第三話 一つだけ条件がある

「麺はしこしことして、スープは癖になる辛さで非常に美味しいですっ!! 星三つですっ♪」


 つくしは指を三本立てて星の数を表す。


 カップラーメンに大仰な食レポをして大満足のご様子だ。


 言わずもがな、つくしはトイレから出た後、帰らなかったのである。


 つくしは腹をぐうぐうと鳴らして『お腹が空き過ぎて帰れません』と駄々をこねられて結局丸め込まれてしまった。


 オレンジジュースの飲み方から察するに腹も相当減ってるに違いなかったし、ここまで来たらカップ麺くらい良いかと思う気持ちもあった。


 家賃三万円のおんぼろアパートの一室。


 二十歳の大学生と謎のJKがローテーブルで向かい合って飯を食う姿は傍から見ればどういう関係に見えるのだろうか。


 兄と妹、家庭教師と生徒、彼氏と彼女……


 それはないか。


 現在、午後八時。


「そんなに旨いか? 普通のカップ麺だぞ?」

「めちゃくちゃ美味しいですっ! まいうーですっ」

「ところで、何でこんなパパ活みたいなことしてるわけ?」

「パパ活?」

「アレだ。月から来たから衣食住の提供してくれとか。嘘つくなら他にもあるだろ?」


 つくしのカップ麺を食べる手がぴたりと止まる。


「まだ信じてなかったんですか?」

「まだってかこの先も信じる気はないぞ」

「じゃあ逆にどうやったら信じてもらえますか?」


 俺は手に持ってた箸を置いて、うーんと首を捻る。


 それは考えたことも無かった。


 どうしたら月から来た証拠になるのか。


 というかそんな状況に陥ったことがないから考えてなくて当たり前だけど。


 考えがまとまらず黙り続ける俺につくしが提案してきた。


「もし、私が瞬間移動とかしたら信じてくれます?」

「瞬間移動イコール月から来たとはならねえけど、今より少しは信じるかもな」


 ばかばかしい話を鼻で笑いながら弁当の唐揚げを咀嚼する。


 しかし、そんな俺とは対照的に真剣な顔をしたつくしはカップ麺のスープをごくりと飲んでから立ち上がった。


「わかりました。それではお見せしましょう。これからこの部屋の外に出ます。わたしが出たら部屋の鍵をかけてください。そして十数えてから『もういいかい?』と尋ねてください。よろしいですか?」


「お、おう」


 まるで鉄砲水のように一気に説明するつくしに圧倒されながら返事をした。


 つくしは靴を履いて部屋を出て、俺はそれを確認してから鍵をかける。


「いーち、にー、さーん……」


 疑い半分、期待半分。


 有り得ないとは頭では分かっているものの、恐いもの見たさな気持ちがふつふつと俺の心に湧いていた。


 ドアののぞき穴からつくしを見てみるとつくしは手を後ろに組んで廊下に立っている。


 特に怪しいところは見当たらない。


 大見得を切って出て行ったのにどうする気だ?


「きゅーう、じゅー。もういいかい?」


 十数えて、言われた通りにつくしに問いかけた。


「もういいよーっ!」


 つくしの声が背後から聞こえる。


 俺は驚いて振り返ると、なんとつくしは部屋の中に立っていた。


「どうです竹内さん。驚きました?」


 したり顔のつくしがこちらを見ている。


 確かに瞬間移動である。


 さっきまで部屋の外にいたはずのつくしが平然と部屋の中にいる。


 しかし、そんなことより俺には気になることがある。これは日本人として由々しき事態だ。


「おい、土足はやめろ」


「えー? まずそこですか? 瞬間移動に驚いてくださいよ。瞬間移動甲斐がないです」

「まぁ、すごいけど。なんかタネがあるんだろ。それより土足はダメだろ」

「なんか期待してた反応と違うのでガッカリです。でも、これで私が月から来たって信じて貰えたわけですから。衣食住の確保は出来たので安心です」


 つくしは手で胸を押さえて息を吐いた。


「いや、ちょっと待て。お前が月から来たと仮に信じたとする。でもなんで俺がお前を助けなくちゃいけないんだよ。俺には何のプラスにもならねぇし。ってかマイナスが大きい。金かかるだろうしな」


