第14話 緊急依頼
あれから数週間。
ルリは変わらず冒険者として活動している。
(ホントならゴールデンウイークでお休みなはずなのになぁ……)
などと考えながらも、薬草採取は勿論、ダーニャから言われるままに、毎日依頼をこなしていた。
ケルビン夫妻が空いている時には依頼を受けながら剣術や魔法を学び、週1回のギルドの初心者研修にも必ず参加していた。
今日もギルドに居るのだが……
平和なはずのリンドスの街で、冒険者たちは違和感を抱いていた。
「なぁ、最近ゴブリン多くないか?」
「私も思った、次から次へと湧いてくるわよね……」
「集落があるんじゃないかって上位ランクが動いてるらしいぜ」
「マジか、増えると数百になるっていうしな、やべえな……」
ゴブリンの中には、稀に高い能力を持って進化し、近隣のゴブリンをまとめる長となる者がいる。
繁殖力が強い事から、長の元に集まったゴブリンは急激に個体数を増やし、集落のような組織を形成する。
群れて力を付けたゴブリンが、近隣の人が住む街や村を襲うことは少なくない。
さらに、繁殖の苗床として女性を攫うことがあり質が悪い。
ダーニャもルリを心配していた。
「ルリちゃん、森に入るときは本当に気を付けてね。
こういう時は、何十体ものゴブリンが軍隊のような統制で襲ってくるらしいわ」
毎日のように依頼や採取に向かっているルリも、ゴブリンとの遭遇率が高い事には気づいていた。何十もの集団に襲われたことはないが、異常であることは分かる。
しかも、リーダーが存在する場合、ゴブリンたちは集団戦闘を行ってくるらしい。
前衛、後衛などの役割を持ち、軍隊のように規律をもって行動してくる。
小さな街であるリンドスにとって、ゴブリンの集団は脅威になる。
何百人もの兵士を用意できる訳はなく、高ランクの冒険者もそう多くはない。
集落を早期に発見し潰すことは、街の防衛のためにも最重要事項となる問題だった。
そしてついに、ゴブリンの集落が見つかる。
すぐさま集まった討伐隊は、森に向けて出立した。
---
さかのぼる事2日前。
森の状態からゴブリンの集落発生を確信したギルドには、緊急の依頼書が張り出されていた。
~緊急依頼~
ゴブリン集落の殲滅
対象者:Dランク以上の全ての健康な冒険者
詳細
A、Bランク:集落へ突入しゴブリンの進化種を殲滅
Cランク:集落へ突入しゴブリンを殲滅
Dランク:集落周辺および森を遊撃し逃走したゴブリンを殲滅
※Eランク冒険者は街門にて待機、戦闘長期化の際の補助、輸送にあたる事
報酬
1人あたり金貨10枚(Eランクは金貨1枚)
・・・
細部の条件や作戦までが既に書き込まれている。
集落の場所が見つかり次第、討伐隊が出発する予定だ。
Eランクであるルリは、殲滅戦に参加はできない。
ただし、補助要員としての参加は可能だ。
街門での待機ではあるが、可能な限り積極的に動けるように決意を固めた。
討伐隊出発の前日。
調査から戻った冒険者により、街の南側の森にゴブリンの集落があることが報告される。
距離は2時間ほど歩いた場所で、少なくとも300体以上のゴブリンがいるらしい。
冒険者の間に緊張が走る。
リンドスにおけるDランク以上の冒険者は、全部で150人程度だ。
衛兵の協力もあり数の上では引けを取らない討伐隊を組めることにはなるが、衛兵は基本的に対人戦を想定した軍であることから魔物の討伐においては冒険者ほど柔軟な動きはできない。
さらに、衛兵には街の警護を優先しなければならない義務がある。
森の奥まで大規模に進軍することは難しかった。
討伐隊出発の当日朝。
南の森に近い正門の前には、多数の冒険者と衛兵が集まっていた。
《討伐隊 冒険者ギルド隊》
A、Bランク冒険者:28名
Cランク冒険者:62名
Dランク冒険者:45名 計135名
《討伐隊 衛兵部隊》
衛兵 2個小隊 200名
《補助部隊》
Eランク冒険者:39名
冒険者たちの前では、ギルドマスターであるルドルが檄を飛ばす。
「間もなく出発する。
A、Bランクは進化種の殲滅だ!雑魚は無視して打ち取ってこい!
Cランクは雑魚を殲滅して、進化種までの道を確保しろ!
Dランクは周囲を警戒、打ち漏らしの殲滅じゃ!
