第9話 収納魔法

 動かないオークの前で、ルリと2人の冒険者は安堵の表情を浮かべていた。


「いやぁ、助かったよ。ありがとう」


「こちらこそ、皆さん無事でよかったです」


 男性は、20代中盤だろうか、大きくはないががっしりとした体つきで、いい男だ。

 女性の年齢は、20歳になるかならないか。ブロンズの長い髪をポニーテールに結んでいる。



「俺はケルビン、リンドスの街で冒険者をやっている。Cランクだ。

 こっちは妻のアリシャ、同じくCランク」


「お嬢さん小さいのに強いのね、本当に助かったわ」


 2人は夫婦の冒険者らしい。

 しかもCランクであるから本来オークに後れを取ることは無いのだろうが、突然襲われたことで体勢を崩してしまったようだ。


「ルリちゃんって言ったかしら。リンドスでは見たことがないけど旅の途中か何かなの?」


「いえ、旅の途中と言えばそうなんですが、先日田舎から出てきたばかりで、まだ冒険者になったばかりなんです……」


「そうなのね、強くてしっかりしてるから、これからが楽しみね!」


 アリシャが母親のような顔になっている。


 簡単な自己紹介を終え、この3体のオークを解体して持ち帰ることになった。

 硬い皮や食材としての肉を、ギルドで買い取ってくれるらしい。

 そこでルリは、先輩冒険者にお願いをする。


「あの、良かったら解体を教えていただけませんか?」


 そう、ルリのアイテムボックスの中には大量の魔物が仕舞ってある。

 解体や素材の知識があれば、それらを売ることもできるのだ。


「おぉいいぞ。どうせこの3体を解体しなきゃいけねんだ。

 一緒にやってくといい。それに、1体を倒したのはルリちゃんだ。

 当然報酬をもらう権利もあるしな。

 俺が1体やるから、もう1体はアリシャと一緒にやってみなよ!」


 ケルビンはオークに刀を入れながら、丁寧に皮や肉、骨などに切り分けていく。

 私とアリシャも同じように、短剣でオークの解体を始めた。



 オークは200キロもある巨体だ。得られる素材の量も多い。

 解体した素材を細かく切り分けながら、ケルビンは言った。


「オーク3体もあると結構な稼ぎになるんだけどな。

 さすがに全部を街まで持ってはいけないだろう。

 だから、高く売れる部分を切り取って持って帰るんだ。

 まぁ小さい魔物ならばギルドに手数料を払えば解体してくれるからそのまま持って帰ることもあるがな……」


「売れない部分ってあるんですか?」


「オークは内臓以外ほとんど売れるなぁ。

 いらない部分は埋めて帰るんだけど、もったいないだろう。

 でも放置すると違う魔物が寄って来るかもしれないからな。

 魔物を倒して素材を取り、後処理をするまでが冒険者の仕事だ!」


 ケルビンは埋めなければいけない素材部位を悔しそうに見つめながら、脂の乗った肉を袋に詰めている。



(そか、でも私には女神様の恩恵、アイテムボックスがあるものね!)


