第60話 魚介料理

 領都内でのパレードを済ませると、馬車がマリーナル侯爵家の領主邸に到着する。


 すぐに客間に案内され、それぞれ休憩をとる事になった。


 身分、という差がある為、部屋割りは学園のようにはいかない。

 王女ミリアーヌ、公爵家のセイラは貴賓室に通されている。

 さすがに、近衛騎士団まで率いた公式の訪問である為、4人一緒の部屋とはいかなかった。


 ルリとメアリー、ラミアは通常の客間だ。

 通常と言っても貴族家の部屋、リビングと寝室が分かれた大きな部屋となっている。


 ルリは貴族家令嬢ではあるが、侯爵家から見れば格下。

 平民のメアリーとラミアも客人扱いで、一人ずつ客間に通された。


 それぞれの従者は専用の部屋があるらしく、アメイズ子爵家のメイド三姉妹もその部屋に泊まる事になる。




 ゲストの筆頭であるミリアとセイラは忙しい。

 休む間もなく、マリーナル侯爵夫婦と接見する。

 マリーナル領の貴族たちへの建前上、必要らしい。


 その日は屋敷内で過ごし、夕食だけ一緒にとる事になった。

 正式な懇親会は明日。

 今日は領主夫婦、つまりグレイシーの両親とルリ達だけの簡易なものだ。


 簡易とは言え手抜きがある訳もなく、様々な料理で持て成された。

 さすが水の都、魚介類を存分に振舞ってくれた。


(ああ、おさかなぁ!!

 王都には塩漬けしかなかったからね……幸せ……)


 日本人らしい焼き魚や刺身ではないが、ソテーやムニエルのような魚を焼いた料理をいただく。

 また、貝やエビの料理もあった。


「どう? 念願の魚介料理ですわよ?」

「はい、とても美味しいです。もう感謝しかありません!」


 来る途中「魚、魚」と騒いでいたルリに、グレイシーが笑顔を見せる。

 ルリも、満面の笑みで喜びを伝えた。




「明日は、領都をご案内いたしますわ。

 市場では取れたての魚介類が味わえますの」

 グレイシーが街の紹介と今後の予定を説明してくれた。


 明日は街の観光で、夜は舞踏会。

 明後日は海に遊びに行く事になった。


 その後は基本的に自由時間となるので、一応領都の冒険者ギルドに顔を出してくる事を伝える。

 グレイシーも屋敷で用があるらしく、滞在中の2~3日はルリ達だけで行動する事が決まった。


 翌朝、早めに出て市場を覗く約束をして、その日はお開きとなる。

 それぞれの部屋で、ゆっくりと休んだ。





 朝、目が覚めると、ルリは窓の外の景色に目を奪われていた。

 そこに支度が終わったメアリーが入ってくる。


「あ、やっぱり外見てた?

 すごいよねぇ、感動したよ!」


 メアリーが言うように、絶景が広がっている。

 いわゆるオーシャンビュー。


 領主邸は、海岸沿いの小高くなった丘の上にある。

 眼下には真っ白なビーチ。

 エメラルドの海。

 遠くには船が浮かんでいる。


「リフィーナ様、メアリー様、遅れますよ」

 支度の為に入ってきたメイドに急かされ、ミリア達と合流する。


 チュニックやワンピース、普段着ながらも気品ある装いに身を包んだ少女6人。

 隠密で護衛にあたる戦闘メイド達と、遠巻きに護衛する騎士団。


 結構な大所帯ではあるが、仕方ない。

 グレイシーに先導され、さっそく市場へと向かった。



 マリーナル領都は『水の都』と呼ばれている。

 南に広がる海岸沿いに細長く伸びた街並み。

 東西にはそれぞれ大きな河川があり、海と川を繋ぐように運河が張り巡らされている。


 道が少なく、運河による水運が発達した街。

 建物が水面に浮かぶかのように建てられており、移動にも舟が使われる事が多い。


 領主邸から市場までは、舟で30分ほど。

 歩くより時間がかかるのだが、のんびりとして趣がある。


「すごいね! 舟の上は涼しいね!」

 領都に来てからというもの、メアリーは感動しっぱなしだ。



 市場に着くと、漁師や商人の活気にあふれていた。

 お店と言うよりは卸売市場だ。


「ほら、ルリ、魚が生きてるよ!」

 メアリーの声に振り向くと、まだ魚がピチピチしている。


(アジ? イワシ? ……あれはカツオ?

