第27話 入学試験

 早めに宿を出て、クローム王国第2学園へと向かう。


 勿論、事前にギルドを通して試験会場や開始時間などは調べてあった。

 それに当然、試験を受けるための書類を提出し、準備は万全に整えてあった。




 王都には第1学園と第2学園がある。


 第1学園は貴族のみが入学可能で、主に領地の経営や貴族間の社交を学ぶ。

 武術や魔法の授業は本来ではなく、武に秀でた貴族が集まって部活動的に修練を積んでいる。

 かと言って講師は一流、訓練場所も最高の場所が用意されているので、文武共にレベルが高い。


 第2学園は、平民と、一部金銭的な事情等で第1学園に入れなかった貴族が入学する。

 つまり、商家の息子や平民の冒険者。

 それと、貴族家の中でも5男6男などの継承権が低い者や、才能に恵まれず疎まれた令嬢などである。


 立地も大きく違い、第1学園が王宮のすぐそばの広大な敷地にあるのに対して、第2学園は王都の端、東門の近くにある。




 ルリは東門近くの第2学園の前に到着していた。

 試験開始まではまだ1時間ある。


 3階建ての大きな建物を囲うように高さ1メートルほどの壁があり、入り口には門がある。

 門には短い行列ができている。



 送迎らしき馬車からは、派手ではないものの貴族らしき少年、少女が歩き出している。

 また、恰幅のいい少年は、きっと商家の息子だろう。


 冒険者らしい姿の少し年上に見える青年もいる。

 列に並び、受験申込の際に発行された受験票を門衛に見せて中に入った。




 受験票には、試験を受ける教室名が記されている。


『試験会場:1年B組 受験番号:127』

 校舎の案内にしたがい教室へ向かう。


(この世界の学校も、雰囲気はあまり変わらないのね)

 そう、教室も廊下も、ルリにとっては見慣れた景色だった。


 時々掲示物の張られた長い廊下と並んだ教室。

 教室の中には、正面に黒板のようなものがあり、向かい合うように机と椅子がある。


 窓からは中庭と、奥にグラウンドの様な場所が見える。

 殆ど通うことなく終わってしまった高校生活を思い出し、目に涙が浮かんだ。


(もう一度、学校生活やり直せるのよね。試験頑張んなきゃ)




 指定された席に座り待っていると、試験官らしき女性が入ってきた。


「みなさん、おはようございます。

 クローム王国第2学園へようこそ!

 これから入学試験を始めます。まずは注意事項を伝えますのでよく聞いてくださいね」


 途中外出の禁止、トイレに行くときは手を上げる、カンニングは即退場。

 そう難しいルールではないが、周囲から緊張感が伝わってくる。




 午前中は筆記試験。日本風に言えば、国語、算数、社会のテストだ。

 理科という概念はなく、もちろん英語の試験も無い。

 また、レベル的に数学ではなく算数であった。


 開始の合図と共に、一斉にペンが走り出す。

 受験戦争を乗り切ったルリには物足りないが、一般的には難しいのかもしれない。

 試験時間の半分もかからずに問題を解いてしまい、午前中は殆どの時間をぼーっとして過ごす事になった。



 昼食の休憩を挟み、午後は実技の試験が行われる。

 校舎から出てグラウンドに行くと、さすがに中学、高校の風景とは違っていた。

 100メートル走のラインなどはなく、代わりに案山子や的がある。


 受験者は200人くらいいるだろうか。

 3箇所の会場に分かれて、順番に実技を行った。



 まずは剣の試験。

 正面に胴回り50センチ程度の太めの案山子があり、それに何でもいいから攻撃する。

 案山子を切る、あるいは倒すなどすればいいらしい。


「えぃ」

 カス

「どりゃぁぁぁ」

 ゴス

 思い思いの武器で、順番に切り掛かっているが、相当頑丈なのか案山子が傷つく様子はなかった。


 どごぉぉぉん

 冒険者らしき男性が大きな剣で叩きつけると、案山子が根元から折れて吹き飛んだ。


「「「「「おおお」」」」」

 歓声が上がる。


(案山子が頑丈なわけじゃなさそうね、あんな人もいるんだから、普通に切っても大丈夫そう……)



「次、127番」

「はい!」

 大きく返事をして、ルリは短剣を構えた。


 ズシャン

 袈裟切りに払った剣で、案山子が真っ二つに割れる。


「「「「「おおお」」」」」


 再び歓声が上がるが、驚かれても困る。

 ルリは特に気にせず待機場所に戻った。



 続いて魔法の試験に移る。

 ギルドで試験されたような複雑なものではない。

 正面、10メートル先にある1つの的に、何かしら魔法を当てればいい。


「……赤く燃え滾る想いよ力を為せ、原始の炎と成りて……火球ファイヤーボール

 ぽすっ


「……天から流れる青き水よ、我が力と成りて……水球ウォーターボール

 チュバッ


(ちょ、しょぼ。的までも届かないじゃない……。

 しかも何? あの中二病言うの?

