第15話 ゴブリン・キング
ズゥゥゥゥン、ズゥゥゥゥン
足音が響く。
現れたのは、見上げるほどの巨大なゴブリンだった。
3メートル以上ある巨体は、ゴブリンとは思えないほど胸囲が太い。
緑色の皮膚は色が深く黒く見える。大きな牙と角がギラギラと光、鬼のようだ。
そして、刃だけで1メートル、柄の長さが5メートルはありそうな、巨大な斧を担いでいる。
「「「ゴブリン・キング!!!」」」
兵士たちが叫ぶ。
「どういうことだ、ゴブリンの集落は南の森だろっ!
何でキングがここにいる!?」
ゴブリン・キングは単独でならランクBの魔物だ。
しかしキングが単独でいることはなく、必ずと言っていいほど他の進化種を連れている。
その為、ランクAの冒険者が10人以上のパーティを組んで、ギリギリ討伐が可能な魔物となり、取り巻き次第ではランクSの討伐対象とされる。
今ここにいるのは、陣形を組んだ約30人の衛兵と、ルリだけだ。
攻めてこられたら、街門を防衛することは難しいだろう。
(あのデカいのが来たら、ゴブリンたちに街に入られちゃう。
そしたら、兵士達はもちろん、教会のみんなだって危ない。
突入を阻止しないと……)
ルリは敵を引き付けるべく、街門の逆方向に移動しながら魔法を放つ。
(派手な方が良いわね。
10本ほどの火の槍がキングに向かっていく。
「グォォォォォォォォオ」
ゴブリン・キングが雄叫びを上げると、火の槍は霧散した。
(ちょっ、吠えただけで魔法が消えるとか……、どうなってるのよ……)
キングと取り巻き達がルリの方向に向き直った。
(とりあえず引き付けたけど、どうする?
命の危機になってリミット解除? いやいや、突っ込んだら一撃で即死でしょ。
リスクがあり過ぎるわ……)
取り巻きのゴブリンが大剣を振りかぶり迫ってくる。
2メートルはあるゴブリンだ。キングほどではなくても強力な魔物だろう。
ガキン、キンキンキン
大剣を剣で受ける。漆黒の剣で攻撃するも、相手の剣で受けられる。
躱し際に横なぎに払った剣がゴブリンの横腹を捉える。
しかし傷を付けただけで、ゴブリンの勢いは止まらない。
(私の剣技では、まだ倒せそうにないわね、硬すぎる。
燃え尽きるまで何度でもやるしかないか……)
「熱く、熱く、青白い炎、酸素を吸いつくして燃え盛れ!!!
ゴブリンたちの頭上に、極太の炎の槍が浮かぶ。
青白い炎は、赤い炎よりも高温だ。
キングの咆哮で消えることなく、ゴブリンたちに向かうが、直撃の前に躱された。
(当たるまで何度でも!!)
無数の槍に、ゴブリンの厚い皮が焼け焦げていくのが分かる。
進化種の足を止めることは出来なくとも、少しは攻撃が効いている。
向かってくるゴブリンの攻撃を躱し、距離を取りながら魔法を放ち続けた。
どれくらいの魔法を放っただろう。
周囲の木々は焼け落ち、もはや地面が燃え続けている。
(決定打に欠けるって状態よね。私の魔法じゃ致命傷にならない。
もっと威力がある魔法、イメージ、イメージ……)
核爆弾、水素爆弾、超電磁砲……
言葉として知っていても原理が分からなければ魔法として発現させることは出来ない。
(私が使える魔法は炎と氷。どちらも威力が足りない。
どうすれば……、……あ!)
ルリは青白い炎の魔法を放つ。今度は直接ゴブリンを狙ったのではない。
進化種を一か所に集めるかのように、周囲から徐々に範囲を狭めて、進化種たちの周りを囲むように地面に炎の槍を突き刺していく。
(よし、だいたい囲めたわね。これで終わり、死んでしまえ~!!)
「ゴブリンたちの真ん中に、
そしてこれが切り札!
炎の槍で囲まれ高温になっている空間に、大量の水を投下した。
ゴゴゴ、ドゴォォォォォォォォン
激しい轟音と共に、爆心地から煙が巻き上がる。
熱気と共に、爆風が吹き荒れる。
黒い煙は一瞬であたりを覆い、視界は暗闇に包まれた。
そう、ルリが起こしたのは水蒸気爆発。
水がとてつもない高温にぶつかった時に、体積が1700倍にも膨れあがって爆発するという現象。火山が爆発して爆炎を上げるのと同じ現象である。
それをルリは、理科の実験で習ったことがあった。
「「グギャァァァァァァァァ」」
ゴブリンの断末魔のような声が聞こえる。
ルリは危機感知を最大にして、暗闇の中の様子を覗った。
まだキングの気配がある。
取り巻き達は沈黙している。
一瞬の静寂の後、煙が晴れると
周囲は更地に変わっていた。
「グォォォォォォォォオ」
全身に切り裂かれた傷があり肌の焼け爛れたゴブリン・キングが仁王立ちしながら咆哮を上げる。
(まだか……、でもあれなら行ける!)
