第41話 奴隷

 気が付くと、馬車の荷台に居た……。


「……」

 声が出せない。



 身体に意識を向けると、自分が寝転がっている事が分かる。


 手は腰の後ろで拘束されている。

 足は縛られている。

 口は動かせず、猿ぐつわだろうと分かる。


(これは……? ……どこ? どういう状況……?

 私、捕まったって事かしら……)



 ……周囲に意識を向ける。

 今いるのは馬車の荷台だ。幌がかぶされていて薄暗い。

 ただ、隙間から光が漏れており、夜ではないことが分かる。


 ……他にも人がいるようだ。

 見えているのは、女性が3人。同じように縛られている。

 奴隷のような、布切れ一枚の服を着ていた。



(うわ、これ! 奴隷が売られる場面……???)

 頭の中に、ドナドナドーナーと歌が響いてくる……。


 ハッとして自分の姿を見る。

 同じ布切れを着ている。

 肌の感覚を確かめると、下着を付けている気配もない……。


(捕まって、拘束されて……。

 しかも、やば、……着替えさせられてる!?)



 後頭部に痛みはあるが他に怪我をした様子は無い。

 下半身に違和感もなく、乱暴されたわけではなさそうだ……。


(貞操は守られたのかしら……。ふぅぅぅぅ……。

 だがしかし!!)


「うぉぅ! ぅぅぅうぉお!」


 誰か裸を見たって事? 絶対殺してやる!

 ……と叫ぼうとしたが、言葉にはならなかった。




(拘束解かなきゃ……! 氷槍アイスランス!)


 ……ん?


 魔法を唱えてみたが、何も起こらなかった……。

 他にも試してみるが、危機感知やアイテムボックスすら使えない。



(ピンチだわ。魔法を封じられている……。

 完全に身動きできない……)



 辛うじて体を起こし、状況を確認する。

 同じように布切れ1枚を着せられた人が8人いた。

 全員女性。見た目は10代に見える。


(成人前後の女性専用の誘拐犯って事ね。

 悪趣味すぎるわ。何とか隙を見て逃げないと……)



 女性たちの何人かは、怒りの表情で苦しそうにしている。

 諦めたようなうつろな表情の女性もいる。

 倒れて動かない人も、3人いた……。


 大きな怪我をしている人はいないが、抵抗したのだろう、血をにじませている人もいた。

 何人かとアイコンタクトをとるが、それぞれ何が出来る訳でもなく、宙を見つめていた。




 しばらくすると、外で話し声が聞こえる。


「これで全員だな。これが報酬だ。宿に残った荷物はいつも通りな……」

「承知しております……」


 後ろの幌が開き、女性が一人投げ込まれた。

 意識は無い。




 ……そのまま、馬車が動きだす。

 まだ街の中だろうか、周囲には住民の話し声が聞こえてくる。

 門を通った雰囲気があるが、途中で止められる様子は無かった。



(うわ……。

 宿屋が共犯で、しかも門も素通りって事よね。この街腐ってるわ……)



 

 状況が分かっても、何もできなかった……。


 食事を与えられる事もなく。

 ただひたすらに、馬車で運ばれていた……。



 途中、何度か馬車が止まる。

 男が中の様子を覗く。


 体力が持たず倒れている者に、無理やり水を飲ませていた。


 その瞬間を待ち構えて抵抗しようとすると、蹴られた……。




 夜が過ぎ、昼が過ぎ、また朝を迎える。

 3日は経過しただろうか、10人の女性は、体力も気力も尽き、横たわっていた……。


(意識があるうちに、知識を整理しないと……)


 ルリは、薄れかけた意識を奮い、男たちの会話に耳を集中させていた。


 ---明日には『常夜の闇』のアジトに着く。女を引き渡して終了だ。

 ---今回は『常夜の闇』の頭が自ら、既にアジトに居る女とまとめてリバトーからエスタールへ運ぶらしい。



 リバトー領はアメイズ領の北に位置する。

 そして、リバトー領の西側はエスタール帝国と森を挟んで接している。


(『常夜の闇』ってのが盗賊団の名前ね……。

 現在地がリバトー領のどこか……。

 そこのアジトで他の奴隷と合流して、エスタール帝国に連れて行かれるという事ね。

 チャンスは、アジトか……)


