第4話 リフィーナ

 あたりは静けさに包まれていた……。


『リミットを設定しました』


 声が聞こえると、身体がズシっと重くなる。

 身体強化が切れたようだ。




 普通の女の子に戻った私は、途方に暮れていた。


 小説で見たファンタジー世界では、魔物は素材や食料として重宝される。

 しかし、目の前のモノをどうしたらいいかが、分からなかった……。



 目の前にあるのは、焼け爛れたケルベロスなどの魔物と、氷漬けになったヒュドラたちだ。

 しかも氷は解けそうにない。



「とりあえず、街を目指すしかないよね……」


 魔物の解体方法なんて分かる訳がない。

 ましてや素材なる部分が、分かる訳もない。



(魔物の事は後で考えよう……)


 倒した魔物たちを、アイテムボックスにしまっていく。


(容量は無制限なんだ。

 あとで解体とかできるようになってから処理すればいいよね!)


 捨て置く、という選択肢はない。

 後から楽するために、今努力する。

 仕舞い漏れがないように注意しながら、一体一体アイテムボックスに入れていった。



 アイテムボックスには生きたもの、つまり生物は収納できない。

 収納できたという事は、氷漬けの魔物たちも息絶えているという事になる。


 氷が解けて動き出したら……などとオドオドしていたが、これで安心できた。





 あれ以来、魔物が襲ってくる様子はない。

 一休みした後、街に向かうための準備を行う。



 街までの距離はわからない。

 夜までに着ければいいが、そうでない可能性もある。

 私は必要なモノを考えながら、持ち物のチェックを行うことにした。



(まずは食べ物よねぇ。

 それに、夜までに着けないことを考えると寝床も必要かぁ……)


 そんな事を考えていたら、お腹が空いていることに気が付いた。

 朝から相当なエネルギーを使っているはずだ。まずは食事をすることにする。



 アイテムボックスから、食べ物らしきものを探し出す。

 果物のようなモノや、乾いた肉のようなモノが入っていた。



 生活魔法が使えることを思い出し、アイテムボックスから取り出したコップに水を出す。


水球ウォーター


 ザバァァァ


 コップからあふれる程の水が出た。

 まだ魔法の加減が分からない。魔法を使うには練習が必要だと分かった。



 果物は、皮がオレンジ色で味がリンゴという不思議なものだった。

 一つ丸かじりすると、それなりにお腹にたまる。


 乾いた肉は、そのまま干し肉だろう。

 エネルギーを使いまくった自分には、肉の食事はありがたい。



 簡単な食事を終え、折角だからとアイテムボックスの中身を確認することにした。

 魔物は、まぁいい……。大量に入っているが、どうしたらいいかが不明だ。


 食べ物が少々、種類はいくつかあるので、また後で試してみようと思う。

 食器やコップの他、テントや寝袋もあった。

 女神は野宿させる気満々だったんだろうと、少し怒りが湧いてくる。


 そしてお金らしきもの。

 金色と銀色の硬貨が100枚ずつある。

 価値はわからないが、当面の資金になってくれると期待しよう。



 他には無いかと探していると、カードのようなアイテムがあった。

 地球で言うと、免許証に近い。

 たぶん身分証明のようなものなのだろう。


 女神が気を使って身分証を作っておいてくれたのかな、などと書かれている文字を見る。名前や年齢などの情報が書いてあった。


 名前:リフィーナ・フォン・アメイズ

 年齢:12歳

 出身:クローム王国 アメイズ領


「リフィーナ……?」


 そう口に出した途端に、頭に何かが入ってくる……。




(え? 誰? 私?

 ちがう、今の私の姿・・・リフィーナにそっくり・・・。

 私はリフィーナ・・・ということなの・・・?)


