第34話 個人レッスン

「みなさん、起きてください!

 今日は入学式ですよ。しっかり準備してください!」


 セイラの声で起こされる面々。

 日の出間際のようで、外はまだ薄暗い。


「「「んん~???」」」

 もぞもぞと起き上がる3人。ミリアーヌ、ルリ、メアリーだ。



 顔を洗い、制服に着替える。


「ミリアは目立つのですから、しっかり準備しませんと。

 ルリもそうですよ。

 昨日で顔が知られてるんです。自覚してくださいな!」

 セイラが身支度をけしかけている。



 そう、昨日と違う点は、名前の呼び方。

 試合が終わって和気あいあいとしていた4人。

 結局、全員敬称無しで呼び合う事に決まったのだ。

 敬語も禁止だ。


 共に戦闘をする時など、敬称は邪魔になる。

 普段から慣れようというミリアの意見に、押し切られた。




 そうこうしていると、集合の時間が近づく。

 寮から飛び出し、講堂へと向かった。



 門の前に、大量の馬車が止まっているのが見える。

 貴族の父兄が押し掛けたからだ。


 本来であれば跡継ぎにはならない息子のために、貴族がわざわざ入学式に来ることはない。

 しかし、今年の第2学園は、例年とは異なっていた。

 王族やら公爵家、子爵家の跡取りが新入生に居るのだ。


 しかも国王自らが入学式に出席するとなっては、他の貴族の父兄が参加しない訳にいかない。

 また商人たちも、数少ない、貴族と近づくチャンスと、こぞって集まっていた。




 入りきらないほどの大人たちに囲まれ、入学式が始まった。


 ……とにかく、長かった……。

 学園長の挨拶が終わり、保護者の代表としてレドワルド国王の挨拶。

 それから、公爵様、侯爵様、伯爵様と、祝いの挨拶が続く……。


 ルリ達が解放されたのは、予定を大幅に押して、午後になってからだった……。




 いったんの休憩後、生徒だけ講堂に戻って、学園生活のオリエンテーションを受けた。

 第2学園のカリキュラムは、日本の大学に近い。


 固定されたクラスで授業を受けるのではなく、自分の目指す方向に合わせた授業を選択する、単位制だ。


 1年時に必須の基礎科目は全員が受けるが、専門科目は選べる。


 例えば学術は経営学、歴史学、言語学など。

 武術なら剣技、槍、格闘技などなど多岐にわたる。

 また、魔法も攻撃系や支援系などに分類されている。



 基礎科目の授業は明日から開始されるが、専門科目は1か月後に開始されることから、それまでにどの専門科目を履修するのか決める必要があった。


「ルリ姉さまは何受けるんですか?」

 ミリアーヌの問い掛けだ。


「呼び方はルリ、ですからね。ミリア。

 私は戦いたい訳ではないですけど、冒険者でもあるので武術と魔法が中心になるかなぁ。

 いずれにしても、一通り基礎科目で受けてから決める予定だわ」


 政治や会社の経営に関わるつもりは無い。

 そう思っていたルリではあるが、アメイズ領の嫡女でもある事から、まったくの無関係とも言えず、決めかねていた。





 翌日。

 授業が始まる。

 最初は座学が多く、ルリ達は同じ教室で一緒になる事が多い。



 政治や経済の授業は、ルリにとっても、役立ち面白い内容だった。

 人心の掌握、処世術などは日本での生活にも通じるものがある。


 『おもてなし』の精神で生きてきたルリには少し残酷な側面もあるが、文化が違うのである。納得できる事柄も多くあった。



 メアリーが興味を持ったのは、商家の娘らしく経営と算術。

 計算の学問だ。


 ルリの知識で言えば、数学……いや算数。

 小学校低学年程度の内容で、あまりにもレベルが低かったのだが……。


(方程式とか出てこないのは助かるけどね……。

 もう少しレベル高くないと、商人とかやっていけないんじゃないかしら……)



 夜、商人の娘、メアリーに聞いてみた。

「ねぇ、掛け算とか割り算って、いつから習うの?

 みんなほとんど出来てないみたいだけど……」


「ん? 本格的に覚えるのは学園に入ってからじゃない?

 少しは知ってたけど、覚えきれてないわ。

 算術は難しいのよ。あれを理解しないと商人の道は厳しいのよね。

 がんばらなきゃ……」


(う~ん……。計算方法は日本と一緒なのよねぇ……。

 魔法とかの不可思議な力じゃないし、私でも教えられるかなぁ……)



 その日から、ルリによる算数の講習会が始まった。

 生徒はメアリーだけのはずだったが、ミリアとセイラも参加することになる。


「「「……にさんがろく……」」」

「「「……にしがはち……」」」

「「「……にごじゅう……」」」

 寮の部屋では、九九の音が響くようになった。


 日本式の算数の覚え方は、非常に分かりやすいのだ。

 3人の計算力が、みるみる上達した事は言うまでも無い。





 数々の授業の中で、セイラが最も興味を持ったのは医学だった。

 医学と言っても、日本の現代医学のようなものではない。


 回復魔法やポーションでどの程度の怪我が治るのかとか、ポーションがどんな薬草から作られるかなどの勉強だ。

 上級になると、魔法の効果を高める為の研究も行うらしい。



 セイラは、ミリアの護衛メイドとして、いざという時の為に医学を学ぼうと考えていた。


「ルリ? 医学って不思議だと思いませんか?