 あっちは……うう、魚、なのかしら……)


 ルリの知っている魚と似た魚が見える。

 中には、食べるのが憚られる様な、如何にも異世界な存在もあった……。



「ミリアーヌ様、ここでしか食べられない幻の魚介料理がありますのよ。

 ささ、こちらへ!」


 グレイシーに着いて行くと、市場併設の食堂があった。

 予約でもしてあったのか、グレイシーの姿を見るなり個室に案内される。


 もちろん、魚介の料理というだけであれば領都のどこでも食べられるのであるが、市場直営の新鮮さと、魚を知りつくした料理人の腕から、他ではマネできないような美味しさがあるらしい。



「本日はありがとうございます。

 始めてよろしいですか?」

 店主らしき男性の声に、グレイシーが頷くと、料理が運ばれ出した。


「貝の和え物です」

「海鮮スープになります」

「海老のサラダ仕立てです」

「活き造りです」

「白魚の踊りです」

「鮑の香り蒸しです」

「焼き魚です」


 次々と運ばれてくる新鮮な魚介の料理。


「釣れたての魚貝ならではの味ですよ。

 この市場でしか味わえないんです。いかがですか?」


「「「「「「美味しい!!」」」」」」


 本当に美味しかった。

 異世界で刺身が食べられるとは思ってもいなかった。


「魚は足がはやいですので、王都の皆様には喜んでいただけるのですよ」

 ルリ達の喜びように、店長も嬉しそうだ。


「ルリ? 魚って走るの?」

「ううん、傷みやすいって事だよ」

 メアリーがそっと耳打ちし、ルリは優しく答えた……。


 ルリが注目したのは、タレだ。

「お、お聞きしていいですか?

 このお作りのタレ、もしかして……」


「このタレは、魚醤と呼んでいます。

 魚を塩漬けにした際に染み出てくるのですが、活き造りに合うんですよ」


(醤油キター!

 ちょっと癖はあるけど、この味は醤油で間違いない!)


 魚醤は、魚から作られる醤油だ。

 ナンプラー、塩魚汁(しょっつる)等の名前で日本にもある。



 横のテーブルを見て、ルリが声をあげる。

「ウルナ!」

「ひぃ」


 護衛として付いて来ているメイド三姉妹が、他人の振りをしながら魚介料理に舌鼓を打っていた。

 まさか話しかけられると思っていなかったのか、ウルナが慌てて立ち上がる。


「そんな驚かなくていいわよ……。

 この魚醤、買い付けるわよ! あと作り方も聞いておいて!」

「はい、リフィーナ様!」


「メアリーも仕入の交渉ね。

 王都で売るわよ!」

「はい!」


 ルリの剣幕に驚くメアリー。ただ、単純な疑問が浮かぶ。

「仕入れは分かったけど、他に使い道はあるの?

 魚介料理はここでしか食べられないのよ?」


 店主、そしてミリアやグレイシーも同じ疑問を持ったらしい。

 不思議そうな顔をしている。


「魚だけじゃないのよ。これは伝説の調味料になるわ!

