第3話 死闘

 ---時はさかのぼり、結界消失の1時間前。



 私は、異世界の装備を前に首をかしげていた。


 現在の私の服装は、高校の制服。

 白いシャツにグレーのブレザー。

 ちょっとまくって膝上に上げたプリーツのあるスカート。

 ひざ下のソックスにローファーを履き、胸元にはリボンが結んである。


 登校時に転移したのだから、当然制服のままである。

 カバンは持っていなかった。

 スマホでもあれば良かったが、どうせ圏外だし仕方ないだろう。

 教科書やノートなどはあったところで役に立つとは思えない。


 実はのちに、化学の教科書があればと後悔するのだが、今は気にも留めなかった。




 そして手元には、鎧と思われるモノがあった。

 女性向けの軽鎧と呼ばれる装備であるが、地球の授業で習う訳がない。



 胸当てに見えるそれは、バストを覆うように白銀の膨らみがあり、胴囲を覆うように皮があつらえてある。

 後ろを紐で結ぶようで、コルセットのようなイメージで装着できた。

 肩にも白銀のプレートがあるので、ここで肩から切れれる剣を防ぐのであろう。



 腰には、白銀と鉄で出来たパレオのような服を巻いた。

 制服のスカートが隙間から見えている。

 この世界の人は、このパレオの中には何を履くのだろうと疑問に思う。

 普通に考えれば下着が丸見えである。スパッツのようなものがあるのだろうか。



 考えても仕方ないので、ブーツのようなものを手に取る。

 膝上まであるロングブーツで、全体が白銀で覆われている。

 履いてみると、意外と動きやすい。鉄なのになぜ動けるのか不思議だが、今は考えるのを諦めた。



 異世界なのだ。私の常識が通じるとは限らない。

 一通り装備できたらしいし、動きやすいので問題はないだろう。



 最後に、剣を持つ。

 白銀に瑠璃色の線で装飾が施された鞘は、私のイメージを女神が汲んでくれたのかもしれない。

 鞘から刀身を抜くと、漆黒の刃が現れた。


 長さは80センチ程度。

 テニスラケットよりは少し長いくらいなので、持つことに抵抗はなかった。


 とりあえず振ってみる。

 テニスの素振りにしかならない。

 一度だけ体験したことのある剣道の授業を思い出して構えてみるが、よくわからなかった……。




 そうこうしている内に、周りの雰囲気が変わってきた。

 泉を中心に神々しさのあった空間は、次第に深みを増して暗くなってくる。


 時間的に夜になったわけでは無いので、結界が弱まってきたという事なのだろうと、緊張感を高める。



 昼とは言え、森の奥である。

 周囲には高い木々が茂り、光を遮っている。


 女神は街まで問題なく行けると言っていたが、周囲に魔物がいないとは限らないだろう。

 街へ着くまでの間に、魔物と戦わなければならない可能性もあるのだ。




 何事もない事を祈っていると、後方でバリンと音がした。


(結界が切れたのかな。……ん? 今バリンっていった?)



 そう、結界は魔法が切れたのではない。

 結果として結界は消失しているが、弱まった結界が破られたのだ。



 恐る恐る振り返ると、そこには高さ3メートルはある獣の顔があった。


(ケルベロス、だっけ……? 地獄の番犬って話みたことある……)


 巨大な犬、というか狼。体調は10メートル近い。

 そして首の先、つまり顔は、3個あった。


「グオォォォォォォォォォォ」


 地面から響くような叫び声がする。

 思わず後ずさりすると、横からも殺気を感じた。


「ドゥォォォォォォォォォォ」


 横を見ると、恐竜がいた。ファンタジー世界で考えれば、ドラゴンという種類であろう。


 大きさはやはり10メートルほど。そして、首はやはり、3本ある。映画で見たヒュドラを思い出す。


(いやいや……、無理ゲーでしょ、これ!)




 朝から続いている理解不能な出来事の数々。

 突然異世界に飛び、今は巨大な魔物に囲まれている。


(あはは、どうしてこうなった……)



 女神に文句を言いたい。

 結界が切れたら魔物のボスの本拠地とか聞いてない。



(転移してすぐって、居てもゴブリンとか何とかウルフとかじゃないの?

 それともこの世界ではケルベロスとかヒュドラとかが底辺の魔物ってこと?)



