第2話 便利に楽したい
あの時、私は、新しい学校と友達、あこがれの先輩方がいる部活、そして始まる楽しい高校生活に浮かれていた。
テンションマックスで、期待に胸が高まり、叫びたくてたまらなかった。
だから叫んだ。
家を出る直前。
外で叫んで誰かに聞かれたりしないように。
“私、
---今思えば、叫んだ瞬間、私は何か白い光に包まれたような気がした。
「女神様、もしかして、私が新しい世界に行きたいって叫んだから、この世界に飛ばされたってことでしょうか」
『思い出したようですね。
そう、ここは新しい希望の世界なのです。
今の文明ができてから、まだ1000年ほどしか経っていません。
壊れた古い文明の後に、私が新しく作った世界なのですよ』
1000年が新しいというのは、女神ならではの感覚だろう。
壊れた古い文明というのも気になるが、女神は言葉を続けた。
『あなたが新しい世界への希望を持ったことで、私の世界と繋がったのでしょう。
新しい世界で、精一杯楽しい人生を送ってくださいね』
女神の中では、私が置いてきた両親や友達のことなどどうでもいいようだ。
飛んだ原因が分かったからと言って、これから始まるはずだった高校生活をあきらめるつもりはない。
「転移ってのはわかりましたが、どうにかして帰れませんでしょうか。
私にはあっちの世界で、楽しむべき人生があるはずなのです。
それに両親や友達も心配するはずです!」
『そうですね。それはわかるのですが……』
女神の表情が暗くなる。
『一度転移した魂は、世界の理によって元に戻ることはできません。
でも、あなたの希望と異なる転移であることはわかりました。
地球の女神にも話しておきますね』
地球にも女神がいるのか! という驚きは置いておいて、せめてみんなに迷惑が掛からないようにと願ってみる。
『失われたあなたの魂は、地球ではイレギュラーになっているはずです。
あなたの魂を、元の場所に転移できれば最高なのでしょうが、急速な正常化の作用によって、地球の中にある「これから生まれる魂」が地球のあなたの魂に補填されます。
これは、逃れられない世界の理なのです。
なので、新しい魂を持ったあなたが、地球では生きていくことになります』
「……」
半分も理解できないが、ものすごく理不尽で、納得のできない事実が告げられたのは分かる。
簡単に言えば、地球では私の姿をした誰かが私として生きていき、このエスポワールにいる私が戻る場所はないという事だろう……。
(意味が分からない。でも、この世界で生きるしかないんだ……)
諦めたというか、呆れたような感情が私の中にあふれてくる。
まぁ異世界転生ってこういうものかな?ってことは、転生、私の場合正確には転移、の定番として、チートな能力もらって魔王討伐のたびに行かされるのかなぁ。いらないけど……。
---私は普通の女の子として、生活していた。
共働きの両親とは会話の機会も少なったかもしれないが、一人っ子だったこともあり愛されて育ったと思う。
人並みに遊んで、ファンタジーのアニメや小説を読んだことだってある。
異世界に来て女神に会ったら、何か能力をもらって不思議なチカラで世界を平和に導く、そんな話を見たことくらいはある。
「あぁもぉ、わかりましたぁ!
