第21話 本命

「今日は宿場町まで到着できるだろうから、あいつらを引き渡して完了だな。

 もう何組か出てきてもいいんじゃないか?」


 冒険者たちの機嫌はいい。農民とコソ泥であっても、盗賊は盗賊だ。


 衛兵につき出せば、金貨1枚の報酬になる。

 護衛の報酬以外に、すでに金貨11枚が確定しているのだ。


 特に戦闘も無く、金貨が舞い込んできたような状態だ。

 気が緩んで、もう何組か、などと考えてしまうのは仕方がなかった。




 昼過ぎ。


 言霊に招かれたのか、ルリの危機感知に盗賊らしき反応が引っかかる。


 ルリは3台目の馬車に乗り切れないことから、今日はゲルトと共に先頭にいた。


「前方、敵反応10です。

 それと、左右に5ずつ、これも同一グループかも知れません」


「何で分かるんだよ……」


 諦め顔をしつつも、背後の冒険者に合図を出す。

 敵の数が多い時の臨戦隊形だ。



 街道脇の空き地に馬車を止める。

 野営地のような場所ではないが、小休止をとるための馬車が入れる程度の大きさのあるスペースだ。


 馬車は密接した状態で止め、それぞれを結びつける。

 馬を外し、ちょっと離れた木につないだ。

 これにより、馬車の中身を持ち出しにくくなり、また驚いた馬が暴れる確率も減る。



 商人と御者には、馬車の近くで待機してもらった。

 馬車に火魔法などが当たり炎上する可能性もあるので、馬車の中は危険だ。


 馬車が壁になり、いざという時には逃げ出せるようにと、商人たちは身を隠す。

 馬車内の農民とコソ泥は、そのまま馬車に放置だ。



 馬車を背にする場所で、『星空の翼』『双肩の絆』がそれぞれ横に並んで配置を決めた。

 冒険者の先頭においては、戦い慣れたパーティ毎に戦闘する方が効率いい。

 連携、信頼性を考慮すれば当然である。


「おう、やる気みたいだなぁ。降参すれば命は助けてやるぜぇ」


 左右に隠れていた盗賊も姿を現し、ルリたちは20名の盗賊に囲まれた。


「これは、本命ですね! 間違いなく盗賊です!」

 ルリが思わず声を出す。


「本命だぁ? 何だか知らねぇが、早く降伏しろや。

 俺たちゃぁ気が短けんだよぉ、さっさとしねーと殺しちまうぞぉ」

 盗賊たちが少しずつ距離を詰めてくる。



 『星空の翼』の前に8人の剣や槍を持った男たち、『双肩の絆』の前にも6人が身構えている。

 後方には杖を持った集団が控えている。


「ルリちゃんは少し馬車の前まで下がって、火矢や魔法が馬車に飛ばないように気を付けておいてくれ」


 ケルビンの声に従い、立ち位置を少し馬車寄りに移す。

 ルリは魔法を跳ね返したという実績がある。そこに期待されたのだろう。



「アリシャ、いいか。俺たちは商隊の護衛だ。

 だけど、ルリちゃんを無事王都まで送り届ける義務もある。絶対に守るぞ」


「当たり前でしょ、ケルビン。何があったって指一本触れさせないわ」



風刃ウィンドカッター


 アリシャの魔法が、正面の盗賊たちに襲い掛かる。

 無数の風の刃が盗賊の動きを止める。


火球ファイヤーボール


 続けざまにアリシャから発せられた火の玉が、動きの鈍った男たちにぶつかる。


 ぐっ

 弓を構えた盗賊が腹部を抑えてしゃがみ込んだ。



 しかしその時、盗賊から放たれていた矢がアリシャに一直線に向かっていた。


 パキィ

 当然のように、ケルビンが矢を打ち払う。


「『双肩の絆』を抜けるとは思うなよ! 俺たちにケンカを売ったこと、後悔しろ!」




 一方で馬車の前に下がったルリは、全身に魔力を纏わせていた。

 白銀の鎧が輝きを増し、漆黒の剣には青白い炎が薄っすらと宿る。


 ルリは、敵後方の遠距離攻撃を観察していた。

『星空の翼』はバランスの取れたパーティだ。8人の盗賊に遅れをとるとは考えにくい。


 しかし『双肩の絆』に関しては、前衛は実質ケルビン1人だ。6人が一斉に襲い掛かれば、如何にケルビンと言えども辛いだろう。


 アリシャの魔法援護でそうならないように立ち回るのであろうが、後方から魔法が届くようになれば別だ。飛躍的に危険度が上がる。



 ルリは、後方の魔術師の攻撃の方向を必死に見極めていた。

『星空の翼』を狙うのか、『双肩の絆』を狙うのか、あるいは馬車を狙うのか。


 通常であれば、馬車は狙わない。これから奪う品々をわざわざ傷つける理由がない。


 そして、どちらかパーティを狙うとすれば、『双肩の絆』であろう。数で圧倒している以上、倒しやすい方を先に狙うのが普通である。



 ケルビンとアリシャも、敵の魔法攻撃には備えていた。


「「「火球ファイヤーボール」」」


 敵の魔法詠唱が完了し、火球が飛ばされる。



