第57話 領地経営
「アルナ? 今度マティアス大臣が王都に来るのはいつかしら?」
珍しく王都にある子爵家の屋敷に戻っていたルリは、メイド三姉妹の長女アルナに尋ねた。
「2週間後にいらっしゃる予定です。
何か御用はございますか?」
「うん、ちょっと話したくて。
時間取れるかなぁ?」
「はい。では予定に加えるように伝えますね」
マティアスは、祖父、つまり先代の領主の時代からの重鎮。
父の事件後、病弱な母を助けてアメイズ領の管理を行ってくれている。
今回ルリが伝えたかったのは、『公共事業』の拡充について。
幸い、税率を少し下げたことで、領民の数は戻りつつあった。
ポテト芋の消費が増える事で、景気も回復していくだろう。
さらに、メルヴィン商会とアメイズ領の商会の協力により、新しい店舗も増えている状態。
今後も領民が増加する事は、目に見えて明らかだった。
飛んできた大臣のマティアスに、アメイズ領の現状を聞き、領の経営についての話をする。
「それでリフィーナ様。領民が増えると何か問題なのでしょうか。
税収も少しずつ増えておりますし、今後も安泰かと思いますが……」
「大臣、今増えている領民は、どんな人でしょうか?」
「はい、元々領地に住んでいた者の出戻り。
そして商機を感じた商人たち。
あとは、治安が悪化しているというリバトー領から移り住んできた平民です」
「その平民たちは、移り住んで何をしていますか?」
「え? まぁ新しく出来た店などで働いているかと思いますが……」
「そこです。お店の従業員の必要数はたかが知れています。
溢れた人々は、どうなると思います? 生活が苦しくなって、スラムに落ちます。
だから、仕事が必要なのです!」
それは正に、社会の授業で習った内容。
国が道路を作るのは、生活を便利にする目的だけではなく、失業者を無くす為の政策であると。
ルリはドヤ顔だ。
ルリがマティアスにお願いしたのは、主に土木建築の事業だ。
街の中や、街道の整備。公園や広場の拡充。
領都の周囲にお堀をつくる事もお願いした。
城の周りにはお堀がある。それがルリの中での常識だ。
「住みやすい街には人が集まるの。
人が集まれば税収が増える、その税収を人々に還元する。
お金はどうにかなるから、じゃんじゃん使ってね!」
また同時に、軍備の増強も提案する。
この世界では、戦いは領兵である騎士、衛兵か、冒険者、傭兵が行う。
有事の際、一般市民は戦わずに蹂躙されるか、徴兵され無理やり戦地に出されるかのどちらかだ。
戦争をする予定は無いので領兵を常備、増強する必要はないのだが、剣と魔法の世界、何が起こるかわからない。
「ねぇ、もし戦争になったら、領地の人々は戦うと思う?」
「何をおっしゃいますか。領主の為に命を懸けるのは、領民の義務ですぞ。
全員戦うに決まってます!」
(そう言う考え方になるのよねぇ……。
別に国が好きかどうかと、自分の生死は別だと思うんだけどなぁ……)
日本人であるルリに、お国の為に命を懸けて戦地に行く、と言う意識は薄い……。
もちろん、実際に戦争に遭遇する環境で生きていれば違うのかもしれないが……。
「う~ん、マティアス。
全ての人々が、領主様バンザイって生きてる訳ではないでしょ……」
「それは、そうですが……」
「例えば、有事で戦争に協力する代わりに、治療費を半額で受けられるとかどうかな?」
「飴と鞭ですな。……ただ、それですと治療院、つまり教会との交渉が必要になります。少々厄介です……」
この世界には、いくつかの宗教、宗派があるらしい。
創造神、女神アイリス。森の泉で出会った女神を唯一神としながらも、1000年の歴史の中で様々な解釈が行われている。
リンドスの孤児院のように、古くから一筋に女神アイリスを讃えている教会もある。
ここ数十年で力を付けたのが、神の御使いと言う女神デザイアを祀る『公聖教会』だ。
『公聖教会』は都市に治療院を開設している。
治癒魔術師を囲い、高額な治療費を請求する事から、あまりいい噂は無い。
(そもそも、何で女神アイリス様じゃないのかしらね。
デザイア……英語で訳せば希望、願い、欲望……。
翻訳機能の影響でしょうけど、欲望の女神だとしたら救われないわよ……)
女神アイリスは、この異世界エスポワールを『希望あふれる世界』と言っていた。
その世界に希望の女神が降臨してもおかしくはないのだが、ルリはどうしても『公聖教会』が信用できなかった。
「教会との交渉……。それは避けたいです。
今は教会との貸し借りは作りたくありません……」
「それが賢明ですな……」
今まで接点の無かった教会。
映画や小説でも、だいたいトラブルの元はこういった所にある。
ルリは新たなフラグを感じつつも、今は避けられるのであれば避けたいと願った。
結局、『自分の身は自分で守れるように』を合言葉として、領主家にて戦闘の訓練をさせたり、無料で武器や防具を貸し出すと言う事で決まる。
ものすごく他力本願なのではあるが、何かをやっていると言う雰囲気は出せそうだった……。
「いつ何が襲ってきてもいいように、武器や防具の配備は整えてください。
特に、投石器や弓を多めに。
魔物、仮に人だとしても、中途半端に近接戦闘をするよりも、遠距離で何か打ちまくった方がまだましでしょうから……」
「承知しました!」
街の外壁を破られたら、一般市民は蹂躙されるだけだ。
もし攻められた場合は、籠城する以外に戦略は無い。
外壁を破られる前に、如何に敵を減らせるかが勝負となる。
アメイズ領、そして母をよろしく頼み、マティアスと別れた。
別の日。
王都、冒険者ギルド。
『ノブレス・エンジェルズ』がドアを開く。
チロリン
少女4人の登場に、一瞬好奇の視線が飛ぶが、すぐに視線は歓喜に変わる。
「「「王女様ぁ」」」
「「「天使様ぁ」」」
「「「女神様ぁ」」」
「「「聖女様ぁ」」」
(ん? 聖女が増えた……?)
