第7話 孤児院

 翌朝。

 「銀山荘」で優雅に目覚め、華麗に朝食をとる。


 宿を引き払うと、買い物に出かけた。

 朝の街並みは、活気にあふれている。

 所々には屋台も出ており、串焼きのようなものに食欲がそそられる。



 5分ほど歩くと、小さな庶民向けの女性服を扱うお店があった。

 個人経営だろうか、6畳ほどの店舗の中に、ところ狭しと服が並んでいる。


「いらっしゃい、あら、かわいいお嬢さんねぇ」


 明るい店主の声に、笑顔で返す。

 今の私は、制服しか服がない。

 私の制服姿を見た店主のお姉さんが、水を得た魚のような勢いで、私の服を選びだした。


「ほら、これなんかどう? 今のお洋服と似て動きやすそうよ!」


 持ってきたのは、膝上丈くらいのワンピース。

 お姉さんの趣味なのか、淡い色使いの服が多い。


「あの、普段使いの服と、寝衣とか、あとあれば下着も欲しいんです……」


「そうなのね、だったらこういうのもあるよ。色違いもあるから好きなの選んでよ!」


 言われるままに選んでいくと、必要だった衣類が一式揃ってしまった。

 下着が丸見えになる女神の鎧の事も考え、キュロットのような短めのパンツや、シャツも買っておく。


「いっぱいありがとうね。全部で銀貨5枚になるわ」



(ん? 安い、のか? 宿屋が金貨10枚で、服が10着以上買って銀貨5枚?)


 ルリの金銭感覚がおかしいわけでは無い。

 日本では普通の庶民として暮らしてきたのだ。宿屋が高すぎるのだ。


 銀貨5枚を払い、お姉さんに礼をして外に出る。


(貨幣の価値を知らないとまずわよねぇ……)


 目についた屋台の串焼きは、銅貨1枚と書いてある。


「おじさん、串焼き1本くださいな!」


 お祭りの屋台を思い出しながら、串焼きに銀貨を1枚出してみた。

 銅貨9枚のお釣りを渡される。

 その後もいくつかの買い物をして、貨幣の価値は理解できた。


 金貨1枚=日本円で約1万円

 銀貨1枚=日本円で約1000円

 銅貨1枚=日本円で約100円


 串焼きの100円を基準にしているので定かではないが、概ね間違ってはいないだろう。


(宿は高くても金貨1枚までにしないとダメね……)


 理解するルリであった。




 買い物も済んだことで、冒険者ギルドに向かうことにする。


 チロリン

 昨日と同じベルの音を立ててドアの中に入る。

 受付の隣の壁際には、依頼ボードがあり、ルリはそのFランクのボードの前に立っていた。


(薬草採取が銅貨3枚か。他も銀貨1枚にもならない依頼ばかりね……)


 Fランクの冒険者が依頼で生活していくことは難しい。

 一番報酬がいいのが薬草採取となるが、ルリにはどれが薬草なのかも分からない。

 受けようと思える依頼がなく悩んでいると、後ろからいきなり怒鳴られた。


「てめぇこらぁ、ガキが何ボードみてんだ、あぁ?」


 怒鳴り声と共に、右の腕を掴まれる。


「ちょっと何? いきなり触らないでよ」


 私は振り返りつつ、掴まれた腕を逆手に回し、相手の手首をひねる。

 その勢いのまま足を払い、投げ飛ばした。

 リフィーナ流の護身術だ。


 ドォォォォン

 男の巨体が地面に落ちる。


 仲間がいるようで、倒れた男の後ろから、路地裏のチンピラにしか見えない男たちが寄ってくる。


「おぅ嬢ちゃん、何してくれんだぁ」

「痛い目にあいたいらしいなぁ」


(おぉこれは、スケさんカクさん、この紋所が~って続く場面ですよぉ!)


 何てギルドの定番イベント発生に感動していると、受付の方から声がする。

 八百屋のおばちゃんことダーニャだ。


「うるさい!!あたしの目の前で何やってんだい!!!」


 ダーニャの剣幕に、チンピラたちが押し黙る。


「ルリちゃん大丈夫かい? 怪我でもしてるもんならこいつら伸しとくけど!」


(うわ、ダーニャさん怖い!チンピラたちが小さくなってる)


