第51話 同居人

 目の前に迫る『蛇女』……。



「「「ルリ、逃げて!!」」」


 ミリアとセイラ、メアリーの声が聞こえる。


『蛇女』の腕で抱えられ、ルリは身動きが取れない。


(私、このまま食べられちゃうのかな……)


『蛇女』の顔が迫ってくる……。

 まるでキスシーンのような体勢で、諦め、目を閉じるルリ。



『汝、面白いのう。どうした恍惚な表情をして……。

 我を前にそんな顔をしたやつは初めてじゃ。キスでもしたいのか?』


「「「はぁ?」」」


 ハッとして目を開けると、目の前に『蛇女』の唇が近づいていた。


「ひぃぃぃぃ、いえ、そんなことはありません!!」


 慌てて拒否するルリ。そして唖然とするほか3人……。


(ない、無いわ……。

 ファーストキスが『蛇女』とか……無いわ……)



『つまらんのう。久方振りの人間じゃ。

 唇くらい減るもんじゃないがのう……』


「嫌です!! 断固拒否!!」


 ルリが『蛇女』の顔を押さえて暴れている。


「ちょ、ルリ!? 状況解ってる?」


「あっ……」


 目の前には『蛇女』。

 下半身には大蛇がついているのだ。

 見える範囲だけでも20メートル、いや30メートルはありそう……。


『まぁ良いわ。目覚めたのは何年振りかのう?

 何か食べ物は無いかのう?」


 ルリを離すと、『蛇女』は駄々をこねるような顔で言った……。




「あの、はい、食べ物ですか? ございます! いっぱいあります!

 なので、私たちは食べないで……」


『何を言っておる。そなた等を食う訳が無かろう……』


 驚き懇願するルリに、当然のような顔で返答する『蛇女』。

 4人は話について行けず、キョトンとしてしまった。




「ま、まずはお茶でもいかがですか? 『蛇女』様……」


 思い出したかのように、セイラが紅茶を準備し始めた。


『気が利くのう。我はラミアじゃ。ラミアと呼ぶが良い』


「はい、ラミア様」


『皆もどうじゃ? 近う寄れ』


 後ろで控えていたミリアとメアリーの元に、『蛇女』のラミアがぬぅっと身体を寄せた。


「は、はい……。

 ただ、恐れながら申し上げます。あの、お姿、目のやり場が……」


 ミリアが勇気を出して言葉にした。

『蛇女』の上半身は、裸であった……。


『そうか、人間にはこの姿はなぁ。少し待っておれ……』


 ラミアがすぅっと身体を引く。

 次の瞬間、音もなく蛇の身体が消えていった。


「「「「えぇぇぇぇ!!」」」」


 そこに現れたのは、下半身が人間の足になった……。

 全裸の女性の姿をした、ラミアであった……。




「どうしてそうなるのよ!

 目のやり場に困るから服を着なさい!って言ったのよ!」


 ミリアが憤って叫ぶ。

『蛇女』という事すら忘れたかのような強気な態度になっている。


「ルリ、何でもいいから服出して!」


 言われるままに大きめの服をラミアに着せた。

 スリムな体型ながらも180センチはありそうな長身。


 ルリの服では胸のボタンがパツパツになってはいるが、全裸よりはいい。

 隠す部分は隠せたことで、何とかその場は落ち着いた。




 食事は、盛大に振舞った。

 焼肉にスープ、主食はパン。


 大蛇よろしく、今のスリムな身体のどこに入るのかというほど、ラミアは食べている。


「さすが、ラミア様は良く召し上がりますね……」


「500年ぶりの食事じゃ! 感謝するぞ!」

 セイラが話しかけると、ラミアは満足そうに答える。


 その姿にもはや『蛇女』の面影はなく、高身長でスタイル抜群な、面妖な20歳前後の女性にしか見えない。


 次から次へと出てくる食材。

 火魔法や水魔法を駆使して作られる食事。

 もはや女子会のようになっていた。



「主ら、便利な魔法を使うのう。気に入ったぞ。

 500年ぶりに地上も見てみるか、案内せい。一緒について行く事にしよう!」


「「「「はい???」」」」


 突然のラミアの発言に一同驚くが、断れるわけもなく……。


 自分たちが学園の遠足で来ており、大人数であること。

 明日には王都に向けて出発することを伝えた所、

「我が幻術を用いれば姿を消す事は容易い」

 と言うので、王都まで隠れていてもらう事を条件に同行する事となった。


 そこに、グレイシーとベラが戻って来た。

「ミリアーヌ様、ご無事ですか?