 頭の中に直接打ち込まれる様な、想いや映像。

 私は、リフィーナの記憶の世界に引き込まれていった。




 ---それは、リフィーナという女の子の成長の記憶。

 12歳までの、エスポワールの世界で生きた記憶、そしてこの世界から消える、最後の記憶の断片だった……。



 リフィーナは、クローム王国のアメイズ領、領主家の一人娘として生まれた。


 祖父がアメイズ領の領主を務めており、母は領主家の長女であった。


 男爵家からの入り婿である父は、病弱な母の看病を言い訳にして、母とリフィーナを屋敷の中に閉じ込めていた。

 身体能力も魔法にも秀でたリフィーナの能力に畏怖していたのだった。


 将来娘がチカラを付け、領主を継ぎ、婿を取る日が来る。

 リフィーナのチカラであれば、自分よりも立場の強い家柄の婿が来ることは間違いない。

 その不安が重くのしかかり、リフィーナという存在に恐怖を抱くのであった。


 父がどう考えていようが、貴族の娘が気軽に外を出歩くようなことは少ない。

 孫が可愛すぎる祖父が外出を認めないこともあり、リフィーナが屋敷から出ずに過ごす事に不自然は無かった。



 リフィーナが12歳をむかえた春、領主である祖父と共に王都へ上がることになった。


 この世界では、貴族の跡取りは血脈が優先される。

 領主の直系であるリフィーナは、社交デビューとなる12歳になった報告を兼ねて、国王への謁見を賜る予定となっていた。


 護衛の騎士を率いた馬車は一路王都へ向かう。

 その時に事件は起きた。



 突然、炎に包まれ、馬車が横転する。

 リフィーナは辛うじて馬車から這い出た。


 周囲を見渡すと、汚らしい格好をした男たちと戦う騎士の姿。

 リフィーナの姿を確認し、護衛のために駆け寄る騎士の姿。

 逃げ惑う使用人やメイドたち。


 リフィーナは恐怖のあまりひきつった。

 足が震える。

 身体が硬直して動かない。


 叫ぶことさえ出来ずに、ただただ獲物を発見し目をギラギラとさせた大男の姿を見つめるしかなかった……。



「野郎どもぉ、お姫さんはここだぁ。他は全員殺せぇ! 一人も逃すなよぉ!」


 戦場は、いくら騎士団とは言え、多勢に無勢だった。

 護衛の騎士10名に対して、野盗は50人以上。

 魔法を使う者も多数。



「お頭ぁ、メイドは持ち帰っちゃだめですかねぇ、高く売れそうですよぉ」


「バカなこと考えるな、惜しいが今回は皆殺しだ。抜かるなよぉ!」



 騎士が次々と打ち倒されていく。

 逃げようとする従者は回り込まれて袈裟切りにされた。

 もはや、この場で立っているのはリフィーナしかいない。



(おじいさま……おかあさま……)