 横っ飛びで回避するケルビンとアリシャ。

 その背後から、ルリが突っ込んだ。


「うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 バシュ、バシュ、バシュッ




 ルリは見ていた。

 敵の魔法が、真っ直ぐアリシャに向けられていることを。


 そして、ケルビンとアリシャも見ていた。

 ルリが魔法を打ち返すべく、突進していることを。



 3人の魔術師から放たれた3つの火球は、ルリの青白く輝く炎を纏った剣で威力を増しつつはじき返される。


「「「な、な、な」」」


 驚く間もなく、

 ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ

 ケルビンと対峙する3人の盗賊を襲い、吹き飛ばした。



 ケルビンは、目の前の2人に剣を横薙ぎに振るう。


「おりゃぁ!!」


 2人を防御する剣ごと吹き飛ばし、戦闘不能にする。



「アリシャ、ルリちゃん、前進!!」


 ケルビンの言葉に反応し、前方の魔術師3人と指揮者と取り巻きらしき大男3人に突撃する。




 その頃『星空の翼』は、抜群の連携攻撃で8人の盗賊を圧倒していた。


 大盾使いのゲルトが敵の動きを止め、剣士であるエステルが着実に相手を仕留める。

 危なげなく殲滅し、『双肩の絆』同様に矛先を後方の集団に移した。



「くそっ、ざけんなよ、こらぁ」

 ボスらしき大男が気勢を上げるが応えるものはいない。


氷槍アイスランス


 ルリは3本の氷の槍を空中に作り出す。



「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ」」」

 悲鳴と共に敵の魔術師に命中し、魔術師は沈黙した。



 残った3人の盗賊の首筋には、突撃したゲルトとエステル、ケルビンの剣先があてられていた。


「「「ひぃぃぃぃ、降参だ、降参します」」」


 全員の降参、もしくは戦闘不能を確認し、雌雄は決した。





「ちょっとルリちゃん、魔法跳ね返すってどうやるのぉ???」


 もはや慣れてしまった手付きで盗賊を縛り上げながら、エステルに詰め寄られる。


「私もよく分からないんですけど、剣に魔力を纏わせた状態で、エイッってするんです!

 気合いって言うかなんて言うか……。

 ミートする瞬間に、イケーって考えると、打ち返せるんですよ。分かります?」


「「「「「分かるかい」」」」」


 誰にも理解はされないようであった。



 それでも、剣士であるエステルにとっては、魔法をはじき返すというのは大きな武器になる。シーラとエステルの修業が始まるのは当然であった。





 馬車の陰から、メルヴィン達が顔を指す。


「いやぁ、こちらさん方が宿で言っていた盗賊団ですかねぇ。

 もしそうなら、先にやられた行商の方も浮かばれますよ」


「こいつらは衛兵に引き渡すべきだな。

 他にも余罪があるだろうし、もしかしたら攫われている人もいるかもしれない」


 ゲルトの提案に、メルヴィンも頷く。


「そうですね。連れて行きましょう。とは言え次の宿場町までは半日の距離です。

 誰かが先に走って衛兵を呼んでくるか、それとも馬車につないで連れて行くか……」


「さすがにこの人数は馬車には載せられないからなぁ。

 衛兵を呼びに行くのが筋だろうな、途中で逃げられる可能性も無くはない」



「あの、馬車が空になれば良いってことですか?

 2台分の荷物、収納に入れていきますけど……。

 生きている人は入れられないですけど、荷物なら入りますので」


「え? ルリちゃん、馬車2台分だよ……?」


「はい。衛兵さん呼びに行ったら遅くなっちゃいますよね」


「そりゃそうだけど、いやでも、収納魔法って……ルリちゃん!?」



 馬車に近づいたルリは、馬車の中身を収納魔法、という名のアイテムボックスに仕舞っていく。

 2台の馬車が空っぽになった。



「「「「「ちょっと、どんだけバカ容量なんだよ(なのよ)」」」」」


「はぁ、それは言わないのがお約束って事なんでしょうねぇ……」


 メルヴィンはもはや諦めたようだった。




 空っぽの2台の馬車に、盗賊を突っ込んでいく。

 魔術師もいるので、猿ぐつわに目隠しも行い厳重だ。


 出発準備を整えている『星空の翼』の面々。


 ゲルトがふと呟いた。

「なぁ。俺たち馬車引き連れて護衛して来たよなぁ。

 実は、ルリちゃん一人連れてくれば、護衛とか要らなかったんじゃねぇのか……」


「「「「……」」」」


「「「「それも言わないお約束でしょ」」」」

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