第36話 小さな商圏

 次の休日。

 冒険者ギルド、王都本部の前に、4人の少女が並んでいた。



 ミニ浴衣に短剣を持った、職業不明のルリ。

 新調したローブで、魔術師っぽいメアリー。

 豪華なローブを纏う、ロリ巨乳少女ミリア。

 安定のメイド服、セイラ。


 ……明らかに未成年。

 ……パーティにしては不自然すぎる構成。

 ……全員がご令嬢にしか見えない少女たち。

 冒険者ギルドには似つかわしくない4人組だ。




「さぁ、行きますわよ!」

「「「おー!」」」

 ギルドに入るだけではあるが、ミリアが気合を入れた。



 チロリン

 ギルドのドアを開ける。

 中の喧騒がぴたりと止まり、4人の少女に視線が突き刺さる。

 好奇の目、見定めるような目、威圧するような目。


 ……は、無く……。

 興味なく視線を戻す者と、下品な視線を送り続ける者。

 ……が、居なかった……。


「こんにちは!」


「お! 収納の嬢ちゃん! お友だちかい?

 新しく登録だってな、頑張れよ!!」


「「「はい! 頑張ります!!」」」




 ルリ達は、歓迎されるような雰囲気の中、受付へと歩いていく。


「ルリさん、お待ちしておりました。

 ギルドマスターが部屋で準備を整えておりますので、部屋に向かってください」


「はい、ありがとうございます!」


 ルリ達は、当然の様にギルドマスターの部屋へと階段を上がっていく。




 そう、特別待遇であった。

 事前に王宮からも、話が通してあり、受付からも少女4人が来たら温かく迎えるようにと厳重に指示がなされていた。



 ギルドマスターの部屋をノックし、中に入る。

「ルリちゃん、久しぶりね。

 ミリアーヌ様とセイラ様、そしてメアリーさんね。

 こちらへお座りになって!」

 妖艶な美魔女……スタイル抜群なギルマスことウリムがソファーを案内する。



「しかしルリちゃん?

 話を聞いたときは驚いたわよ!

 パーティのメンバーが第三王女様に公爵家のご令嬢でしょ!

 それに話題のメルン亭の跡取りのお嬢さんとか。

 どこから集めたらそうなるのか、ほんとビックリしたわよ!」


 ルリは「えへへ」とほほ笑んだ。



「それで、ミリアーヌ様は、身分を隠した形での登録……、記載するお名前を『ミリア』にするという事でよかったのですわね? こんな身分証まで用意して……」

「はい!!」


 ミリアが身分証をウリムに見せている。

『ミリア 12歳 コンウェル公爵家付』と言う身分証。


 コンウェル公爵家は、言わずと知れたセイラの実家だ。

 10歳のミリアは冒険者登録が出来ないはずであるが、特別待遇……いや年齢詐称でごまかす事になった。


 身分の確かでない者が登録する冒険者ギルドでは、名前や年齢は自己申告であるが、さすがにどう見ても12歳に満たないなどの理由で断る事がある。

 しかし、公爵家の名前入りの身分証があれば、疑う必要はない。



「分かったわ。それでミリアーヌ様、今回は登録を認めるけど、あなたは有名人なのですからね。

 ギルドは、ミリアという公爵家の付き人の登録をしただけ。

 その先は知りませんからね……」

「はい、お手間をお掛けします……」


 貴族が身分を隠して偽名で登録しているケースは少なくはない。

 ルリも厳密にはその扱いである。


 とは言え、王女ともなればバレバレだ。

 冒険者ギルドに迷惑が掛からないよう配慮した策となっている。




「それでは、登録を行うわね。

 順番に水晶に掌をかざしてちょうだい。すぐ終わるわ!」


 ……それぞれ、「F」のランクが書かれた冒険者カードを受け取る。


「これでわたくしたちも冒険者ですわ!

 ウリムさん、感謝いたしますわ!」


 ミリアを筆頭に、嬉しそうに、新しい白色のカードを見つめていた。



「次にパーティの登録ね。

 4人の冒険者カードを少し預からせてもらえる?」


 カードを渡すと、ウリムは水晶にカードをかざした。



 戻って来た冒険者カードに、パーティ名が記載されている。

『ミリア F ノブレス・エンジェルズ』

『セイラ F ノブレス・エンジェルズ』

『メアリー F ノブレス・エンジェルズ』

『ルリ D ノブレス・エンジェルズ』


「これで登録完了よ。

 ルリちゃん、お願いだから姫様たちを危険な場所には連れて行かないでね!

