第5話 はじめての街
ここは泉の前。
魔物を蹴散らし、軽い食事を終えた私、美咲瑠璃は、アイテムボックスから出した身分証を見つめ、頭に飛び込んできた記憶の断片を思い出していた。
名前:リフィーナ・フォン・アメイズ
年齢:12歳
出身:クローム王国 アメイズ領
子爵家で箱入りに育てられ、盗賊に襲われ命を散らした少女……。
彼女の願いは、母を守る騎士になること……。
私は、アメイズ領がどこにあるのか分からない。
それでも、リフィーナという少女は、母を守り切れなかったことを悔やんで亡くなったのであろう、という事は分かる。
「私に、リフィーナの意志を継がせたいという事なのかなぁ……。
でも、どうやって……?
いつか、アメイズ領という所に行ってみなきゃね……」
領主が亡くなったという事は、少女の母親が新しい領主になるのであろう。
いきなり行っても、事件の事を考えれば混乱が起こるかもしれない……。
「クローム王国、アメイズ領か。情報を調べてみましょうね……」
誰に言うでもなく呟くと、リフィーナの身分証をアイテムボックスにしまい立ち上がる。
そして、街へ向かって森の中を歩きだした。
(ところで街ってどっちなのかしら? 女神様に聞いておけばよかったわ……)
泉を背にし、瑠璃色の髪をなびかせながら、森の中を進む。
不思議と魔物の気配はない。
3時間ほど進むと、前方の森が明るくなってきているのに気が付いた。
(そろそろ森を抜けるのかな?)
明るい方向に進んでいくと、森の雰囲気が変わった。
鬱蒼とした邪悪な森から、明るい自然な森に変わったとでも言おうか。
同じ森の中ではあるが、巨大な魔物など居そうにない、健全な森という感じだ。
周囲を見渡すと、オレンジ色のリンゴのような果実がそこかしこに実っている。
安心した途端、急激に疲労が襲ってきた。
空を見上げると、日が傾きかけている。
(今日はこの辺で野宿かな……)
アイテムボックスからテントを出す。
木から果物をもぎ取り、食事にする。
(ヤバい時は、またリミット外れるし、大丈夫よね……)
本来なら、森の真ん中にテントを張って熟睡するなど無謀の極みである。
いざとなったら自重しなければいい……。
楽できるのであれば楽をしたい、それば美咲瑠璃と言う人間のモットーなのだから。
迷わずパタンと横になり、寝息を立てるのであった……。
目を覚ますと、温かな木漏れ日が見える。
早く寝たせいか、まだ早朝のようで、太陽の位置が低い。
地球の暮らしで、日の出とともに目覚めるという事はまず無かったが、今日は街まで行かねばならない日である。
少しでも時間を大切にしようと、もぞもぞと起きだした。
朝の準備を整え、再び歩き出した。
昨日から歩き通しだが、あまり疲れがたまっていない。
女神の恩恵、身体強化の影響だろう。
しばらく進むと、右後方に殺気を感じた。
振り返っても何もいない。
それでも、漆黒の剣を引き抜き身構えた。
「グギャギャギャギャ」
体長1メートルほどの、緑色の皮膚をした人型の魔物が襲ってきた。
(これがゴブリンかしら。何か可愛く見えちゃうけど……)
異世界転生らしい魔物との遭遇に歓喜しながら、剣を構えた。
(あれっ? 剣の扱いがしっくりくるわね……)
ラケットでも剣道でもない、いっぱしの騎士のように剣を構えた自分がそこに居た。
迫るゴブリンに、袈裟切りに剣を一閃。
グギャァァァァァ
ゴブリンは真っ二つに分かれた。
「私、剣が使えるようになったみたい!」
思わず声に出てしまう。
その剣捌きは、確実に素人のものではなかった。
達人とまでは言えずとも、騎士団の片隅には入れそうなレベルだ。
---その剣技は、リフィーナが幼少の頃から、欠かさぬ鍛錬によって身に付けたものだった。
リフィーナは物心ついた頃から、病弱な母を守るべく騎士になる事を誓っていた。
来る日も来る日も屋敷の庭で剣技を磨き、母を守るべく研鑽を重ねていたのだ。
また、父の視線が嫌いで、リフィーナは危険への察知能力が高かった。
視線から逃れるために、知らず知らず魔力を周囲に巡らせ、自分や母に危険が及ばないように、探知するようになっていた。
リフィーナの記憶の断片には、こういった剣技や魔法のチカラも含まれていた。
その結果、いつの間にか、剣の扱い方が習得できていたのだ。
(きっとリフィーナちゃんの記憶が私を動かしてくれたんだろうな……)
---記憶の中にあるリフィーナの剣技。
舞のようなそれは、美しかった……。
12歳という若さで散った命。
それを受け継ぐ決意を心に刻み、私は森を歩みだした。
歩きながら探るリフィーナの記憶には、魔法の知識もある。
本来魔法には、魔法を呼び出す詠唱という呪文が必要となる。
攻撃魔法を使わないリフィーナの記憶にその知識は無く、覚えたのは魔法の名前だけだった……。
(火や氷を槍の形にして飛ばすのよね……)
私の記憶にあるのは、地球で習った科学の知識。
仕組みを熟知している訳ではないものの、ガスコンロで火が燃えるという状態や、水を冷やせば氷になるという現象を知っている。
(
勝手なことを考えている。
試しに、
「大気中のガスを槍の形に集めて、火を点けて飛んでけ!!」
すると、私の前に鋭い炎の槍が出来上がり、ブォッという音と共に飛んで行った。
10メートル先の木をなぎ倒し、周囲の木々に炎が上がる。
「ぉぉぉ」
慌てて
(ぅぅ、魔法は加減が難しいわね……)
大気中の可燃ガスや酸素を掻き集めながら鋭く飛ぶ今回の魔法は、通常ではあり得ないような威力を発していた。
街についた後でも、いくらでも時間はある。
落ち着いたら特訓しようと心に決めて、歩き出した。
(魔法は便利すぎるからね。そりゃ覚えるには努力が必要よ!)
