第10話 イノシシ鍋

 翌朝早朝、ルリはギルドにいた。

 ケルビン、アリシャと一緒に依頼を受けるための待ち合わせだ。


「おはようございます、ケルビンさん、アリシャさん。

 今日はよろしくお願いします!」


「「おはよう、ルリちゃん」」


 朝の挨拶を交わし、依頼を確認する。

 ボードの前は冒険者でごった返している。



「そんなに珍しい依頼はないね。常時買い取りの魔物討伐にでも行こうか」


 目に留まるような依頼は無いらしく、ケルビンと受付へ進んだ。


「ダーニャさんおはよう、今日はこの子と一緒に常時依頼に行くから、手続きお願いできるかな?」


「ケルビンさんおはよう、ルリちゃんもおはよう。

 わかったわ。共同受注の手続きをしておくわね」



 常時依頼とは言え、Fランクの私は討伐依頼を受けることはできない。

 ケルビン夫婦のパーティと同行する事で討伐に参加できるのだ。


「ルリちゃん、ケルビンさんたちの言う事をちゃんと聞くのよ。

 ケルビンさんも、ルリちゃんをよろしくね。気を付けていってらっしゃい」


「はいよ。今日はゆっくりとDランクの討伐をして帰って来るよ。心配いらないさ」


 ケルビンは笑顔を返す。

 今日は街の西側の森に行くらしい。



 昨日採取を行った森は、街の南側から東側に向けて広がっている。

 西側の森は、少し強い魔物がいるらしく、新米冒険者には危険になるエリアだ。



 今日の討伐目標は、体長2メートルの熊の魔物、ワイルドベア。

 そして同じく体長1メートルほどの猪、メッシュボアだ。


 どちらも常時買い取りで素材が高く売れることから人気がある。

 ただし攻撃力が強いので、Dランクとは言え集団になると脅威が増す。


 私たちは街の西門から、近くの森へと進んだ。

 30分ほど歩くと、危機感知に反応がある。

 ケルビンも気付いているようだ。


「ルリちゃん、行くよ。作戦通りね!」


 頷く私を視界に入れながら、ケルビンが戦闘の体勢をとる。


 先頭にケルビン、後方にアリシャ。私は守るように挟まれている。

 こげ茶色の大きな体でのしのしと歩く熊が見える。

 地球人として考えれば全力で逃げるべき光景だが、意外にも恐怖感はない。


 グォォォォ


 私たちに気づいたワイルドベアが、向きをこちらに向けて威嚇する。

 そして、スピードを上げて突進してきた。


氷槍アイスランス


 ルリが唱えると、10本の氷の矢が、ワイルドベアの足元に突き刺さり、突撃の勢いが落ちる。


風刃ウィンドカッター


 アリシャの魔法により、ワイルドベアの首元に小さな傷が付く。


 盾を構えたケルビンが突撃し、爪の攻撃を振り払いつつ、剣で首元を切り裂いた。


 グァッ


 小さな悲鳴と共に、ワイルドベアは動かなくなった……。




 作戦通りの結果だった。

 私が氷の魔法で足を止める。

 威力は小さくても数があれば当たりやすいので、私は氷を槍の形状ではなく矢のようにして放っていた。


 次に、アリシャの風魔法で、首の周辺に傷をつける。

 その傷に向かってケルビンが剣をふるえば、硬い毛皮でもダメージを与えることができるのだ。


 他にも方法はあるが、毛皮を傷めずに討伐すれば買い取りが高くなる。

 だから火魔法などは使わない方がいい。



 この辺りの魔物は、突進などの動きが読みやすい攻撃が多く、群れての行動をしないことから、討伐の難易度は低いらしい。


 猪の突進は危険ではあるが、メッシュボア程度ではケルビンの防御を抜くことはない。

 私たちは危なげなく討伐を続けた後、お昼の休憩のため、森の浅い部分へと戻っていた。



「アリシャさん、メッシュボアって食べると美味しいんですか?」


「うん、美味しいよ。オークよりは少し硬いけど、味がしっかりしてるの!」


 見た目がイノシシなメッシュボアは、魔物ではあるが食料として認識できた。

 味の想像もつく。

