第二話 わかってますよ
絶対にまだいる。
俺はテレビを観ながらドアの向こうの気配を感じとっていた。
月から来たという謎のJKの気配を。
手元にあった携帯の時計は午後七時五分を表示している。
腹が減ったので冷蔵庫を開けるも、中には賞味期限の切れた豆腐とビールだけが鎮座しているのみ。
「しまった。帰りに何か買ってくれば良かった」
大学一年の夏に自炊を辞めてコンビニに頼りきり。それから早一年、不健康な食生活を送っている。
ため息をついてから、机の上に置いてあった財布を手に取り玄関に向かう。
チェーンロックを外してからドアを開ける。
「あっ!! 竹内さん! ようやく部屋に入れてくれる気になったんですね♡」
まるで飼い主が帰ってきた時の犬のような顔をしたつくしがアパートの廊下に立っていた。
俺はすぐにドアを閉めて鍵をかける。
「ええええぇ!?」
ドア越しにつくしの驚く声が聞こえる。
やっぱりあいつまだ居たのか。
俺が家に着いたのが五時過ぎだったから……二時間も部屋の前で待ってたのか?
どんだけ執念深いパパ活なんだよ。
警察に連絡したりするべきか?
いや、でも所詮はJK、いざとなれば力では負けないし、大事にもしたくない。
無視するのが一番だ。
俺は両手で頬を挟むように叩いて気合いを入れてドアを開ける。
「あ! 出てきた!」
つくしは待ってましたとばかりに声をあげる。コイツに尻尾があったらブンブンと横に触れているに違いない。
そんなご機嫌なつくしのことは無視をして部屋に鍵をかけて歩き出す。
こういうかまってちゃんにはこれが一番効果があるはずだ。
「ちょっと竹内さん、聞こえてますか? おーい」
つくしはアテンションプリーズとばかりに俺の前で手を振ったり、顔を覗き込んできたりしている。
しかし、俺はまるでそこに何もないかのようにずんずんと歩く。
アパートからコンビニまでは徒歩五分ほど、住宅街を抜けて大通りに出てすぐの交差点にある。
午後七時過ぎにも関わらずこの辺りは人通りは少ない、閑静な住宅街につくしの声だけが響く。
「たーけーうーちーさーん? もしかして無視してますー?」
「……」
「どこに向かってるんですかー?」
つくしは負けじと声をかけ続ける。
「あっ!! 今日は満月ですよー。やっぱり地球から見る月は綺麗だなぁ」
コイツはまだ月から来た設定を守ってやがる。
いいかげんその設定に無理があることに気付けよ。
その後もつくしを無視して歩いているとコンビニの灯りが見えてきた。
コンビニの駐車場には車はなく、店内にもほとんどお客さんはいない。
俺に続いてつくしもに入ってきた。つくしは店内に立ち込めるおでんの匂いに鼻をクンクンとさせて。
「わたし、おでん大好きなんです、あとウサギも大好きです」
おいおい、好きな食い物と好きな動物を羅列するなよ。なんか気持ち悪いぞ。
ツッコミを入れたい気持ちを抑えつつ、カゴを手に取り雑誌コーナーには目もくれずに飲料コーナーで足を止めた。
「コンビニに行くなら教えてくれれば良かったのにぃ」
つくしは俺の脇腹をちょんちょんとつつく。
まだ無視を続けている。
俺は飲料のショーケースのドアを開けて麦茶を取り出す。
「わたしはこれにしよーっと♪」
その横でつくしがオレンジジュースを手に取っていた。
ん?
こいつ、もしかして俺に奢らせる気か?
金は持ってるのか?
さっき喉がカラカラとか言ってたよな?
