第43話 断罪
静寂の中、足音は、聞こえる距離にまで迫っている。
ルリは静かに
(大丈夫、気配だけでも魔法は当てられるはず)
自分を鼓舞するように呟き、氷槍の魔力に集中する。
ヒュゥゥゥン、バチィン
静寂を破ったのは、光だった。
(えっ? 照明弾……?)
無数の氷槍が、光に照らされ、キラキラと輝く。
そこに、声が聞こえる。
「クローム王国、近衛分隊、ヤリナムである!!」
(えっ? えええっ?)
ルリは慌てて、氷槍の射出を踏みとどまる。
「「「「「うわっ!!」」」」」
そして、森の中から前進してきた兵士が、氷槍に気付き驚いた。
「クローム王国、近衛分隊、ヤリナムである!!
味方だ! 攻撃をやめてくれ!!」
空中に漂う氷槍と、驚いて固まる兵士たち。
そしてヤリナムは味方だと叫んでいる。
(ほんと? でもなぜ近衛兵がこんな所に?
罠かしら……。でも盗賊がそんな回りくどいことする?)
ルリは混乱していた。
しばらく、両者のにらみ合いが続く。姿を現すべきか、攻撃するべきか、ルリは悩んでいた。
「ルリちゃ~ん、出ておいで~!!
セイラだよ~!!」
「え!?」
突然、ルリの名を呼ぶ声がした。
よく知った声、セイラの声だ。
「セイラ!? え? セイラなの? なぜここに?」
陰から覗くと、そこに見えるのは騎士の鎧に身を包んだ少女。
「クローム王国近衛騎士団、セイラ・フォン・コンウェル!!
国王の命により、アメイズ子爵家令嬢、リフィーナ様の救出に参りました!」
「セイラ! セイラなのね!」
ルリは、セイラの姿を確認し、急いで駆け寄る。
「ルリ、良かった、無事だったのね!!」
セイラは涙声だ。
「ごめんね。とんでもない事になっちゃって……。
でも、どうしてセイラがここに?
それに騎士の皆さんも……」
「うん、ちゃんと説明するわ……」
ふと小屋を見ると、突然の照明弾、近衛騎士団という言葉に驚いたのか、ドアから女性たちが顔を出していた。
「セイラ、来てくれてありがとう。
それで、他にも攫われた人たちもいるから、小屋に移動しない?」
ルリは驚きと喜びで膝ががくがくしているが、何とかセイラに支えられながら小屋へと戻った。
「皆さん、驚いてください!!
何と、王国の騎士団が助けに来てくれました!
本当の意味で、もう大丈夫ですわ!!」
ルリは泣き崩れてしまう。
セイラと騎士たちはルリを座らせると、女性たちに向き直った。
「クローム王国の近衛騎士団です。
安心してください。この場は私たちが守ります」
ルリの泣き声につられたのか、騎士団に安心したのか、もはや泣き崩れていない者はいなかった……。
「ヤリナム、小屋の周辺を警戒。
あと、100メートル先に小さな反応が8人あるの。
盗賊の生き残りだと思うわ。10名で行って捕らえて来なさい」
セイラの指示で、騎士たちが動き出した。
ルリが泣き止むのを見計らって、セイラが声を掛けてくる。
「ルリ、事情の説明の前に、会って欲しい人たちがいるの。少しいいかしら」
小屋から出ると、そこには10人の老齢な冒険者が立っていた。
「この方たちはね……」
セイラが説明をしようとすると、ルリに記憶がよみがえってくる。
「あ、あなた達、なぜここに……」
「「「「「「「「「「……リフィーナ様……」」」」」」」」」」
そこに居たのは、アメイズ領主家に仕えていた騎士たちだった。
「……ぅぅぅ、やはりリフィーナ様だ……。生きておられた……」
「……ぅぅぅ……」
老齢な冒険者たちが、涙声でリフィーナの名前を連呼している。
「説明するわね」
セイラが口を開いた。
「あなたがアメイズ領に行くと聞いて、レドワルド国王から勅命があったの。
本来は第三王女の近衛隊なんだけど、私の部隊にね。
何かあるかもしれないから、隠れて着いて行けって……」
「えぇ? ぜんぜん気付かなかったわ」
「そりゃそうよ、この部隊は隠密で護衛する事に特化してるから。
なんだけどね、メルダムの街に着いたら、ルリの行方が分からなくなってしまったの……」