 ルリは以前食べたことがある、イノシシ鍋を思い出していた。


「少し食べてみてもいいですか? 私、食べたことがなくて……」


「んん? いいけどここで……?」


 首をかしげるアリシャを後目に、ルリは近くの石や枯れ木でかまどを組む。

 さらに、アイテムボックスから鍋やまな板、包丁を取り出した。


 実はルリ、こんな事もあろうかと、調理用具や使いまわしのいい野菜、調味料などを買い込んでいたのだ。



「ああ、収納ね。それならば私たちも手伝うわ!」


 アリシャは野菜の下ごしらえを手伝ってくれた。

 ケルビンは肉の担当だ。

 魔法でお湯を鍋に満たし、メッシュボアの骨で出汁を取る。


「この、骨の近くの肉が一番うまいんだよ!」


 ケルビンは、メッシュボアの骨の周りの肉を一口サイズに切り、うれしそうに叫んでいる。


 食材を放り込み煮込めば、イノシシ鍋の完成だ。

 器によそい、3人で食べ始めた。


「「「美味しい!!!」」」


 骨の出汁がよく効いている。

 肉も程よい脂身があり、柔らかく煮えていた。


(うん、外でもそれなりにお料理できるものなのね。

 キッチン用品一式、買っておいてもいいかもしれないわ!)



 冒険者の食事は、外では軽食が基本だ。

 荷物を少しでも減らすために、調理用具や食材を持ち歩くバカはいない。


「「ルリちゃんありがとう。外でちゃんとした料理を食べるなんて初めてだ(わ)」」


 ケルビンもアリシャも、満足してくれたようだ。

 冒険者の普段の暮らしぶりや、2人の冒険談などを聞きながら、楽しい時間を過ごした。




 昼食後、数時間狩りの続きをし、私たちは街へ戻ることにした。

 ギルドに戻り、解体のおじさんの元に行く。


「おじさん、こんにちは。今日も一杯あるんです。解体場いいですか?」


 私が声を掛けると、

「おじさんて……。まだ20代だぞ! ジェイクと呼んでくれ。

 解体場だな、今日は何狩って来たんだ?」


 解体場に着くと、

 ドン

 ドドン

 ドドドドン


 ワイルドベアとメッシュボアが積み重なる。


「おぃおぃ、まったく。

 どんだけ入るんだよ嬢ちゃんの収納は……」


 半ば呆れたジェイクと、目を丸くしている解体担当の職員たち。



「解体と買い取りを頼む。それで、1体ずつは肉だけ持ち帰りにしてくれ」

 ケルビン夫婦は、肉を持ち帰るらしい。


「はいよ。解体手数料は1割もらうからよろしくな。

 査定して窓口に行くから待っててくれぃ」



 窓口に戻りしばらく経つと、ジェイクが戻ってきた。


「ワイルドベアが8体で金貨40枚、メッシュボアが7体で金貨21枚だ。

 そこから解体手数料を引いて、持ち帰る肉の分を引くと、合計で金貨51枚だな。

 3人だがどう分ける?」


 持ち帰りの分などを考慮すると、計算が難しくなる。


「あの、計算よくわからないですし、3等分でいかがでしょうか……」


「いや、でもそれだとルリちゃんが損しちゃうだろ。だから……」


「いいんです。色々教わっている身ですから授業料ということで……!!」



 ケルビンとアリシャは嫌がったが、3等分で許してもらった。

 1人金貨17枚、1日の収入としては十分すぎる。


(日給17万円? どんな実業家よ、貰い過ぎでしょ!)


 ホクホク顔の私と、少し申し訳なさそうなケルビンたち。

 明日から予定があるそうで、3日後にまた一緒に依頼を受ける約束をして、ギルドを後にした。




(明日は買い物して、ついでに孤児院にでも行ってみようかなぁ。

 お肉の差し入れもできるからみんな喜ぶだろうし!)


 ルリのアイテムボックスには、森の中で食したメッシュボアの残った肉や素材がたっぷり入っている。

 食べ放題でも食べきれなそうな量に、微笑むルリだった。

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