第38話 二刀流

 互いの武器が激しくぶつかる。

 カンカンカンカン


 ここは学園。屋外の訓練場。


 今は剣技の授業中である。




 授業で剣技を選択したルリは、同じ1年生のハロルド・フォン・ガルダンと打ち合っていた。

 入学式前日の模擬戦で相手をした、冒険者風の男子だ。



 ハロルドは、子爵家の次男でありながら、12歳で家出し、冒険者になった。

 14歳で連れ戻されて学園に入学させられたという異色の経歴の持ち主である。


 身長は大きく180センチ近い。

 ルリの本当の年齢、15歳を考えれば年下のはずなのだが、どう見てもルリより年上に見える。


 ハロルドは、冒険者として暮らした2年間で、Cランクまで実力を上げていた。

 実力も経験も、ルリには、まず勝つことが出来ない……。




 さて、この2人の打ち合いを、興味深く見ている者がいた。

 教官、ウィンザーだ。


 ルリの剣舞は、リフィーナが幼少の頃から鍛錬して身に着けた『剣の舞』だ。

 流れるような独特な動きには、『舞』と呼ぶに等しい美しさがある。



 たっぷりと汗を流し、訓練を終えたルリに、一人の男から声がかかる。

「ルリ、少しいいか。

 お前の剣技について聞いてみたいことがある」


「ウィンザー先生、どうしました?

 私の剣技についてとの事ですが……」


 ルリは少し緊張した表情をする。

(剣技ってことは、リフィーナの何かを知ってる人かもしれない。

 慎重に対応しなきゃだわ……)


 ルリがアメイズ子爵家のリフィーナである事は、王宮の一部や同室の3人以外は知らない。

 まだ秘密にしておくべき事項だ。バレる訳にはいかない……。



「いや、たいした事ではない。

 模擬戦の時や授業中に動きを見ていたんだが、お前はアメイズ領の出身か?」


「へっ……」


「いっ、いえ……、あの……師匠がアメイズ領と聞いた……かも知れません……」

 あまりに確信を突いた質問に、言葉が詰まり、まともに回答できない。


(どうしよ、この流れはまずい、まずいわ……)



「やはりそうか! いやぁ懐かしいなぁ!

 あまりにもキレイなアメイズの剣舞だったからな、やはりそうかぁ!!」


「あはは……。ありがとうございます」


 会話の流れがよく解らないまま、ルリは笑ってごまかした。



「俺が若い頃に、師と仰いだ方が、アメイズ領の前領主、ヴィルナー・フォン・アメイズ様だったんだよ。

 舞うような動きが独特だろ、あこがれてな。

 少しの期間だけど、弟子入りさせてもらった。

 あの当時のヴィルナー様は、戦場を駆け巡る軍神みたいな人でな、それはそれはカッコよかったんだぞ!」



 ヴィルナーはリフィーナの祖父である。

 盗賊に襲われた際に命を落とした領主。その若い頃の弟子がウィンザー先生という事になる。

 とりあえず、リフィーナの姿に気付いていない様子に、ルリは安心した。


「そうでしたか……。

 それで、いかがでしょうか。私の動き、直す所とかあれば教えて欲しいです!」


 話をアメイズ領から剣技に戻そうと、ルリは会話の向きを変えた。



「ああ、今日引き留めたのは、それなんだ。

 ヴィルナー様の教えを組んでいるというのなら間違いない。

 その剣舞には、先があるんだよ!」


「先……ですか……?」

 首をかしげるルリに向かって、ウィンザーは2本の木剣を渡してきた。


「それだ!

 アメイズ流の剣舞の最終形は、二刀流ってことだ!」


「二刀流???」


 リフィーナの記憶の中に、剣を2本持っての鍛錬は一度も無かった。

 しかし思い出す。ミリアを助けた時、咄嗟の私は2本の剣を扱っていた。



(もしかして、リフィーナが鍛錬していたのは基礎……?

 二刀流は次の段階という事なのかしら……)



「ウィンザー先生、私に二刀流、教えてくれませんか?」


「ああいいぜ、その為に今話してる。

 お前には素質がある。アメイズ流の極意を掴んで欲しいんだ!」


「よろしくお願いします!」


 ルリは涙目で先生を見る。リフィーナの意志を継げる、またと無いチャンスだった。

 偶然の出会いに、ルリは感謝した。




 次の授業からは、ルリは剣を2本持って鍛錬するようになった。

 相手は主に、ハロルドとセイラだ。

 同レベルで研鑽を積める、好敵手であった。




 そんな訓練が終わったある日。


「二刀流も形になってきたわね。そこでご提案ですの」

 セイラが声を掛けてきた。


「ルリが狩りの時に使ってる短剣はかなり秀逸な品かと思いますが、二刀流を覚えたのですから、専用の武器を持った方がいいのではないかと思ったんです」


(……その通りかな。

 二刀流用の武器があるなら、もっと戦いやすくなるかも知れない……。

 それに、目立ちすぎるのよね、女神の剣は……)


「そうですね。そろそろ武器が欲しいと思っていました!」


「それはよかったわ。

 職人街の奥に、優れた武器の職人がいますの。今度一緒に行ってみませんか?」


「おお、素敵です! ぜひ紹介してください!」




 放課後、セイラの案内で職人街に向かった。


 その職人は、職人街の奥の奥にひっそりと店を構えている。

 俗世を捨てているかのような、看板や飾りの無い店であった。



「セイラ譲か。久しいのぅ」


 長い顎髭、背は低いが頑丈そうな体つき。

 老齢なドワーフが座っている。



「フレエグル様、ご無沙汰しております。

 突然の訪問ご容赦ください」


 セイラが可憐にカーテシーで挨拶をする。



「今日は何の用じゃい。

 もう武器は打たんと言っておいたと思うが……」


「はい、存じております。

 ただフレエグル様に、こちらのルリをご紹介したく、伺いました」


 フレエグルと名乗るドワーフが、興味なさそうにルリを見上げた。



「はじめまして。ルリと申します」

 見つめられたルリは、恥かし気に挨拶をする。


(聞き間違いで無ければもう武器は打たないって言ってわね。

 セイラ、何をさせたいのかしら……)