「宿屋で誘拐されました……」
「そうみたいね。焦ったわよ。朝になってもルリが出てこない。
しばらく探したけど行方が分からないから、宿に踏み込んだのよ。
そしたら知らない、泊ってもいないというじゃない?」
「あの宿屋、共犯みたいでした。あと門兵もあやしい……」
「もちろん、宿屋の主人含めてすぐに拘束したわ。
それで、早朝の馬車で運ばれたことを知ったのよ……」
「さすがね。でも、それでなぜアメイズの騎士たちが?」
「ほら。朝方、周囲で怪しげな輩は全員拘束した訳。
その中に、彼らもいたのよ……」
「あぁ、なるほど……」
「結局、盗賊の仲間らしいのは宿屋の従業員くらいしかいなかったんだけどね。
この方たちは元アメイズ領の騎士で、リフィーナに似た人を見つけて追いかけて来たって言うのよ。
それでね、盗賊のアジトにも心当たりがあるというので、一緒に来たわけ」
「騎士たちが、ここの場所がわかってたの?」
「正確では無いわ。ただ、誘拐犯を追いかけて何度か森までは来たことがあったらしいの。
近くまでくれば、ほら、私の探知でルリの反応くらいわかるわ。それで、ここまで来れたってわけ」
ルリは、アメイズの元騎士たちに深く礼をした。
「そうだセイラ! これ見て!
私、証拠を手に入れたの!」
ルリは思い出したかのようにアイテムボックスから書類の束を取り出してセイラに見せた。
「こ、これは……?」
「うん、盗賊が持ってた。
これで、お爺さまも浮かばれるわ。そして一緒に亡くなった騎士や従者たちも……」
「まさかとは思うけど……。
ここが、あなたたちを襲った盗賊団のアジトだったって事なの?」
「そう。そして、奥で転がってるのが、私を襲った張本人……」
元騎士の老人たちの目に激しい怒りが浮かぶ。
「はぁ、運がいいのか悪いのか……。
でも、これがあれば、アメイズ領を、あなたのお母様を救えるという事ね。
王家も全力で協力するわ」
頷くルリを抱き締めながら、セイラが優しく呟いた。
「夢が叶うわね。おめでとう。
でも、無茶し過ぎよ……まったく……」
安心したのか、セイラに顔をうずめたまま、ルリは眠りに落ちてしまった。
翌朝、目が覚めると、あたりは散々な状態だった。
「ルリ、ちょっと説明しなさい!」
優しかったセイラはどこにいったのか、厳しく睨みつけられる。
全員を氷漬けにした話、一部は燃やした話をする。
「ミリアでももう少し自重できるわよ……」
ルリは、セイラに言われるがままに、事態の後片付けを行った。
盗賊の持ち物やアジトから証拠になりそうなものを収納する。
死体は焼却した。
生きている数名の盗賊には回復を行い、歩けるようにした。
「これより帰還する!
目的地はアメイズ領都!」
セイラの宣言を合図に、アジトから帰還を行う。
騎士が乗ってきた馬はあるが、非戦闘員の女性のペースで動くため遅い。
3日かけて森を抜けると、馬車が待っていた。
先行した騎士が手配していたものだ。
「さすが近衛騎士団、仕事が早いわね」
「これでも国家権力ですから!」
ルリとセイラが微笑んでいる。
(どうなる事かと思ったけど、友達に助けられたわね……)
「何? 幸せそうな顔で見たって何も出ませんよ。
それにルリ、あなたはこれからが本番でしょ!」
その通り。父の悪行を明らかにするという事は、リフィーナが生きている事が明らかになるという事でもある。
「そうね……。
でも、母を守るために覚悟していた事だわ。
冒険者ルリの生活は楽しかったけど、仕方ないわね」
「あら? 冒険者止めてしまいますの?」
「え? でも続けられるか……」
「それは困りますわ。
王の勅命では、あなたを護衛して連れて帰り、ミリアたちと一緒に冒険者活動を続ける事まで含まれてますの。
冒険者をやめられては、近衛騎士団としては依頼を未達成になります!」
ルリの目に涙が浮かんだ……。
そうこうしている内に、アメイズ領都へと到着する。
(いよいよ対決だわ。
リフィーナ、あなたの想い、成し遂げるわよ!!)
