第13話 唐揚げ

 盗賊との一戦を終えた翌日。


 朝は真っ直ぐギルドへと向かう。


 少し遅い時間なので閑散としている。

 疲れもあったのか、完全に出遅れていた。


 受付のダーニャに挨拶をする。


「おはよう、ルリちゃん。昨日は大活躍だったみたいだね!

 ちょっとギルドマスターが呼んでるの。来てくれる?」


(あれ? 私やりすぎたかしら? ギルドマスターって偉い人よね……)



 ルリに社会人の経験はない。

 ギルドマスターの呼び出しとは、校長室に呼ばれるようなものだ。

 碌な事がない……。


 ダーニャに連れられ、すごすごとギルドの2階へ。

 一番奥には、他よりも豪華に装飾されたドアがあった。


 コンコン


「……入れ」


「ダーニャです。ルリさんをお連れしました」


「あぁ、……座ってくれぃ……」


 ドアから入ると、正面に大きな机。

 手前にはソファーセットとテーブルがある。


 机には白髪ながらもがっしりとした体格の老齢な男性がいる。

 声は重低音のように太く、威圧感がある。


「ダーニャ、……頼むぅ……」


 ダーニャにはいつものやり取りなのか、返事もせずにドアから出ていくと、飲み物を2つ持ってきた。



 ギルドマスターが大きな体を揺らしながら、ソファーの奥側に座る。

 ルリは硬直していたが、促されてソファーの手前側に座った。

 ダーニャは、ギルドマスターの横で控えている。


「すまなかったのぉぉぉぉ……」


 突然、重低音で謝罪の声が響いた。


「えぇ? あの……」


「昨日の事だぁ。

 儂はリンドスの冒険者ギルドマスター、ルドルと言う。

 儂の管轄する冒険者が犯罪に加担していたのじゃぁ。

 代表して謝らせてくれぃ。

 同時に、ルリには感謝したいのじゃ……」


 頭を下げる巨人に辟易しながらも、自分がやらかした訳ではないことを理解し安堵する。

 そして、現在分かっている事柄を教えてくれた。



 まず、盗賊団に含まれていた冒険者は、チンピラ達4人のみだった。

 犯罪に加担したことで、当然ギルドの資格は剥奪、罪を問われるらしい。

 他のメンバーは街に紛れ込んでいるゴロツキで、やはり処罰される。


 この世界の治安機関は、衛兵と冒険者ギルドの2種類で構成されている。

 衛兵は国王や領主、町や村の代表の指揮下にて組織される。



 冒険者は、冒険者ギルドのルールで動く。国や領の指揮下には無く、独自に活動を行っている。つまり、冒険者は貴族や一般市民と違い、国に属さない。


 犯罪の取り締まりや処罰は、国や領主の指揮にて衛兵が行う。

 今回の事件において冒険者ギルドができるのは資格を剥奪して市民にすることであり、その後の処罰は衛兵が行うという事だ。



 この世界では、『奴隷』という制度がある。

 一般奴隷と犯罪奴隷があり、一般奴隷は借金や身売りなどで誰かの庇護下に入る奴隷。

 犯罪奴隷は、犯罪を働いた者が強制労働に就かされたりする奴隷だ。


 一般奴隷の場合は、借金の返済や身売り金の回収が終われば、雇い主の裁量により解放される。雇い主に逆らえない特殊な魔法がかけられる事から、雇い主の従者や護衛として、それなりの生活を送れることが多い。