「ふん、アメイズの血族か……」

 フレエグルが目を見開いて、ルリをジッと見ている。


 しばらく沈黙が続いた。

 フレエグルはルリから目を離さない。



(リフィーナの事を知っているの? それとも……)


 セイラを覗くが、特に企んでいる様子はない。



 静寂を破ったのはセイラだ。


「ルリ、あなたの武器を見せてくれる?

 それと、防具とかあれば、それも……」


(え? 学園に入ってから武器以外は出したこと無いはずだけど……。

 何で知ってるの……? 何を知ってるの……?)



 事態が読めず、ルリは恐怖に包まれる。

 しかし、女神の装備の秘密を知りたい想いもあり、装備を見せる事にした。


「これは、私が収納魔法を使えるようになった時に、中に入っていたものです」

 嘘では無い説明をし、アイテムボックスから装備を出す。

 リフィーナの話は、まだ伏せたままだ。



 ---女神の剣、鎧、ブーツ。


「これで一通りです。多分、同じシリーズの武具なのだと思います」

 ルリはフレエグルの前に、武具一式を並べた。



 フレエグルが、真剣なまなざしで武具を見ている。

 表情は険しいが、口元がわずかに笑った気がした。


「おおお……」

 フレエグルが呻いている。


 セイラを見ると、確信したような顔をしている。

「セイラ……?」

 話しかけてみるが返事がない。



 再度の沈黙の後、フレエグルが口を開いた。

「50年じゃ……」


「50年……?」

 ルリが聞き返してみるが、返事がない。



「……く、く、く……ガハハハッ!!」


「えぇぇぇぇ……あの?」


 突然、思い出したかのように笑い出したフレエグルに驚く。

 セイラは確信していたように、話しかけた。


「フレエグル様、いかがですか? ルリの武器……」


「セイラ嬢よ。まさか、これが出てくるとはなぁ……。

 ルリと言ったか。面白い、面白いぞぃ……」


「「「……」」」


 どう反応したらよいか分からずにいると、フレエグルが呟いた。


「ガハハハッ、忙しくなるなぁ……」


 どうやら武器を作ってもらえるらしい……。




 沈黙を破るように、セイラがルリに説明する。


「フレエグル様は、以前アメイズ領にいらっしゃったのですよ……」


「ああ、儂は昔、もう200年前になるが、アメイズの鍛冶師じゃった。

 これは、その頃にアメイズ領主家に献上した武具じゃ」


「これを作ったのが、……フレエグル様という事ですか?」


「そうじゃ。しかし魔力が強すぎ、使いこなせる者が居なかった。

 そして封印されたのが100年前、行方不明になったのが50年前じゃ。

 儂も結局、アメイズを追われ、ここで世捨て人になっておる……」



「封印、行方不明ですか……? ではなぜここに?」


「なぜここにあるかなど、儂は知らん。

 お前さんが選ばれたのじゃろう。アメイズ流を受け継ぐ者よ……」


 フレエグルはルリの顔を見た。

「それで、ルリ殿? 何が欲しい。

 アメイズ流を受け継ぐという事は、二刀流かの?」


「はい! アメイズ流の二刀流、お願いします!」


 それだけで、フレエグルは全てを理解したようだった……。




 その後、詳細を確認する。

 両刃の短剣とは違い、片刃で少し曲線のある剣が正式なアメイズ流の剣として伝わっているとのことだった。


 日本の刀よりは太目で短い形になる。

 サンプルの木剣で剣舞の動きをみせると、フレエグルのイメージが固まったようだ。


 材料となる素材は、ミスリルが中心になるらしい。

 アイテムボックスからゴブリン・キングの大斧を取り出して渡した。



 さっそく取り掛かるというフレエグルを残し、店を後にする。


「セイラ? 私の武器がフレエグル様の作だと知っていたのですか?」

 帰りの道中、ルリはセイラに尋ねた。



「いえ、ただの可能性です。

 フレエグル様は伝説級の鍛冶師と言われているのですが、王都に来てからまともに武具を作ったことは無いという変わり者です。

 公爵家でも何度もお願いしたのですがね、お断りされてしまっていて……」


「可能性……?」


「フレエグル様がアメイズ領から流れてきたという話は聞いていました。

 ルリ、いやリフィーナとしての貴方が持つ武器が、アメイズ子爵家に伝わる家宝のようなものと仮定しますと、フレエグル様が作った、もしくは何か知っていると推測するのは、容易でした。

 まさか行方不明になった武具が収納魔法から出て来たとは……思いもしませんでしたが……」


「あはは、じゃぁ賭けだったのね。

 でもありがとう。おかげで自分の武具の事も分かったし、新しい武器も手に入る。

 本当によかったわ!」



 結果オーライという事で、ルリはセイラに微笑みかけた。

 セイラもルリに微笑み返す。


「ところでルリ、その防具は何で着ないのかしら?」

 セイラが聞いてくる。


「えと、かっこよすぎる……、と言うのかしら。

 これ着てたら、白銀の女神って呼ばれたのよね。ちょっと恥ずかしくて……」


「もったいない!!」


 あまりに個人的な理由で伝説級の防具を封印するルリに、セイラはため息をつくのだった。

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