第40話 アメイズの異変
今は12月初旬。
第2学園入学からは、3か月が経過している。
(まもなく冬休みね。
久しぶりに一人になるけど、何しようかしら……)
学園の冬休みは長い。
12月中旬から2月の中旬まで、約2ヶ月間ある。
これは、貴族の社交シーズンに合わせたものだ。
社交シーズンでは、日々社交会、つまり食事や舞踏会が開かれる。
12歳以上の紳士、淑女は原則参加となっており、この席上で、将来の伴侶を探したりするのだ。
本来であれば、今年の冬からアメイズ子爵家の長女であるリフィーナも参加となるのであるが、ルリが今表に出る訳にもいかず、学園で待機となる。
「ミリアとセイラは、王宮に戻るのよね。
メアリーは冬休みどうするの?」
「私は家の手伝いに戻ります。年末年始は、商会の仕事も忙しくなるんですよ……」
ルリもメルン亭の手伝いなどやる事がない訳ではないのだが、別の事をしようと考えていた。
「ルリはどうするの?」
「私は、アメイズ領を見てこようと思ってます。
何か思い出す事もあるかもしれないですし……。
もちろん、お屋敷には近づかないわ」
「「「……」」」
「気を付けるのですよ。街中で何かあるとは思いませんけど、狙われている可能性もあるのですからね。
念の為お父様には伝えておくわ」
ミリアが心配しながらも理解を示してくれる。
アメイズ領は馬車で10日ほど。
領主交代の事件はあったが、領民は変わらずに生活をしている訳で、街や道中に大きな危険がある訳ではない。
領主の屋敷に近づきでもしない限り、問題が起こる理由は無かった。
そして冬休みの初日がやってくる。
「「「「またね~」」」」
ミリアとセイラは王宮へ、メアリーは実家へと帰って行った。
ルリは1人、アメイズ領行きの乗合馬車を待っている。
護衛依頼など他にも向かう方法はあるが、あまり目立ちたくないルリは、素直に乗合の馬車で向かう事にしたのだ。
(この旅は本当の意味でのお忍び。Dランクのか弱い少女を演じないとね)
ルリは、大きめのローブを羽織り、フードを深くかぶっている。
中にはミニ浴衣装備と曲剣を2本差しているが、見えないようにしていた。
やがて出発時間になる。
8人の同乗者で馬車に乗る。
他の乗客がチラチラとルリを見ているのだが、少女の1人旅は目立つわよねぇ、くらいにしか思っていなかった。
老夫婦が1組、家族と思われる父子に男の子、冒険者風の男性が1人と、20歳くらいの女性が1人。
同世代の女子が居る訳でもなく、ルリは静かに馬車に揺られていた。
アメイズ領は、王都の南西にある小さな領地だ。
西の森の下側を森に沿って進む。
途中、野営地や宿場町を通りながらの10日間の旅。
(少し目立つけどね……。
でも10日間シャワー無しとか耐えられないし、食事は美味しい方が良いしね)
ルリ的には自重しながらの旅のつもりではあるが、シャワーや簡単な食事のサービスは忘れない。
女性客とは特に、親交も深まる旅となっていた。
途中、魔物と出くわす事はあったが、難なく旅は続き、無事にアメイズ領まで進んでいた。
そして、アメイズ領の噂話を聞くこともできた。
「領主様が新しくなってからは暮らしにくくなったからなぁ、王都に移住する人も増えているよ」
「税率が引き上げられて農村が困っているらしいのぅ」
「領主家に逆らったとかで何人も捕まっているらしいぞ」
「攫われた娘さんを探しているらしいな」
(なんか典型的な悪代官モードね……)
想像以上にダメな状況にがっくりするが、何かしら悪行の証拠を思い出すのが今回の目的だ。
とにかく領都を目指すルリであった。
幸いにも魔物や盗賊の被害はなく、アメイズの領都へと到着する。
王都ほどではないが、十分に大きな街だった。
丘を開拓した都市なのか、領主の館がよく見える。
リフィーナ自体は全くと言えるほど街には出ていないので、初めて見るような景色だ。
ただ、丘の上に見える屋敷は、リフィーナの記憶に鮮明に描かれた建物だった。
(まずは情報収集ね。滞在予定は3日間。とりあえずギルドに行ってみようかしら……)