 チンピラは「覚えてろょぉ」と消え入る声で叫び、走り去っていった……。



「あ、あの、大丈夫です。怪我もありません!」


 事実、身体に痛みはない。

 肩を軽く回して調子を確認していると、ダーニャが優しい顔に戻って近づいてきた。


「ルリちゃんさっそく依頼かい?」


「はい、でもなかなか出来そうなのが無くて……。

 せめて薬草の種類とかわかればいいのだけど……」


「そうだねぇ、薬草の講習なら明日あるから、朝ギルドに来てはどうだい? 少しは役に立つだろうよ」


 これ以上ないタイミングで講習があるようだ。貴重な情報を教えてくれたダーニャに礼をする。

すると、一枚の依頼書を指さして私に話しかけた。


「ルリちゃんにお願いがあるのだけど、この依頼受けてくれないかなぁ」



 そこには『孤児院の手伝い、銅貨5枚』という依頼書があった。

 街外れにある孤児院は、教会のシスターが一人で切り盛りしているらしい。

 手が足りなくなった時に、報酬は少ないがお手伝いの依頼をするとの事だ。


「孤児院のお手伝いですね。私、行ってきます!」


 共働き家庭の一人っ子であるルリは、できる限り自分で家事を行っていた。


 仕事に忙しい母の手伝いをしたかっただけではあるが、小学校を卒業するころには、炊事、洗濯、掃除など一通りは自分でこなしていた。

 手伝いであれば出来そうであった。


「ありがとね、孤児院は大通りに向かって左、街の西の外れにあるわ。

 教会のシスターに、依頼で来たって伝えてね」




 依頼書の受注処理を行い、ダーニャから説明を受けた私は、西の外れにある教会へ向かう。

 人通りの少なくなった路地の奥に、小さな教会があった。


 大通りの周辺とは異なる、時間に取り残されたかのような場所。

 教会の壁にはくずれた場所もあり、少なくとも資金が潤沢ではないことは分かる。



 教会のドアを開くと、黒い修道服を来た若い女性が、忙しそうに動いている。

 彼女がシスターだろう。


「こんにちは、ギルドの依頼できました。ルリと申します」


「あら、冒険者ギルドから来てくださったのですね。

 私はこの教会に勤めておりますミシリーと申します。

 ご依頼をお受けいただき、ありがとうございます」


 ミシリーと名乗るシスターは、私を奥の部屋へと案内してくれた。

 そこには、決して綺麗とは言い難い格好の子供たちがいた。


 男の子が3人、女の子が2人。

 ガキ大将のような一回り身体の大きな男の子がニッチ、他の男の子がダグとケニー。

 女の子はスージーとカリンだそうだ。



 シスターにお手伝いの内容を聞く。


「汚い所でごめんなさいね。お願いしたいのは教会のお掃除。出来る範囲でいいから。

 それと、夕食の準備を手伝っていただければと思うわ」


 教会は、お祈りに来る人も少ないのであろうか。

 埃が溜まり、蜘蛛の巣も見え隠れする。

 高い天井の為、装飾された壁の飾りなどは、煤けていた。


(せっかくだから綺麗にしてあげたいなぁ。

 女神様の像もあるし、高い所も一気にお掃除できたりしないかしら……。

 そうだ!!)



 しばらく考えたルリは、自分の中の魔力に集中する。

 魔力を身体の外まで広げ、教会全体まで行き渡らせると、魔法を唱えた。


 洗浄クリーン


 教会の壁、床、天井に光の粒が溢れ出す。


 光が収まると、まるで昨日建てられたかのような、新築のように磨かれた教会の姿があった。



(うん、上手くいったわね。

 女神様も喜んでくれるんじゃないかな!)



 清掃の完了をシスターに報告する。


「え? もう終わったんですか? えと、えぇえ???」


 シスターが教会の中を覗くと、神が降りてきたかのように輝く空間が広がっていた。


 声を失うシスターに、洗浄クリーンの魔法を掛けてみる。


「ひゃっ!?」


洗浄クリーンの魔法です。教会全体に掛けさせていただきました。

 次は夕飯の準備ですね。よろしくお願いします!

 あ、他のお部屋も、ついでにお掃除しておきましょうね!」



 まだ理解が追い付いていなそうなシスターの背中を押して、教会の奥へと進む。

 途中の部屋も同様に洗浄クリーンの魔法で清掃しながら進んでいった。


 奥の子供たちの部屋では、子供たちにも洗浄クリーンをかけ、驚かれた。


「あの、すみません、ちょっと驚いてしまって……。

 夕飯の準備を始めますので、こちらへお越しください」



 着いたところは、調理場というには貧相な、倉庫の片隅のような場所だった。


「孤児院は僅かなご寄付を糧にして、子供たちを育てております。

 せめて子供たちには十分な食事をさせてあげたいのですが……」


 孤児院の食糧庫にあったのは、わずかな堅パンと小麦粉のような粉。

 それと、わずかな野菜であった。

 具の少ない野菜スープと堅パンが、普段の食事だそうだ。


(小麦粉があるのだから、うどんの麺なら作れるかな?)


 私はシスターの了解をとり、小麦粉に水を混ぜながら捏ね始める。

 塊になってきたら中の空気を抜くべく小麦粉の塊をたたきつけ始めた。


 見たことのない調理に、シスターや子供たちが目を丸くしているが気にしない。

 しばらく寝かせた後、平らに伸ばして細切りにした。



 続いてソースを作り始める。

 もちろん、醤油や出汁、ましてや麺つゆなんてないので野菜から出汁をとった。


 野菜の葉と根を切り分ける。

 鍋にお湯を張り、根の部分を茹でたら、布で濾して野菜の出し汁を作る。

 葉の部分を軽く炒め、先程の出し汁に加えた。


 野菜だけでも、栄養分の多い根をじっくりと煮込めば、それなりに出汁は出るものだ。

 ヘルシー極まりないメニューだが、簡単な野菜のかけうどんが完成した。



 この世界では、庶民の中で麺を食べるという習慣は無いようだ。

 初めて見る細長い食べ物を恐る恐る口に入れる子供たち。


 麺のおかわりは大量にあるので、全員が満腹になるまで食事を楽しんでくれた。



「ありがとうございます。こんなに良くしていただいたのは初めてで……」


 目に涙を浮かべるシスターに、

「困ったときはお互い様ですよ。いつでも呼んでください!!」


 お礼を伝えあい、私は教会を後にした。



 ギルドに戻り依頼完了の報告をする。

 ダーニャから、報酬の銅貨5枚を受け取った。


(この世界で、初めての報酬ね!)


 ウキウキしながら銅貨を握りしめる。


 実際には、今日の宿賃にもならない金額であるが、ルリは世界に認められ、居場所を得られた気がした。

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