 犯罪奴隷の場合は、量刑によって期間や重みが定められ、鉱山や開拓地などに送られる。そこで、相応の期間の労働に就くと解放される。


 人身売買の罪は重い。

 連行された12人は、間違いなく犯罪奴隷として鉱山などに連れられて行くだろうという事だった。




「Eランクになりたてのお前がどのように戦闘したのかは聞かん。

 冒険者には、その能力を無暗に詮索しないというルールがあるからのぅ。

 お前にそれだけの強さがある、それだけの事じゃろう……」


 そう、冒険者にはお互いの能力を詮索しないというルールがある。

 冒険者の能力が明らかになるという事は、戦闘において手の内が晒されている事であり、それはそのまま死につながるからだ。


 もちろん、パーティなどで共闘する場合に必要な情報を共有する事はあるが、その情報を他言することも、冒険者の禁忌となっている。




「それでじゃぁ、お前は王都第2学園への入学を希望しているそうじゃのぅ。

 条件のDランクに上がれるように、儂らも協力させてもらおぅ。

 本来なら2ヶ月でDランクに上がるのは至難の業じゃ。

 指定した依頼をこなし、1か月後に行う試験に合格したら、Dランクとして認めてやろう……」


 ギルドにおけるランクアップの条件は一般公開されてはいない。

 もちろん細かい規定があるのだが、その規定をクリアできるように依頼を斡旋してくれるというのが、ギルドマスターがルリに提示した、謝罪とお礼に変わる報酬だった。


「それはとても助かります。ありがとうございます!」


 ルリに拒否する理由もなく、感謝と共に受け入れた。



「あとなぁ、犯罪者を捕まえた報酬が衛兵から出るはずじゃぁ。

 後で西門のジャック隊長を訪ねておくといい。儂からは以上じゃぁ……」


 ギルドマスターの部屋を出て、1階に戻る。

 ダーニャからは、これからの予定を聞かされた。


「ランクアップの細かい条件を伝えることは出来ないの。

 だけど、最短でDランクになれるように見繕うから、とにかく時間があるときはギルドに顔を出してね。

 とりあえず最初の課題。薬草採取を毎日欠かさず10束は納品すること。

 大変だけどそのくらいしないと基準をクリアできないの。頑張ってね!」


 笑顔で無茶を言ってくるダーニャは、更に笑顔を弾けさせる。



「ところでルリちゃん、あなた女神様なんだって? うふふ。

 衛兵さん達が言ってたそうよ」


「へっ? いや断じて違いますからね、そんな噂広めないでくださいね!!」


 苦笑いするしかなく、困った顔のままギルドを出た。

 孤児院に行く予定だったが、さっと採取だけ済まそうと街の外に向かった。





 南側の正門を出て、街の外周に沿って西門方向へ行きながら採取することにする。

 孤児院への差し入れに、途中の露店で幾つかの食料を買い、収納しておいた。


 危機感知を広げると、正門と西門の中間あたりの森の中に、いくつかの魔物の反応を発見した。

 薬草を採取しながら近づいていくと、50センチ程の白い影が見える。

 頭に角を生やした角ウサギだ。



 5匹の角ウサギに向けて、無言で魔法を放つ。


氷槍アイスランス、細い槍で10本、2本ずつ刺され!)


 ズシャ、ズシャ、ズシャシャ


 角ウサギたちは、気づく間もなく沈黙した。




 また違う方向にも、同じような反応がある。


(まだ6匹もいるわね。それ!!)


 ズシャ、ズシャ、ズシャシャ


 もはや魔法の詠唱にもなっていないが、同様に沈黙した角ウサギが並ぶ。


(うん、大量大量!! いいお土産になるわ!)




 西門の方向に進みながら、ノルマである10束の薬草採取を終え、門の前まで到着した。


 西門に入ろうと並んでいると、昨日見た兵士が見える。


 冒険者の身分証を見せると、

「ルリさんですね、少しよろしいですか?」

 声を掛けられた。


 詰所の、ジャック隊長の所に案内される。

「ルリだな、昨日は協力ありがとう」

 温かく迎えてくれた。


 捕まった盗賊たちは、誘拐を認めたので、領主の元へ連れて行ったそうだ。

 余罪があるかもしれないが、それはこれからの取り調べになるらしい。


 街の外に仲間がいるという可能性で調査したが、結論としては見つからなかった。

 ただ、馬車が止まっていた跡があり、追跡中とのことだった。



「ルリ、犯罪者捕縛の報酬が出るので受け取ってくれ。

 余罪の追及結果によって追加があるかも知れないが、今は既定の1人金貨1枚、12人分で金貨12枚だ」


 犯罪者には懸賞金がかけられていることがある。また、凶悪な組織の壊滅につながる様な場合も、捕縛の報酬は高くなる。


 また、全員を生け捕りにしたことから、報酬は満額の金貨1枚となっており、死亡や四肢欠損の場合などは、減額されるらしい。



 ジャック隊長にお礼を伝え部屋から出ると、数名の兵士たちが休憩しているところだった。


「よぉ嬢ちゃんじゃねぇか。大捕物だったな、ありがとよ。

 おっと、女神様だったな。……ありがとうございました!」


 肘を横に上げ、手を胸に当てて、騎士の礼をしてくる。


「ちょっ、からかうのは止めてください!!

 女神じゃないですからね!!!

 変な噂流さないでくださいね!」


 兵士はイタズラな笑顔でルリを見ている。


「隊長のとこ行ってたのかい?」


「はい、報酬をいただいちゃいました!

