第58話 特訓
学園2階の教室。
授業後、ルリ達4人は帰り支度を整えていた。
と言っても、隣の寮に戻るだけではあるが……。
「ねぇ、誰か行きたい場所ないの……?」
「う~ん、涼しい場所ならいいけど……」
「私はゆっくりできればどこでも……」
話題は、夏休みにどこに遊びに行くのか。
最近続いている、毎日の会話だ。
王都暮らしのミリア、セイラ、メアリーには故郷のような場所は無い。
共通の意見として夏を快適に過ごしたいとは思っているものの、少女が4人、本人たちだけで遠くまで出かける事の許しが出る訳もなく、思案に行き詰っていた。
「アメイズ領なら問題は無いと思うけど……」
「お父様からもお許しいただけるとは思うわ。けど……」
ミリアが言うお父様、つまり国王。
隣のアメイズ領であれば危険も少なく問題がないが、森に囲まれた小さな領に心ときめく要素は少なく、決めきれないでいた。
教室で4人、悩まし気な顔を突き合わせていると、後ろから声がかかる。
「ミリアーヌ様、何かお悩みでございますの?」
「えっ? ありがとう、グレイシー。
夏休みに4人でどこかに行こうと思ってたのです。
行先がなかなか決まらなくて……」
「夏休みですか……。
わたくしはベラと一緒にマリーナル領に戻りますわ。
我が領には海と温泉がありますので、ゆっくりする予定ですの。
ミリアーヌ様がよろしければ、一緒に行っていただけますとありがたいなぁ何て思ってみたり……」
「「「「いくぅーーー!!!」」」
「ですので、もしご予定がお決まりでないのであれば、ぜひご一緒に……って、えぇぇ?
今なんとおっしゃりました……?」
「「「「ぜひ、ぜひご一緒させてください!!」」」」
4人、全員一致の即決だった。
ミリアを筆頭に、グレイシーの手を掴んで、お願いした。
グレイシーは涙目だ。大好きな王女と一緒に旅ができる……。
うれしさのあまり、縦巻きロールの髪が揺れていた……。
あっさりと夏休みの予定が決まり、それぞれの親元へは、すぐに伝えられる。
いかに王族とは言え、侯爵家の学友と一緒であれば反対はされない。
すぐに了解を得ることが出来た。メアリーも反対される訳がない。
「「「「海と温泉!!」」」」
ご機嫌な4人であった。
マリーナル侯爵家は、領地を王都の南側に構えている。
領都までは、王都から馬車で約2週間。
領都の南側には海が広がり、夏は海水浴が楽しめる。
また、海の幸が豊富で、クローム王国でも有数の観光都市だ。
ベラは、マリーナル領内の山間部を治める伯爵家の4女。
小さい頃からマリーナル侯爵家に預けられ、公爵家長女のお世話係のように過ごしてきた。
ベラの実家の周辺は温泉街になっており、観光地としてのマリーナル領に一層の華を添えている。
「海ですわ。水着を揃えましょう!!」
「「「おー!」」」
王都で一般的には、水着は売られていない。
しかし、貴族街なら違う。高価な防水素材の生地でも取り扱いがある。
(すごい……。日本と変わらないくらい種類がある……。
水着の文化だけは妙に進化してるのね……)
楽しそうに水着を探すミリアとセイラ。
フリル付きの可愛いタイプが気に入ったようだ。
「こ……これを……着るのですか……?」
メアリーは初めて水着を見たようだ。
三角ビキニを前に、固まっている。
「メアリー、こっちのならどう……?」
ルリはワンピース型の水着コーナーへとメアリーを連れて行く。
「これも……。下着……ですよね……。
この姿で……人前に……」
「普通の服じゃ泳げないでしょ。
それに、可愛いわ!!」
「……」
大きな胸を大胆に魅せられるミリア。
フリフリ重視で選んでいるセイラ。
何とか布面積の大きいタイプを探しているメアリー。
ルリも、オフショルダーのビキニを選んだ。
4人で見せ合いながら、キャッキャッと試着する。
まだまだ成長途中の少女たち。色気とは程遠いのであるが……。
周囲の大人たちも微笑ましく見守っていた。
