第50話 蛇女

 遠足の自由時間。

 ルリ達は、湖畔の静かな場所を見つけていた。




「この辺りがいいですわね」

 セイラの合図と共に、テーブルと椅子を並べて、のんびりティータイムの始まりだ。


「300年間見つかっていない宝物ですか……? 見える所にあるとは思えません。

 湖の底か、あの島が怪しいと思うのですが……」


 メアリーは宝探しが忘れられないようで、必死に考えを巡らせている。



「あの島には、小さな祭壇があるそうですわ。

 その、『蛇女』の怒りを鎮める為とか……」


 セイラが、またもや『蛇女』の伝説を話し出すと、グレイシーが答えた。


「貴族の宝が島にある可能性は否定いたしませんわ。

 それで、島までどうやって行くおつもりですの?」


 グレイシーの言う通りである。

 島までは、一番近い湖岸からでも100メートルはある。


「わたくし、泳ぐのは遠慮したいのですけれど……」

 全員が黙ってうなずく。




「ねぇ、湖を凍らせて道を作ったらいかがかしら。

 私とルリならできると思うわ!」


「「「へっ?」」」


 ミリアの突然の発言に、驚くルリ達。


「ダメもとよ。やってみましょう!!」

「ちょ、ホントにやるの? 待ってよ、ミリア……」


 ミリアはお構いなしに、ルリの手を引き駆けだす。

 全員、仕方なく後を続いた。




 島に一番近そうな湖畔で、湖を見つめるルリ達。


「分かったわ。

 2人の魔力を合わせて、氷の道をイメージするのね……」


 ミリアとルリは手をつなぎ、島へと一直線に魔力を通していく。


「ルリ、準備は良い?」

「ええ、いくわよ、3、2、1」


「「凍り付け!!」」


 ぴきぃぃぃん


 目の前の湖が凍り始める。

 幅3メートルの道が、島へ向かって一直線に伸びた。



「ほら、やればできるのよ!」

「「「「……」」」」


 声が出ない、セイラやメアリー達であった。




「氷が解けないうちに行きましょ!」

「「「「「おー!」」」」」


 慎重に、氷の道を進む。

 滑る事を除けば、思った以上に安全に島に渡ることが出来た。



 島は直径50メートルほどで、ほとんど人が来ないらしく、木々が鬱蒼としている。


「魔物の気配はないけど、一応警戒して進みましょう」


 セイラが気配を探りながら進む。

 念の為、アイテムボックスに仕舞っていた装備を着る事にした。


「祭壇は島の中央付近にあるはずです。

 まずはそこを目指しましょう」


 木々を掻き分けながら、6人は歩き出した。




 中央付近は小さな山のようになっている。

 岩肌が苔むしており、歩きにくい。


 しばらく進むと、洞窟のようにえぐれている場所が目についた。


「あれかしら? 洞窟の中に祭壇があるのかも……」


 6人で慎重に近づいていく。

 洞窟の入口は2メートルくらいあり、中に入れそうだ。


「行ってみましょう」

 ミリアの掛け声で、中に入る6人。


 10メートルほど進んだ場所に、確かに祭壇らしき空間があった。


「ずっと放置されていたのね。

 これでは『蛇女』も浮かばれないわね……」


 セイラはポツリと声を漏らすと、収納から花を一輪取り出し、祭壇に飾った。



「お宝があるとしたら、この洞窟、もしくは洞窟の周辺ね。

 探してみましょう!!」

「「「「「おー!」」」」」


 何の根拠もないのだが、何か出てきそうな雰囲気の空間だ。

 他に当てがある訳でもなく、宝探しを始める事にした。





 その時だった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ」


 洞窟内に男性の悲鳴がこだまする。


「「「なにっ?」」」



 振り返るが誰もいない。

 6人は急いで密集すると、声のした方へと歩き出す。


「何か出ても、無理に戦わずに逃げる事を優先しましょう。

 グレイシーとベラは絶対に私から離れない事。いいわね」

「「はい」」


 セイラとルリは武器を構えて警戒態勢。

 グレイシーとベラはミリアに抱きついている。


「見て!!