 って……、何をしておりますの? 待っておりましたのに……」


 心配して戻って来たグレイシーの目に移ったのは、食事を囲むミリア達。

 そして……。


「「ひぃぃぃぃ、『蛇女』???」」


 食事の輪の中に『蛇女』の顔がある事に驚き、グレイシーとベラは腰を抜かした。



「グレイシーさん、大丈夫ですわよ。

 『蛇女』のラミア様と、一緒に食事をしておりますの」


「「な、なんでそうなるのよ!!」」


「そなた等も仲間か? 我はラミア。

 これから一緒に王都まで遊びに行く事になったでのう。

 よろしくな!」


「「……」」


 グレイシーとベラは声も出なかった……。




「グレイシーさん? 男の子たちは?」


「はい、先に逃げ帰りましたわ。

 私たち2人だけで、皆様の戻りを待っておりました……」


「そう、良かったわ。

 ラミア様の事は、私達だけの秘密にしておいてね!」


「「はい」」




「ラミア様、ひとつお聞きしてよろしいでしょうか?」

 それぞれ自己紹介を行い、親交を深めていると、セイラが意を決したように質問した。


「ラミア様は500年間、眠っていたという事ですわよね。

 300年前に、人間の夫婦がこの地を訪れ、女性が湖に身を投げたと思うのですが、ご存じありませんか?」


 セイラはどうしても、蛇女伝説が気になるらしい。

 伝説のあらすじを聞かせてみるのだが……。


「知らんのう。300年前は夢の中じゃ。

 それに、同族が生まれたのであればさすがに気づくじゃろう……」


「「「「えぇぇぇぇ」」」」


 伝説を信じて宝探しに来ていた4人。


「じゃぁ、貴族の宝物と言う話も……」

 大きく項垂れるメアリーであった……。



 その後、わずかな可能性を信じ全員で宝探しを行ったものの、何も見つからず。

 集合時間が近づいた事もあり、島を後にした。




 生徒たちの姿が見えてくると、ラミアは姿を消した。

 集合場所では、男子生徒が半狂乱に騒いでいる。


「ああ! ミリアーヌ様、ご無事で戻られて……」


「あら、無事なようね。どうしたの? そんなに取り乱して……?」


「え、それは『蛇女』が……!?」


「はぁ? 夢でも見てますの? 『蛇女』なんている訳ないじゃないの」


 ミリアが冷たく言い放ち、全員で頷く。




「彼には悪いことしたわね」


 見間違いに驚き逃げ帰った軟弱者扱いをされる男子生徒たちに少し同情する。

 しかしそれも一瞬。

 ラミアをテントまで送り、ルリ達は他の生徒たちと合流した。



 それぞれのグループごとに食事を作るのではあるが、貴族や商家の御曹司たちだ。

 料理などしたことが無い者がほとんど。

 周囲は散々な様子だった。


「ちょっとぉ、危なっかしくて見てられないわ!」

「ひぃぃぃぃ、あのグループ! 今、鍋に何入れましたの……!?」

「メアリー、ちょっと見てきて! 焦げ臭いわ!!」


 あちこちのグループに駆り出され、ほとんどの料理を手伝わされたセイラとルリ、メアリーであった。



 食後は、お待ちかねの舞踏会だ。

 夜の屋外でのダンスは、雰囲気としては悪くない。


(キャンプファイヤー、懐かしいわね。中学の林間学校を思い出すわ……)


 思い出してしんみりしようとするのではあるが……。

「「「踊っていただけますか?」」」


 どさくさに紛れて王女や公女と手を繋ごうとする有象無象がやって来る。

 そもそも女子は人数が少ないため取り合いになるのだ。


(同級生ってのは断りにくいわね……)


 最後まで途切れる事なく踊らされ、ぐったりしてテントに戻る、6人であった……。



「皆は何をしてきたのじゃ?

 そんなに汗だくで……」


「「「「「「聞かないで……」」」」」」


 からかう様な顔をしたラミアに、全員で顔を背けた……。




 翌日は、朝から王都へ帰還だ。

 2日の馬車旅となる。


 ラミアは馬車の中に紛れ込み、ルリ達とすごろくに夢中だ。


「ラミア様? 王都に着いたらどうしますの?」


「我か? もちろん、主らの住処に行くが……。

 何か問題があるかの?」


「……あると言えばある様な……」


 セイラが尋ねると、ラミアは一緒に寮に来るという。

 住めない事は無いが、見つかったら一大事である。



「ねぇみんなぁ、ラミア様が住むのに丁度いい場所ないかなぁ。

 学園の寮でもいいけど、自由に出歩けないとか、姿消して過ごすとか、不便でしょ……」


 セイラの問い掛けに、首をかしげる。


「王宮なら場所はあるけど、説明が難しいわねぇ……」

「わたくしも、お父様に何と説明したらいいのか……」


「みんなそうなるわよねぇ。説明さえ出来れば場所はあるのですが……」


 貴族の屋敷は多くの人が暮らしている。誰だかわからない者を住まわせるには向いていない。

 そんな時、全員の目がルリに向けられる。


「「「「「ありますわね!!」」」」」


 確かに、ルリの屋敷、つまりアメイズ子爵家の王都邸ならば、メイド以外いない。



「そうね。ラミア様、私の家にいらっしゃいませんか?

 食事などの世話は致しますし、姿を隠さずとも暮らせますよ!」


「おお、それは有難いのう。そうさせて貰おう」


 こうして、ラミアはアメイズ子爵家の屋敷で暮らす事が決まった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る