「竹内さん。プラスとかマイナスとかそんなことを気にするのは、目覚まし時計に電池を入れるときだけで十分ですよ。人を助けるのに理由なんていらないんですっ!!」


「お前、いま上手い事言ったとか思ってるだろ?」


 つくしの目は泳ぎまくりで、しばしの沈黙の後に口を開いた。


「あれ? 心に響きませんでした?」

「全く」

「そうですか……じゃあこんなのはどうです? ラッキーだと思いましょう。こんな言葉があるじゃないですか『つきがある』とか『つきを呼ぶ』とか。わたしは月の女です。もう最高にラッキーじゃないですか? わたしと居たらいい事ありますよ! いいことあるぞミ〇タードーナッツです!」


 本当にコイツは次から次へとぺらぺらと屁理屈を思いつくもんだ。


「非常に残念だが漢字が違う。その場合のツキは空の月じゃなくて『付いてくる』の付きだ」

「むむむぅぅぅ。日本語は難しいですねぇ」

「ってか、そうだよ。お前、月から来たのに何で日本語が喋れるんだよ」

「バイリンガルです。月語と日本語の」

「本当にお前はあー言えばこー言うよな」

「ありがとうございますっ」

「褒めてねえよ」


 俺のツッコミにつくしはてへへと頭を掻く。


 そして何かを思いついたようなはっとした表情を浮かべる。


「あ……、でも信じてもらえないってことは。わたしは今晩泊めてもらえないってことですか? がーん」


 つくしは頭を抱えてテーブルにうなだれたと思いきや、身体をさっと起こして立ち上がる。


「わかりました。これ以上はご迷惑になると思うので諦めます」


 いや、すでに結構迷惑だったけど。


 それを口にするのは流石に酷だからやめておこう。


 壁に掛けてある時計を見ると午後九時を少し回っていた。


 つくしはネガティブな独り言を溢しながら、玄関に向かってとぼとぼ歩き始める。


「図々しい変な女とか思われたくないですし。警察とか呼ばれたくもないですし」


 帰ろうとするつくしを見ながら俺の胸にはおかしな感情が渦巻いていた。


 つくしは本当に今晩野宿するのだろうか。


 制服を着た女子高生が。


 夕方五時に出会ってから現在まで四時間、こいつは一貫して俺に衣食住の提供を求めてきた。


 月から来たから帰るのを手伝って欲しいとか意味不明な事を言ってはいるが、コイツはそれ以上の要求はしてきてない。


 それにあんなに一気にオレンジジュースを飲む程に喉が渇いていたり、腹が空き過ぎてぐうぐう鳴っていたりもした。


 事実としてこいつは困っているわけで。


 俺だって自分自身の生活をするのに精一杯だし、女子高生と一つ屋根の下で暮らすのは色々とマズイのもわかってる。


 でも、どうしてだろうか、ついさっきまでは追い出す気でいたのに、コイツの悲しそうな顔を見ると判断が鈍る。


 捨て猫を見るような気持ちというか、父性本能とでもいうのだろうか。


 今晩だけ、今晩だけだ。


「今晩、とりあえず今晩だけはここに泊めてやる」

「え? 今何て言いました?」

「だから、今晩だけは泊めてやるって言ったんだよ」


 振り返ったつくしの目はうるうるとし始めて、あっという間に涙がこぼれた。


「ありがとうございますううぅぅ!」


 つくしは俺の部屋の中の短い廊下で思いっきり助走をつけて俺に抱き着いてきた。


 転びそうになるのをぐっと堪えて、俺は反射的につくしの身体を引き離した。


「バカやめろ! ここは日本だぞ。ハグとかナチュラルにするんじゃねぇ。お前は外国人かよ」

「はい、月から来ましたのでっ!」


 目を赤くしながらもつくしは笑顔でそう答えた。


「泊める前にひとつだけ条件がある」

「な、なんですか!?」

「靴脱げよ、外国人」

「あ、はい。すいません」




 そう言ってつくしは玄関へと靴を置きに行ったのだった。

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月に帰るのを手伝ってください! あと、衣食住の提供をお願いしますっ!! 七瀬 はじめ @mikitoshi

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