Chap.16-3
「ちむどんどんのあった二丁目のビル、あそこのエントランスで雨宿りをしていた一平を初めて見かけた時、すぐに思った。ああ、マサヤに似ていると」
ゲイデビューをする前、悶々としていた僕はあてもなく二丁目を
「だけどね、一平のことを知れば知るほど、マサヤではないことも思い知った。もうマサヤがどこにもいないのだと気付かせてくれたのも、一平だった」
「マサヤさんに似ていなかったら、僕は……タカさんと出会っていなかったのでしょうか?」
「どうだろう。俺にもわからない」
マサヤさんの気配は、確かにタカさんが仕組んだことだったのかもしれない。そうだったとしても、マサヤさんの存在は、ずっと僕らのそばにあった。ずっと感じていたのだ。水槽を漂うクラゲのもつれた足のように、知らぬまに複雑に絡んでしまった、タカさんとマサヤさんと、僕の関係をどうしても
「やっぱり、教えてください。マサヤさんのこと」
タカさんは観念したように、こめかみの辺りをポリポリと掻いた。
「あいつは……マサヤは強情なヤツだったよ。いつも少し達観しているところがあって、ときどき放っておくとそのまま消えてしまうのではないかと思うことがあった。リビングの椅子に座っている時とかね。差し込む日の光に
品川からずっと並走していた京浜東北線、その水色のラインの入った車体が僕らとは別の方向へと別れて行く。
「だから、マサヤを死なせてしまったときに、本当に申し訳なかった。葬式にも呼ばれたのだが、どうしても出席できなかった。同じようにパートナーを亡くしても、葬式に出席することもできない人がいる。俺は恵まれていたのにな……マサヤは自分の病気を知り、万が一のことも考えて、お母さんにカミングアウトしたのだろうと今は感じている」
そこまで一息に話して、タカさんは言葉を切ると、日の差し始めた窓の外へ目を向けた。
「この間、初めて線香を上げに行ったんだ。ご無沙汰して、すみませんと。マサヤのお母さんは相変わらず元気な人だったよ。一緒に泣いてくれる人を残してくれたのだから、先に
「マサヤさんは……お母さんに似て、優しい人だった。そう思います」
「ああ、ずいぶんと遠回りをしてしまったが、ようやくあいつの仏壇に手を合わせられた」
遠回りや寄り道なんてせずに、真っ直ぐ歩けたらどんなに楽だろう。いつもそんな風に思っていた。ゲイデビューをすれば、好きな人に好きと伝えられたら、こうであったら、そうでなかったら……いつもそんなことばかり考えていた。
でも、寄り道をしなかったら出会わなかった人がいる。遠回りをしなければ知らなかった景色がある。寄り道と思った先に、新しい何かが開けていることだってあるだろう。どんな生き方が良かったかなんてそんなの一生わからない。
「僕、タカさんのことが好きです」
自然とそう言えていた。
マサヤさんのことを知って、自然とこみ上げた言葉だった。目の端に滲む涙をぬぐう。
一日の始まりを告げる人々。間もなく動き始める町の息吹。山手線は僕らにそんなことを感じさせながら走り続けていく。初めての告白は、次々と流れ去る東京の景色と共に僕の記憶に刻まれた。
「そうか、でもすぐに遠距離だ……寂しい思いをさせてしまうな」
そうタカさんが言ったことに気付くまで、ずいぶん時間が
タカさんは電車の揺れに合わせて、こくりこくりとうたた寝を始めていた。やはり仕事明けで疲れていたのだろう。
タカさんの寝息を耳元に感じながら、出会ってから今までのこと、そしてこれからのことを思った。
電車が高田馬場に到着する。
乗り降りする乗客はすっかり通勤する人々に変わって、忙しない朝の風景があった。発車の音楽が流れる。山手線内でも有名な高田馬場のご当地メロディ。車内の液晶広告に映し出された天気予報は、今日は曇りのち晴れだと告げている。
空をこえて、ららら、星のかーなた――。
僕らの住む町、新宿までもうすぐだ。
第16話 完
第17話(最終話)「虹を見にいこう2」へ続く
虹を見にいこう 第16話「ウェザーリポート」 なか @nakaba995
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます