第24話 王都の狩場

 王都は、広い。

 人口20万人を擁する巨大な都市だ。


 城門を抜けると、最初に目に付くのが大通り。

 幅約20メートル、多くの馬車が行き交う通りは、王宮まで続いている。


 途中、中央広場と呼ばれる大きな公園があり、公園の周囲を中心に様々なお店が建てられている。

 街の奥側3分の1程度は王宮と貴族街。


 王宮はともかく貴族街に明確な境界線はないものの、奥に行けば行くほど身分の高い者の屋敷が並び、店舗も高級になるという、構造だ。


 王宮の前にも広場があるが、ここは貴族のご子息、ご息女が遊んでいることが多い事から、平民は滅多に近づかない。




 王都とは言え、庶民向けに売っている商品はリンドスと大きく変わらないらしい。

 アリシャから聞いたおすすめは、東通りの朝市。

 小さなお店や露店ばかりだが、採れたての食材が並び、安く買える。



 中央広場を右に曲がり、しばらく進むと、人でにぎわっている場所があった。


「さぁいらっしゃい、今朝取れた野菜が揃ってるよー」

「解体したての肉あるよ、どうだいー」

「卵、卵が新鮮だよー」

「魚の塩漬けー、貴重な入荷だー」



(おおぉ、卵、魚、キター!)


 この世界に来て、やっと見つけた卵。そして魚。


「卵は新鮮な内に食べてちょうだいね」


 冷蔵庫のない世界。

 新鮮な食材は貴重で、産地の近くでないと手に入らない。

 特に魚介類は、海から遠い王都においては、輸送が困難な事から高級品だった。



(もちろん買いよね! 卵料理、何作ろうかな。

 あ、魚があるならご飯もほしいわ……)


 残念ながら米は見つからなかったが、隣国で生産していることは分かってる。

(その内お米も見つかるよね)

 楽観主義なルリだった。




 その後も街中を散策し、目に付いたお店で買い物を楽しんだ。

(王都ファッションは最新で揃えないとね)

 つい先日までは女子高生だ。オシャレにはこだわりたい。



 夕方までぶらぶらし、宿に戻る。

(やっぱ広いな、あと2,3日は王都見学で終わっちゃうかな)




 翌日。

 ルリは中央広場から少し外れた路地を歩いていた。

 職人街と呼ばれている場所だ。


(表参道の裏通りって雰囲気ね。あるのは武器とか防具だけど……)




 セレクトショップと呼べなくもない、独特のデザインやこだわりがありそうなお店が並んでいる。


「あれれれれぇ、ちょっとお嬢さん、こっちいらっしゃ~い!!」

 突然呼び止められ、振り返る。


「やっぱりそうだ~」

(見知らぬ人についてっちゃだめよね、無視無視……)


 歩き去ろうとするルリに、

「ちょっとぉ、待ってよ~、そのローブ、私のぉ~」


 しつこく話しかけてくる声に仕方なく足を止めると、

 金髪に緑色の服を着た綺麗な女性が追いかけて来ていた。



 身長はルリよりもちょっと高い160㎝程度。

 スラっとした細身の美女で、よく見ると耳の先が長く尖っている。

(エルフよ、エルフ!! キタコレ!!)


「はぁ、はぁ、そのローブ、私の作ったローブよね!

 見せて見せて! 調整もしてあげるからぁ!!」


 半ば強引に、エルフのお店に連れて行かれる。


「私はララノア。見ての通りエルフよ」



 お店の中には、ルリの着ているものと同じようなミニ浴衣風ローブが飾られている。他の展示も、防具としては少し奇抜なものが多い。


「あの、冒険者のルリです。ローブ、気に入って使わせてもらってます」


「うん、綺麗に使ってくれてありがとう!」

 ルリの全身を眺めながら、ララノアが呟いた。


「ところであなた、その格好で討伐とかでかけてるの?

