その後も散策を進める。
とある木彫りの人形を扱うお店に来た時だった。
「見て見て! ラミアとセイレンがいるよ!」
魔物を模した人形のコーナーに、『蛇女』や『人魚』が並んでいる。
「これは我かのう。なかなか可愛いではないか」
「私、もっとスタイルいいわよ」
セイレンは相変わらずツンとしているが、嬉しそうに手に取っている。
「あれ!? アルラネもいるよ」
セイレンが、ひとつの木彫りを見て、ラミアに手渡した。
それは、『アルラウネ』という植物の魔物。上半身が女性の人型をしている。
もしやと思って、ラミアに尋ねてみる。
「ラミア? アルラネさんと言うのは、もしかしてお知り合いなの?」
「我とセイレン、そしてアルラネで、昔よく一緒に遊んでいたのじゃ。
もう数百年会っておらんからのう、どこで何をしているのか」
「そうなんだ。いつか会えるといいね。情報も集めてみるよ」
「そうじゃのう。久しぶりに会ってみたいの」
「私も! 必ず探すのよ!」
魔物の情報ならば、王宮や冒険者ギルドで聞けば手に入る可能性が高い。
急ぐ訳ではないが、旅の目的が、また一つ増えたのだった。
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