冒険者ギルドは国政とは切り離された機関だ。
領主の影響を受けにくいため、正しい情報が集まりやすい。
チロリン
ギルドの扉を開ける。
好色な視線が刺さるが気にしない。
今日のルリは、髪をアップにまとめ、しっかりと化粧をしていた。
いわゆる大人メイクで、未成年には見えない。
その分、フードの陰に見え隠れする雰囲気が、誰が見ても貴族令嬢という風貌の為、冒険者たちからすると、近寄りがたさを演出していた。
「お前いけよ」
「やだよ、どう見ても只者じゃないだろ」
後方で男たちのささやきが聞こえてくる。
ルリは依頼のボードを見ていた。
薬草採取、魔物討伐と言った定番の依頼。
そして、盗賊の調査、討伐の依頼がある。
さらには、行方不明者の捜索に懸賞金がかけられていた。
(あぁ、盗賊や人攫いが蔓延してるという事でしょうね。
詳しく聞きたいわ……)
「姉さん、一人かい。依頼を受けるってんなら一緒に受けてもいいぜ!」
誰か詳しそうな人はいないかと見まわすと、勇者が現れた。
(程度の低い男ね。まぁ仕方ないか……)
「依頼を受けるかは分かりませんけど……。
よろしかったら盗賊について聞かせていただけませんか?」
「あん? あんた領主家の回し者か?」
「違いますけど、何かあるんですか?」
「いや、いいんだが……」
盗賊の話になった途端に、男は黙ってしまう。
(困ったわね。冒険者から情報を聞き出すのは難しいかしら……。
でも、盗賊と領主には何かよからぬ噂があるのかも知れないわね……)
仕方が無いので、受付に行ってみる。
「冒険者ギルド、アメイズ領支部へようこそ」
「こんにちは。王都から来ました。
盗賊の依頼についてお聞きしたいのですが……」
冒険者カードを見せながら、ルリは受付嬢に尋ねた。
「アメイズ領では、半年ほど前から、盗賊による被害が増えております。
北のリバトー領に近づく程に報告が増えておりまして、冒険者ギルドとしても有力な情報や討伐には報酬を出すようにしているのです」
本来は盗賊の討伐は領主軍の役目だ。
ギルドが報酬を出すのは余程の時だけである。
「場所が分かっているのなら、なぜ領主軍が動かないのですか?」
「はい、何度も陳情は出ているようなのですが……。
北と言っても広いですので、正確な情報を集める為にギルドも動いている状態です」
(正確な場所がわからないからと言って領主が動かないのは怠慢だわ。
何か動かない、あるいは動けない理由がある、そう考えるのが自然よね……)
「分かりました。何か情報が得られたら報告するようにします」
受付嬢に告げ、冒険者ギルドを後にする。
(正規で聞こうとすれば拒まれる。領主の目を気にしてるのは間違いない。
となれば、街中で聞くしかないわね……)
ルリは、市場に向かい買い物をしながら情報を集める事にした。
(さすが、おばちゃんの噂好きはどこの世界も共通なのね)
食料の値段が上がっている話。
税金を払えずに借金に手を出す人が増えた話。
街中にガラの悪い人が増えた話。
孤児が増えている話。
領主や衛兵に逆らうとすぐに捕まってしまう話。
(想像はしていたけど、ひどいわね。
どうにかしなきゃ……)
ルリは、耐えられなかった。
全員が口にするのは、領主が新しくなって街が変わってしまったこと。
その新しい領主は、誰でもない、リフィーナの母サーシャなのだから……。
リフィーナの記憶では母は軟禁状態のはず。
実権を握っているのが父である事は間違いないだろう。
(何か証拠が必要ね……)
そう、今ある話だけでは、何か罪に問う事は難しい。
税率は領主の裁量で自由である。すぐに捕まる事にしたって言い逃れは容易だろう。
その後、酔っぱらいから話を聞こうと酒場にも行ってみたが、有用な情報は得られなかった。
いや、正確にはさっさと撤退してしまった。
酒場でルリは目立ちすぎる。男に絡まれるばかりで、情報収集どころでは無かったのだ。
ルリには、男を手のひらで転がせるほどの経験値は無い……。
(はぁ、もう疲れたわ……。明日にしましょ……)
風呂付の宿をとり、早めに寝てしまった。