 ルリは声に出して、「収納」と叫ぶ。

 ケルビンの前から、余った肉や素材がサッと消える。


「「収納魔法???」」


「えへ、売れるんなら全部持って帰った方がいいでしょ!」


 驚く2人に、さらっと言ってのけるルリ。


 解体された2体と解体前の1体を丸ごとアイテムボックスに放り込んで、思いがけずに解体の方法が教われたルリは、笑顔を輝かせた。



「お、おぉ。収納魔法使いか、それは便利だな。

 いいのか、俺たちの分まで持って帰ってもらって……」


「はい、もちろんですよ。困ったときはお互い様です!」




 オーク3体を収納し、3人で街に戻ることにした。

 ケルビン夫妻も、目的である依頼は達成できているようで、すぐにギルドに戻ることになった。


 チロリン

 ギルドのドアを開く。


「お、ケルビン、アリシャ、おかえり~」


 ケルビン夫妻は、リンドスの街を拠点にしたCランクパーティだ。

 冒険者ギルドの中でも、顔が知れている。



 買い取りは、ギルドへ入って左側の窓口で行われる。


 カウンターの窓口では薬草や小型の魔物の買い取りを。

 大きい時は、横の通路から直接奥の解体場に持ち込むらしい。


「ケルビンさん、お疲れ様。今日は買い取りかい?」


 見知った顔なのか、窓口の男性が気軽に声を掛けてくる。


「ああ、ただ今日は大量なんだ。奥まで行っていいかい?」


 通路の奥へ進むと、テニスコートくらいの大きさのある体育館のような場所になっていた。

 大きなテーブルで、何人かの職員が魔物の解体作業を行っている。

 奥は倉庫のようになっており、解体した後に商人へと引き渡す場所のようだ。


「じゃ、この辺に出してくれるかい」


 職員の男性の言われると、目の前の台の上に解体されたオークをアイテムボックスから取り出し並べていく。


 ドン

 ドン

 ドン

 ドドォォォォン


 最後に、1体丸ごとのオークを出し、その重量から地響きのような音がこだました。



「何だ、コラ、収納魔法かよ!!

 嬢ちゃん見ない顔だけど、2人の娘さんか?」


「違うわよ。まだ子供はいないわ!」

 アリシャが顔を赤くしている。


「すみません、私は新米冒険者のルリと言います。森でケルビンさん達と出会いまして、一緒に来ました」


 怒鳴られたせいで思わず謝ってしまった。


「新米? まぁいいか。とりあえず査定するから、窓口に行っててくれ。

 このでかい1体はこっちで解体していんだな?」


「はい、お願いします」


 解体を職員のおじさんにお願いして、ケルビン、アリシャと共に窓口へ戻る。

 待っていると、アリシャが話しかけてくれた。


「ルリちゃんすごいわねぇ。魔法が使えて剣技も出来て、収納魔法まで使えるなんて。

 旅の途中って言ってたけど、いつまでこの街にいるの?」


「旅と言いますか、私、王都の第2学園に入りたいんです。だから、夏までには王都に向かう予定です。

 でも入学の条件がDランクの冒険者なので、まだしばらくはこの街でランクアップに向けて頑張るつもりです」


「第2学園かぁ。あそこは貴族様じゃなくても入れるものね。

 でも、ルリちゃんって登録したばかりってことはFランク?

 実力的には問題ないだろうけど、夏までにDランクになるにはちょっと気合い入れないとダメかなぁ。

 良かったら、私たちにもお手伝いさせてくれない? ケルビンもいいでしょ?」


 私のDランクへのランクアップに、アリシャたちが協力してくれる事になった。


 FランクからEランクへ上がるには規程回数の依頼達成のみでいいが、Dランクに上がる為にはパーティでの依頼経験も必要になる。

 知らない人たち、ましてやチンピラのような冒険者と組むよりもずっと安心だ。


「いいんですか? ありがとうございます。

 お時間あるときにはぜひご一緒させてください!!」



 ケルビン夫婦は、週に3回程度で討伐に出ているそうだ。

 もちろん1日で終わらない依頼もあるため不規則ではあるが、危険の少ない依頼の際には同行させてもらえることになった。


 予定のすり合わせなどを行っていると、解体を終えた職員のおじさんが戻ってきた。


「オーク3体。1体に付き金貨8枚、合計で24枚だ。全部買い取りでいいかい?

 解体の手数料は、嬢ちゃん今日が初なんだろ、まけとくよ」


 3人で頷き合い、全ての買い取りとして了承した。

 8枚ずつの金貨を受け取る。


「今日はありがとうございました。また明日からもよろしくお願いします!」

 ケルビンとアリシャにお礼を言い、ギルドから帰っていく2人を見送る。



 私は、もう一つ達成の報告をしなければならない。

 解体のおじさんを振り返り、声を掛けた。


「すみません、薬草の採取もしてきたので、納品したいのですが……」


「お、わかった」

 10束の薬草と、黄色い花を渡す。


「確かに受け取った。受付で完了の報告をしてきな。報酬もそこで渡すからな」


 言われた私は、受付に向かう。変わらず元気なダーニャの列に並んだ。


「ダーニャさん、採取依頼、完了してきました!」


「うん、お疲れさま。

 なんかオークも倒してきたんだって? 大変だったねぇ。

 報酬はこれよ。まず、薬草が10束で銅貨30枚、つまり銀貨3枚ね。

 黄色いお花、エナモという花なんだけど、これはちょっと珍しいので1本銀貨1枚。

 常時買い取りだから咲いてたら摘んできてね。

 さ、合計銀貨6枚よ」



 私は、銀貨を受け取る。Eランクに上がる条件は、1週間以内での3つの依頼達成だ。


 これであと一つとなる。

 明日の依頼達成を心に決め、ルリは宿に戻った。

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