転移して女神様が来たってことは、何か能力をもらって魔王とかと戦うのでしょ。
私、嫌です。
友達作って、いつか素敵な人と出会って恋をして。就職しても少し後輩から慕われる程度で、結婚して子供ができて、周りと仲良く暮らしてくっていう普通の人でいいんです!」
将来を想像しながら、言葉をつなげる。
「欲を言えば、私と周りの人が幸せならばそれでいいんです。だから、よくわからない使命とか言われても、叶えるつもりなんてありませんよ!」
投げやりに、でもしっかりと、伝えた。
勇者とか聖女とかになりたいわけじゃない。王族や貴族とかの争いに巻き込まれたくもない。
ふと、この世界の事が気になった。
希望あふれる新しい世界エスポワール。
女神はさっきから「希望あふれる」を強調している気がする。
何かあるのだろうか……。
私の投げやりな態度に困り顔な女神に、質問してみる。
「女神様、お聞きしてもいいでしょうか。
この世界ってどんな所なのでしょうか。
希望があふれているとのことですが……」
話が変わったことに喜んだのか、女神は笑顔になって答えてくれた。
『このエスポワールでは、あなたと同じようにヒト族を中心とした文明が出来上がっています。
人々は魔物から身を守りながら、街を作って暮らしています。
私は、女神のチカラで、この世界の人々に魔法の力を与えました。それが約1000年前です』
詳しく聞いてみると、この世界にはヒト族のほかにも、ドワーフやエルフ、獣から進化した獣人、魔族などがいるらしい。
ヒト族以外は、女神が力を与える前から魔法が使えたが、ヒト族だけは魔法が使えなかった。
地球であれば科学のチカラでどうにかした歴史であるが、この世界のヒト族は科学を発展させることができず、魔法が使える他の種族から滅ぼされる手前まで人数が少なくなってしまったそうだ。
そこで種族のバランスが悪くなって困った女神は、ヒト族に魔法の使い方を教えた。
結果、何とか種として生き残ったのが約1000年前。
以降、全員ではないものの魔法が使えるようになったヒト族は、魔法を中心とした文明を築き、今に至るという事だ。
文明と言っても、地球のように発展したものではない。
せいぜい中世、それ以前といった程度であり、たいして脅威ではないことから他の種族がケンカを売ることもなく、仲良くやっているらしい。
脅威ではないといっても、長寿のエルフや魔族からしてみれば、ヒト族は最近出てきた生意気な奴という扱いとなっている。
ヒト族と仲良くしていこうと積極的な者もいれば、毛嫌いしている者もいる。
だから基本的には、それぞれの種族ごとに国や街を作り、不可侵の暗黙の了解のもと、この世界は仮初の平和をなしている。
魔物は地上のどこにでもいるが、古龍や神獣といった強力な魔物がヒト族に手を出すようなことはなく、静かに暮らしているそうだ。
もっともこちらかケンカを売れば、その限りではないのであろうが……。
女神の話を聞き、私はある意味安心した。
今のところ魔王が攻めて来たり、種族間の全面戦争に巻き込まれたりすることはなさそうだ。
私は日本人らしく、平和な暮らしを希望する。
地球に帰れないと分かった今、この世界で、地球でしたかった普通の幸せを掴むしかない。
私が状況を理解するのを待ってくれていたのか、しばらくの沈黙ののち、女神は私に語りかけた。
『ご理解いただけて何よりです。
あなたがこの世界で幸せに暮らせるように、願っていますわ。
そこでささやかですが、私からあなたに、力を授けたいと思います。
ご希望の能力はありますか?』
お約束の『女神の加護』である。
貰えるものなら貰っとけ、という考えは、私にはない。
チートな大魔法使いになって、王国や裏組織から追われるのなんて勘弁だ。
剣の達人になっても、王女の近衛兵とかに抜擢されて窮屈な暮らしになってしまうだろう。
少し優秀だけど戦えない。
便利に暮らせるけど、目立ったことはできない。
それ位が丁度いいのである。
「女神様、私は強力なチカラなどはいりません。
普通に生活できればそれでいいのですから……。
ただ、便利に、楽しく暮らせるに越したことはありません。
戦うチカラではなく、周囲の人々と一緒に幸せに暮らせるようなチカラをいただけますでしょうか……」
私の回答に、女神は首をかしげていた。
チカラが要らないと言いつつ、わがまま放題な願いをしている気がする。
そう、私は横着なのである!!
