第25話 アルバイト

 宿に戻ると、ルリは困っていた。


(魔物は居そうだけど、狩場が遠すぎるわ。

 毎日行くのは面倒すぎる。

 泊まり込みで行ってもいいけど、数日籠ったら殲滅出来ちゃいそう。

 それに、毎日大量に納品したら目立っちゃうし、一度の納品量も少ない方がいいわね)


 リンドスでは多くの冒険者が日々狩りをして活動していたため目立たなかったが、王都では毎日狩りをする冒険者は居ない。


 そもそも魔物の絶対数が少なそうなので、入学までとは言え毎日狩ったらいなくなる可能性もあった。


(魔物とは言え、生態系を崩すのは良くないわよね。

 狩りは週に1日か2日程度にしとくべきね。そうなると、暇ねぇ……)



 試験対策として勉強すればいいのではあるが、試験の内容がルリには簡単すぎる。


 実技はまず問題ない、筆記対策が重要となるのではあるが、ルリには高校受験を突破している知識がある。

 計算などの問題は間違えようがなく、しかも、異世界言語翻訳により、文章の読解や書き取りも心配ない。

 地理や歴史を覚える必要はあるのだが、試験で出る程度の理解をすることは難しくなかった。




(何か、バイトでもしようかなぁ。本当だったら今頃どこかでバイトしてるはずだしなぁ)


 翌朝も、ルリは暇つぶしに付いて悩んでいた。


(バイトって言ってもどこに行ければいいのかなぁ。面接とかしてくれるのかしら。

 ってか、普通の人って普段はどこで何してるのかしら……)


 テレビやスマホなど無い世界である。ルリには他に時間を潰す方法が思い付かなかった。




 街とふらふらと求人が無いか探しながら歩いてみる。


(お店はあるのだから、店員の募集とか、絶対してるはずよねぇ……)



 当てもなくさ迷っていると、見覚えのある建物の前を通っていた。


(メルヴィン商会さんなら、知ってるから雇ってくれるかも!)


 お店に入ると、大きなスーパーの様な店舗だ。

 食料品を中心に雑貨などが並んでいる。


「こんにちは。商会長のメルヴィンさんはいらっしゃいますか?」


 近くの店員に声を掛けてみる。


「はい、えっとお約束でしょうか? 商会長は店舗ではなく事務所になりますので、そちらを訪ねてください」


 事務所の場所を教えてもらえたのはラッキーだが、約束などしていない。


(まぁダメ元で行ってみるしかないわね)


 事務所に着くと、『メルヴィン商会』の看板があった。ドアを開いてみる。


「すみません、冒険者のルリと申します。商会長のメルヴィンさんはいらっしゃいますでしょうか?」


「はい、お約束でございましょうか?」


 事務所の受付らしいお姉さんが対応してくれた。


「いえ、約束はしていないのですが、もし時間があれば相談したいことがありまして……」


 何とか取り次いではくれるようだ。

 受付のお姉さんが奥に行くと、メルヴィンが出て来てくれた。


「やぁルリさん、お久しぶりだね。相談があるってことだけど?」



 会議室のような場所に連れて行かれ、話を聞いてもらった。


「なるほどね、学校が始まるまで、2ヶ月くらいかな。その間でどこかで働きたいってことなんだね」


「はい、そうなんです。ある程度は接客とかは出来ると思いますので……」


 メルヴィンは考えているようだ。


「そうだ、ルリさんは料理も得意だったよね。

 私の経営する飲食店があるんだけど、そこで働いてはくれないかい。給仕の仕事だよ。

 ただね、一つ条件を付けさせてくれ。

 ルリさんの料理の知識を料理人にも教えてくれるというのなら受け入れよう」


「つまり、普段は給仕をしながら、新メニューの開発とかをするって事ですね。全く問題ないです!」


「理解が早くて助かるよ。

 ルリちゃんの料理美味しかったからさ、ああ言うのをうちの店でも作ってほしいんだ」



 メルヴィンが店舗の説明をしてくれる。

 大衆向けの飲食店、ファミリーレストランのイメージのお店だった。


(うん、楽しそう。いいお仕事見つかったかも!)



 ルリのしたかった事、それは異世界だとしても普通の暮らしである。

 その希望に、レストランのアルバイトは最高の選択肢だった。


(冒険者も楽しいけど、接客業も捨てられないわね)



