第56話 発明家
冒険者ギルドの調査依頼で分かった事……。
西の森には、危険な虫の魔物がいるので村に危険があるという事。
鉱山があるが遠いのですぐには使えないという事。
「あの、ウリムさん。
要は、ちょっとした工夫で村の防御を高められればいいんですよね。
それと、掘り出した石をさっさと安全な場所に運べればいい、という事ですね」
「まぁ、それはそうだが……」
突然のルリの発言に、冒険者ギルドのギルドマスター、ウリムはもちろん、ミリア達もポカンとしている。
「思いつきましたのね。立ち話も何ですから、お茶を飲みながらいかがですか?」
セイラがウキウキした顔で、テーブルを出して紅茶の準備を始めた。
「ぉぉ、便利ね、あなた……」
「はい、こういう時のルリさんは面白いですから。
じっくり話をお聞きしませんとね」
「まず、村の防衛です。
今は周囲に簡単な柵がありますが、その外側にお堀を作ります」
「おほり……?」
「はい、幅3メートル、深さも3メートルあればいいでしょうか。
村を囲むように、池、いえ、川を作るのです。
蜂は飛ぶのでどうしようもありませんが、蟻や蜘蛛ならば3メートルの川を越えて襲ってくることは無いでしょう。
少なくとも、勢いは抑えられます」
「村を川で囲む……? 確かに川を防衛に使っている都市はあるけど。
川がない場合、水はどこから引いて来るの……?
「近くの川から引いてきます。治水です。大変ですが、出来なくは無いはずです。
川の流れを変えて、引き込むのです」
「そ、それは……可能なのでしょうか……」
「はい、私の知る世界……、いえ、夢の中で見ました!
貯水のダムを作って、水の量をコントロールするのですよ!」
「はぁぁ?」
結論が夢の話になるのはミリア達にはいつもの事なので、ニタニタと笑っている。
ウリムは驚いたようだが、冷静な表情に戻る。
「ダム・・・は分からんが、まぁ言いたいことは分かった。
実際に川を活用している都市の職人ならば可能かもしれないな……」
日本のように発電をしたり水量をセンサーで制御したり……などという事は出来る訳もないが、川が普通にある世界。
やりたい事……つまり結果のイメージを伝えれば、この世界の職人でも、近い事は出来るだろうと、ルリは考えていた。
西の森の拠点の安全策について一通り話すと、続いて鉱山の対策について、ウリムが聞いてくる。
「それで、鉱山の方はどうするのかしら?」
「はい。鉄道を作ります」
「てつどう……?」
「鉄のレールの上を走る荷車です。
荒れた地面よりも真っ直ぐに揺れずに走れますので、荷物を運ぶのが容易になります」
全く分からなそうなウリムに、絵を描いて説明した。
ルリがイメージしたのは、2つ。
岩山から平原までをつなぐトロッコ。
緩やかな坂道なので、軽い力でも走らせることが可能だ。
そして、平原から王都までを繋ぐ鉄道。
蒸気機関とかは無いので動力は馬になるが、ルリの知る限り地上で一番早く便利な乗り物は鉄道であった。
「こんな事が可能なのか……?」
「あの……夢の中では……」
(世界史と日本史、それから科学と化学。
どうして教科書と一緒に転移できなかったのかしら……)
イメージは出来ても原理が全く分からない。
ルリにはこれ以上の説明は難しかった……。
「ふふふ、私にはわからないけど、面白そうね。
ルリ、商業ギルドの連中にもう一度説明してくれるかしら?」
「はい。私も実際の作り方とか分かりませんので、助かります……」
結局、その場で理解できた者は誰もおらず、話は後日という事になった。
メアリーだけは、お金の臭いを感じたのか興味津々だったが……。
「ああ、ランクアップの話があったわね。
合格。
手続き出来るようにしておくから、後でギルドに顔を出しなさい」
「「「「はい!」」」」
ほぼ忘れていたが、調査協力の報酬としてランクアップの話があった。