 私、奇跡を起こす学問だと思うのです……」


 確かに、魔法で怪我が治る様子は、奇跡にしか思えない光景である。


「それでセイラは、どんなことを学びたいのですか?」


「はい。回復魔法やポーションで傷を治す事は出来ますよね。

 それでも、後遺症が残る事があります……。

 それに、病気や毒は治りません。

 どんな時でも対応できるように、しっかりと学んでおきたいのです」


 セイラは真剣だった。ミリアーヌの為にできる事を学びたいという意志が、ひしひしと伝わってくる。



「セイラは、後遺症がなぜ起こるのかとか、知ってる?

 あとは、病気が治るときに身体の中で何が起こっているかとか……」


「ルリは何か知ってるの? 教えて欲しいわ」


 ルリに医者の様な知識は無い。

 それでも、身体の表面の傷が治っても神経に傷が残ったら後遺症になる事、内臓が弱ると病気になること、風邪にしても怪我にしても、最初に症状を診断して、適切に治療しないといけない事など、知っていることを話して聞かせた。



(この知識が魔法の効果にどういう影響を与えるのかは分からない。

 でも、魔法がイメージを形にするモノだというのなら、知識を知っているに越した事はないはずだわ……)


 日本に比べると、圧倒的に死が近くにある世界である。

 セイラは理解が早かった。

 学ぼうという強い思いがあったのも功を奏したのだろう。


「ルリ、また聞かせてもらえるかしら。

 どこか神髄に近づけた気がするの。少しずつ覚えていきたいわ」





 ミリアの興味は、もちろん魔法である。

 新しい魔法の習得に、毎日励んでいた。


 ルリは、この魔法の理屈が全く分からなかった。


(魔法の仕組みってのが、やっぱり一番、不思議よねぇ……。

 そもそも、何であんな呪文が必要なのかしら……)


 ルリの認識では、魔法はイメージ、想像力で効果が変わる。

 よくわからない文字列を唱えたところで、何も起こらないはずであった。



 ……と言う訳で、ルリは魔法の座学が嫌いだった。


「では魔法の詠唱を覚えるわよ!

 みなさん一緒に、せーのっ!!」


「「「……赤く燃え滾る想いよ力を為せ、原始の炎と成りて……」」」

「「「……天から流れる青き水よ、我が力と成りて……」」」


(何の羞恥プレイよこれ……)


 教師に合わせて呪文の詠唱を行う。

 これを復唱し覚えるのが、魔法の座学だった……。



 ある日、ルリはミリアに聞いてみる。

 あまりに基本的な事過ぎて、教師に聞くのを憚れていた内容だ。


「あの……魔法の詠唱って、どんな言葉で、どんな意味なの?」


「ルリ、そんなことも知らないの?

 詠唱文には、魔法の効果を高める暗号が込められているのよ。

 だからしっかりと唱えることで、高い威力が出せるの!」



 それがこの世界の常識だ……。

 魔法の本当の仕組みなど誰も分かっていない……。

 だから、正確に詠唱する事を魔法の正しい姿として認識しているのだ。



 ルリは考えていた。

 科学の概念がない世界で、どうやったら『火の燃焼』や、『水が氷る』原理、イメージを伝えられるのかと……。


(火が酸素で燃えるって言ってもねぇ、酸素ってどう説明するといいのかしら。

 そもそも見えないものなんて説明できないものね……)



「ミリア、ちょっとこれ触ってみて?」

 ルリは、掌の上に水球を出して、ミリアに触らせた。


「生活魔法の水球ウォーターですわね。変わったことは無いわ」


「それじゃぁこれは?」


「……熱っ!!」


 目の前の水球の温度を上げて、もう一度触らせると、ミリアが驚いた。


「何で……、詠唱していませんのに、水魔法の効果が変わりますの……?」




「次はねぇ……」


 驚くミリアを後目に、今度は温度を下げると、水球が氷になる。


「えぇぇぇぇ?」



「同じ魔法でも、使い方、というかイメージで、水がお湯になったり氷になったりするわ。

 詠唱とかしなくても、変化ができるってこと……」


「すごいわね。どうやってますの……?

 わたくしも覚えたいわ。教えてよ」


「うん、もちろん。そう思って見せたのだから……」



 酸素とか、燃焼とかを理解させる方法は、ルリには思いつかなかった。

 科学や化学の知識が全くない中で、目に見えないものを理解しようとしても、分からないだろう。


 それでも、水がお湯になったり氷になる事は、体験しやすいと思ったのだ。

 その現象を、魔力を通して伝えられれば、イメージの魔法を使えるのではないかと……。




「明日、魔法の練習、してみない?」


(炎とか雷とか、見てもらえばイメージ出来るようになるかも知れないしね……)




 この世界には存在しないはずの、科学の理論でイメージされる魔法が、今後どういった影響を与えるのか……。

 あるいは、オーバーテクノロジーとも言える知識が、どんな影響を与えるのか……。

 そんな事、ルリは考えていない。



 ……みんなにも便利に暮らして欲しいからね。


 私の知識、みんなに役立ってるね!

 その程度の認識で、知識の革命を起こしてしまっているのだった。

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