楽するためには努力を惜しまない、少女の決意である。
途中、ゴブリンを数体、剣で倒した。
やがて森の切れ目が見え、一本の道が近づいてくる。
道に出ると、遠くに街並みのような建物が見えた。
「ふわぁ~、やっと森から出れたよ~。夕方までには街に入れるかなぁ……」
さらに2時間ほど歩くと、街の門のような場所が見えてきた。
正面には、街の入口らしき門がある。
街の周囲は、2メートルほどの壁で覆われており、門以外から中に入るのは難しそうだ。
街の中には、如何にも中世ヨーロッパと言う雰囲気の建物が並んでいる。
「ファンタジー世界、キター!!」
喜び勇んで駆け足になり、門に並ぶ列の最後尾に着いた。
(ここで身分証提示のイベントがあるのよね。
でも大丈夫。女神様が身分証準備してくれているのだから……)
最初の街に入る際に身分証がなくて困るというのは、ファンタジー小説の定番イベントだ。それを回避できるのだから、女神に感謝しかない。
と、ふと思う。
(あれ、でもこのリフィーナちゃんて、領主さまのご令嬢よね。
しかも既に亡くなっているという事は、私もしかして幽霊扱い???)
この街がどこの街なのかは分かっていない。
ここがアメイズ領という可能性だってある。
そこの死んだはずの令嬢の身分証をもった人物が門に現れたら……。
(やばっ、これ捕まって殺されるパターンだ!)
普通の女の子として暮らしたいのに、最初の街で幽閉、そこからの大脱出&指名手配というストーリーはご免である。
焦ってドギマギしていると、私の番がきてしまった。
いかつい顔の門番が話しかけてくる。
「次、身分証は?」
「あの、えと、持ってません……」
持っているが、持っているとは言えない。
「あー、じゃどこから来たの? それと名前は?」
「はい。日本から来ました。美咲瑠璃です……」
正直に答えてしまった……。
しばらく黙り込む門番。
怪訝な表情で私を見る門番。
「あー? ニホン? どこだよそれ。とりあえず、こっち来て!」
私は腕を引かれ、門の奥の小部屋に連れていかれた。
小部屋には、簡易な椅子とテーブルがある。
いわゆる取調室の風景だが、カツ丼などが出てくる気配はない。
私を奥に座らせて、手前には門番が座る。
いかつい顔に加え、身長は180センチ以上あり、鎧を着ている為、怖い。
「もう一度聞くよ。どこから来て、名前は何ていうのかい?」
「はい。ニホンという村から来ました。
山奥の村なので、あまり人には知られていないかも知れません。
道に迷って気が付いたら森の中で、先程この街に到着しました。
名前はルリです!」
「あーそー。森に迷ってねぇ。
まぁいいや、とりあえずそこの水晶に触れてくれ。
何、犯罪者かどうかを調べるだけだからすぐ終わるよ。
しかしよぉ、その身なりで誰も知らない山奥の村からきただと? もう少しましな設定考えろよな。
どう見てもお忍びのご令嬢にしか見えねぇぞそれじゃ……」
はっと気づく。
私の服装は、高校の制服の上に女神ブランドの白銀の鎧。
日本の縫製技術の粋を極めた生地なんて、どこぞの王族でも着れるものではない。
それにこの鎧。素材が何かは分からないが、間違いなく高級品だ。
むしろ、この世界の鉱物では無い可能性だってある……。
色々とやっちゃっている感はあるが、この門番は勝手に納得してくれているようだった。
街に入ってリフィーナ以外の身分証を手に入れることが今の目標、勘違いしているならそれでいい。
(何かバレてるというか疑われているけど、いい人そうだから良しだね……)
「ありがとうございます。それで、身分証を作りたいのですがどこに行くといいでしょうか?」
私は、水晶に掌をかざしながら、門番に尋ねた。
薄く白く光る水晶を見ながら、門番が答えてくれる。
「身分証なら冒険者ギルドに行くといいだろう。すぐに発行できるぜ。
犯罪歴は無いみたいだから街へは入っていいが、早いとこ着替えとけよ。
それと、通行料が銀貨1枚な!」
アイテムボックスから銀色の硬貨を1枚取り出す。
これが銀貨で合っていたようだ。
この世界の貨幣の価値は分からない。
箱入りのリフィーナも自分で買い物などしたことないらしく、貨幣の知識は無かった。
「じゃ、あらためて。ようこそ、クローム王国、リンドスの街へ」
私はついに、異世界最初の街に入った。
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