第35話 魔法訓練

 魔法の訓練をしようと決めた翌日の放課後。

 ルリ達は街の外に来ていた。


 ミリアはもちろんだが、セイラとメアリーも一緒である。

 ピクニック気分だ。



 30分ほど歩いて、誰もいない草原に到着する。

 人はもちろん、魔物の気配もない。


「この辺で始めましょうか!

 それでは、第1回魔法訓練、開始します!」


「「「おー」」」



「まず、先に確認です。

 私たちの訓練では、魔法の詠唱は行いません。

 授業で無詠唱を乱発すると怪しまれるので、この知識はここだけのもの、いいですね?」


「「「はい!」」」


 詠唱無しに強力な魔法をポンポン使われては、今までの魔法の概念が覆ってしまう。

 事前に相談した結果、4人だけのヒミツの技能とする事に決まっていた。



「まず、見本です!

 ちょっと離れてくださいね」


 ルリは火球ファイヤーボールの魔法で、空中に赤い火の玉を2つ作り、静止させた。



「はい、同じ火球が2つできました。

 この火球の片方の、威力を上げたいと思います。

 ……どうするといいと思いますか?」


「大きくする!」

「早く飛ばす!」

 ミリアとセイラが答える。



「はい、それも正解ですが、もう一つ正解があります!」

 ルリは片方の火球の温度を上げ、色を青白く変えた。


「「「おおお!!!」」」

 2つ並んだ、赤い炎と、青い炎。



「さて皆さん、この青い炎をよく覚えておいてくださいね。

 これは、炎の温度を何倍にも高くした炎です。

 火球を作るときに、高い温度になるようにイメージして魔法を放つんです。

 威力を見せますので、注目してください!」


 そう言うと、ルリは前方の岩に向けて火球を動かす。


 じゅぅぅぅぅう

「「「うわぁ!」」」


 青い炎の当たった岩が、溶けた……。



「赤い炎では岩には何も起こらないけど、青い炎だと岩が溶けちゃうんです。

 それだけ高温ということ。

 あ、対人では使わないでくださいね。跡形も残りませんから……」


「「「……」」」

 3人は首を大きく縦に振って頷いている。




「それでは、やってみましょう!

 普通の炎の温度を上げていくのをイメージするんです。

 そして、岩も溶かすような、熱くて青い炎をイメージするんです!」



 ミリアはさっそく火球を作って挑戦している。

 さすがに、高い魔法適性を持つ天才と言ったところか……。

 何度か練習するうちに、炎が青くなってきた。



「おおお! 青い炎ができましたわ!!」


「うん。繰り返して練習すれば、一発で青い炎のイメージが出来るようになるわよ!」





 セイラは、火の魔法があまり得意ではないようで、苦戦していた。

 代わりに、水球ウォーターの魔法で温度を変えるイメージを伝える。


 水の温度変化を覚えたセイラは、すごく喜んでくれた。


「これは素敵です! お茶がすぐ入れられますし、暑い時は氷も簡単に出せます!」

 あくまでメイドとしての便利さにこだわるセイラなのであった……。




 メアリーは、今まで魔法の訓練すらしたことがなく、まずは魔法を制御することから始まった。

 身体の中に集中して魔力を感じる練習を繰り返す。

 以前、ルリがリンドスの街で冒険者のアリシャに教わった魔力纏いの訓練だ。





 その後も、街の外へ通って魔法の練習をした。

 数日後には、それぞれの魔力が上達していた。



 まず、全員が出来るようになったのが、無詠唱での魔法発動だ。

 無詠唱でも同じ威力の魔法を発動できるようになった。




 そしてミリアは、火魔法の温度変化を自在にこなせるようになっていた。


「炎の色が自由に変えられるようになったわ!

 でも、威力が強すぎて使う場所が見当たりません。困った魔法ですわ!」


「あらミリア、高温も低温も思いのままなのですよ。

 煮込み料理が上手にできますわ!」


 獲物を燃やし尽くしてしまう事から魔法の使う機会がないと困るミリア。

 セイラは料理の火加減の調整に最高などと茶化している。




「そうだ。ミリアに、もう一つ覚えてもらいたい魔法があるの」

 空中で火球の色を変えながら遊んでいるミリアに、ルリが言葉をかける。


「さっきのは炎の温度を上げたでしょ。

 今度は、空気そのものの温度を上げて作る魔法よ。

 ポイントは、空の空間をギュっと圧縮するイメージ。

 周りの空気をどんどん集めながら、温度を上げていくのよ!」



 ルリは、空を見上げて、空気を圧縮し始める。

 風が舞い、何もない空に、『何か』が見えてくる。

 温度を上げていくと、『何か』は赤紫色に光りはじめた。


「放電!!」

 バチバチバチ、ドォォォォン


「「「ひゃっ」」」

 地面に電撃が落ちた。



「どう? プラズマって言うんだけど……」


「雷みたいな魔法ですわ! すごいです!

 どうしてこんなこと出来ますの? ルリは神の遣いか何かなのかしら?」



「そう、雷と同じ現象を再現してるの!