 お頭と呼ばれる大男が、リフィーナの前に迫る。

 抵抗しようにも、12歳のチカラではどうしようもなかった。




「ぐふふ、恨むならお前の父親を恨むんだな」


 大男の持つ大剣がリフィーナの目の前に迫った瞬間、リフィーナは光に包まれた。


 薄れゆく意識の中、大男の最後のつぶやきが、リフィーナの耳に届くことはなかった。




---


 その後、アメイズ領主の馬車と、惨殺された領主や騎士、従者たちが発見される。


 領主の惨殺である。

 王都より派遣された騎士団により、盗賊団の捜索や背後関係の調査が行われた。

 しかし、盗賊団は見つからなかった。



 調査は続けられるものの、全員が殺されており証言者がいない。

 金目の物は全て持ち去られている。

 リフィーナの死体だけは見つからず、誘拐されたものと推測される。


 そういう状況から、盗賊団の犯行と決定づけられていた。


 アメイズ領は、一人残された病弱な母が、夫と共に継ぐこととなる……。




◆◆◆


 気が付くとリフィーナは、真っ白い空間にいた。

 どこにも壁が見当たらない、真っ白い空間。


 目の前には、金髪を腰まで流した女性が佇んでいる。


『リフィーナさん、お分かりかもしれませんが、あなたは亡くなりました。

 私は女神アース。地球という世界の女神です』



 リフィーナは、突然の状況について行けない。

 私が死んだという事はわかる。大男の剣が私を切り裂いたのだろう。


 女神は続ける。

『あなたはこれから、地球という世界に転移します。

 そこで、美咲瑠璃みさきるりという魂を守ってください』



 リフィーナは理解ができなかった。

 小説やテレビなどない、異世界などと考えた事もないリフィーナに、地球に転移と言われても全く分からなかった。



「えと、女神様。はじめまして。

 てんい? ちきゅうの、みさきるりさんを守る? ってどういうことでしょうか……」


 思わず挨拶をしてしまいながら、脳をフル回転させる。


 私は死んで、今女神様の前にいる。

 毎日女神様への祈りを欠かさなかった私としては、女神様とお会いするという事はうれしい以外の何物でもない。

 しかし、その先が分からなかった。



『急にこんなことになって、ごめんなさいね。

 実は、あなたが亡くなった瞬間に、地球にある一つの魂があなたの世界に移ってしまったの。

 その結果、あなたは逆に、この地球で生き返って、新しい人生を歩むことになったのよ』


 丁寧に説明してくれているのだろうが、全く理解が追い付かない。

 ただ、また生き返るということは分かった。



「あの、私生き返るのですね!

 またお母さまと一緒に居られるという事ですね!」


『ごめんなさい。それはできないの。

 あなたが生き返るのは地球という世界。

 あなたがいたエスポワールとは異なる世界よ。

 お母様とは会えないわ。

 でもね、あなたが生まれ変わる美咲瑠璃という女性には、優しいお母様がいらっしゃるの。

 お父様もあなたを愛してる。

 そして多くのお友だちもいるわ』


 女神は続けて語る。


『地球という世界は、魔物もいなければ剣による戦いも無い。

 魔法は使えないけど、文明が発達しているから生活に困ることも無いわ。

 あなたには、美咲瑠璃さんが15年間生きてきた、知識と経験をチカラとして与えるわ。

 だから安心して頂戴。

 あなたの望むように生きていけばいいのよ」



 地球での暮らしは安全で問題ないらしい。

 でも気になることがある。


「女神様、私はお母さまを守るって決めたの。

 お母さまの騎士になることを目標に、今までがんばってきた。

 私は、お母さまの側にいたいの!」


 死んでしまっている以上、今まで通りに母の元にいられないことは分かっている。

 それでも、リフィーナは母が心配だった。



 女神は考えた。

 地球の知識を少女に詰め込んだら、エスポワールでの記憶は膨大な知識に飲まれてかき消されてしまうだろう。

 せめて、母親を守りたいという少女の想いだけでも、エスポワールの世界に残してあげたいと思った。



『分かったわ。あなたの願い、聞き届けましょう。

 あなたの代わりにお母様を守ってくれる人を、必ず見つけますわ』


「ありがとうございます。女神様……」



『それでは、リフィーナさんは地球に行ってもらいますね。

 必要な知識や情報は、目覚めた時には頭に入っているわ。

 地球での生活、楽しんでくださいね!』


 リフィーナの周りの景色が消えていく。



---

 数秒後、美咲瑠璃の家の玄関で座っているリフィーナの姿があった。


「あれ? 私、めまいでもしてた?」


「さぁ、今日から部活だよ。元気に学校行こぅ~!」



 記憶を詰め込まれたリフィーナには、エスポワールを思い出すことは難しかった。


 自分が美咲瑠璃だと信じて疑わないリフィーナは、元気に玄関を飛び出し、学校へ向かう。


 少し背が伸び、顔立ちが大人らしくなった12歳のリフィーナは、15歳の美咲瑠璃として再発進したのであった。



 ---その後、

 地球人とは異なる、魔法のような優れた第六感を持ち合わせ、身体能力を誇る一人の女性が、テニス界の伝説として後世に名を遺す事となるのは、また別の話だ。




 ---同じ時、異世界エスポワール、泉の前。


 リフィーナと女神の間で、母を守るという約束が密かにかわされ、その役割が自分に降りかかっている事を、少女は知る由もなかった……。

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