翌日は、屋敷の近くまで行ってみる。
外から見た感じでは、リフィーナの記憶と変わった点は無い。
(母の様子だけでも知りたかったけど……。
テレビや映画の主人公なら、……屋敷に忍び込んで、矢文をピュンとかするんでしょうけど……。
私には無理ね。長居は無用だわ……)
姿を消す能力や、目に見えないような速さで動くスピードは無い。
魔法や剣舞が使えたとしても、一般の人々よりは優れているという程度。
隠れて屋敷を観察した後、そそくさと撤退するのであった。
(さて、どうしようかしら……)
いつまでも領都に潜伏しているのは、リフィーナの知り合いに会う可能性が高まり良策ではない。
かと言って、得られたのは北に行くと盗賊が出やすいという情報だけである。
(とりあえず、北に行ってみますか。
待っていても始まらないわね……)
盗賊が、父や領主家の誰かにつながる可能性もある。
ルリは、盗賊の情報を求めて北に向かう事にした。
ギルドに寄って、北に調査に行く事を伝える。
近隣の地図を貰い、ルリは領都を出た。
自由に動けるように、今回は徒歩の旅である。
北のリバトー領までは歩いても一週間ほどと近い。
途中、いくつかの街や村があるので、そこを目指しながら進むことにした。
2日目、最初の街に着く。
住民の雰囲気は領都と大きくは変わらない。
得られる情報も同じようなものであった。
小さな村にも立ち寄ったが、やはり有効な情報は無かった。
宿屋など無く、村長が宿泊を勧めてくれたこともあったのだが、丁重にお断りして先を目指す。
(誰かの家に泊まって、何かあったら大変だものね……
それに、野営した方がよほど快適だわ……)
ルリの場合、収納にテントや毛布が入っており、調理や入浴も屋外で出来る。
誰もいない所で野営した方が、快適で便利に過ごせるのである。
途中、被害者の親族と話をする事もできた。
母子が揃って行方不明になっていると言う父親。
亭主が殺され、子供が消えたという妻。
両親だけが死体で見つかったという家族の話もあった。
(ひどいわね。目撃者は全員、躊躇なく殺す。
だから犯人の姿は誰も見ていない……。徹底してるわ……)
単なるコソ泥の犯行とは思えなかった。
大きな犯罪組織があるのかも知れない。
リフィーナを襲った組織である可能性も高い、ルリはそう思っていた。
(う~ん、あと2日でアメイズ領の北の端、領境の街に着くわね。
情報を集めたら領都に戻る事にしましょうか……)
さらに北に進み、リバトー領まで抜けることは出来る。
しかしルリの最大の目的は、アメイズ領の問題解決になる証拠探しだ。
隣の領まで盗賊を追いかけていく必要はない。
(いっそ私を襲ってでもくれれば、返り討ちにしてあげるのだけどなぁ……)
街道の真ん中を一人歩いているが、危機感知にも全く反応が無かった。
姿の見えない盗賊団に緊張しながらも、折り返し地点となるアメイズ領とリバトー領の領境に位置する、メルダムの街に向かうのであった。
しばらく進み、夕方前にメルダムの街が見えた。
冒険者カードを身分証として見せ、門から街に入る。
門衛が居るような街だ。大きな街だった。
領境にある街は、商売上の拠点として発展することが多い。
(今日はこのまま宿に泊まって、調査は明日からにしましょうね)
風呂付の宿を探し、2泊と伝える。
1泊銀貨8枚、中の上クラスの、悪くはない宿。
(ここならゆっくり寝られそうね……)
野営続きで睡眠時間が足りていないルリにとっては、久しぶりの大きな街の宿。
安心できる環境に一息ついたのだった。
夕食をいただき、浴室へ向かって廊下を歩いていた。
装備品はアイテムボックスに全て仕舞って、部屋着のワンピースに着替えていた。
あとは、風呂に入って寝るだけだ。
その時……。
ガスン
何者かに殴られ、ルリの頭に衝撃が走る。
……ルリは、油断していた。
……ルリは、無警戒だった。
何も状況がわからないまま、痛みと共に頭を揺さぶられ、ルリは意識を失った……。
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