第20話 盗賊ホイホイ

 翌朝。


「宿の主人に聞いたのですが、1週間ほど前にこの先で盗賊が出ているそうです。

 まだその辺に潜んでいるかもしれませんので、注意しながら進みましょう」


 メルヴィンの注意を受けつつ、商隊は出発した。



 ルリは念のため確認してみる。


「メルヴィンさん、盗賊って何人くらいなんですか?」


「人数は分かっていないが、やられたのは3人の護衛を連れた行商だそうだよ」




 何台もの馬車を率いて移動できるのは、それなりの規模の商人だけだ。

 商人の大半は、1台の馬車にわずかな護衛で移動を行っている。

 むしろ、護衛なしで移動している行商人も多い。



 盗賊も、出会った人間すべてを皆殺しにするわけではない。

 人を殺せば、治安維持のため討伐隊が組まれる。王都からも遠くはないこの街道では、討伐の兵士が出陣することも、そう難しくはなかった。


 そういう状況から、この辺りの盗賊は、護衛の少ないカモを探し、人は殺さずに荷物だけを奪って逃走することがほとんどだ。


 女性や子供がいれば当然のように攫われる事になるのだが、最低限の護衛を付けていない、自業自得とみられることが多かった。




 昼の休憩をとっていると、メルヴィンと護衛リーダーのゲルトが話し込んでいた。


「念のため護衛の体制を変更する。

 もし今日盗賊が襲ってくるとすればこの後だろう。

 そこでだ、俺とタイタスが徒歩で先行して馬車を先導。

 ルターは1台目、ケルビンさんは3台目の御者台で御者さんと一緒に座ってくれ。

 女性陣は馬車の中に待機、幌の隙間から周辺を警戒してくれ」


 これは、大勢の冒険者が馬車を護衛していると見せかけるための布陣だ。


 見えているだけで5名の男が護衛についており、馬車の中には更にいるかもしれないと思わせる。

 女性の姿が見えなければ舐められる事も無い。



 ルリは言われたとおりに3台目の馬車に隠れ、隙間から後方を窺っていた。

 危機感知を走らせているので正直に見続ける必要もないのであるが、護衛任務っぽくなり張りきっていた。





 次の護衛地まで2時間程度と迫った時だった。

 ルリの危機感知に反応がある。


「ケルビンさん、前方100メートル、たぶん人影7~8人です!」


 ケルビンが先頭に走り、ゲルトに伝える。


「なぜ分かる? まぁいいか。

 全員、警戒態勢! 敵を確認しろ!!」



 ゲルトの指示で槍使いのルターが先行し前方へと走る。

 しばらく走ると、ルターは停止して、ゲルトに合図した。



 ゲルトから事前に決めていたサインがあり、それぞれ荷台から飛び出した。


 ゲルト、タイタスがルターの元まで走る。

 エステルとシーラも、追いかけて走り出した。



 ルリは、馬車から出ると『星空の翼』の後方、1台目の馬車の前方にて待機だ。

 商隊の後方と側面はケルビンとアリシャが警戒する。


 ルリが前方に着いたときには、8人の盗賊と『星空の翼』が対峙していた。



「ここは行き止まりだぁ! 武器を捨てておとなしくしろぉ!」


「こらぁ、観念しやがれぇ!」


「荷馬車を置いて消えてくれぇ!!」

 盗賊が口々に脅してくる。


(おう、盗賊っぽい啖呵聞けましたよぉ……

 でも何か良心的ですね。襲ってこないし、荷馬車置いていけば攫ったりしないんだ)


 以前の教会で出会った盗賊は、殺す気満々、否、攫う気で襲い掛かってきた。

 それに比べると、この盗賊はあまり迫力がない。


(と言うか「消えてくれぇ」とか自信ないの…?

 むしろ……どう見ても、農民……?)