 さっきは気付かなかったわ。

 それに、壁の崩れ方が新しい気がする……」


 セイラが見つけたのは、洞窟の横穴だった。



「うわぁ、来るな、助けてくれ!!」

 横穴に近づこうとすると、再度男の声が聞こえた。

 何かしら、危機が迫っているのは明らかだ。



「放っては置けないわね……」


 黙って視線を躱し、横穴の中に入っていく6人。


「セイラ、魔物の気配はある?」


「魔物の気配は感じないわ。

 あ、でも人の気配が届いた。3人いるわね、10メートル先よ」


「何が起こってるのかわからないけど、3人を救出したらすぐに洞窟の外に離脱。

 それでいいわね!」


 ミリアの指示を聞きつつ近づくと、学園の男子生徒の姿が見えた。

 怯えながら、深い横穴の奥を指差している。



「あ、あ、あ、あれ……」


 男子生徒が指差した方向を見ると……。


「「「「「「へ、蛇女ぁぁぁぁ!??」」」」」」



 奥に見えるのは、上半身が女性、身体が蛇。

 とぐろを巻いているのでわからないが、太さだけでも1メートルはある大蛇だ。



 一方3人の男子生徒は、腰を抜かしていた。


「ちょっと、大丈夫……? 何でこんな所に……」

「あ、あうぅぅぅ……」


 男子生徒たちは、ミリアを見て気付いてはいるようだが、声がまともに出せていない。


「理由は後でいいわ、とにかく3人を外へ。

 引きずってでもいいから出すわよ!」


 セイラの声に我に返り、ルリ達は男子生徒を奥へと引きずり始める。




 その時。


『我が眠りを妨げるのは誰ぞ……』


 直接頭に響くような声がする。

『蛇女』が両手を広げ、怒りを顕わにした。


「ヤバい!!

 グレイシーとベラは3人を連れて少しでも外に!

 私たちは防御しながら後退!」


 ミリアが声を上げる。



 キン


 頭に何かを叩きこまれたような衝撃が走る。


 何とか意識を保ち、前を見る。

 いつの間に現れたのか、そこには、大量の蛇。

 岩肌から無数の蛇があふれ出し、ルリ達に迫ってきた。



「「「「ひぃ!!!!」」」」



 悲鳴を上げる4人だが、驚いている時間は無い。


氷槍アイスランス!!」

「プラズマ、発射!!」


 ルリとミリアが魔法を放つ。


 パリン

 ジュワ


「「えっ?」」

 しかし、魔法は蛇にあたる前に消滅した……。


「ま、魔法が効果ない!? 何なのこの蛇……!?」


 焦る2人だが、今は考えても仕方がない。

 すぐに臨戦態勢をとる。




「ミリア、全力で障壁!!」


 メアリーからの指示が飛ぶ。

 ミリアは洞窟の前方を塞ぐように魔法で障壁を張った。

 これで少しは時間が稼げる。


「セイラとルリは、障壁を抜けてくる蛇に対応。

 みんなが逃げるまでがんばろう!」

「「はい!」」


 ドゥン

 ドゴン


 ミリアの障壁に蛇がぶつかる。


 ガシュ

 ドシュ


 障壁の上部や横の隙間から這い出てくる蛇を切り倒し、何とか防御を維持する。

 物理攻撃ならば倒せるらしい。


 しかし、数が多すぎる。

 蛇は切っても切っても際限なくわき出してきた。




「くっ、ダメ。障壁が持たないわ……。

 みんな逃げて……」


 ミリアが辛そうに声を上げる。

 幅3メートルの洞窟の穴を埋めるような大きな結界だ。

 ミリアの魔力でも維持し続けるには限界がある。



 激戦の中、軍師メアリーは冷静に戦況を見つめていた。


(そもそも、おかしい。

 この蛇はどこから出てきているの?

 召喚? それとも……)


「ルリ、聞いて!

 音の魔法って出せる?」


「へっ?」


「たぶん、この蛇は幻術!?」


「幻術?」


「頭の中にキンって違和感あったでしょ? 蛇が出て来たのはあの後。それに、強さが普通の蛇と違う。

 音が原因だとすれば、もっと大きな音で打ち消せば、解除できるかも……!!」


「わかった! わかんないけどやってみる!」


(キンを超える大きな音?

 そうだ、カラオケのハウリング……。

 高い周波数……空気の振動……)



 バリン

 ドドドド



 その時、ミリアの障壁が破れた……。

 大量の蛇がルリとセイラに迫る。


「音の魔法、発動ぉぉぉぉ! 間に合えぇぇぇ!!」


 キィィィィィィィィン



「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」


 突然の高音に、ミリア、セイラ、メアリーが頭を抱える。


 だが同時に、大量の蛇は、何事も無かったかのように消え去った。




「「「やったぁぁぁぁ!!!!」」」


「まだよ!!」


 喜ぶミリア、セイラ、ルリであるが、メアリーが待ったをかける。


 そう、『蛇女』を倒した訳ではないのだ。



「全力で逃げるわよ!」

「「「はい!」」」


 ミリアの合図で、後ろに走り出そうと……した時だった。


『蛇女』の身体がぶるっと動いたかと思うと、長い胴体が急激に伸びる。

 避ける間もなく、女性の姿の上半身がルリ達の目の前に迫った。



『小娘が……』


((((ダメだ、逃げられない……))))



『小娘が……。

 我が幻術を破るとはやりおるのぅ』


『蛇女』の腕が、ルリの顎をくいッと持ち上げる。

 もう一本の手で腰を支えると、キスでもするかのように顔を寄せてきた。



(あはは、ダメだ。私、このまま食われるのかな……)


 ルリは諦め、目を閉じた……。

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