第26話 厨房の貴重品

 学園入試までの時間。

 ルリは接客と冒険者の掛け持ちだ。


 メルン亭で働きながら、休日には西の森へと討伐に向かう。

 充実した日々を過ごしていた。



 そんなある日。

 メルン亭にて……。



 ガシャガシャァァン


「きゃぁ」

「おらぁ、店長呼んでこいぃ!!」



 ならず者が現れた。人気店の性である……。

「お客様、どうかなさいましたでしょうか」

 店長がすぐさま対応する。


「俺にこんなもの食わせやがってぇ!

 腹壊したじゃねぇかよぉ、慰謝料払いやがれぇ!」


「すごくお元気そうでいらっしゃいますが……。

 このお店で食事をされて、体調を崩されたという事ですか?」

 嫌味な表情で切り返す店長も負けてはいない。


「ごちゃごちゃうるせんだよぉ、とにかく慰謝料払えってんだぁ。

 じゃなけりゃ店壊すぞぉ!」


 チンピラが剣を振り上げた。周りの取り巻きも一緒に剣を抜く。


「「「きゃぁぁぁぁ」」」

 周囲の席の客達は慌てて逃げ出す。



 この場合、下手に刺激することは悪影響だ。

 かと言って謝罪する理由はコチラにない。


 店長が厨房にサインを送ると、裏口から一人が飛び出した。

 衛兵を呼びに行ったのだ。


 店長は時間を稼ぐべく、チンピラに向き合う。


「慰謝料と申しますと、おいくらをご希望なのでしょうか」


「あー? 店の有り金全部に決まってんじゃねぇかよぉ!」


(有り金全部? 店にあるお金なんてレジの売上程度で、そう多くはない。

 わざわざ慰謝料要求するにしては、要求が稚拙よね。

 ここは久しぶりに発動ね。身体は子供、心は大人のルリちゃんよ!)



 ルリは探偵モードで推理する。


(お金が目的なら、もう少し取れるお金を探してるはず。

 お店の評価を下げるんなら、暴れるんじゃなくて噂を流せばいい。

 店舗の破壊が目的なら、夜とかに奇襲すればいいし、直せば元に戻るわ。

 ……個人的な恨み? ってわけでもないわよね)


(もしかして……)

 ふと気が付いたルリは、危機感知を発動し、店の周囲に広げた。



 店長とチンピラが舌戦を行っている隙に、気配をスッと消して厨房へと移動する。


「料理長、料理人の皆さん、敵が来ます。裏口から離れてください!」


「な!」


 驚く料理長に声を出さないように合図をし、ルリは厨房奥の裏口へと向かった。


 アイテムボックスから漆黒の剣を取り出し構える。

 間髪入れずに裏口のドアを開けた。



「「ぐぁっ」」


 裏口の外に張り付いていた2人の男が、突然開け放たれたドアにぶつかり呻く。


 バシ、バシバシバシッ

 剣を構え裏口から侵入しようとしていた4人の男をすばやく叩き、戦闘不能にした。


 崩れる男たちを振り返ることなく、ルリはメルン亭のホールに戻る。


 全力でチンピラの前まで走り、振りかぶっている剣を弾くと同時に胴に峰打ち。

 一瞬の出来事に驚き固まる2人の取り巻きを、制圧した。


「「「「「……」」」」」


 しばらくの静寂が支配した後、店長が再起動する。

「うわっ、ルリちゃん突然……」


「お騒がせしました……」

 どこから説明しようかと考えていると、入り口のドアが開けられた。



「衛兵だ! 全員騒ぐな!」

 すでに騒いでいる人はいない。戸惑う衛兵の前には、チンピラが3人倒れている。


「衛兵さん、ありがとうございます。

 裏口にも6人いますので、取り押さえてください!」


 ルリが伝えると、衛兵は裏口まで進み、言われた通りに6人の男を拘束した。


「説明してもらおうか」

 衛兵の言葉に、

「「俺にも説明してくれ」」

 店長と料理長も、状況が理解できずにいた。




 結論として、表のチンピラは囮だった。

 裏口から侵入する6人で厨房に侵入することが目的だったらしい。


 危機感知の反応で裏口に忍び寄る所を発見され、侵入される前に殲滅させられてしまったのだが……。




「店長、料理長、厨房に何か貴重品とかあるんですか?