いや、どっちにしろ俺には関係ないか。
その時だった、俺のカゴがずんと重たくなった。
目線をカゴの中にやると、ペットボトルのオレンジジュースが休日のお父さんのようにカゴの中で寝そべっていた。
「おい、買わねーぞ」
「あ、やっと喋ってくれた♡ さすがのわたしも少し凹みましたよ」
「いや、そうじゃなくて買わないぞって」
「あ、竹内さんオレンジジュース嫌いですか? それならリンゴジュースに――」
「いや、お前の分は買わないって意味だよ」
つくしは目を丸くしてきょとん顔をこちらに向けてきた。
なんで俺が変なこと言ったみたいになってるんだよ。
「じゃあジュースを買うか、わたしの話をちゃんと聞いてくれるか。どっちかを選んでください」
「なんでお前の願いが最低でも一個は叶う前提なんだよ」
「けちな男の人はモテないですよ?」
小首を傾げて人差し指をぴんと立てるつくし。
「はいはい、じゃあジュース買ってやるから。もう付きまとうなよ」
「はい! ありがとうございますっ! よっ! 竹内さん太っ腹っ、日本一♪」
つくしは急にテンションが上がり、宴会のおじさんのような掛け声で俺を称えた。
ってか今の言い方だとまるで俺が日本一腹の出た男みたいじゃないか?
まぁいいけども。
それから俺は弁当と明日の分のカップラーメンとお菓子のポテトチップスを買ってコンビニを出た。
「ほい、これ」
コンビニの袋からつくしにオレンジジュースを手渡す。
「わーいっ! いっただきまーすっ」
つくしは受け取るとすぐにキャップを外してぐびぐびと飲み始めた。
喉が渇いていたのは本当だったんだな。
ってことは腹も減ってるのか?
なんか食い物を買ってやれば良かったか……いやいや、それはおかしいだろ。
「じゃーな」
俺は手を挙げて歩き出すと、つくしは俺の後ろについてきた。
「おいおい、もう付きまとわない約束だろ?」
「気が変わりましたっ」
「おいおい、話が違うじゃねーか」
「ピーマンです」
「ピーマン?」
「竹内さんは子供の頃ピーマン嫌いじゃありませんでしたか? でも今はそんなことないでしょ? それと同じですよ。気が変わったんです」
出た、また飛んでも理論という暴論。
「お前さ、本当に屁理屈上手いよな本でも出せるんじゃねーか」
「え!? 本当ですか!! どこの出版社にしましょうか!」
「いや、冗談だよ」
「もうっ! 冗談なら先に冗談って言ってくださいよ」
「いや、それなら冗談にならねぇだろ」
「あ、そっか!!」
つい数時間前にも見た納得顔である。豆電球ピカリのあれである。
「で、いつまで付いてくるんだよ」
「はて、何の事でしょう?」
つくしは斜め上に視線を動かして、ぴゅうと口笛を吹く。
夜に口笛を吹くと蛇が来るから良い子はマネしないように。
「もう、俺の部屋の前だけど? また俺が出てくるまで待つのか?」
「あ、トイレ貸して貰えません?」
「無理」
「えー、もう限界近いんですけど。臨界点がすぐそこにぃぃ」
つくしは脚を内股にして我慢してますアピールしてくる。さっきまでそんな素振り見せてなかったくせに。
それにしてもこのポーズなんかエロいな。
「なんでさっきのコンビニで行っておかないんだよ」
「あの時はそうでもなかったんです。トイレだけお借りしたらすぐに帰りますから。ね?」
「うーん……絶対だぞ?」
「はいっ! モチロン!」
つくしは自衛官さながらの敬礼をしてみせた。
見知らぬJKにストーカーまがいなことをされてトイレまで貸すなんて普通に考えたら有り得ないが。
なんか無視できないというか放っておけない。
今度こそ追い返す、絶対そうする。
俺は心にそう誓ってドアの鍵を開ける。
「わーい」
つくしは履いていたローファーを雑に脱いで部屋にあがった。
俺は部屋に入ってすぐにあるトイレのドアを開けながら尋ねる。
「確認だけど、トイレ貸すだけだからな?」
「わかってます、わかってますよぉ」
「あともう一つ確認だけど、ピーマンはもう使えないからな?」
「んぐぅ……わ、わかってますよ」
つくしは歯切れ悪くそう言って、トイレのドアをぱたんと閉めた。
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