第12話 誘拐2

 手足を縛られ、口元も布で覆われているシスターと子供たち。

 一人ずつ縄を切り、拘束を解いていく。


「ルリさん、ありがとうございます……」


「「うどんのおねえちゃん、ありがとう!!」」




 子供たちは元気そうだ。安心したのも束の間、ニッチだけはぐったりしていることに気付く。


「ん? ニッチ、大丈夫? 声は聞こえる?」


 辛うじて息はあるようだが、反応がない……。

 状況に気付いたシスターが慌ててニッチを抱え起こした。



「ニッチ? 私よ、ミシリー先生よ。わかる?

 ……ねぇ、返事して? ……いやぁぁぁぁ!?」


 ニッチを抱えるシスターの腕に、赤い血が滴りだす。

 衣服を捲ると、腹部に深い刺し傷があり、血が溢れ出している。

 縛られ抱えられていたことで偶然にも閉じられていた傷が、縄を解き横になったことで、不幸にも開いてしまったのだ。



 誰の目に見ても、長く持たない傷であることは明らかだった。

 必死に傷口を布で押さえつけるが、血が止まる気配はない。



(ああ、ダメ……。私の周りで、私の知る人が理不尽に亡くなるなんてダメなの……)


 ルリは祈った。あの時の魔法が使えれば……。

 泉の前で死にかけた私を救った、あの魔法が……。



「お願い、届いて!……完全回復エクスヒール!!」


 ルリはニッチの腹部に手を当て、魔法を唱える。

 一瞬の間を置き、傷跡に光の粒が集まってくる。


 その光はゆっくりと、微かな光を灯し、ニッチの傷を癒していった……。





「ぐふっ、ゲホッ」

 ニッチが息を吹き返すし、少しだけまぶたを開く。


「ゲホッ、せんせい……」


「大丈夫よ。もう大丈夫。無理に話さなくていいから……」

 シスターが優しくニッチを撫でている。


「「ニッチぃぃぃぃ」」

 スージーとカリンは、涙でまともに話せていない。



(良かった。ちゃんと回復できたよ。女神様、ありがとう……)


 ルリは女神が手助けしてくれたと信じ、女神に感謝した。



 しかし、事実は異なる。


 女神がルリに授けたチカラ。

『死にそうになったら自動で発動して、危機を回避できるだけのチカラが出せる。

 危機が回避出来たら身体能力は元に戻る』


 この世界の魔法は、魔法で起こる事象のイメージで発現する。

 リミッターが解除された状態で使用した魔法であっても、魔法を使用した際の記憶は残る。


 その魔法の使用方法と事象を理解していれば、身体能力のリミットがどう設定されていようが使用可能なのだ。


 今のルリは、実は獄炎の灼熱エクスプロージョン絶対零度アブソリュートをも再現可能なのであるが、その事実を本人は知らないのであった……。




「ルリ様、ありがとう……

 あなたはやっぱり、女神様が遣わされた方……」

 シスターがルリを見つめている。


 その時、


 ドド、ドド、ドド

 足音が聞こえてくる。


「何だ、何があった!?」


 そこに現れたのは、街の衛兵であった。



 街中で魔法をぶっ放せば、衛兵が飛んでくるのは当然である。

 新たな敵では無い事に安堵して、ルリはシスターに語りかける。



「ミシリーさん、お願いがあります。

 みんなを連れて、一度教会に戻っていただけますでしょうか。

 ダグくんとケニーくんも待っていると思います。

 ここは私が説明しておきますので……」


 周りを見ると、私の周りにはシスターと泣きじゃくる女の子、そしてぐったりした男の子。


 道の真ん中に、手足に怪我を負い、縄で縛られうずくまる男たち。

 そして、ただのワンピースを着た少女である私……。



 現場に到着した兵士たちには理解しがたい光景である。

 既に氷は融け、周囲は水溜まりになっていた……。



「あの、私から説明します!」


「おぅ、俺は街の西門の警備をしている小隊長のジャックだ。説明を頼む……」


「私は冒険者のルリです。

 こちらは教会のシスターでミシリーさん。

 そして孤児院の子供たちです」



 西門に近い教会、孤児院のシスターの事は、ジャック隊長も知っているようだった。


「孤児院の子供たちが攫われる所に出くわしまして、私が盗賊たちをやっつけました!」

どや顔のルリ。


「ん? お前が……こいつらをやったのか?」


 ジャック隊長は疑っている様だが、問題はそこではない。


(誰がやっつけたかではなくて、誘拐事件があったことを伝えられれば、この場は何とかなるわよね)


「はい、子供たちとシスターが攫われている所を、助けたんです。

 誘拐の瞬間は、孤児院に残っているダグくんとケニーくんが見ていますので聞いてみてください。

 それで、お願いがあります!

 ニッチくんがだいぶ弱ってますので、皆さんを教会まで連れ帰っていただけないでしょうか……」



 縄で縛られた盗賊と私たちを見比べながら、納得のいかない表情をする衛兵たちではあるが、


「お前ら、シスターたちを教会に送ってくれ。

 あと、詰め所に行って10人くらい応援を寄こしてくれ」


 盗賊と被害者という構図は理解してくれたのか、シスターと子供たちを教会まで送ってくれるようだ。



「ルリと言ったな、お前は少し残ってくれ。

 それとシスター、子供たちを送った後に俺も教会に行く。

 詳しい話を聞かせてくれるか」


「ジャック隊長、分かりました。

 まずは子供たちを休ませたいと思いますので、一度失礼いたします」


 シスターと子供たちが、兵士に連れられて立ち上がる。

 ニッチはまだ自分では動けないようで、兵士に抱えられた。


「隊長、先に教会へ行っております!」

 兵士の一人がジャック隊長に告げると、教会に向けて歩き出した。




(そうだ、お仲間の事も伝えておいた方が良いわね)


