第39話 美容と健康

 ここは第2学園。

 学生寮1階、食堂。


 今日の学食は、いつも以上に混んでいる。


「牛丼、特盛で!」

「大盛のカツ丼お願いします!」

「ハンバーグランチください」

「私はサンドイッチ」

「トマトのパスタね!」


 今日から始まった新メニューが、次々と注文されていた。



「メルン亭のメニュー、大人気だね!」

「うん、これで毎日の食事が充実するよ!」

 メアリーとルリが笑顔でほほ笑んでいる。


「わたくしはトンカツ定食が気に入ったわ。

 サラダもたっぷり食べられるし!」

「ピザトーストがいいですね、チーズ美味しい!」

 ミリアとセイラも、新メニューを食べ始めている。




 入学当初より気になっていた学食のメニュー。

 ルリの提案とメルン亭の協力があり、ついに新メニューが登場したのだ。


 新メニューには一つの問題があった。

 コストだ。


 学食という特性上、高価な食事の提供は出来ない。

 新しい食材を低価格で提供するためには、大きな壁があった。



 そこで、この世界の食堂には無い、新しいスタイルを導入した。

 サラダバー、ドリンクバーと言ったセルフサービスのスタイルだ。


 メニューが増えると、仕入れなどのコストも増える。


「ご飯やパン、サラダやドリンクなどは、生徒が自分でよそうと良いんです。

 料理の手間の一部を生徒に持たせることで、厨房の作業が減ります。コストダウンです。

 それに、生徒も好きな量を食べられますから、満足度も上がりますよ!」


 日本のファミレスを思い出しながら、人の動きや配置を整えた。

 それによって、厨房は主食の調理に専念出来て、効率化されたのだ。




 貴族や商人の子息が通う学園の、画期的なシステムで効率化された食堂。

 話題になるには十分だった。


 一種の食べ放題という状況に、食材の仕入れなどの整備は不可欠だ。

 商業ギルドが視察に来たり、生産者がわざわざ売り込みに来たり……。


 学園長と共に、お金の臭いを嗅ぎ付けたメアリーは積極的に説明をこなす。


「おかげで学園に居ながら多くの人脈ができたわ。

 それにメルヴィン商会も大儲けよ!」


 うれしそうにルリに礼を言うメアリー。

 セルフサービスという考え方は、特に平民向けの食堂で広まっていくことになった。



 ルリとしては、自分が美味しい食事にありつければそれで問題ない。

 他の学生、特に男子学生には大満足の改革だ。


「おい、ハロルド! ご飯何杯目だよ!」

「んん? まだ20杯だぞ!」

 今日も学食には、元気な学生たちの声が響いている。




---


 とある日の夜。

 第2学園、学生寮、401号室。


 ゴリゴリゴリゴリ

 シュワシュワシュワシュワ


「セイラ、何をしてますの?」

「うふふ、ミリアがもっとキレイになる魔法薬ですわ!」


 薄暗い部屋の中、セイラが怪しげな微笑みを浮かべている。



 セイラの前には花びらや種、果物の皮などが所狭しと並んでいる。

 手元にはすり鉢。


「この黄色い果物には肌をプルプルにする効果。

 こっちの赤い花は肌をモチモチにする効果。

 この種は肌荒れを防ぐ効果がありますの。

 ルリが教えてくれましたわ」

 セイラはゴリゴリと磨り潰しながら説明する。



「それはすごいわね! ぜひ使ってみたいわ!」

「はい。高く売れそうです!」

 ミリアは目を輝かせ、メアリーが不敵な笑みを浮かべている。


「魔力を込めた水で煮立てて、上澄みだけを冷やせば完成です」

「「おお」」



 出来たのは化粧水。

 化粧品の原料で聞いたことのある素材と似たようなものをルリが見つけ、セイラが調合したものだ。


 ミリアが手に取ろうとすると、セイラが制する。


「私が塗って差し上げますわ。服を脱いでください」

「へっ? 顔だけではないの?」

「いいえ。ミリアは特別ですから。全身くまなく塗って差し上げますわ!」



「ひっ、やめ、離れてぇぇぇ!」

「嫌です。ミリアに触りまくれるチャンスを逃す訳ありませんわ!」

「い、い、いやぁぁぁぁ!」

「逃がしませんわぁぁぁぁ!!」



「「ふぅ……」」

 可愛いミリアと、そんなミリアが大好きなセイラ。

 いつもの光景に、ため息をつくルリとメアリーであった。



 ちなみに、効果の程は不明である。

 女子高生であったルリは、化粧品を使ったことはあっても作った事など無い。

 

 薬草がポーションになるんだから、ハーブとかなら化粧品になるのでは?

 そんな根拠も無い空想から作られた化粧品。


 以後、メアリーの頑張りによって実験と検証が重ねられ、商品化に至るにはかなりの時間を要するのであった。




---


 また別の日。

 学生寮、女子浴室。


「ひゃっ!」

「ミリアまた大きくなったのではなくて?」

 ミリアの背後から、手を伸ばして抱きつくセイラ。


「ちょっと、指動かさないで……うふぅ……」

「どうして10歳でこんなに成長……それに敏感になれるのかしら……」


 12歳としては成長が少し……なセイラにとっては、ミリアの成長しきった触り心地は毎日の楽しみだった。



「ぅぅぅ」


「まったく。どうしたらこんなスタイルになるのかしらね。

 食べてるものもそうは変わらないですのに……。

 ……って、……え? えぇぇぇぇ?」


 セイラの手が胸から腹に移った際、悲鳴が上がった。


「うは、うひゃひゃひゃひゃ……、そこはだめ!」


「いや、でも、このプニプニはなんですのぉぉぉぉ!?」



「ルリさん!」

「はい!」

「緊急事態です!!」



「何々? どうしたの?」


 緊急事態という事に意味が分からずにいると、セイラはミリアを連れて、急いで部屋に戻った。

 ルリとメアリーもそれに続く。



「さ、今日から始めます! 早く着替えなさい!