 もちろん、神の遣いとかじゃないけど、あの事件以来、頭にひらめくのよね。

 私も原因は分からないわ……」


 異世界での超自然現象も、科学の前では丸裸である。

 そして、地球の知識とは言えず、リフィーナが殺されかけた時の恐怖から授かった、不思議なチカラとして誤魔化すルリであった。



 ルリは、あらゆる魔法を使いこなせるほどの天才ミリアであれば、電気系と言う、この世界では見たことのない魔法でも使いこなせるのではないかと考えていた。


 数日後、ミリアは電撃少女になっていた……。





 セイラは、氷から熱湯まで、水の温度を自在に操れるようになっている。


「ルリ? 質問ですが、水の温度を上げていくと、ある温度で水が消えてしまうのですが、どういう事でしょうか?」


「セイラさん、それは簡単ですよ。お鍋でお水を沸騰させると、量が減ってしまいますよね。

 水は温度が上がり過ぎると、空気の中に消えてしまうのです。

 だから、そのギリギリの温度調整を出来るように練習が必要でしょうね!」


 沸騰の現象は日常的に見るので、セイラはすぐに理解した。

 水蒸気になった水が……という化学変化の先については、話が難しくなり過ぎてルリにも説明ができない。

 そもそも、普通の高校1年生。細かい部分は……元々知らない……。




 メアリーは、初級魔法が使えるようにと、頑張っている。


 魔力の操作はだいぶ上手になっており、4人で、手をつないで順番に魔力を受け渡したり、魔力で作ったボールでキャッチボールをしたりと、遊べるようになった。



 ついでに、生活魔法は全員が覚えるようにした。

 理由は、便利だから。


 点火てんか水球ウォーターは全員すぐに使えた。

 点灯ライトも同様、起こる事象がイメージしやすい。


 身体や衣服だけでなく、部屋全体にまで広がる洗浄クリーン

 水魔法と組み合わせる事でウォシュレットにもなるので、これは覚えた全員が喜んだ。


 乾燥ドライヤーの魔法も人気だ。

 髪を乾かすのに便利である。


 そして装着そうちゃく

 収納した衣服を着た状態で出せる魔法だ。

 

 いちいち衣類の脱ぎ着が要らなくなるので便利だが……。

 ただ、収納が使えるセイラしか使えなかった。ミリアとメアリーは要修行となる。



「「「ありがとう」」」

 便利な魔法を覚えて、心からの感謝を伝えるミリアとセイラ、そしてメアリー。


 レベルや威力、得意不得意はあるものの、全員が無詠唱で魔法を発動できるようになり、パーティとしてのチカラはかなり底上げされた。

 そして、何よりも、全員が「便利」に魔法を使えるようになった。

 ルリも、心から満足していた。





 もちろん、宮廷魔術師も真っ青な、異常なまでの高度な魔力制御が行われている事には、誰も気づいていない……。


(あれ? これってパワーレベリング……というのかも……?

 もしかしてやっちゃった……?)

 などとルリが気付くのは、既に3人が大魔術師への道を確実にした後の事になる……。





 そんなある日。

 部屋で会話を楽しむ4人。

 セイラが魔法でお湯を操りながら、紅茶を入れてくれる。


 いつもの光景であるが、突然ミリアが真剣な顔をした。


「ルリ、ひとつ報告がありますわ!」



 セイラとメアリーは内容を知っているのか、ミリアと共にルリに向き直った。


「わたくし達、冒険者の登録をすることにしましたの。

 ルリと一緒に、たくさんの経験をして、たくさんの世界を見たいと思いまして!」


「……」

 無言で目を丸くするルリ。

 確かに魔法を教えたりはしたが、一緒に戦おうとは思っていなかった。



「一緒にパーティを組んで欲しいの!」

 3人の決心は本気のようだ。もちろん、嫌な思いは無い。

 ルリにとっても、一緒にいられるのは、願ったり叶ったりの話だ。


「ほんと? うれしいわ!

 でも大丈夫? 王女様と公爵令嬢様、それに商家の跡取り。

 お家の方が許さないのでは?」


 普通に考えて、将来冒険者などする必要のない家柄の娘たちである。

 冒険者という危険な活動が許されるとは考えにくい……。



「大丈夫ですわ! 以前から話をしていて、3人とも親元の許しを得られましたのよ。

 もちろん、将来を考えますといつまでも、という訳にはいきませんが……」

 将来というのは結婚や跡継ぎの事であろう。


「ですので、今度のお休みに冒険者の登録に行きたいと思いますわ!」

 ミリアの発言に、セイラとメアリーも頷いた。




 お家の許可が出ているのであれば、ルリが拒否する理由は無い。

 そのまま、冒険者にやりたい事とか、キャッキャウフフとガールズトークが続く。


 ……その中で決まったのが、パーティ名だ。


『ノブレス・エンジェルズ』


 高貴を意味するノブレスと、天使を意味するエンジェルを組み合わせた名称だ。



 ミリアの信条でもあり、クローム王国の王族、貴族の信念となっている、『ノブレス・オブリージュ』。


 貴族たるもの、身分にふさわしい振る舞いをしなければならぬ、と言う意味らしく、貧困層への富の分配や、貴族や富裕層が社会貢献を行う事が、果たす義務であると、この国の王族、貴族は教えられて育つ。



 実は、『ノブレス・エンジェルズ』は学園内での4人の愛称だ。

 

 『ノブレス・オブリージュ』を唱えて積極的に活動するミリアやセイラ、そしてそれに協力しているルリとメアリーを加えた4人組を、周囲が敬愛を込めて『ノブレス・エンジェルズ』と呼んでいた。


 その学園内での呼び名を、パーティ名にしたのだ。



「私、貴族ではないのにノブレスを名乗るのは恐縮なのですが……」


『ノブレス・エンジェルズ』と呼ばれるメンバーに自分も入っている事に、戸惑っているメアリーだったが……。


「いいのですわ。ノブレスの担当はわたくし達。

 あなたはエンジェル、つまり天使の担当ですから!」


 ミリアに一蹴され、顔を赤くするメアリーであった。



「私は……?」


「「「ルリは……天使?」」」


「何で疑問形なのよぉ……」


お約束の会話で、笑顔を振りまく、天使な少女たちであった。

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