それぞれ2、3着ずつ選び、購入した。
安い物ではないが、パーティ予算は大量にあるので特に問題は無い。
とは言え、先日装備を買いなおしたばかり。
金額を全く気にせず買い物をする王族、貴族の3人の様子に、財布を預かるメアリーとしては頭を抱えていた。
そのメアリー。
最近は授業後、訓練場に籠っている。
新しく購入した、弓の練習の為だ。
「先生、授業外での訓練、ありがとうございます」
毎日の特訓の話を聞き、教官が個人レッスンを引き受けてくれた。
まじめなメアリーは日に日に実力を上げ、今では30メートル程度の距離なら的を外さない程に上達していた。
実践で考えれば、弓士は100メートル以上の遠距離で戦えなければ役に立たない。
100メートルは、魔物が全力で走れば、10秒もかからない距離だ。
優秀な弓士になるには、300メートル先を射貫く正確性とパワーが求められる。
メアリーの場合は、特殊だった。
弓矢の扱いに慣れた頃から始めたのが、魔力を纏った矢の射出。
「
ボシュ
「
パシュ
「
ビシュ
「
ザシュ
構えた矢に、様々な魔法を纏わせて矢を放つ。
魔法を声に出す必要はないのだが、メアリーは真剣に魔法弓の練習をしていた。
次々と放たれる矢の軌跡を見ながら、見学に来ていたルリが呟いた。
「ねぇメアリー。矢……無くてもいいんじゃない?」
「はっ?」
「いや、魔法で矢の形使ってるから、実際の矢が無くても飛ぶんじゃないかと思って……」
「……」
メアリーの魔力操作は、ルリ達4人の中でも美しい。
ミリアのような大魔法は使えないが、繊細なコントロールの腕は、誰よりも努力するメアリーが一番上手だった。
正確にコントロールされ、更に魔石で増幅された魔力は、綺麗な矢の形状になっている。
木の矢が無くても、問題がなさそうに見えた。
一瞬、何を言っているのか分からなそうなメアリーだったが、理解できたようだ。
魔法で作った矢だけを弓で弾いて飛ばしてみる。
パシュ
「「「「おお!」」」」
しっかりと発射された魔法の矢をみて、全員で感嘆する。
重さや感覚が違うのか的からは大きく外れたが、それは調整できる範囲だ。
「すごいわ! いちいち構えなくても攻撃できるわね!」
面白そうと、ミリアとセイラ、ルリも魔法弓に挑戦してみる。
……しかし、出来なかった……。
「メアリー、器用なのね……。
これは難しいわ……」
残念そうなミリアを後目に練習を続けるメアリー。
的に当てる調整は出来たようだ。
「魔力だけになったらコントロールはやりやすくなったわ。
火矢が一番扱いやすいかも。
でも、威力が少し弱いわね……」
(物理的な重みが無くなるから威力が落ちるか……。
鉄砲の球は回転してるって言ってたわねぇ……)
「そうだ、矢を回転させるようにして打ち出してみて!」
「うん、わかった。
ビュン……バシュン!!
30メートル先の的が砕け散る。
「すごい! 威力が上がるわね!
ルリ、ありがとう!!」
「ふふ。あとは……。
空中に打ち上げて、上空から鳥が滑空して獲物を狙うみたいにできる?」
「
パシュ……ボワッ
空中に
的に向かって飛ぶ
「「「カッコイイ!!」」」
回転しながら真っ直ぐ飛ぶ、威力重視の火矢。
空中を滑空し、狙いを定めて急降下する
弓士なのか魔術師なのか不明だが、メアリーが強力な攻撃手段を身に着けたのは間違いない。
夏休みまで、それぞれ訓練を続けた。
前衛タンクで回復魔法も使える大盾使いのセイラ。
空中に槍を構えながら二刀流で戦う剣士ルリ。
大魔法で問答無用の攻撃を行うミリア。
そして、遠距離、中距離の空中を支配する軍師メアリー。
パーティバランスも整い、十分な戦闘訓練を積み、万全の体制で夏休みに挑む、『ノブレス・エンジェルズ』であった。
果たして、海と温泉で、何と戦うつもりなのか……。
そんな事は誰も考えていない……。
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