 やる気満々で店舗に案内してもらう。

 お店の名前は『メルン亭』。メルヴィンの名前からとったらしい。


 客席は50席程度で、大通りからもほど近い。

 清潔感もあり、女性客にも人気が出そうなお店だ。



 メルヴィンが店長と料理長に私を紹介してくれた。


「今日から働いてもらう、ルリさんだ。冒険者で、以前私がお世話になった人なんだよ」


「「ああ、よろしくな」」


 店長は長身の男性で、優しそうな顔をしている。

 料理長の顔つきは怖めだが、気が良さそうな印象だ。

 他にも給仕の女性が5名と、料理人として4人の男女が働いているとのことだ。


「ルリさん、メニューの開発で、もし必要な食材や調味料があったら、料理長に気軽に言ってくれ。私が集めてくるよ」


 商会の直営店という事で、食材の調達では抜きんでている。

 この利点を生かし、繁盛店を目指したいらしい。




 初日は、メニューや席番号などを覚える為に見学で終わった。

『オーク肉のステーキ/煮込み 銀貨2枚』

『岩トカゲのステーキ/煮込み 銀貨1枚』

『ゴード鳥と野菜のスープ 銅貨8枚』

『本日の日替わり 銀貨1枚』


 メニューは主に、煮るか焼くか炒めるかで、殆どのメニューにはパンがついている。


 デザートもあるが、フルーツの盛り合わせであったり、パンに蜜をかけたものだったり。

 凝ったデザートはまだまだ少なかった。



(教会の時もそうだったけど、「練る」って習慣が無いのかしらねぇ。

 素材の味を生かした料理も美味しいけど、一工夫できそうね)


 リンドスの街では、とにかく食材と調味料が少なかった。

 調理の方法を伝えはしたが、地球の料理を再現できた例は少ない。


 しかしここは王都。可能性は広がる。

 営業後、現在ある調味料を見せてもらった。



 まず和食の基本調味料。いわゆる「さしすせそ」。

 砂糖はあるが高価で使いにくいが、蜂蜜があるので代用可能。


 塩はある。酢と醤油、味噌は見当たらない。

 胡椒や唐辛子などの香辛料は高価だが使用できる範囲で存在した。


 生姜やニンニクについては、調味料として認識されてはいないがそれらしき植物が薬草として売られている。磨り潰して飲む形になる為、料理に使われていないだけだった。




 実は、思っている以上に調味料は存在していた。

 食べられると認識されていないだけで、その辺に生えていたりして、ルリはちょこちょこと採集しており、アイテムボックスにため込んでいた。


 食材の棚を見せてもらうと、牛乳や卵もある。

 牛という生き物の乳ではないと思うが、それっぽいのがあった。

 日持ちがしない事からあまり使われていないらしいが、王都であれば手に入った。


「料理長、ありがとうございます。

 いくつかメニュー考えてみますので、よろしくお願いします」


 時間も遅いため店を後にし、宿へ戻る。


(コロッケにハンバーグ、シチューも作れそうね。

 カレーライスは、ご飯の仕入しだい。オムライスもそうね、卵も高価だし。

 主食がパンしかないのはだめよね。せめてパスタは流行らせたいわね)




 アルバイトも3日目。

 給仕になれてきたルリには、大きな試練が訪れていた。

 閉店後に行われる試食会だ。


 今回のメニューは、ポテトコロッケ、ハンバーグ、そしてミートソースパスタ。

 調味料が全て揃っているわけではないが、材料がほぼ一緒であり、手に入る食材だけでもそれなりに作れる。


 下拵えは、玉ねぎのみじん切りとひき肉。

 ひき肉は牛っぽい肉がどれだか不明なため、オーク肉を叩いて作った。


 また、出回っているパンを砕いてパン粉を作る。

 さらに揚げ油の代用品として、オークの脂身を熱し、油だけ濾して溜めておいた。



 まずコロッケ。

 茹でた芋っぽいもの、玉ねぎ、ひき肉を炒めて固める。解いた卵とパン粉を付けて油で揚げた。


 次にハンバーグ。

 卵、パン粉、牛乳を繋ぎにオークのひき肉と玉ねぎのみじん切りを混ぜて捏ねる。軽く油をひいて両面を焼き上げた。


 ミートソースは簡単だ。

 ひき肉と玉ねぎを炒めてトマトっぽい野菜を加えて炒めるだけ。ニンニクでアクセントを入れておく。


 パスタの麺づくりは、料理長が最も熱心に見てくれた。

 小麦粉と卵を丁寧に捏ねて固まらせていく。しばらく寝かせた後に、平らに伸ばし、細長く切りそろえる。最後に茹でれば完成だ。



 コロッケとハンバーグのソースは昨日から作っておいた。

 トマトとニンニク、生姜を細かく切って煮込む。塩や香辛料を入れてさらに煮込む。

 一晩寝かしておいたものを濾して、煮詰めれば完成。




 手際よくお皿に盛り付けて披露した。

 今日は全従業員とメルヴィンが試食会に参加している。


「「「「「「「美味しい」」」」」」」


 試食の結果は当然のセリフだった。


「コロッケ? 表面サクサクで中はトロッとしてるね」

「普通にステーキにするよりもハンバーグの方がうま味があるよ!」

「この細長い食べ物いいなぁ、他の味でもたべられそうだ!」

 食文化の進んだ日本での人気料理。異世界の胃袋を掴むのは間違いない。



「よし、新メニュー決定だ! 全員で作り方覚えるぞ。

 これは人気になる! 材料の仕入増やすぞ!」


『ポテトコロッケ 銅貨8枚』

『オーク肉のハンバーグ 銀貨2枚』

『本日のパスタ 銀貨1枚』

 数日後、メニューに日本の料理が並び始める。



「私、パスタね」


「「「私も!」」」


「俺はハンバーグ」


「「「俺も!」」」


 行列の人気店になるのに、時間はかからなかった。

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