 そうだ、少し厨房をお借りできるかしら? 作って来るわ」


 半ば強引に店の厨房を借りると、ウルナに手伝わせながらいくつかの料理を作った。



 醤油風味の唐揚げ。

 小魚の干物で出汁を取り、魚醤を加え、野菜と少量の肉を煮込んだ煮物。

 同じく出汁と魚醤のスープで仕上げたうどん。

 そしてチャーハン。


 どれも、醤油が無くて諦めていた、もしくは塩味で我慢していた料理だ。

 醤油ひとつで、レパートリーは無限に広がる。


「どう? 肉にも合うし、主食にも使えるのよ!」

 店長や料理人含め、全員頷いた。


 ちなみに、魚醤は癖が強い。

 それでも、ニンニクやネギで臭みを少し和らげることが出来る。


 また、魚の干物を出汁として使う事でスープが美味しくなる事も、料理人に教えてあげた。

 市場の食堂が、より一層繁盛する事は間違いないだろう。



 醤油問題が片付いたことで、ルリは魚介類をどうやって王都で食べるかを考えていた。


(醤油は日持ちするから良いけど、問題は他よねぇ。

 干物があるのは嬉しいけど、冷凍しなかったら1~2週間で腐るわ……。

 鰹節とか煮干しみたいなのってどこかで作ってるのかしら?)


 日本で料理をしていたとは言え、しょせん高校生の家庭料理。

 完成して売っている鰹節の作り方など、正確に知る訳がない。


(漁師さんの所にも行ってみようかな。何かわかるかもしれないし……)


 王都に戻っても魚介料理を食べたい。

 その為に全力を尽くそうと心に決めるルリであった。




 予定外のルリの暴走はあったものの、食事を終えた一行は街に戻った。


 次に向かうのは、青果市場だ。

 ここでも、ルリの暴走は止まらない。


(バナナ発見! あっちはマンゴー?

 フルーツ王国ね、ここは!!)


 南に降りてきたせいか、王都周辺に比べると甘みの強いフルーツが多い。

 買いあさるルリに気を良くしたのか、市場のおばちゃんもどんどん試食を進めてきた。


「これがマルカット、こっちがメリンよ。

 甘くて美味しいわよ~」

「「「「「「いただきます!」」」」」」


 マリーナル領には温かな南側と、温泉がある山地がある。

 気候がよく、様々なフルーツが収穫できるとの事だった。


 日持ちが良いものは時期によって王都に出回る事もあるが、そのほとんどは地元で消費されてしまう。

 冷蔵庫付きのトラックがほしい……、本気でルリは残念がっていた……。





「マリーナル領はパラダイスですね!

 美味しい物があり過ぎです。私、もうここに引っ越します!」


「アメイズ領の跡継ぎが何言ってるのよ……。

 少しは自覚しなさい! わたくしだってそうしたいのですから……」


 ルリはミリアに叱られてしまった……。

 ミリアも、悔しそうな顔をしている。



「ミリアーヌ様、チャンスはありますわよ!

 わたくしの兄弟とご結婚なさればいいのです!」


 グレイシーがチャンスとばかりに、ミリアに畳みかける。

 王族とは言え三女。侯爵家に嫁入りしても問題は無い。むしろ、そうあるべきだ。


「け、けっこん……!?

 たしかにそうですけど……」


 ミリアが11歳らしい顔で赤面する。

 可愛い過ぎる……、全員がそう思った……。


 もちろん、夜の舞踏会でグレイシーが必死に兄弟をアピールした事は言うまでも無い。




 夜の舞踏会は盛大だった。

 マリーナル領に関係する貴族が一堂に集まる。


 グレイシーの学友として主にミリアとセイラが紹介される。

 たちまち多くの貴族たちに取り囲まれていた。


 しかし、同世代の男子の注目を集めたのはルリだった。

 子爵家の跡を継ぐことが決まっている、婚約者のいない子女。

 器量も悪くはない。


 今夜集まっている、主に伯爵、子爵、男爵家の息子たちには、王族はハードルが高すぎる。

 手頃な子爵家、次男、三男には最高の婿養子。

 滅多に出会えない優良物件に、目の色を変えて群がっていた。



 ルリは全力で助けを求めるのだが……。

 グレイシーは当然のごとく、狙うなら王都の上位貴族だ。

 ミリアとセイラにおいては、残念ながら彼らは眼中にない。


 面倒を一身に背負ってくれたことで、全員ルリに感謝していた。

 ルリは、舞踏会終了まで、ひたすら一人で相手をさせられていた……。


(もう……無理……)

 昼間のハイテンションはどこにいったのか、力尽きるルリであった。

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