 ダメじゃないけど、ちょっとねぇ……」


「ええ? 何か違ってました・・・?」


「いやね、本来はチェーンメイルとかの上に羽織って使うように作ったローブなのよ。

 ほら、丈が短すぎるし、胸の周りも防御力無いでしょ……」


「……」



 それは、最初にルリも思っていたことだった。

 魔術師が用いているローブは、全身が隠れるように守られているものだが、この防具は肌の露出が甚だしい。


 ファッション優先のルリではあるが、あるべき防御力がないのは今後を考えると致命傷にもなりかねなかった。


「「あの……」」


「あ、初めて会ったのにごめんね。でも気になっちゃって……」


 ララノアとしては最大限に気を使っているが、ルリもこの状況をどうにかしたい気持ちだった。


「いえ、私こそすみません。それで良かったら、このローブに合わせた防具を選んでくれませんか?」


「うん、分かったわ。オシャレと実用を備えた防具、選んであげる。

 それじゃ改めて、ララノアの防具店へようこそ!!」




 ララノアの説明を聞きながら、インナーとして使える防具を見繕ってもらう。

 一部は金属になっており、急所を守る構造だ。


 結局全身の防具を買い揃える事になったが金貨5枚程度。

 そして何より、浴衣の帯が手に入った!


「「可愛い!!」」

 鏡の前でクルクルと回っているルリ。ララノアも上機嫌だ。


「うん、これなら安全ね。メンテナンスもあるから時々顔出してね!」


「はい、ありがとうございます!

 新商品も絶対買いますので、よろしくです!」


(えへへ、良い買い物できたかも!)


 上機嫌に職人街を後にし、ルリは街の雑踏に紛れていった。





 数日経ち、一通りの王都散策を終えたルリは、冒険者ギルドを訪れていた。

 相変わらず人が少ない。

(こらぁガキが冒険者なんてぇとか言うイベントはここではなさそうね……)



 依頼ボードを見ると、少ないながらも張り紙はあった。

『神獣の毛皮 ~神獣の種類は問わず~』

『妖精の涙 ~妖精の涙の採取~』

『精霊の弓 ~レアアイテム精霊の弓の入手~』


(何これ、絶対無理でしょ。金持ち貴族の道楽ってことなのね。

 ってか、これ達成したら罰当たりそうだわ)



 王都の依頼の悲惨な実情を目の当たりにして、素直にDランクの依頼を見る。

『オーク討伐 1体金貨5枚(素材売却費は別途)』


「高っ!!」

 思わず声を上げる。


(討伐証明だけで金貨5枚! 素材も合わせたら13枚くらいになるわね。

 10体持ってくれば130万円だわ!)


 リンドスでは素材は高く売れるが、討伐報酬は微々たるものだ。


 そこに、

「嬢ちゃん止めとけ! オークはCランクの儂でさえ苦労した魔物じゃ。

 あんたみたいな子供が手を出すもんじゃねぇ」


「……」


(こういうの老婆心って言うのかしら。面倒な人はどこにでもいるか……)


「聞いてるのか! オークってのはなぁ……」


 無視して受付に依頼を持っていく。

「あの、オーク討伐の依頼を受けたいのですが……。

 この辺のオークって他より強かったりしますか? 妙に依頼料が高いんですが……」


「いえいえ、個体差はあっても他所と強さは同じですよ。特別ってことはありません。

 こんなギルドですから、なかなか受けてくれる人がいなくて、報酬高くなってるんですよ」


「あ、なるほど、それなら、依頼受付お願いします!」



「おー嬢ちゃん、年寄りの言う事は聞けぃ!!

 子供ならおとなしく薬草採取からだなぁ……。

 儂も若い頃は……」

 ヒートアップして血管が浮き出ている。


(あーもう、面倒くさい)


「おじいさん、ご忠告ありがとうございます。

 でもね、私オークくらいならどうって事なく倒せますので、黙っててください!」


「なんじゃとぉ、お前みたいな子供が倒せるわけがないじゃろうが!

