第六十二話 様子見と安堵

Szene-01 スクリアニア公国、ヴェルム城


「お帰りなさいませ。一部の情報しか耳にしておりませぬが、大変な状況だったとお聞きしております」

「ふっ、お前は城から去らなかったのか。街道沿いだけでなく、城内の兵もそのまま残っているようだな」


 スクリアニア公と執事は、居館の廊下を歩きながら話を始める。


「私は、閣下がご不在の際には城内を取り仕切るよう仰せつかっておりますので。閣下が襲われてからというもの、皆茫然としたまま何をすればよいのかわからずにいました。私もその一人ですが、それぞれ役割は決まっております。ならば閣下からの指示があるまでは、課された任務を遂行するのみではないかと皆に伝えたところ、思いのほか納得していただき今に至っております」


 スクリアニア公はヴェルム城のある町エーレヘルには、民や兵がほとんど残っていないものだと思っていた。

 しかしレアルプドルフからの帰路で自国領内に入り、他国を訪れた者のように辺りを見渡した公爵の目には多くの民と兵士が映り、前線に同行した時と同じように見えた。

 いや、確かに民や兵士が残っているので町そのものに変化が無さそうに見えるが、兵士や民は肩を下げて首をうな垂れている者ばかりだった。

 無理やりにでも士気が上がっていた時のことを思えば活気は乏しく、兵数で圧倒していた国が醸し出す雰囲気ではない。

 王室へと入ると、町の光景を思い出しながらスクリアニア公は話を続ける。


「レアルプドルフの要求を全て受け入れる形となった。今後のスクリアニアは大きく変わることだろう。一つの小さな町ごときに動かされるという、実に情けない結果となってしまった」

「そうでございましたか。閣下の中で一番避けたかった結果のように思われますが」

「お前も言うようになったな。ああ、その通りだ。レアルプドルフを封じ、スクリアニアの名を他国に知らしめる材料にしてやるつもりが、一番避けなければならない結末を迎えてしまった……そしてレアルプドルフを封じるという行為そのものが、あの町すら超えていないような弱小国であると知らしめることになっていた。どうにも笑えなく、そしていい笑いものだ」


 スクリアニア公は息を長めに吐き、女中が運んできたティーを受け取って一口飲んだ。


「喉を潤すことすら忘れておったな。どうりで不味い話しか出てこないわけだ」

「それでは今後スクリアニアはレアルプドルフに従うのでしょうか」

「俺がそんなことをすると思うか? 受け入れた要求は、あくまでも今回の敗戦に対しての代償というだけだ。現状、近隣の国や町からのレアルプドルフに対する関心は高まっている。ならばそれを利用して他国への牽制に使うのだ。レアルプドルフは俺の命を奪わなかったがために、完全な勝利をおさめ損ねたのだよ。スクリアニアは笑いものではなく、笑う立場になるのだ。笑うのは常に俺でなければならない」


 椅子に座ったスクリアニア公にお辞儀をして王室を出た執事は、廊下にいた女中に言う。


「あの方は今までと何も変わっていない。レアルプドルフとの要求を全うした後、もしくは要求を無視した時点で計画を進めましょう。差し当たり様子見期間だと皆に伝えてください」

「わかりました、すぐに皆へ伝えますね。私は早く執事が君主になってもらいたいのですが」

「そんな器ではありませんよ。それに、スクリアニアに所属する町は国にこだわっていないのですから、元の町へ戻ることを選べば君主など必要なくなります。さあさあ、そんなことはまだ先の話、今を大事にしましょう」


Szene-02 レアルプドルフ、エールタイン家


 エールタインとルイーサを主人とする二組のデュオは、抱擁による労いのあと互いの家へと戻った。

 エールタイン家はヨハナが普段通り掃除や修復等を含めた管理や監視をしているおかげで、外出前よりも良い状態になっていた。


「なんだかずっと外にいたような気がしないや」

「ヨハナさんの手が入ると何でも素敵になりますね」

「そうなんだよね。ヨハナはボクにとって母や姉のような存在でいつもそばにいたからさ、ずっと何かしている姿を見ていたんだ。何をするにも丁寧で、ヨハナがいるだけで安心してた」


 家に入るなり暖炉の前で床に体を下ろして仰向けになった二人は、ぼーっと天井を見て話している。


「私も姿を見ているだけでエール様が安心できるように頑張ります!」

「いや頑張らなくても、もうとっくにいてくれることで安心しているよ……っていうか、いないと困る」


 エールタインは自分と同じ恰好をしているティベルダの手を掴んで言った。


「ヨハナさんより?」

「あはは、ヨハナと張り合っているの? そんなところで頑張らなくていいから。そろそろボクがどんな人なのかわかっていると思っていたんだけどなあ。ボクは、ボクにとって特別な人としか関わらないし、身内は無条件で特別扱い。ティベルダを選ぶ時も、色んな子と会った中でこの子とならって思えたから選んだんだ。始めは紹介所に行くのも嫌がっていたボクに選ばれたティベルダは特別に決まっているよ」

「あらあ、私ってエール様にとって特別……ふふ、ふふふ」


 ティベルダはエールタインに掴まれた手を動かし、指を絡ませてしっかりと握った。


「今さらなこと聞いたりしてさ、言わせたかっただけでしょ」

「ご主人様に言わせるだなんて、そんなことしませんよお。ちゃんと見てもらえているかなあって、時々心配になるんです」


 エールタインは握っている親指を撫でて言う。


「ボクとデュオを組んでいる人は誰?」

「私……です」

「この家でボクと一緒に住んでいる人は?」

「私です」

「ボクが家族として迎え入れたのは誰?」

「私……」

「ボクと同じ指輪をしている人は?」

「ごめんなさい、私はエール様を困らせてばかりの従者ですね」


 エールタインは握った手を離されそうになったが握り直して引っ張り、上半身を起こした。

 ティベルダの目をじっと見てゆっくりと顔を近づけると、ティベルダが目を閉じた。


「今日はどうしたの? 弱気なティベルダは初めて会った頃以来で珍しいし、いつもと違う可愛さがあって好きだよ。それと、弱気に見せてしっかり唇は待っている強気な所もね」


 エールタインはティベルダへ顔を近づけてから、人差し指をゆっくりと押し付けて言った。


「でもだーめ。たまには甘くない主人じゃないと可愛くない従者になってしまうからさ」

「そんなあ」

「ほら、ちゃんと元気じゃん。だから――」


 自宅で二人きりとなった少女デュオは、ようやく無防備でいられる時間を満喫できる喜びを実感する。

 互いの存在を確認するために手を握るが、もっと相手を探る欲求が芽生える。

 緊張の解ける度合いが増すにつれ、エールタインはさらなる安堵を求めて自身の全てを受け入れてくれるティベルダと唇を重ねた。


「――ご褒美だよ」

「なんだかエール様の方が嬉しそう」

「んー、どうかなあ」

「絶対そうですよお」


 エールタインは火照る顔を隠すようにティベルダの首元へ顔を隠した。

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