月に帰るのを手伝ってください! あと、衣食住の提供をお願いしますっ!!

七瀬 はじめ

プロローグ

 バイトからの帰り道。


 俺はまるでこの世から人類が全ていなくなったかのように静かな深夜の住宅街の中にいた。


 時々吹き付ける風に疲労と空腹にまみれた身体を小さくしながら歩く。


 手に提げているビニール袋にはコンビニで買ったからあげ弁当とお茶。


 大学一年の途中から自炊をする頻度は目に見えて減っていき、現在はコンビニが俺の食のほぼ全てをまかなってくれている。


 高校時代は夢にまで見たキラキラとしたひとり暮らしの生活も実際は、ゴミとほこりにまみれた部屋でコンビニ弁当を食べる、キラキラとは程遠いものだった。


 なんだか悲しい気持ちになり、ため息をつく。


 ふと空を見上げると満月が俺を見下ろしていた。


「月でウサギが餅をついてるってことは、月のウサギは餅を食うのか。月の食物連鎖大丈夫かよ」


 しかし、なんで月にウサギがいて、しかも餅つきしてるんだよ。初めにそういう風に見えた奴のセンス半端ねぇな。


 やさぐれた心でそう言うと、俺のくだらない独り言を吹き飛ばすかのように風がびゅうと吹いた。


「さむっ!!」


 俺の声にブロック塀の上にいたネコが身体を跳ねあがらせていた。


 その時。


 不意にあることを思い出した。


『腕を伸ばして手に持った五円玉の穴から月を見ると、その穴にちょうど月がおさまるんですよ』


 そんなバカなと思いながら後ろポケットに入れた財布を取り出して、かんじかんだ手で小銭入れを漁ると五円玉が一枚だけ入っていた。


 親指と人差し指で挟んで、腕をうんと伸ばして穴を覗き込んでみると、満月はまるで以前そこにあったかのようにすっぽりと五円玉の穴におさまっていた。


 地球から月までは約三十八万キロ。地球の唯一の衛星。


 そんな遠くにある月を独り占めしたような気分に頬が緩む。


 そういえば、これは誰が教えてくれたんだっけ。


 いつ聞いた話だっけ。


 足を止めて考えてみるも思い出せない。


 有名人の顔は頭に浮かんでいるのに名前だけが思い出せないような、スーパーに来たけど何を買うか忘れてしまったような。


 いや、そんなどうでもいい事では無い気がする。


 どうしても思い出せない誰かに俺が首を捻っていると、俺の思考を遮るように携帯が鳴った。


 携帯の画面に視線を向ける。


 知らない番号。


 いたずら電話か?


 でもこんな時間にかけてくるってことは大事な電話かもしれない。


 一応出るか。


 通話ボタンを押して携帯を耳に当てる。


「もしもし――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る