 ルリはアジトでチャンスが訪れる事に期待した。

 しかしそこまで。……意識を失った。



 ……どれくらいの時間がたったのかわからない。

 気が付くと、馬車は止まっていた。




「到着だ、馬車から降りろ!」

 男の声がする。


 ぐったりとした女性たちは、皆動けない。

 何とか意識を取り戻したルリは起き上がることが出来た。


 ドゴ

 背後で、倒れた女性に蹴りが入っている。


 ルリも、引きずられるように連れられ、目の前の小屋に押し込まれた。




 小屋の中には、7人の女性がうずくまっていた。

 布切れ一枚の服装。手足を縛られ、口を拘束され、首輪が巻かれている。


 今到着した10名と比較し、明らかに怪我が多い。

 それは、この場所での扱いの悪さを物語っていた……。



 声にならない泣き声と、うめき声だけが響いている。

 1時間くらい経った時、小屋のドアが開いた。


 一人の男が、入ってくる。

「抵抗は出来ねぇぞ。大人しく諦めな。

 これから可愛がってもらえるんだからよ、幸せと思うこった」


「「「ぅぅぅ、ぅぅぅ」」」


 数人が何かを言おうと抵抗を見せるが動けなかった。




 男が持ち出したのは、首輪だった。

 手前の女性から順番につけ始める。


(あれって、奴隷の首輪よね。ヤバいヤバい、本気で抵抗できなくなるわ……)


 何とか逃げようとするが、もぞもぞと身体をうねらせるしかできない。



「おい、動くな!」

 ドゴ

「ぅぅ」

 抵抗しようとするルリを、男が蹴り飛ばす。

 腹に衝撃が走り、声が漏れた。



 頭を掴まれ、首輪を回される。

(いや、もうダメ……)


 奴隷……。

 それはルリにとって死に等しい。

 状況からして、性奴隷として売られ、抵抗も出来ずに嬲られ弄ばれるのは確実。

 死よりも辛い、生きながらに殺される地獄を覚悟した。


 カチン

 首輪の留め金がつけられ、ピリッと衝撃が身体に走るのを感じる……。




 その直後だった。


『リミットを解除します』

『状態異常無効を解放しました』

『無属性魔法、解呪を解放しました』


 頭の中に声が響いた。




(……おお! 助かった? 呪いや術式が無効って事よね!

 逃げられる! 女神様ありがとう!!!)


 奴隷の呪縛は避けられたようだ。

 ……かと言って、今のルリに戦う体力は無い。

 床に倒れたまま、ルリは考えた。



(絶体絶命、貞操の危機に反応してくれたのね……。

 大丈夫。すぐに戦う必要は無いわ。

 まずは体力の回復と状況の確認ね……)


 ルリは倒れたまま、男が去るのを待つ。

 静かに危機感知を広げてみた。



(よし、魔法は使える……。

 近くに20人、ちょっと離れて50人か……。多いわね……)


 時間も場所も分からない。

 味方は自分一人……。


 長く待ったところで、状況が好転するとは限らない。

 盗賊の拠点のど真ん中に居るのだ。

 いつまでも安全が保障されている訳ではないのだ。


 ルリは、盗賊の殲滅を決めた。



完全回復エクスヒール、続けて氷槍アイスランス!)


 体力を回復し、薄く作った氷槍で手の拘束を破壊する。

 さらにアイテムボックスからナイフを取り出して足の縄を切る。



「「ぉお、ぉぉぉ」」


 気付いた女性がうめき声をあげる。




 人差し指を口の前で立てて静かにするように伝えると、彼女たちに近づき、伝えた。


「私は、冒険者のルリです。

 助けるのが遅くなってしまいすみません。

 これから皆さんの拘束を解いて回復します。

 外に気付かれないように、大人しくしていてください!」


解呪かいじゅ完全回復エクスヒール


 小さく呟くと、一人の女性を回復しながら手足の拘束を解いた。




「……あの、あなたは……」


「今は私を信じてください。必ず助けますから……」


 恐怖で人間不信になっている女性をなだめ、ナイフを一本渡す。


「他の人の拘束も解いてください……。

 できますね!」




 順番に拘束を解き、回復させていく。


「奴隷の首輪も解呪してありますので、外して大丈夫ですよ。

 それで、この中に戦える人はいますか?