 どう見ても、弱い魔物には見えない。

 話しかけてきてテイムするというお約束展開の気配もない。

 明らかに私を餌としてしか見ていない魔物が、距離を詰めてくる。



 2体だけではない。

 強大な魔物が他にも数体、その隙間にも魔物の姿が見える。

 巨大な蛇に熊、蜘蛛もいる。人型なのはオークやオーガという魔物だろう。

 森の奥からは、不気味に無数の赤い目だけが光っている。



 ズザァァァァァァァァ


 地響きが鳴り、魔物が一斉に襲い掛かってくる。

 一応剣道で言う上段に剣を構えてみるが、どうにかなるはずがない。



 咄嗟に、先程まで女神が浮かんでいた台座に近寄る。

 少しは神聖なチカラが働く気がしたのだが……、魔物が収まる気配はなかった。


(短い転生生活だったわ。女神様、私、普通に暮らす事すらできなかったよ……)



 もはやこれまで。

 諦めた時に、頭の中に声が響いた。


『リミットを解除します』


 そう、女神が最後に授けてくれた能力、命の危機に発現するチカラだ。



『炎魔法、獄炎の灼熱エクスプロージョンを解放しました』

『氷魔法、絶対零度アブソリュートを解放しました』

『身体強化を実行しました』



 台座の陰から魔物を見据える。

 目前に迫るケルベロスに向かって、頭に浮かぶままに魔法を唱える。


獄炎の灼熱エクスプロージョン!!」


 ゴォォォォォォォォ


 ケルベロスを丸ごと飲み込むような巨大な炎が眼前に浮かび、轟音を上げながら突き進む。



 真正面からケルベロスに激突した炎の塊は、その巨体を吹き飛ばしても勢いを落とすことなく、真っ直ぐに進んでいった。

 周囲の木々をなぎ倒し、その爆風は周囲の魔物を吹き飛ばした。



(あはは、何? 今の……)



 あまりの惨状に驚きつつも、ヒュドラの方向に向き直る。

 隣で起きた爆発に一瞬ひるんだかに見えたが、構わず突っ込んでくるようだ。



絶対零度アブソリュート!!」


 ピキィィィィィィィィン


 魔法を唱えた瞬間、前方が一面凍り付く。

 ヒュドラを飲み込んだ氷は、まるで氷山のよう。

 周囲の魔物も同様に氷の中に埋め込まれ、ピクリとも動かなくなった……。




 炎に焼かれ銅像のようになって燃え尽きているケルベロス。

 氷山となったヒュドラ。

 泉の周囲は、焼き尽くされた森と氷の世界に変わっていた……。



 しかし、終わってはいなかった。



 ドガァァァァァァァァン


「うぎゃっ」


 目の前の石の台座が弾け飛ぶ。

 私は勢いで泉に投げ出される。


 鋭く裂けた石の破片が腕や腹に突き刺さり、思わず声が出た。

 全身に痛みが走る。

 地球では考えられない、想像を絶する痛みだ。



『回復魔法、完全回復エクスヒールを解放しました』

自動治癒オートヒールを有効にしました』


 頭の中に声が響く。

 回復ができるようになったらしい……。



 石の台座は、粉々に砕けていた。

 巨大な蛇が尻尾を薙ぎ払い、巨大な熊が腕を振り上げている。

 身体強化のお陰だろう、生きているのが不思議なくらいだ。



 完全回復エクスヒールを唱えると、身体が光に包まれ、痛みが取れた。


 傷も治療されているのだろうが、今は感動している場合ではない……。

 ショックでふらつく身体を支え、浅い泉の中に立ち上がった。



 炎と氷の魔法のお陰か、残る魔物は少ない。

 目の前の蛇と熊さえどうにかすれば生き残れる。

 残るは小さい魔物ばかりだ。


 小さいと言っても1メートル以上はあるのだが、10メートル級を倒した今となっては、感覚がマヒしている。



 私は漆黒の剣を手に取りつつ、体勢を整えるべく距離を取る。


(剣で倒してみる? ……いやいや)



 少し余裕が出たことで、剣を試してみたくなった。

 しかし冷静に考えてみる。

 私ができるのはテニスラケットの素振りだけだ……。



 迷っている間に、熊の巨大な爪が迫ってきた。


 ガシンッ


 構えていた剣に爪が当たり、衝撃に耐えきれずに私は後ろに吹き飛んだ。


(そうだよね。剣で戦うとか、無理だわ。

 私は伝説の勇者じゃないの、ただの女の子なんだから……)



絶対零度アブソリュート!!」


 私の唱えた無慈悲な魔法により、蛇と熊は凍り付いた。

 周囲で様子を伺っていた小さい魔物たちは、逃げ出したようだ。




 見渡す限り、動くものはいない。

 女神の無理ゲーは、どうやらクリアできたらしい……。


(ふぅ、何なのもう……。

 もう一度会うことがあったら絶対文句言うんだから!)



 復讐を誓いつつも、女神のスキルがなかったら確実に死んでいたという事実を想い、両手を合わせた。


(女神様、とりあえず貸し1つよ。それと、ありがとう!)




 そして、周囲のあまりの惨状をあらためて見まわし、うなだれるのであった。


「もう、この状況、どうしたらいいのよぉぉぉぉ~!???」

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