ルリがCランク、ミリアとセイラ、メアリーがDランクに昇格だ。
大変な戦いもあったが、十分な成果。
喜び合う『ノブレス・エンジェルズ』の4人だった。
そうこうしている間に他の冒険者たちも戻ってくる。
調査は無事に終了となり、ルリ達は王都に帰還した。
商業ギルドとの話し合いは一週間後に行われた。
鉄のレールを引いて馬車を走らせると言うのは、職人たちに大うけだった。
道のデコボコや雨の後のぬかるみに車輪を取られる事がなく、安全性も増す。
どうやってレールを引くかが問題になるが、枕木に鉄を乗せるという、ルリの絵を参考に職人たちが考える事になった。
村を囲うお堀については、話は簡単だった。
この世界の街や村は、基本的に川の側で作られる事が多い。
実際に川の水を引いて街中の生活に使用する事例も多いらしく、人工的な池……つまりダムをどう管理するのかなど、いくつか検証は必要であるが、試す価値ありと判断された。
多数の職人が集まっている場である。
ついでに蒸気機関のイメージを伝えると、鍛冶師や大工は大喜びだった。
「鍋でお湯を沸かすと、湯気が出るでしょ。
もし鍋に蓋をして、密閉していたら、どうなります?」
「そりゃ嬢ちゃん、蓋から蒸気が溢れてくるわな。
もし蓋まで密閉されていたら、爆発するに決まっとる」
「では、密閉した蓋に小さな穴をあけたら?」
「そりゃ嬢ちゃん、穴から勢い良く湯気が噴き出すわな」
「ですよね。その勢いって、何かを動かす動力になりませんか?
魔法が使えない人でも、風魔法使えるような感じですよ!」
こういう時、魔法の世界はありがたい。
科学では苦労するだろう事を、魔法……魔道具が解決してくれる。
「蒸気の勢いを動力源にして、魔道具で制御すればいいという事か。それなら、希少な魔石を使わなくても大きな力を出せるかもしれんなぁ。
人が乗れる程の力になるかは分からんが、面白い考え方だ……」
ルリは、地球の発明家がどういう研究で蒸気機関などを作ったのかは知らない。
ただ、SL、つまり蒸気機関車が現実として走っているのであるから、不可能ではないと考えている。
(何年かかるのか分からないけど、後は職人さん達が何とかしてくれるわよね)
たくさんの期待を込めて、たくさんのアイデアを話した。
蒸気機関車、自動車、……ついでに圧力鍋……。
もちろん、全て夢の中で見たものとして……。
「皆さま、ありがとうございます。
鉄道が引けるようになりましたら、ぜひアメイズ領まで通してください!
あと、圧力鍋……。蒸気が適度に抜けるのがポイントです! 完成したら真っ先に私に!
期待しています!!」
ルリは丁寧に礼をすると、話し合いの場を後にした。
完成した物を便利に使っていただけだと、改めて日本の生活を思い出す。
もっと暮らしやすくする為に欲しい物は多くあるが、説明する手段すら持たない事を、少し後悔した。
蒸気機関があれば、蒸気機関車や自動車に発展することは分かる。
しかし、飛行機はなぜ飛ぶのか、上記だけでは説明のしようがない。
何より、電気があれば色々と解決なのだが、発電の仕組みを説明する事も、出来なかった。
それでも、ルリは諦めない。
今やれる事を、するしかない。
日本の知識を、思い出す……。
(とにかく最優先事項。不便なのは、移動手段と通信よねぇ。
蒸気機関……イギリス……産業革命……。
電気に電話……エジソン……ベル……。
あぁもう。発明家の名前が分かっても何の役にも立たないわ……)
受験の丸暗記が異世界では全く役に立たないことに気付き、項垂れるルリ。
「はぁ。日本の少年少女!!
実践的な勉強をするのよ! 科学と化学! 理論が重要だわ!」
空を見上げて叫ぶ、ルリだった。
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