 私はこれから外の敵を殲滅します。小屋の中を、守ってほしいんです」


「「「……」」」


 3人の女性がこっちを見ているが、返事する者はいない。




(この状況で戦えるという人はいないわよね……。

 でも何もないよりはましでしょう……)


「武器をいくつか置いていきますので、何とか自分たちで身を守ってください!」


 アイテムボックスから、剣や槍、防具類を取り出した。

 以前、他の盗賊から取り上げたものだ。



 ルリも、ミニ浴衣二刀流の姿に装備を変更した。


 学園で練習して覚えた装着そうちゃくの魔法により、防具をアイテムボックスから着た状態で取り出すことが出来るのだ。

 アバターを切り替えるかのように、一瞬で装備を着脱できるようになっている。




(さぁ、ゲームスタートよ!)


 ルリは、女性たちに合図を送り、小屋を飛び出した。

 既に、危機感知で敵の位置は分かっている。


 氷槍アイスランス


 ドアが開くのと同時に、無詠唱で氷の槍を出現させ、盗賊めがけて放った。



 ドシュ

 ドシュ、ドシュ、ドシュ


 近くにいた、4人の男が吹き飛ぶ。



「何だてめぇ!」

 男たちが、気付いて群がってくる。


「こいつ、小屋に居た奴隷でっせ!!」


「何だとぉ? どうやって外に出た? 何で奴隷の首輪がねぇんだ!?」



(奥から大勢の盗賊が来る前に、手前をやっつけないとね……)


 怒鳴りたてる盗賊たちを無視し、ルリは空中に無数の氷の槍を並べた。

 二刀流で構えるルリの頭上に何本もの氷槍が浮いている。



「ば、バケモノ……!?」

 逃げ出そうとする男を、空中の槍が後ろから捉える。


「逃げる事は許さないわ。一人も生かしておかない!!」


 ルリは、怒っていた。

 そして、探していた。


(いた! あいつらだけは許さないぃぃぃ!!!)


「「「「「ひぃぃぃぃ」」」」」


 槍の向きが変わる。

 ルリは青白い炎を2本の剣に纏い、5人の集団に突撃する。


「わたしのぉぉぉ、貞操をぉぉぉ、よくもぉぉぉぉぉ!!」


 狂気の目で男たちを睨みつけると、バターでも切るかのようにザクザクと身体を切り裂いた。


 それは、馬車でルリ達を連れてきた5人の盗賊。

 裸を見られた相手……。

 ルリは容赦が無かった……。



「「「「「ぐわぁぁぁぁ……」」」」」

 悲鳴を上げようが、切り裂いただけで、許すわけがない。



 火球ファイヤーボール


「記憶の全てまで塵になりなさい!!」


 5人の男は、存在すらしなかったかのように燃え尽き、消滅した……。





 ルリは別の盗賊に向き直る。

 怯えたような盗賊たちの姿に狙いを定める。

 降参など、許すわけがない。


 絶対零度アブソリュート


 ルリが指差すと、目の前の男が氷柱に変わった。

 悲鳴を上げさせる時間すら与えない。




「一斉にかかれぇ! 小娘一人にビビるんじゃねぇぞぉぉぉぉ!!」

 何とか気勢を上げるが、もはや遅い。


 絶対零度アブソリュート


 ピン

 ピン

 ピン

 指先から放たれる魔法で、男たちは、次々と氷に囚われていく。


「てめぇ、なにしやが……」

 ピキィ


 手前にいた20人の盗賊は、あっさりと、氷の塊へと変わっていた……。

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