第11話 誘拐1

 翌朝は、少し寝坊した。

 遅めの朝食を取り、ギルドへ向かう。


 冒険者という職業は、依頼の予定などがなくてもギルドへ顔を出すように指導される。

 生存確認の意味もあるが、緊急の依頼が発生することもあるからだ。


「あ~、ルリちゃーん!

 もう、昨日、買取だけして帰っちゃったでしょ。

 待ってたのに、まったくぅ……。

 こっちいらっしゃい!」


 ギルドへ入るなり、ダーニャの大きな声が私を呼ぶ。

「ほら、3つ目の依頼達成よ!

 わかるでしょ!」


(忘れてたぁ~! ランクアップするんだったぁ!)


 何となく来てみたギルドだったが、大事な要件があった。

 急いでダーニャの元へ駆け寄る。


「昨日の依頼は、ジェイクの報告で達成になっているわ。

 これでランクアップね。おめでとう!!」


 ダーニャに冒険者カードを渡し、水晶に手を載せる。

 新しい冒険者カードには、「E」の文字がある。


「これでEランクよ。魔物討伐の依頼も受けられるようになるけど、あくまでゴブリンや角ウサギなどの弱い魔物だけ。

 オークやワイルドベアの討伐をしたことがあるのは知っているけど、一人の時は挑んじゃだめだからね。

 逃げるか、周りの冒険者に助けてもらうかすること。良いわね?」


「はい、分かりました!

 ちなみに倒しちゃった時は、素材の買い取りとかしてもらえるんですか?」


「もう、本当に分かってるの? あなたの安全のために言ってるんだからね!

 素材の買い取りは、ランクに関係なくできるわよ。

 でも、だからと言って戦わないようにね!」


 ダーニャは本気で心配しているようだ。


(でも、確認しておかなきゃね。収納の中の大量の魔物も売りたいし……)


 ランクアップして小さな一歩を踏み出したルリは、ウキウキしながら冒険者ギルドを後にした。




 ギルドの次は、雑貨屋へ。

 以前に鍋など日用品を購入したお店だ。


 ホームセンターのようなお店には、地球で使用していたような雑貨が多い。

 数年前に家族と行ったキャンプを思い出しながら買い物をする。


 七輪や焼肉の網、鍋を大中小とフライパンや鉄板、レジャーシート、縄に釘。

 全て異世界仕様ではあるが、形が似ているので使い方も分かった。




(後は孤児院でのんびりしよ~。網も買ったし焼肉もできるかな……)


 スキップするかのような足取りで、教会へと向かう。


「こんにちは~!」


 見渡すが、今は誰もいなそうだ。



洗浄クリーン

 特に汚れた様子はないが、ついでに掃除もしておいた。


「ミシリーさ~ん、いらっしゃいませんか~?」


 返事が無いので、奥へと入らせてもらう。

(お出かけかしら? 子供たちはいるはずよね……)


 奥へと進むと、異変に気付く。

「ぅぇぇぇぇ……」

「ふぅぇぇええん……」

 子供たちが泣いているようだ。



「どうしたの? 誰かいるの? ミシリーさん、いないの……?」


 ただ事ではない気配を感じ、奥の部屋へと走る。

 そこでは、孤児院の男の子、ダグとケニーが泣いていた。


「おねえゃん……」


「どうしたの? 何があったの? 他のみんなは?」


「あのね、スージーとカリンがね……、怖い人にね……、えとね……ぅぅぅ」


 スージーとカリンは、孤児院にいた女の子だ。


「それでね……、怒ったニッチが殴られちゃって……、先生が追いかけて行ったんだけど……、僕たちはここに居ろって……」


 女の子が攫われて、子供たちの兄貴分なニッチと、シスターが助けに向かった。

 そう考えて間違いないだろう。



「ダグくん、ケニーくん、みんながどっちの方に行ったのかわかる?」


「ううん、わかんない。……ふぁぁぁぁん」


「そか、でも大丈夫だよ。お姉ちゃんが助けに行くから。

 2人はここで静かにしててね。動いちゃだめだよ!!」


 そう言い残し、教会の外に出る。

 周囲に誰かがいる気配はない。




(……、こういう時はムダに動いてはダメよ。痕跡を見つけるの……。

 見た目は子供でも中身は大人なのよ!)


 3歳サバを読んでいるだけで大差はないが、探偵が活躍する姿はテレビで何度も見ており、推理が働く。


(そう、足跡よ。ゲソコンって言うんだっけ? 新しい足跡を追いかけるの!)



 ルリに足跡を見分けるような知識は無かったが、決定的な痕跡を見つけた。


(これって……、血?

 ニッチが殴られたって言ってたわね……。

 血が出るような怪我で連れ去られたのかしら?)


 血の跡は、教会の裏側の小道に続いているようだった。



(子供を3人と、もしかしたらシスターも攫われているかもしれない。

 大人でも少人数じゃ無理よね。10人以上はいるはず。

 危機感知でわからないかしら……)


 ルリは魔力を高め、危機感知に集中する。

 血痕を追いかけて駆け始めた。



(街の外へ出られたら大変だわ。急がなきゃ。

 今日はみんなで焼肉するんだから!!)


 街の外まで連れ去られて仲間と合流されたりしたら助けられないかもしれない。

 ルリは必死に気配を探った。


(あった! 左前方100メートル!!)


