第一話 衣食住の提供をお願いします! 本文編集
大学二年目の夏休みは休みなく働いたアルバイトの記憶と少しばかり増えた貯金だけを残して去って行った。
今週から後期の授業が始まり、またいつもの生活が戻ってきた矢先のことだった。
夕方、大学の授業を終えてあくびをしながらアパートに帰ってくると、JKがエントランスの階段に腰を掛けて落ち込んでいた。
「はぁ……困ったことになったなぁ」
紺色のブレザーを着た彼女はため息交じりにそう呟いた。
胸の位置まであるキューティクル抜群の黒髪にくりっとした目、短い灰色のチェックのスカートからすらりと伸びる白い脚。
いわゆる量産型JKの装いではあるが、可愛らしい顔の作りやスタイルの良さがそれを量産型とはさせない美しさがある。
早い話、彼女がめちゃくちゃ可愛いということだ。
俺は約一年半このアパートに住んでいるが見たことのない子だ。
最近引っ越してきたのか?
「どうしよう……」
彼女は消え入りそうな声でそう言ってため息をついた。
華奢で小さな肩がガクっと落ちている。
何をそんなに落ち込むことがあるのだろう。
どうせJKの悩みなんて彼氏との関係が上手くいってないとか、バイト先の店長がキモイとか、タピオカを溢したとかそんなんだろう。明日には全部忘れてけろっとしてるに違いない。
そんなことを考えながら彼女の横を通り過ぎようとした時、不意に目が合ってしまった。
何も悪いことをしていないのに反射的に背筋がピンと伸びる。
「……あ、どうも」
とりあえず挨拶だ。
目が合って何も言わない方が怪しい。
最悪の場合不審者として警察に通報されるケースもあるとかないとか。
特に俺のような無駄に身体のデカい目つきの悪い男なら事案になりかねない。
おっかない世の中だ。
「あ、こんにちは……って、え!?」
彼女は俺を二度見して声を上げて立ち上がる。
「え!? 何かあったか!?」
驚かれるようなことがあったのか、俺は咄嗟に自分のズボンのチャックを確認するもしっかりとジッパーは閉じられている。とりあえずはセーフ。
ってことは俺がナチュラルにキモかったってこと?
それが一番傷付くのだが。
「いやーもうダメかと思ったけど、なんとかなるものですね。神様ありがとうございますっ♡」
彼女はてててとこちらに小走りでやって来て、俺の手をぎゅっと握りしめた。美少女の突然の握手に俺は手を払いのけて後ろに下がった。鏡を見なくても自分の顔が赤くなっているのがわかるほどに顔が熱い。
「な、なんだよ急に!」
「わたしの顔に見覚えはありませんか?」
彼女は両手の人差し指を頬に当ててじーっと俺の目を見つめる。
なんだこの仕草。可愛いなおい。
照れながらも記憶を探るも、こんなかわいい子は俺のデータバンクには存在しなかった。
「見覚えねぇな」
「ええええええ!?」
「いや、そんなに驚くことかよ!」
「そっか、覚えてないですか……残念ですけど、まぁ仕方ありませんね。ふむふむ」
彼女は一人で何やらごにょごにょと言って、うんうんと頷く。手に何も持っていないのにノートを取る仕草までしている。その姿はまるで事件の聞き込みをする警察官のようだ。実際に警察官の聞き込みしている姿は見たことないけど。
「あのさ、そっちのペースで勝手に一喜一憂すんのやめてもらえる?」
「あー、すいません。わたし友達からもマイペースとか天然とかよく言われるんですよね。えへへ」
彼女はグーで自分の頭をぽかっと叩いて見せる。
さっきの人差し指でほっぺたぷにーも今のも彼女の動きはあざとい。
身体の中にアニメのキャラでも詰まってるんじゃねーかってくらいに。
彼女は笑顔のまま言葉を続ける。
「あ、自己紹介がまだでしたね。わたしはつくしって言います」
「あ、どうも。竹内です」
「竹内さん、良いお名前ですねぇ」
いや、正確には竹内は苗字だけどな。そんなことを言うのは野暮なので心に閉まっておく。
「それはどうも。じゃ、俺は帰るわ」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよ!!」
つくしと名乗った少女は歩き出した俺のシャツの裾を掴む。
「あん?」
「お願いがあるんです」
「お願い?」
「はい、あなたを見込んでのことです」
「なにをこの短い間に見込まれたんだよ俺は」
「そんなかたいこと言わないでくださいよー」
つくしは俺の肩をポンと叩く。
ってか、今の俺の言葉ってかたいことだったのか?