 儂をバカにしとるのかぁ!!」


「バカに何てしませんよ。

 受付嬢さん、依頼前でも買い取りはやってますよね。証拠を出しますので」


「あ、はい。買い取りはいつでも可能性ですが……でも証拠って???」


 ズドォォォォォォォォン

 ズドォォォォォォォォン

 ズドォォォォォォォォン


 そこに出てきたのは、丸々3体のオーク。

 ルリが以前狩っていたものだ。


「ひぃぃぃぃ」


「「「ななな、収納、しかもバカ容量!!!」」」




 腰を抜かすおじいさんと、驚く周囲の冒険者。


「この前狩ったオークです。とりあえず先に買い取りお願いします!

 それじゃ、オークの討伐依頼、行ってきますね!」


「あ、は、はい。査定は戻るまでにしておきますので。

 ルリさん、行ってらっしゃいませ」


(ちょっと派手にやりすぎたかなぁ。

 でもいいわね。多少のインパクトは必要よ!)


 腰を抜かしたおじいさんに、ギルドホールに放置されたオーク3体。

 ギルドが正常に戻るにはなかなかの時間がかかったのだが、ルリは知りもしなかった。





 オークが、というか魔物が出現するのは、王都から半日ほど移動した西側の森の中である。


 ただでさえ広い王都と、そこから更に半日と言う距離は、日帰りの依頼を受ける場所としては遠すぎる。

 荷物を持たない軽装のルリですら、ギルドを出て森の中に入るまでに5時間を要した。



(さて、都合よくオーク出て来てくれるかしらね)


 予想に反して、魔物はたくさんいた。


「誰も討伐に来ないって言ってたから魔物増えてるのかしら。

 しばらく狩りは出来そうだけど……効率悪いわねぇ。

 移動が往復10時間、日帰りだと狩りは1、2時間しかできないわ」



 ぶつぶつ言いながら、狩りを始める。


「オーク5体。金貨65枚!」

 ドス、ドス、ドス、ドス、ドス


「何か狼3体、報酬不明」

 バシュ、バシュ、バシュ


「ゴブリン1体、報酬なし……」

 ザシュ


「見つけた、オーク3体、金貨39枚!」

 ドス、ドス、ドス



「うん、儲かった儲かった!

 そろそろ帰らないと夜になっちゃうわね。ダッシュ!!」


 2時間ほど狩りを楽しみ、王都へ走り出す。

 王都へ着いたときには、既に日が沈みかけていた。




「ただ今戻りましたぁ」


「ルリさん、お帰りなさい。早かったですね」


「はい、頑張りました!」


「あ、買い取りですね、ちょっとここじゃなくて、解体場でいいですか?」




 解体場は隣の建物になっている。

 受付嬢と一緒に解体場へと向かった。


「あの、解体お願いしてよろしいでしょうか」

 受付嬢が声を掛けると、恰幅のいいおじさんが来てくれた。


「ああいいぞ、その辺に置いておいてくれぇ」

「じゃ、ルリさん、こちらに」


 受付嬢の指す場所にオークを取り出す。

 学べるルリは、10体も一気に出したりしない。


(ふふふ、だいたいオーク3体が入る収納魔法って設定にするのよね)


 ズドォォォォォォォォン

 ズドォォォォォォォォン

 ズドォォォォォォォォン


「「「「「てめぇかぁ~~~」」」」」



 昼間、3体のオークを解体させられた職員さん達。

 今日の仕事が終わったかと安心した所に追加されたオークを見て、全員お怒りだった。



「何もんだぁ? この嬢ちゃんは!

 まぁいい、報酬は明日まで待て。査定して受付に渡しとく。いいな!!」


「はい、すみません……」

 解体場に行くといつも怒られる、ルリであった。

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