 採取とかなら王都の周りのどこでもできるけど、近くで魔物が居るのは西の森くらい。

 学園で訓練しているとしても、危険は避けるようにね!」



 冒険者にとって王都の問題点は、近くに魔物が居ない事だ。

 西の森の狩場までは5,6時間かかる為、新米の冒険者にとっては危険で遠すぎる。


「ギルマスさん、他の新米の冒険者って、普段何をしてるのでしょうか?」

 疑問に思ったルリは、ウリムに質問した。


「一番多いのは薬草採取ね。王都の周りにはほとんど魔物も出ないから、安全に採取できるわ。

 あとは、王都内の雑用が多いかしら。荷物運びや工事の手伝い、屋敷の警備とか。

 魔物の討伐は、先輩のCランクパーティと組んで、野営込みで行く事が多いわね。

 西の森まではちょっと遠いから……」


「ああ、そうなりますよねぇ……」

 ルリは納得したようだが、他の3人には理解できていない。



「ちょっとよろしいですか?

 もしかして、冒険者になっても受けられる依頼がほとんど無いって事かしら?」


 ミリアが言うと、ウリムが答える。


「……王都内の依頼は望んでないのよね。

 貴族家の屋敷の警護に王女様が付く訳にもいきませんしね……。

 ゴブリンや角ウサギなら西の森の浅い所に行けばいますから、Eランクになれば討伐は受けられますけど、学校の合間に行くには大変かもしれませんわね……」


「「「……」」」


 冒険者の熱が一気に冷めてしまう一同であるが、メアリーが口を開いた。


「問題は、西の森に行かないと魔物が討伐できない事。

 そして、森が遠すぎて狩りには野営が必要になる事もあり、新米の冒険者には依頼を受けるハードルが高くなってしまうってことですよね?」


 要点をまとめた説明に、ウリムが頷いた。



「ねぇルリ?

 王都に来る街道に、素泊まりの宿泊施設があったって言ってたでしょ?

 安全に泊まれる場所があれば、新米でも行きやすくなるわ。

 そして、往復の馬車を走らせれば、移動の時間も半分にできる。

 日帰りでも泊まり込みでも、依頼を受けやすくなると思うの」


「「「「!!」」」」



「メアリーさん、その話、詳しく説明して!

 王都のギルドの問題を一気に解決できるかもしれないわ!」


 ウリムが興奮しながら、メアリーに説明を求める。

 ルリも加わり、リンドスから王都に来る途中で止まった簡易宿泊所の話をした。



「計算してみないとではありますが……。

 例えば宿泊が銀貨2枚程度、馬車を片道銅貨5枚程度にすれば、角ウサギ数匹の討伐報酬で元は取れます。

 施設の維持費や御者を雇う費用も、賄えるはずです。

 それに、ギルドの買い取りの方が常駐して、商人が直接魔物の素材を引き受けたりできれば、オークの素材を効率的に王都に持ってくることもできますね!」



 メアリーの提案は、理に適った商流を形作るものだった。

 そして、王都の経済を大きく発展させるものだった。




 冒険者にとって収入は、依頼の報酬と素材の売却益だ。

 遠い狩場の場合、素材を持ち帰ることが困難になり、かかった時間と労力に対しての報酬が見合わない。


 それを、現地まで手軽に移動できるだけでなく、現地で素材の買い取りができる仕組みを作ろうというのだ。


 素材を運ぶ距離が短くなれば、冒険者はより多くの素材を持ち込める。

 持ち込まれる素材が増えれば、それを商人に売却することでギルドの収入が増える。



「さすが、商家の娘さんね!

 完璧な案だわ! さっそく準備させる!

 メアリーさん、ありがとう。

 そして『ノブレス・エンジェルズ』の皆さん!

 あなた達の活躍を、ますます期待するわ!」


 上機嫌のギルドマスターを残して、ルリ達は部屋を出た。


「早くEランクにあがって、討伐の依頼を受けられるようになりましょう!

 その頃には西の森にも行きやすくなっているかもしれませんわ!」


「「「おー!!!」」」



 まずは近場での採取依頼。

 さっそく元気に街の外に向かう、面々であった。





 ギルドマスター、ウリムの動きは早かった。

 すぐに冒険者ギルドの活性剤となりえる企画を職員に伝えると、歓声が上がる。

 全職員一丸となって取り組んだ。


 その日のうちに、西の森の開発計画を立てるため、商業ギルドと連携をとる。

 商業ギルド側も、新たな金の臭いに勘づいたのか、協力的だ。

 建築資材の調達や職人の手配、素材買い取りのための荷馬車の手配など次々に決まっていく。



 翌日には、大工などの職人と共に西の森の入口へと来ていた。


「この辺りがいいかしらね。

 最初は簡易的な施設でいいわ。宿泊所と炊事場、雨風がしのげればいいから。

 テントを持った冒険者が野営できるように、屋外のスペースも広めに取りましょうね」


 わずか3日という早さで計画がまとまり、王都の西の森の入口にて、村の建築が始まった。


 王都の経済を活性化させる、ひとつの流通、商圏が、少女の一言から生まれたのであった。

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