楽できるのであれば、楽して生きていきたい……!!。
必要な努力はする。
テニスで優勝するためには死に物狂いでトレーニングしたし、受験のために勉強もした。
でも、大きな成果を求めなければ、それなりに手を抜くことはできる。
オリンピックの金メダルも会社の社長就任も目指さない私は、適度に手を抜くために努力を惜しまないタイプなのだ。
だから、せっかく異世界で新しい暮らしをするのであれば、今この場の交渉で手を抜くつもりはない。授かるチカラ次第で、どこまでも便利に、楽に生活できるのだから……。
私が望んだのは、3つ。
1つ目は、『異世界言語』。
とりあえず、言葉が分からなければ話ができない。どこかの街に行ったタイミングで、私の暮らしは詰む。
女神は当然として、この世界の言語を理解できるように力をくれた。
2つ目は『アイテムボックス』だ。
異世界…仮に地球だとしても…にて暮らす際に、荷物を持ち歩く必要がないというのは便利すぎる。新幹線や飛行機など無い世界なのだから、隣町に行くにも旅になる。
元々この世界にも、空間収納という魔法があるらしい。
女神は、容量無制限、時間停止という機能付きで、私がアイテムボックスを使用できるようにしてくれた。
使い手は少ないらしいが、元々ある魔法とのことなので、少し魔力が強いと見られる程度で、誰かに見られても平気だそうだ。
そして3つ目、『生活魔法』。
これは、火を付ける「
便利に暮らすために必須な能力だ。
入浴しなくても身体や衣服を洗える「
全部合わせて生活魔法という括りらしいが、一式セットで習得できたらしい。
細かくは何種類もの魔法があるらしいのだが、色々まとめて覚えられたのなら得した気分だ。
---必要なチカラを授けてもらった私は、女神に感謝を伝えた。
「ありがとうございます。これでこの世界でも、便利に楽して、生きていけそうです!」
『こちらこそ。別に特別なチカラで世界を救ってもらおうなんて思ってないから安心してね。
この世界は平和なの。
あなたの思うように、私の世界で楽しんでもらえればいいわ。
周りに困っている人がいたら助けてあげてくださいね。
そうしてもらうことで、私の世界もより美しい世界になっていくはずだから』
女神の、この言葉はありがたかった。
私の願いは、私と私の周りが幸せであること。
困っている人がいたら助けてあげよう。
素直にそう、思うのだった。
『それからね、私からひとつ加護を与えさせてもらうわ。
あなたには死んでほしくないから……』
そう言うと、私の体が薄っすらと光った。
身体が少し軽くなった気がする。
水面で自分の姿をご覧なさいという女神の声に従うと、そこには美少女が写り込んでいた……。
以前より大きく見開かれた二重の目元。
髪の色は瑠璃色に変わっている。
体型も少しスリムになっている。
そこに居たのは、私より美人に見える、私だった。
『見た目はオマケよ。
それとね、身体能力も少しだけ向上しているの。
今のヒト族の中ならば目立たない程度だけど、地球人のままでは自分を守れないだろうからね』
如何に部活で鍛えていたとは言え、魔物のいるこの世界で、何の力もないのではすぐに死んでしまうだろう。
目立たない程度というのがどのレベルかは分からないが、受け入れることにした。
『最後にね、もう一つだけ。死なない為の“おまじない”を付けておいたわ』
“おまじない”とは言え、能力なのだろう。
チートはお断りなので内容を聞いてみた。
それは、命の危機に瀕した時にリミッターが解除される能力。
死にそうになった時に自動で発動して、危機を回避できるだけのチカラが出せるらしい。
危機が回避出来たら身体能力は元に戻るようなので、普通の生活を送る私が発動する機会はほぼない。
「余計な不死のチカラとか要りませんよ!」
『安心して。不死ではないし、普通に怪我をする事もあるわ。
あなたの望まない、不条理な原因で確実に死につながる時にしか発動しないから、普段の生活には影響しないわよ』
求めずともトラブルがやってくることはある。
不条理な状況で死を回避できるのであれば、邪魔になることもないと思った。
むしろありがたい能力である。
「女神様、ありがとうございます。
リミッターを解除するなんてことがないように、慎重に暮らすようにします。
でも、その時にはきっと感謝するチカラだと思います。
幸せになれるように頑張りますね!!」
そう言ってお礼を伝えていると、女神の姿が薄くなっていく。
『エスポワールをよろしくね。
私はそろそろ戻るわ。
この場所、今は結界が張ってあるけど、数時間もすると切れてしまうの。
ここは森の奥だけど、あなたなら街まですぐに行けるはず。
アイテムボックスに必要なモノは入れてあるので、有効に使ってくださいね。
それでは、私の世界を楽しんでね!』
薄らぐ気配に言葉だけを残し、女神は去って行った……。
---あまりの出来事にしばらく呆けていたが、しばらくすると結界が切れるという事を思い出す。
私は森を抜けるために、アイテムボックスから武器や防具になりそうなものを準備する。
そして数時間後、私は女神に向かって叫ぶことになる。
何この無理ゲー、ふざけるな~~~!
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