領都の手前で、クローム王国の大臣、マティアスと落ち合い段取りを決定した。
領都に入ると、セイラとマティアスは一直線に領主の屋敷へと向かう。
ルリは騎士団の鎧で顔を隠し、護衛として着いていった。
王族の訪問とあっては無下には出来ず、アメイズ領主夫妻との面会がすぐに出来た。
応接室には、リフィーナの父と母が待っていた。
セイラとマティアスが席へと通される。
護衛のルリは、ドアの前で待機だ。廊下で待つことにする。
廊下には、盗賊の頭も連れてこられていた。
「これはこれは、セイラ様、マティアス様、ようこそおいでくださいました」
リフィーナの父、ジョルジュが会話を始める。
「さて、本日お伺いした要件ですが……」
中身のない会話はせずに、セイラが本題を切り出す。
「先日、盗賊を捕らえましたので、引き渡しに参りました。……これへ」
セイラの合図でドアが開き、盗賊の頭が室内に連れ込まれる。
「こ、これは……。このような場所まで……。
へっ、部屋に連れ込むとは何事か……。牢へ放り込め!」
ジョルジュは驚きから怒りへと表情を変えながら、声のトーンを上げて兵士に命令する。
「どうかなさいましたか?」
「いや、突然犯罪者が部屋に来たので驚いただけだ……」
ジョルジュは場を誤魔化そうとするが、セイラは青ざめた表情を見逃していない。
焦ったジョルジュが口を開いた。
「それで、あの盗賊がどうかなさいましたか?
当家で裁いて処罰を与えましょう。お引渡し感謝いたします」
平静を取り繕うジョルジュに、セイラが畳みかける。
「お聞きしたいのですが、こちらの書類をご存知ですわね」
セイラが書類の束をテーブルに置く。
「マティアス、読み上げていただけますか?」
マティアスは要点だけまとめて、内容をかいつまんで読み上げる。
そこには、辛辣な内容が書かれていた。
領主の馬車を襲撃し惨殺する計画書。
娘は誘拐し、人格を失うほどの恐怖を与えた上で領に戻すという密約。
上記に際する金銭受け渡しの記録。
領内での盗賊行為を黙認するという書面。
バン
領主、つまりリフィーナの母であるサーシャが、テーブルを強く叩いて立ち上がった。
夫の顔を激しく睨みつけている。
「知りませんなぁ」
ジョルジュは薄ら笑いを浮かべながら、言い放った。
「覚えはございませんか? もう一度よく見ていただきたいのですが……」
セイラは書面をジョルジュの目の前に突き出した。
「知らぬものは知らぬ。盗賊が勝手にでっち上げた物であろう。
私は盗賊に依頼などはしていない。盗賊との取引も無い。
それに、リフィーナの誘拐ともあるが、娘はあれ以来、行方不明だ!」
「契約が履行されていない為、虚偽の書面だとおっしゃるのですね」
「ああ、言いがかりも甚だしい!
話はこれだけですか? 私から話す事は何もない。
お引き取りいただけますでしょうか?」
不敬にも、ジョルジュは席を立ち去ろうとした。
「語るに落ちましたね!
私は、この書類があの盗賊が持っていたものとは一言も言っていません。
マティアスも同様ですよ。
貴殿や盗賊の名前は伏せ、リフィーナの名前も出していない。
領主や娘と表現しただけです。
なぜ、貴殿と盗賊とのやり取りと思われたのでしょうか」
「……」
「お答えは出来ませんよね。
しかし、最初から貴殿に反論の余地は無かったのですよ。
リフィーナを襲わせた、その時点で、あなたの悪行は終わっていたんです」
セイラの合図でドアが開く。
ジョルジュとサーシャもドアを振り向いた。
「お入りください」
ルリは
「……なっ!?」
「リ……リフィーナ……?」
「お母様、ご心配をお掛けしました」
ルリは、いや、リフィーナはカーテシーで挨拶を行う。
そして、父へと振り向いた。
「お父様、いえ、領主殺しの首謀者、ジョルジュ。
私は、リフィーナは生きています。そして、全てを公にすることを誓いますわ」
「ジョルジュ・フォン・アメイズ!
近衛騎士団、セイラ・フォン・コンウェルの名において、この者を拘束、王都へ連行する!」
ジョルジュは、ついに、項垂れながら拘束されたのだった……。
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