 それで、これから孤児院に顔を出そうと思ってます」


「そうか、昨日は大変だったからな。

 ミシリーさんや子供たちによろしくな!」




 明るい兵士達に元気をもらい、孤児院へ向かう。

 教会のドアを開けると、女神の像に向かってミシリーがお祈りしていた。


「こんにちは、ミシリーさん。差し入れに来ました!」


「ルリ様、よくぞお越しくださいました。ありがとうございます……」


「それで、みんなの様子はいかがですか?」


「体調はいいのですが、まだ恐怖は残っているようで……

 ルリ様のお顔を見れば、きっと元気になりますわ。

 どうぞこちらに……」


「はい。でもね、ミシリーさん、敬語はやめてくださいね……」


 女神様モードから抜けられないシスターに釘を刺しつつ、奥へ向かうと子供たちが見える。



「「「「「女神さまぁ、昨日は助けてくれてありがとうございましたぁ」」」」」


 ルリは子供たちの視線になるように腰を落とし、全員を抱きしめた。

 子供たちの中では兄貴分とは言え、ニッチもまだ8歳の男の子である。

 他の子はもっと幼い。かなりの恐怖があったことは間違いない。


「怖かっただろうけど、もう大丈夫だからね。

 全員捕まって、領主さまの所に連れて行かれたって。

 だから、安心していいのよ」


 しばらく抱き合った後に言葉を続ける。


「それと、私はルリ。女神様じゃなくて、ルリって呼んでね。

 今日はみんなに差し入れを持って来たの。

 もうすぐお昼でしょ、みんなで食べましょ!」



 アイテムボックスから、屋台の串焼きやパンを取り出し並べていく。

 子供たちの興味も食べ物に移ったようだ。


 昼食後ルリは、子供たちと遊んでいた。

 心のケアには楽しい事で上書きするのが一番だ。


 日本の子供の遊び、鬼ごっこやあっち向いてホイなどを教え、童話を思い出しながら聞かせてあげた。


(日本の記憶がこんな風に役立つなんてね。私が転移者で良かった……)


 子供たちに少しずつ笑顔が戻るのを感じ、ルリも楽しい時間を満喫した。




「ミシリーさん、ちょっとお手伝い、……お願いできますか?」


 夕食の支度に入ろうという時、ルリはミシリーに声を掛ける。


「はい、もちろんです。何なりとお申し付けください!」


「角ウサギをね、一緒にさばいて欲しいんです。

 だいたい3センチくらいの大きさに切り分けてもらえますか?」


 アイテムボックスから次々と、狩ってきた角ウサギを取り出す。



 角ウサギは、鶏肉のような味がする。

 ルリは唐揚げを作ろうと思っていた。


 醤油が無いので、肉は塩をまぶしてしばらく置いておく。

 食用油も見たことがないので、肉の脂身を熱して溶かし、代用した。


 塩味に付け込んだ肉に小麦粉をまぶし、フライパンに薄く引いた油で転がしながら揚げていけば完成だ。


 揚げ物の臭いに釣られて子供たちがやってきた。


「「「何これ? いいにおい!!」」」


「このお料理は、唐揚げって言うの。

 いっぱいあるからね、もう少し待っててね」




「「「「「唐揚げ、おいしい~」」」」」


 熱々の唐揚げにかぶりつく子供達。

 ミシリーも初の揚げ物に感動している。



「ミシリーさん、作り方は覚えてくれた?

 材料も簡単だから、時々作ってあげてね。

 でも、食べ過ぎると太るから注意が必要よ!」


「ひっ」

 口いっぱいに唐揚げを頬張りながらミシリーはスリムなお腹を押さえていた。




(やっぱ調味料が欲しいわよねぇ。醤油やソース、マヨネーズも欲しいわ。

 あとはニンニクや生姜みたいなのも探してみなきゃ。

 あとは主食ね。お米ってあるのかしら。旅の目的が増えたわ……)


 ルリは普通に暮らせれば十分なため遠くに行くつもりは無かったのであったが、食材探しと言う目的ができたことで、諸国を巡ろうと心に決めた。



 角ウサギ11匹分という唐揚げは、少し多かった。

 食べきれなさそうな分は、西門の兵士に差し入れることになった。


 ミシリー、子供たちと共に西門へ向かうと、変わらず兵士たちが門を守っている。


「「「「「衛兵さんこんにちは。差し入れに来たよ~」」」」」


 子供たちの声に、兵士の一人が寄って来る。


「教会のみんなか。元気になったみたいだな、良かったよ。

 ミシリーさんも大変だったね」


「兵士の皆様のおかげで、無事に教会に戻って来れました。

 ありがとうございました!」


「「「「「ありがとうございます」」」」」


 子供たちも合わせてお礼を告げる。



「今日はお礼に、差し入れを持って来ました。

 ルリ様の故郷の料理で、唐揚げと言うそうです。召し上がってください」



 教会のシスターの手料理に喜ぶ兵士たち。

 衛兵の巡回の途中で、教会にも兵士が顔を出すことになり、教会の安全性が高まった。






 ・・・リンドスの街にある、とある教会の話。


 ルリの持ち込む地球の料理の数々を学んだミシリーが美味しい食事で兵士をもてなしたことで、兵士たちは足しげく教会に通うようになる。

 続いて食事の噂が広まり、街の住民も教会に通うようになった。


 子供たちが給仕する教会の食堂が生まれた。


 近隣の街からも客足が途絶えないほどの、名店として広まっていくのは、そう遠くない未来の事である。


 めでたしめでたし。

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