敵の正面は衛兵たちが押さえてくれるじゃろう。
儂らは大将首を狙う。大将さえ獲れば後は烏合の衆じゃ。殲滅してこい!」
「いくぞー」
「「「「「「「「おー!!」」」」」」」」
盛大な吶喊で、討伐隊は出発した。
ルリは、男たちの怒号のような声に圧倒されながら、迫力ある行軍を見守っていた。
指揮官として残ったギルドマスターは、Eランクの冒険者たちにも指示を出す。
「お前らは衛兵と協力して、輸送物資を確認しておけ。
怪我人が連れて来られる事もあるじゃろうから、救護の体勢も確認しておけ。
2時間もすれば戦闘が始まろう。気合い入れておけぃ!」
衛兵たちが忙しそうに荷物を運んでいる。
「嬢ちゃん危ねぇぞ! 詰め所に行って医療班を手伝ってくれ。
治療のベッドを準備してるはずだ」
詰め所は、簡易的な病院のようになっていた。野戦病院というのだろう。
兵士たちが即席のベッドにシーツを敷いている。
水やタオルなど治療の環境を整える手伝いをして、討伐隊の帰りを祈った。
昼過ぎまでは大きな動きは無かった。
時折ギルドマスターの元に斥候の冒険者が報告に来る。
討伐隊の戦闘が始まっているらしい。
ギルドマスターに焦りは感じられない。作戦通りに進んでいるという事だろうか。
私は飲み物の差し入れをしつつ、話しかけた。
「ギルマス、状況は? 皆さん怪我などしていませんか?」
「ああ大丈夫じゃ。怪我人はいるじゃろうが、想定内。
ただ何が起こるか分からんからのぅ、警戒は怠るなよぉ」
調査の報告通り、ゴブリンの集落は300体ほどだったらしく、進化種もBランクの冒険者であれば対応できるレベルの物だったそうだ。
討伐が問題なく進んでいることを聞き、安堵していたのだが……。
「敵襲!!西門にゴブリン多数!!!」
衛兵が全力で叫びながら走ってくる。
「はぁはぁ、西門にゴブリンの集団が現れ、現在交戦中です。その数100体以上。
ジャック隊長より増援の依頼で参りました!!」
街の衛兵の多数は、現在討伐隊としてゴブリンの集落、つまり南の森で交戦中だ。
この正門に残っているのは、救護班や輸送班であり、戦闘向きではない。
正門の守りを捨てる訳にも行かず、動けても10人程度だろう。
一方の西門は、通常の警戒態勢として門の警備にあたっているだけであり、20人程度しかいないはずだった。
「ギルマス、私、行ってきます!」
ギルマスの返事を聞きもせず、ルリは西門へと走り出した。
(同時に2つのゴブリンの集落が出来てたってこと?
それともゴブリンが部隊を分けて奇襲して来たっていうの?)
考えても仕方がない。とにかく、街を守るためには戦うだけだ。
「おい、討伐隊に連絡じゃぁ。
Dランクの半分とCランクから10人に街に戻るように伝えろぉ!」
後方でギルドマスターの声が響いている。
今は時間との戦いだ。
ルリは全力で西門へと向かった。
西門に到着すると、そこはまさに戦場だった。
ゴブリンと兵士が入り乱れた混戦となっている。
ルリも迷わず、戦場の中心へと突っ込んだ。
今日のルリは、全身女神装備だ。白銀の剣舞が、ゴブリンをなぎ倒していく。
グギャ
グギャギャ
振り回される棍棒や錆びた剣を半身で避け、漆黒の剣で薙ぎ払うと、2体の首が吹き飛ぶ。
そのままの勢いで、背後のゴブリンを切り上げた。
キラン
その時、ルリは遠方に、光る影を捉えた。
「矢が来るわ! 頭上注意!」
兵士たちはゴブリンと距離を取り、頭上から降り注ぐ矢に対応する。
ルリも、飛んでくる矢を打ち払った。
(この混戦状態をどうにかしないと……)
その時だった。
「正門より増援隊12名到着しました!」
「よし、体勢を整える!
横陣2列隊形、盾を持って防御を固めろ!
各自、横陣の後ろまで下がれ!」
ジャック隊長の声が飛び、増援隊が盾を構えて横一列に並ぶ。
混戦状態で前方にいた兵士は、盾の後ろまで下がった。
「そのまま魚鱗の陣に移行、弓構えろ!」
中央の兵士を頂点とした三角形に、兵士たちが陣形を動かしだした。
盾を構えた兵士が三角形の中にいる兵士を守るように配置されることで、中の兵士に弓を構える余裕ができる。
(さすが衛兵さん達ね、一瞬で体勢が整ってる。そう簡単に崩れそうに無いわね……)
「ジャック隊長、ルリです、私も戦います!」
「ルリか、久しぶりだな。門の守備はこれで大丈夫だ。
お前は周囲にいるゴブリンを遊撃してくれ。敵をかく乱するんだ!」
私に、衛兵の統制だった戦闘は出来ない。
遊撃として周囲を自由に動けるというのはルリにとっても動きやすかった。
それに、衛兵が陣形を取って密集したことで、敵側に魔法を放つことができる。
陣形を整えた兵士は強い。
突っ込んでくるゴブリンたちを、次から次へと死体の山に変えていく。
盾隊が突進を防ぎ、怯んだ所を盾隊の後ろの部隊が槍で突く。
遠方や死角のゴブリンへは、弓矢が確実に襲い掛かる。
ただ、盾を越えて飛んでくる矢には苦戦しているようだった。
矢を弾くたびに兵士の動きが止まる。
(あの弓矢のゴブリンをどうにかしたいわね……)
ルリは突っ込んでくるゴブリンたちの横を大回りに抜けて行き、弓持ちのゴブリンの側面へと回り込んだ。
「
ギャッ、ギャギャ
強めに放った氷槍がゴブリンたちの頭を吹き飛ばす。
気付いたゴブリンたちがルリへと攻撃の矛先を向けるが、深追いせずに後方へ下がり、距離を取った。
(敵の数が多すぎるわ。突っ込まずに、ヒットアンドアウェイでいくわよ!)
一度衛兵の近くまで下がり、ゴブリンの数を減らすべく後方から魔法を放った。
ズシャ、ズシャシャ
氷槍がゴブリンを沈めていく。
まだ50体以上は見えるが、弓の攻撃が収まり、衛兵の勢いがゴブリンを衛兵が圧倒しだした。
「よし、このまま殲滅する!
陣形を保ったまま前進!」
ジャック隊長から檄が飛び、殲滅の速度が上がった。
その時、ゴブリンたちの後方から強い殺気が放たれる……。
ズゥゥゥゥン、ズゥゥゥゥン
足音が響く。
現れたのは、巨大な斧を担ぎ上げた、3メートル以上ある凶悪なゴブリン。
ゴブリン・キングだった……。
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