魔力を全身に巡らせ、ルリはキングに向けて突撃する。
ブォン
キングが振り下ろした巨大な斧がルリの横を通過し、生じた風圧で体勢を崩しそうになる。
右足を踏ん張り、漆黒の剣で、キングの傷口めがけて切り付ける。
ガン
焼け爛れ傷ついた肌でも、キングの皮は硬い。
(もっとチカラが必要! 魔力を剣に込めて……)
ルリがイメージしたのは、魔法剣だった。
青白い炎が、漆黒の剣に纏わる。
キングは右手で持った大斧を横に薙ぎ払う。
間一髪スライディングで躱し、ルリはキングの首へ向けて飛び上がった。
そして、突き出されたキングの左手を身体を反らして躱しながら、両手で漆黒の剣を振り抜いた。
ズシャァァァァ
振り抜いた剣の残像から炎が上がり、キングの頭を燃やす。
頭は首から胴体とズレ、地面に落下した……。
周囲には、首のないゴブリン・キングの他に、立っているものはいなかった。
衛兵たちの所に戻ると、ゴブリンの残党を倒したところだった。
「「「「「オおおおおおお!!」」」」」
ゴブリンの殲滅に、歓喜の声が上がる。
「周辺警戒、生き残りがいないか確認しろ!
負傷者は後方に待機! 救護班、ポーション持って来い!!」
ジャック隊長から冷静に指示が飛ぶ。
兵士が周辺を確認したが、打ち漏らしたゴブリンはいなかった。
激しい戦いを終え、膝をつく兵士たちの元へルリも駆け寄った。
「ははは、女神様の凱旋だぁ!!」
「「「「「白銀の女神様ぁ!!!!!」」」」」
「あはは、もう何とでも呼んでください!
守れて良かったです! 皆さんのお陰です!!」
「ルリちゃん凄かったなぁ、キングが出てきた時はダメかと思ったが……。
何ださっきの、魔法か?」
「えへへ、私の大魔法ですよ!!!」
疲労困憊な顔のジャック隊長に、ルリは明るく答えた。
一息ついていると、重低音の声が響いてきた。
「ジャックぅぅぅ、援軍に来たぞぃぃぃぃ!!!」
ギルドマスターが冒険者を率いてやって来た。
「ギルマスのジジイかぁ、何だ、遅ぇわ!!」
ジャック隊長がギルドマスターをジジイ呼ばわりしている。
「終わっとるんかぃ。しかし派手にやったなぁ。
どうやったらこんな惨状になるぅ?
しかも……!?」
ギルドマスターは奥に視線を移し、思考を止めた。
「あのデカいのはキングかぁ?
ジャック、説明せぃ!!!」
手前には大量のゴブリンの死体が積み重なっている。
奥の森は更地に変わり、地面が焼け爛れている。
その中央には、頭のない巨大な人型が仁王立ちしている。
「白銀の女神様が現れたんだよ。俺たちは門を守っていただけだ」
「女神様だぁ? 冗談も休み休み……」
話が自分に移りそうだったのでコソコソとその場を離れようとしたところ、ルリはギルドマスターに首根っこを掴まれた。
「ひっ」
「ルリぃ、何逃げようとしとる? 儂に説明してくれんかのぅ……」
ううう……
声にならない声が漏れた。
ギルマスと一緒に駆け付けてきた冒険者たちも苦笑いだ。
「ほらぁギルマスさん、ルリちゃんが怖がってるわよ。
ごつい手を放してあげなさいよ」
「お、おおぅ」
寄って来たのはアリシャだ。
「アリシャさん、良かった、無事みたいですね!」
「うん、討伐隊の方は概ね片付いたからね。緊急って言うから慌てて戻ってきたのよ。
ルリちゃんもケガはなさそうね」
ゴブリン集落の討伐は、大きな問題なく終盤を迎えていた。
そこに西門への急襲の知らせを受けて戻ってきた冒険者の中に、ケルビンとアリシャも含まれていたのだ。
知っている人たちの無事を確認して、ルリは胸をなで下ろした。
「ルリぃ、話は後で聞くからなぁ。
とりあえずここの片付けだ。誰か台車持って来いぃ、奥のデカいのは解体に運ぶ。
他は使える素材だけ回収して、残りは埋めとけぃ」
ゴブリンは基本的に素材としては無価値である。
食用になる事はなく、持っている剣や棍棒が多少、鍛冶の材料として使える程度だ。
しかし進化種は別である。硬い皮や牙などが武器や防具の素材となる事から、ギルドに持ち帰ることになった。
「ギルマスさん、奥の進化種をギルドに持って帰ればいいんですか?」
「ああ、あれは素材として使えるからな。ルリも手伝え!」
「分かりました! じゃぁ奥の進化種持ってきますね!」
そう言ってルリは進化種の元まで走り、次々とアイテムボックスに入れていく。
スゥッ、スゥッ、スゥッ、
巨大なゴブリン・キングや取り巻きの進化種の死体が、フワっと音もなく消えて行った。
「「「「「ちょ、収納? どんだけ入るんだよ!!!」」」」」
初めて出会う冒険者たちはルリが収納使いであることを知らない。
すべての素材を回収し、門の前に戻ったルリに、全員の声が揃った。
「「「「「「「「お前、便利だなぁ」」」」」」」」
「はい、みんなに役立つルリですから!」
「「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」」
笑顔のルリと、呆気にとられる冒険者たちだった。
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