「ジャック隊長、ちょっとお伝えしたいことがあります」


 ルリは、ジャック隊長の近くに寄り、小声で話しかける。


「……なるほどな、話の辻褄は合う。

 この奥の街の外に、盗賊の仲間が潜んでいる可能性があるってことか」


 ジャック隊長が近くの兵士を呼び、小声で指示を出すと、兵士は走り出した。




 隊長と話していると、10人の兵士が走ってくる。


「隊長、衛兵10人参りました」


「よし、それじゃぁこいつらを詰め所に連れてってくれ。

 後で話を聞くから死にそうなやつがいたらポーション飲ませとけよ」


「「「は!!」」」



 兵士たちが、盗賊の縄を掴み、連れていく。


「ルリ、一緒に教会に来い。シスターと一緒に話を聞かせてもらう」


 ジャック隊長に連れられ、私も教会に戻ることになった。






 その頃教会では、ニッチをベッドに寝かせ、泣き叫ぶ子供たちをシスターが慰めていた。


「大丈夫よ、大丈夫だからね。

 ほら、兵士の方々も来てくれているわ。もう安全よ」


 ようやく泣き止んだ子供たちは、ルリの事を思い出す。


「うどんのおねえちゃんが助けてくれたんだよね!」


「そうよ、ルリ様が助けてくれたの。

 “うどんのおねえさん”何て言わないの。あの方は女神様よ。

 後で来てくださるから、しっかりお礼を言うのよ!」


「「「「うん」」」」






 ジャック隊長とルリが教会に到着したのは、それからしばらく経ってからだった。

 教会に着くなり、元気になった子供たちが駆け寄ってくる。


「「「「女神ルリさま、ありがとうございました」」」」


(ん? どうしてこうなった?)



 シスターを見ると、神に祈るようなポーズで私に両手を合わせている。


「……あの、私は女神様ではないからね。

 危ない所だったから感謝は受け取るけど、私に祈らないで!」


「ルリ様はご謙遜なさるのですね。

 分かりました。お望みであれば、冒険者のルリ様として接しさせていただきます」


 シスターの中では完全に女神認定されたようである。


(まぁいいか。それだけ感謝されてるってことだしね……)




「ではシスター。私もミシリーと呼ばせてくださいね。

 これからも仲良くしてください!」


 その後、ジャック隊長とミシリーの3人で、攫われた状況の確認が行われた。


 チンピラ冒険者を含む盗賊たちは以前からスージーとカリンに目を付けていたようで、事あるごとに教会に絡んでいたらしい。


 ついに誘拐に及んだ時、たまたま見ていたニッチが盗賊に挑んだが返り討ちに合い、その騒ぎに駆け付けたミシリーも、一緒に攫われたという事だ。



 背後にどのような組織があるのか、誘拐の目的が何なのかは分からなかった。

 ジャック隊長は、犯人を尋問すると言って詰め所に帰って行った。





「ところでルリ様、今日は何か御用でいらっしゃったのですか?」


 そう、焼き肉の差し入れがルリの目的であった。

 思わぬ事件に巻き込まれ、だいぶ遅くなってしまったが……。



「そうなの。今日はね、夕飯の差し入れに来たところだったの。

 実はメッシュボアのお肉がいっぱい手に入ってね、私じゃ食べきれないから来てみたところだったんです!!」


 宗教によっては肉がダメという事もあるが、ここでは関係ないようで、

「そうでしたか、重ね重ねありがとうございます」

 ミシリーも受け入れてくれた。


「みんなもお腹が空いたことでしょう。それでは夕食の準備に取り掛かりますね」


 ミシリーは奥の炊事場へと歩いていく。



「ミシリーさん、今日の夕食はこれなのです!」


 炊事場に着くと、ルリはアイテムボックスからメッシュボアの肉を取り出した。


「わ、これは。確かに食べきれない量ですね」


 2人で肉を食べやすい量に切っていく。

 ルリは野菜スープなどのサイドメニューも一緒に作った。



「ニッチは大丈夫かしら。様子を見て参りますわ」


 ミシリーがニッチのベッドに行くと、ちょうど目を覚ました所だった。


「……先生、俺、スージーとカリンを守れなくて……」


「ニッチ、あなたは2人を守ってくれたわ。

 あなたが立ち向かったことで、先生は2人が攫われたことに気付けた。

 私も一緒に捕まっちゃったけど、結果としてルリ様が助けてくれた……。

 あなたの頑張りが、みんなを救ったの!

 でもね、覚えておいてほしいのよ。一人で戦える力には限度があるわ。

 危ないと思ったら、周りに助けを求めてもいいの。

 解決の方法はたくさんある。先生と一緒に、これから学んでいきましょうね」


 ニッチも元気になったようだ。

 まだ本調子ではなさそうだが、夕食を満腹に食べれば大丈夫だろう。



 その日の孤児院の夕食は、イノシシのフルコースとなった。

 焼肉、イノシシ鍋、野菜と合わせた炒め物。

 5人の子供たちは今日の辛い出来事を忘れるかのように、満腹になるまで食べ続けた。


「今日は遅いし、一度帰るわね」


 ルリは、余った猪肉をミシリーに渡し、孤児院を後にした。




 翌日は、一日孤児院で過ごすつもりだ。

 身体の傷は治っても、心の傷を癒すには時間が必要だろう。


(朝ギルドによったら孤児院に行こう。

 あ、何か差し入れも買って行こう!)


 明日のメニューを考えながら、床に就くルリであった。

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