 アリシャさんもシーラさんもあんなこと言わずに魔法使ってたし……)



 受験生たちのレベルが低いわけではない。一般の12歳はこんなものなのだ。

 魔法が発動できるだけ、まだ良い方なのかもしれない。


 冒険者、しかもそれなりの実力者としか行動してこなかったルリには、一般的なレベルが分かっていなかった。


(普通に魔法打ったら目立ちすぎるわよね。

 ちょうど的に届いて消えるくらいって……そんな細かい制御したことないよ……)


 ルリは、焦っていた。的を壊すのは難しくない。

 しかしここで目立つのは避けたかった。

 奇抜なミニ浴衣のローブに杖ではなく剣装備という異様な風貌だけで、既に目立っているのだが……。


(このままじゃ、入学した途端にいじめ確定?

 暗黒の学生生活に突入しちゃうの……!?)



 混乱が収まらない中、順番が来てしまう。


「次、127番!」

「ひゃ……」


(魔力をコントロール、魔力をコントロール……。

 10センチくらいの水のボールを作って……的までゆっくり移動……。

 的の近くまで飛ばして……、ここだ!)


 パシャ

 的の直前で水の玉が弾ける。



「「「「「えええ!?」」」」」


(あれ? 周囲の反応がおかしい……。

 やっちゃった……?)



 周囲の受験生は見ていた。

 静寂の中突然現れた水球が音もなく的まで飛んでいき弾けた瞬間を。


 そして教官は見過ごさなかった。

 ルリの身体に圧倒的な魔力が纏われたのち、その一部を切り離すかのように魔法が構築され、的に届く瞬間までしっかりとコントロールされていたことを。

 しかも、魔法の詠唱など一言も無かったことを。




「……よし、次、128番」

 何事も無かったかのように振る舞い試験を続ける試験官。


 その陰で様子を窺っていた教官が、慌ててメモを取り、校舎に走り去った事は、誰も知らない。




 実技試験が終わり、一度教室に戻る。


 結果の発表は一週間後。

 そして、合格の場合は3日前から学生寮に入れると教えられた。


 入金などの入学の手続きは、入寮前であればいつでも可能とのことだった。




「それでは、解散!」

 声と共に、会場を後にする子供たち。

 席を立とうとした時に、教官が近づいてくる。


「受験番号127番、ルリだな。少し残れ。学園長がお呼びだ」

「え? はい……」



「あいつ、真っ二つにしたやつだよな」

「魔法無詠唱だったやつだよ……」


(ありゃりゃ、私、やってしまったようね……さよなら、学園生活……)


 遠くから聞こえる陰口に、すっかり肩を落としたルリは、連れられるままに学園長室に向かった。


(あはは、入学前から校長に呼び出しとか……私どんな問題児よ……)




 学園長室は、校舎1階の奥にある。

 ドアをノックすると、

「どうぞ、お入りになって」

 と女性の声。


 中には、50代までは届かないであろうか。

 しかし年齢を感じさせない清楚な美しさを醸し出す女性がいた。



「ルリさんね、よく来てくれましたわ。

 私は当校の学園長、グルノールと申します」


「冒険者のルリです。本日はお日柄も良く……」

 緊張するルリに対して、学園長が手で言葉を制す。


「あらあら、緊張しなくていいのよ。いつも通りに話してちょうだい」



 ルリの全身を見回して、学園長はにっこりとほほ笑んだ。


「ウリムから聞いているわ。リンドスのルドルさんからよろしく頼まれてるって。

 リンドスでは素晴らしい活躍をなさったそうね」


 ウリムは王都のギルドマスターだ。学園長と知り合いでもおかしくない。

 ルドルの手紙を読んで、学園長に一言添えてくれたという事だろう。


「活躍と言うのは言い過ぎですが、ギルドマスターのルドルさんには非常にお世話になりました。

 ウリムさんにも良くしていただいています」


「うふふ、礼儀正しいのね。謙遜しなくていいのよ。

 『白銀の女神』なんて聞いてたからもっと凛々しいかと思ってたのだけど……。

 おしとやかな感じで良かったわ」


「いえ、あの、女神とかではございませんから。

 私は普通の女の子です!」

 話が筒抜けな事に愕然とするが、ルリとしてはこれだけは譲れない。



「うふふ、普通のね……まぁいいわ。

 今日はね、入学前にお顔を見ておこうって思っただけなの。

 特に用事は無いわ。ごめんなさいね。

 それと、先に伝えておくけど、あなたは合格よ。おめでとう」


「へっ合格ですか? でも何で?」


「試験の内容を聞いたけど、問題ないそうよ。

 それに、ウリムが気に掛ける人物を私が放って置ける訳がないじゃない。

 始業の3日前までにお部屋を準備しておくから、ちゃんと学園に来てくださいね」


 一部私情も入っていそうだが、試験結果で落ちるとはルリも考えてはいなかった。


「はい、ありがとうございます! よろしくお願いします」




 学園長室を後にする。

 入学手続きをしていくか聞かれたので、そのまま手続きしてもらった。


(ちょっと目立っちゃったけど、大丈夫よね……)


 1か月後に始まる学園生活に夢を見て、スキップをしながら帰って行った。

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