「で、お願いってなんだ?」
「あのー。わたし、月から来たんですけど。理由あって帰れなくなってしまいまして。そこでわたしが月に帰るのを手伝ってくれませんか? あと帰るまでの期間の衣食住の提供をお願いしますっ!!」
はぁ? なに言ってんだコイツは。月から来た? 衣食住の提供?
可愛さにステータスを全振りして知力ゼロなのか?
それとも、あれか。新手のパパ活?
それにしても設定はもうちょっと何かあっただろう。
とりあえず、こんな胡散臭い話はきっぱり断るのが得策だ。
「はい、意味不明。じゃあな」
「え!? 何が意味不明なんですか!?」
「いや、もう文章の初めからだよ。月から来ただと? それがもう意味不明なんだよ」
「月から来たことのどこが意味不明何ですか? 何十年か前に地球人だって月に来たじゃないですか。それの逆パターンがあったっておかしくないでしょ?」
「そりゃそうだけど、女子高生の格好した奴に月から来ましたなんて言われたって説得力ないぞ」
「あー!! いけないんですよ! 人を見た目で判断したら!」
つくしは腰に手を当てて頬をぷくっと膨らませる。
「ってか俺はお前を知らないし見た目で判断するしかねぇぞ」
「たしかにっ! それは一本とられましたっ!」
そう言ってつくしは手をポンと叩いた。頭の上に豆電球が光るのが見えそうなくらいに納得している。
「とにかく、ここでお前と口喧嘩してるほど暇じゃないんだよ、じゃーな」
彼女に背を向けてアパートの入り口向けて歩き出す。
一階のエントランスから一番近い一〇一号室が俺の部屋だ。
鍵を開けて部屋に入りドアを閉めようとすると、なんと彼女は脚をドアに挟みこんできた。
「ちょ、マジでお前しつこすぎっ、脚をどけろ!」
「だって、竹内さんが私の要求を飲んでくれないからですっ! 最低でも衣食住の提供をお願いしますっ! お腹ぺこぺこの喉からからなんですっ!!」
「そんなこと知るか! ってかマジで警察呼ぶぞ! 不法侵入とかなんとかで逮捕されるぞ」
「治外法権です! 私は地球人どころか日本人でもないので日本の法律では裁けませんっ!! ぐぬぬぅ」
「とんでも理論持ち出すなバカ野郎! とにかく何を言われても、意味不明なJKに衣食住の提供をするつもりもないし、これ以上関わる気も無い!」
俺はそう言って彼女の身体をドアの外に押し出して大急ぎで鍵をかけた。
マジで何だって言うんだ。貧乏大学生相手に無理のある設定の詐欺をぶち込む美少女JK。
情報量多すぎだろ。
今時地下アイドルでもこんなに色々と詰め込まないぞ。
パニックになりながらも念の為にチェーンロックをかけているとドアの向こうから声がした。
「わたしは竹内さんが中に入れて可愛い服を用意して、ご馳走を食べさせてくれて綺麗なベッドで寝かせてくれるって約束するまで、テコでもここを動きませんからねっ!」
「いや、ちょっと要求が贅沢になってるじゃねーかよ」
俺はそう呟いて靴を脱いで部屋の中へ入って行った。
あいつはあんな事言っていたけどしばらくしたら、どこかの誰かに無理のあるパパ活を持ち掛けにいくだろう。
この時の俺はそれくらいに思っていた。
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