 剣や槍ではなく鍬や鉈を持ち、簡単な防具は付けている様だが、モンペに長靴と言った方が理解しやすい服装だ。


「かかって来るなら相手になるが……。

 あくまで盗賊と言うなら容赦しないぞ」


 ゲルトも様子見をすることにしたようだ。



「黙れ、俺たちゃ盗賊だ、荷物を渡せぇぇぇ!!」


 ゲルトがタイタスとシーラに目配せした。

 シュッ

 ドン


「「「「「「「「ひぃぃぃぃ」」」」」」」」


 タイタスの弓矢が、そしてシーラの魔法が盗賊たちの横をかすめて飛んだ。



「おいおい、盗賊してくれってんなら、もう少しだなぁ……」


 ゲルトが同情したような表情で、盗賊、改め農民たちに告げた。



「悪いがお前らを拘束する。事情はあるんだろうが盗賊は盗賊だ。観念しろ」


「「「「「「「「ひぃぃぃぃ、頼む、見逃して……」」」」」」」」


 懇願されたところで、ゲルトに見逃す気はない。

 エステルが剣を構えて一瞬で農民たちに近づくと、剣を寸止めして威圧した。



 怖気着いた農民たちに逆らう術はない。

 武器を落とし、『星空の翼』によってあっさりと拘束された。



「メルヴィンさん、これどうします?」


「困りましたね、次の宿場町までは1日以上あります。

 連れて行くのは面倒ですね……」


「あぁ護衛に支障が出るのは避けたい。

 この場で殺していくかい? 盗賊なら殺しても問題はない」


「「「「「「「「ひぃぃぃぃ」」」」」」」」



 8人もの盗賊を連行していくというのは、商隊にとっては邪魔でしかない。

 だからと言って、開放することもできない。


 偶々護衛が揃っていたから被害なく取り押さえられただけで、開放した後に他の行商人などを襲う可能性があるのだ。

 本人が盗賊と名乗っている以上、この場で殺して盗賊討伐の証拠だけ持ち帰ればいいのだ。


「すまなんだぁ命だけはお助けをぉ……。

 今年は不作で妻や子供に食わせることが出来ねぇだぁ。

 ちょっと魔が差しただけだからよぅ……」


 懇願する農民たちの声に、エステルが割って入る。


「勘違いしないでよ。不作だからって私達には関係ない事だわ。

 家族を大切にするなら何で人の物を取ろうとなんてしたわけ?

 せめて物乞いなら印象も違ってたでしょうに……」


 確かに、物乞いとして道端で土下座でもされようなものなら、少なくともルリは食事くらい恵んだかもしれない。


 農民たちを冷たい目で見ながら、エステルは言葉を続けた。


「今さら無駄よ。しかもねぇあんたたちは重大な罪を犯したの。わかる?

『白銀の女神様』の歩みを止めたのよ! もう死刑確定ね!!」


「はぁ? そこぉぉぉ???」


 してやったり、と胸を張るエステルを、真っ赤な顔で睨むルリであった。




「まぁまぁ、本人たちがおとなしく一緒に来るというならば、この場で命は取らずに宿場町まで連れて行ってはいかがでしょうか」


 メルヴィンも無用な殺戮は望んでいない。

 無抵抗となった今、殺すのも忍びないと判断したのである。


 後ろ手で手首を縛り、腕と胴もぐるぐる巻きにする。


 輸送は、通常馬車に結び付けて連行するのだが、1台の積み荷をルリが収納することで、農民たちを馬車に詰め込むことができた。


 荷物のなくなった3台目の馬車には農民が詰め込まれ、『双肩の絆』が見張ることになった。





 無事野営地に着き、いつも通りに食事と入浴の準備をする。

 もちろん、農民に食事を与えるほど優しくはない。

 1日くらい食べなくても死なないだろうと、水だけ与えて放置した。





 深夜、事件が起こる。

 見張りの当番は『双肩の絆』、ケルビン、アリシャ、ルリの3人だ。


 ルリの危機感知に3つの反応があった。

 農民たちが逃げた様子はない。


「ケルビンさん、何か来ます。たぶん3人です」

 ケルビンに小声で危険を知らせる。


 月明かりに紛れるように、馬車に近づく3つの人影が見える。

「ルリちゃん、静かにしててね。アリシャ、行くよ」


 足音無く人影に近づくと、アリシャが小さく声を発した。


「誰だ!」


「……女か、どけ、殺すぞ……」


 盗賊らしき人影がアリシャに向き直った時だった。


 ドゴ、ドス、ゴス

 背後から近づいていたケルビンが手刀で3人の盗賊を気絶させた。



 そのまま縄で縛り、猿ぐつわを噛ませて地面に放置。


「ケルビンさん、今のは?」


「ああ、ルリちゃん。ただのコソ泥だね。後は朝でいいだろう」





 翌朝、目を覚ました『星空の翼』の面々が声を揃える。


「「「「「またかよ、盗賊ホイホイ」」」」」


 新たに加わった3人のコソ泥を馬車に突っ込み、商隊は今日も正常運転で出発する。

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