 ルリとメアリーも付き合ってもらいますわ!」


「「え? は、はい」」


 セイラの鬼気迫る声に、驚きながら頷くルリとメアリー。




「それでは始めます! まずは中庭10周。

 明日からは朝晩です。ミリア、あなたのお腹が引っ込むまで続けますからね!」


「「「ひぃぃぃぃ」」」



 そう、始まったのはミリアのダイエット計画。

 セイラが気付いてしまったプニプニが無くなるまで、終わることはなさそうだ……。



「ルリぃ、何か対策を求むわぁ!!!」

 ミリアが悲鳴を上げている。


(これは、出番かな。朝晩ランニングは勘弁だしね)


 ルリは、ひとつやりたいことがあった。

 ずっと続けてきた、テニスだ。


 スポーツという文化が、この世界では見当たらない。

 格闘技の試合などはあるが、スポーツとは少し認識が違うだろう。


 魔物が闊歩し、犯罪が少なくない世界では仕方ないのかもしれないが、王都の平和な環境ならば受け入れられるのでは? と期待していた。



(テニスとか、球技したいんだけどねぇ。ボールがないのよねぇ……)


 ルリは、ボールを探していたが、それらしきものは無かった。

 丸いボール状のものを作るのは造作も無かったが、ゴムが見当たらず、頓挫していた。



(まだ未完成だけど、お披露目のタイミングが来たみたいね。

 ボール弾まないけど、仕方ないか……)


「ねぇ、これ見て。

 運動の道具作ったんだけど、やってみない?」


「うん、ルリ、やってみますわ!!

 みんなもやりますわよね!」

 ミリアが強制的にセイラとメアリーにも同意させる。



 ルリが出したのは、テニスラケットとボール。

 職人街のエルフ、ララノアに相談したらラケットはすぐに作れた。

 ボールも皮で同じ形は作れたのだが……。弾む状態までは作れていない。



「これは、ラケットでボールを打ち合う運動です」

 コートの説明をし、中央に棒を2本建ててネットを張った。


「2人ずつコートに立って、ボールを打ち合います。

 地面にボールが落ちた方が負けです。分かりますか?」


「「「うん」」」

 簡単にルールを説明して、理解してもらった。



「ところでルリ? これは何ていう運動ですか?」


(スポーツの名前かぁ。道具はテニスっぽいけど、ルールはバドミントンに近い……?)



「えと、『』です!」


 そぉれ。


 ポン、ポン、ポン


 あぁぁ!!


(あはは……。すごく平和だわぁ……)

 スポーツというより、遊戯のよう。

 とても平和な運動になった……。



「ルリさん、提案があるのですが……」

「はい、何でしょうか?」

 セイラが何か思いついたようで、ルリに語りかけてきた。


「楽しいのですが、ダイエットには向いておりません。

 いい運動になるように、身体強化とか、魔法使ってもいい事にしませんか?」


「う~ん。面白そうですしやってみましょうか!」


 軽く返事したルリであるが、この後起こる事を、想像してはいなかった。




「行きますよ!」

 セイラが飛ぶ。高さ5メートルからの打ち下ろしジャンピングサーブ!


 バシュ

 ズドン

「「ひぃっ」」


 見えない速度で飛んできたボールが地面に刺さる。


「ミリア、身体強化はスピードと力を重視。

 あと、ボールにも魔力を乗せてください!

 勝ちますわよ!」

「おー!!」


「メアリー、マズいわ。

 こっちも身体強化全力で。

 早いサーブはラケットにあてることをイメージしてみて!

 打ち返さなくても大丈夫だから!」

「はい!」


 ミリア、セイラが全力で向かってくるのならば、ルリも負けてはいられない。

 お互いの全力の攻防が始まるのであった。


 バシュ

 バシュ

 バシュ

 ガシュン


 ロケット弾を打ち合うような様相だが、強化された少女たちは高速でボールを追い続けた。


 また、異世界の武器素材で作られたラケットと上級な魔物の皮で作られたボールは、少女たちのパワーを完全に受け止め、激しい動きについていくのだった。


「「「「はぁ、はぁ」」」」


「ルリ、これはいい運動になりますわ。

 魔法の訓練も兼ねられるし、最高です!」

 息を切らしながらも、セイラは気に入ったようだ。



 激しい打ち合い音。

 荒れ果てたコートの地面。


「あなた達ねぇ、場所と時間を考えて行動しなさい!」


「「「「すみませんでしたぁ……」」」」


 寮監に大目玉をくらう、ルリ達であった。






 街の外での魔法の訓練。

 休日には討伐依頼をこなし、空き時間にはテニミントンで汗を流す。

 新しい化粧品の開発も忘れていない。


「もっとキレイになるわよ!」

「「「おー!」」」


 4人の学園生活は、順調に楽しく送られていた。


 そして3か月の月日が経つ。

 間もなく冬休みだ。


 ルリは、冬休みの計画を全力で考えていた。

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