ルリ達は、もうこの状況に驚きはしない。
本気で天使だ女神だと思われているのではなく、愛称として親しみを込めて言ってくれている事をわかっているからだ。
冒険者たちに笑顔を振りまきながら、受付へ向かう。
「こんにちは。手続きに来ました」
「はい、お待ちしておりました」
4人が受け取ったのは、ブロンズ色の冒険者カード。
Cランクのルリ、Dランクになったミリアとセイラ、そしてメアリー。
「ギルドマスターからの伝言です。
『十分な期間と依頼達成件数、そして先日の試験も合格。
パーティとしてもCランクとして活動して良し。
ただ、今までの依頼達成はパーティで活動している結果だ。
個々の能力としてはまだまだ不安定だから、慎重に行動するように』
との事です」
「分かりましたわ。
それに、十分承知しておりますわ。
わたくし達は、個人としては未熟です。
しっかり訓練して、もっと上を目指しますわ!」
ミリアが返答し、ギルマスに伝えてもらえるよう頼んだ。
かと言って、当面個人で討伐依頼を受ける予定などはない。
4人揃ってこその戦闘力という事を、誰よりも知っているのは自分たち。
個々の能力を高めつつも、それぞれの能力を補いながら戦うのが『ノブレス・エンジェルズ』だ。
新たな決心を固め、4人はギルドを後にした。
それから数週間。
とある休日。
『ノブレス・エンジェルズ』の4人は、職人街のエルフ、ララノアの店を訪ねていた。
「いらっしゃい、注文の品、出来てるよ~」
ララノアがハイテンションに出迎えてくれる。
頼んでいたのは、ミリア、セイラ、メアリー用のスケイルアーマー。
ルリとお揃いの、ヒュドラの鱗を使った物だ。
先日の戦いでの怪我を反省し、新調する事にした。
アウターとなるローブやメイド服は、それぞれのこだわりがある為にそのまま。
防御力を高める為の改造だけをお願いしてある。
一緒にお願いしたのが、メアリー用の装備だ。
的確な戦闘指示でパーティの指揮官となっているメアリーであるが、自分が戦えない事をずっと悩んでいた。
そこで、先日のセイラの怪我。
メアリーは内心、本気で落ち込んでいたのだった。
魔法はそこまで得意ではない。
近接戦闘は出来ない。
それでも戦うチカラが欲しい……。
ララノアの答えは2つだった。
ひとつは、弓。
エルフの得意武器でもあり、近接戦闘が出来ないメアリーでも扱いやすい。
魔力を通しやすいトレントの素材を、ミスリルで補強する。
弓柄にはルリが持っていたケルベロスの魔石を埋め込んだ。
メアリーの髪の色に合わせてオレンジ色に仕上げてくれている。
「弓を放つ時に魔力を込めると、魔力を纏った矢が放たれるわ。
エルフでも扱いが難しい魔法弓だけど、あなたなら使えるはず!
頑張って練習してね!」
もうひとつが、盾。
セイラのような大盾ではなく、背中に背負えるタイプのラウンドシールド。
ヒュドラの鱗の中でも形のいいものを存分に使用した。
裏面は鞣したデビルベアの毛皮を用い、防御力だけでなく肌触りも抜群だ。
「「「「何でそんな素材もってるのよ!!!」」」」
全員から盛大にツッコミを入れられながらも、アイテムボックスの中の素材を惜しげもなく使い、全員の装備を整えた。
「ララノアさん、ありがとう!!」
「うん、また面白い素材、触らせてね!!」
新しい装備で、ウキウキしながらの帰り道。
「もうすぐ夏休みですわ。
メアリーはそれまでに弓の練習ですよ!」
「はい!」
「そろそろ夏休みの予定も立てなきゃいけないわね!!」
「「「おー!」」」
ミリアの声に、全員で頷くルリ達であった。
楽しい……波乱のバカンス? 夏休みまで、残り約1ヶ月……。
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