 営業時間中に裏口から奇襲するなんて、理由がよく分からないんですが……」


 経緯の説明をしながら、私は疑問に思ったことを訪ねた。


「ルリちゃん、貴重品はないよ。

 でも、営業中の厨房には、何よりも大切な宝がある。

 料理長と、料理人たちだよ。それが、このお店の最も大事な、貴重品だ!!」


 店長が、迷うことなく答えてくれた。





「被害状況を確認したら、こいつらは詰め所に連行する。

 今の話だと、料理人を殺すか攫うか、こいつらに依頼した誰かの意図があると考えるのが自然だろう。

 尋問の結果は、また伝えに来るよ」


「「よろしく頼みます」」

 店長と料理長が衛兵に頭を下げると、衛兵は帰って行った。



「「「「「ルリちゃん、何さっきの剣技! すごーい!!」」」」」


「これでも一応、冒険者ですからね!

 お役に立てて何よりです!」





 翌朝、衛兵の報告により事件のあらましが判明した。

 想像に難くない通り、他店の嫌がらせであった。

 料理のレシピを盗むために料理人を誘拐し、自店舗へ引き入れようとしたとの事だった。


(レシピのために人攫うとか……この世界ってみんな脳筋なの……?)


 あまりの短絡さに驚くルリと、商会長のメルヴィン、メルン亭の店長、料理長で話し合いを持つ。

 議題は、今後の危険性の回避だ。



「護衛を置くのは、店舗の雰囲気としてどうかと思います。

 やはり、レシピを商業ギルドに登録しておくのが一番ですかね。

 公開されはしますが、危険を放置するわけにもいきませんので」

 商会長がレシピの登録を提案した。


 この世界には冒険者ギルドと対になる存在として、商業ギルドが存在している。

 戦闘を中心に何でも屋として存在する冒険者に対して、適切な流通や商売を管理するのが商業ギルドだ。


 管理する項目の中には特許の様なものもあり、新しい発想の製品を登録することで、その開発者として宣言し、販売の権利を持つことができるのだ。


 登録された製造方法などは一般公開される。他社は、登録者に使用料を支払うことで公開された製造方法を使用することができるようになる。



「料理のレシピは限定的です。

 商業ギルドに登録することは出来るでしょうが、食材の組み合わせを変えれば誰でも真似できてしまいますので、あまり得策とは言えませんよ」

 料理長は反対のようだ。


(特許みたいなものだよねぇ。だとすれば……)


「あの、こういうのはどうでしょうか。

 ハンバーグを登録するのではなく、『肉をひき肉にする製法』を登録する。

 パスタのメニューではなく、『小麦粉からパスタと言う食べ物を生み出す製法』を登録する。

 下ごしらえのやり方を登録するんです。

 そうすれば、食材や原料が何になろうと、問題はありません」


「「「それだ!!」」」

 メルヴィン、店長、料理長の目が輝いた。


「よし、さっそく商業ギルドに提出しよう。

 料理長は書類の作成を手伝ってくれ!」





 3日ほどで登録が完了した。

 権利の利用料は最低額にしておく。

 儲けを出すのは店舗の味、料理で稼げばよいのであり、特許で稼ぐ必要はない。

 発見者をルリにするという話であったが、ルリは断った。


「私、あまり目立ちたくないですから。商会にしておいてください……」






「ひゃぁぁぁぁぁ、いや、待って……」


 ここは、メルヴィン商会の経営する上流階級向けの洋服店。

 ルリはお礼にと、お店まで連れて来られていた。


 その試着室の中に、着せ替え人形にされているルリの姿がある。


「あはは、いいわ、これも素敵ね、抱きしめたくなっちゃうわ!!!」


 飼い猫を愛でるかのように不敵にほほ笑む女性店員に、抵抗できずに声を上げるルリ。

 

 どこのパーティに着て行けば分からないようなドレス、豪華すぎる普段着、そしてなぜかメイド服。

 いつ着ればいいのか不明な大量の衣服に、困り果てるルリだった。





 時は過ぎ、7月の最終日。


「ルリちゃん、こっちも注文お願い!」

「そうそう、明日学園の入学試験だっけ? 頑張れよ!」

「でも、入学したらお店にいなくなっちゃうんだよねぇ、俺さびしいわぁ……」


 メルン亭で常連客に囲まれながら、ルリは今日も接客のアルバイト中。


 1ヶ月という期間ではあるが、ほぼ休まずに出勤しているルリは、今ではメルン亭の看板娘の一人だ。

 男性の固定客も多い。


 ただ、一瞬で誘拐犯を殲滅した話は広まっており、一般的には美人に含まれるルリではあるが、ちょっかいを出してくる者はいなかった。


(明日は試験かぁ。メルン亭の居心地が良すぎて、これでもいいかなんて思っちゃうなぁ)


 楽しく生きていければそれでいい、そんなルリには、今の生活に満足していた。


 などと言っても、ルリの性根は日本人である。

 試験があるのに休む、という選択肢はない。真面目なのである。


 翌日の試験に備えて、対策に余念がないルリであった。

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