 そこには、15人くらいの気配がある。

 少しずつ移動しているようであり、街の外に向かっているように見える。

 ルリは全力で、街の裏通りを走った。


 古びた民家の裏手、角を曲がった所で、その姿を捉えた。



「待ちなさい!」


 ルリの叫び声に、子供を抱えた男が振り返る。

 子供たちは口を布でふさがれ、声を出せないようだ。


「何だてめぇ! おいおい、ガキが増えたぞ。

 あれも上物だ、殺すなよ!」


 下品な視線で男はルリを品定めしているようだ。



 アイテムボックスから漆黒の剣を取り出し、構えた。

 戦闘などする予定が無かったので、服は普通のワンピースだ。



(防具がないから接近戦は避けたいわ。

 それに子供たちとシスターが捕まった状況じゃ無暗に突っ込めないわね……)


 対峙してみたものの、人質がいては無茶ができない。

 盗賊は全部で12人いる。



(子供を抱えている3人とシスターを押さえつけている1人は戦闘には参加しないとして、あと8人ね。

 って、あいつら冒険者ギルドで絡んできたチンピラじゃない。

 どこまでも腐ったやつらね……。

 でも、実力はたいした事がないのかもしれないわ。

 一瞬のスキさえ突ければ、何とかなるかもしれなない……)


「どうしたよぉ、嬢ちゃんビビってんのかぁ?

 来ねえんならこっちから行くぞぉ!」

 8人の盗賊が一歩一歩迫ってくる。


(どうしよう、一斉にかかって来られたらアウトだわ。

 風や火の魔法じゃ誰かが怪我をしちゃうかも知れない。

 氷槍アイスランスもだめね。

 人質を一気に救出できればいいのだけど、4人に同時攻撃できる剣技はないし。

 ん? 分身の術?・・・イヤイヤ無理でしょ)


 頭の中をぐるぐる回しながら一人ボケ一人ツッコミを繰り返す。

 盗賊は10メートルの距離まで迫っている。



「そか、水球ウォーター!!」

 何かにひらめいたルリが魔法を放つと、大量の水が盗賊に向かう。


 バシャァァァァァァァァン


 水は盗賊の足元に広がり、地面を広く濡らした。

 しかし盗賊にダメージは無かった……。



「おいおい、魔法かと思ったら何だぁ?

 水溜まり作っただけじゃねぇかよ。

 ふはは、魔術師で水樽だったら高く売れるなぁ!」


 交通手段に乏しいこの世界では、長期の移動が多い。

 いつでも水を生みだせる魔術師は、この世界では貴重であり、人身売買においては高い値が付くのだ。



「ひっ捕らえろぉ!」


 叫ぶ盗賊に向かって、私は笑顔を漏らした。



「うふふ、もうお終いよ。凍り付け!」


 ピキィィィィン


 盗賊たちの足元の水溜まりが凍り付く。

 それは濡れた靴や下肢に広がり、盗賊の下半身が氷に包まれた。



 同時にルリは剣を抜き、子供たち、シスターを抱える盗賊に襲い掛かる。


 手前にいる8人は無視し、奥の子供を抱える盗賊へ向かう。

 上腕に向けて剣を振る。

 剣を平らに持ち、峰打ちのように叩いた。


 ガキン


 子供を抱えながらも無理やり振り回した剣を、ルリは真正面から受ける。

 身体を翻しながら回し蹴りを鳩尾に食らわせる。


「グゥッ」


 盗賊からうめき声が漏れるが、構わず子供を引き離して救出した。


「動ける? 何とか脇の方に移動して!」


 少し乱暴だが、子供を道の脇の安全地帯へと突き飛ばす。



 一瞬の間もなく頭上から剣が振り下ろされるが、振り返りながら左に受け流し、漆黒の剣でわき腹を薙ぎ払った。



 横を見ると、抵抗するシスターを抱えきれなくなった大男が、シスターを切り付けようとしている。


 凍った地面を滑るように走り大男に近づくと、振り上げられている大剣に漆黒の剣をぶつけて大剣を弾き飛ばした。




 動けない盗賊から人質を解放するのは、そう難しい事ではなかった。

 3人の子供たちとシスターを道路脇に避難させる。


(とりあえず救出はできたわね。氷が解ける前に動けないようにしなきゃ……)




 ルリは盗賊たちを振り返る。

 剣で氷を砕き、動こうとしている盗賊がいる。


「何だぁこの氷はぁ! 足止めしただけで勝てると思うなぁ!」


「おおぉ、すぐにそこに行くからよぅ、てめぇ動くなよぅ!」


 盗賊たちが怒号を発している。



 ルリは心の中で魔法を詠唱した。


氷槍アイスランス、殺さない程度の強さで、無数の槍よ貫け……)


 空を覆うように、数十の氷の槍が出現し、急速に落下した……。


「「「うわ、ぐわぁぁぁ」」」


 盗賊の手足に氷槍が刺さる。悲鳴にもならない悲鳴が聞こえる。



「もう一発、今度は頭に当てるわよ!」


「「「ひぃぃぃ、頼む、やめてくれぇ、殺さないでくれぇ」」」


 盗賊たちは頭を抱えてしゃがみ込んでいる。

 雌雄は決したようだ……。




 ルリは剣で牽制しながら、盗賊の武器を回収した。


「抵抗しても無駄よ、大人しくお縄につきなさい!」


 頭に浮かんだセリフを言ってみる。


(ウケないのは分かってるけどね、テレビのセリフっと言いたくなるのよね)

 縄で盗賊たちを縛り上げ、シスターと子供たちの場所に戻った。

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