第六十三話 宴と来客
Szene-01 レアルプドルフ、一番地区酒場
スクリアニア公国から町を守ったレアルプドルフの剣士たちは、誰からともなく労いの宴を催して夜通し楽しんだ。
「おーい、エールが無くなっちまったよ。追加を頼むぜ」
「こっちもだ! 今日はいくら飲んでもいい日だ、じゃんじゃん飲むぞ」
ブーズから戻った支援部隊は町長から労いの言葉をかけてもらった後、案件や戦争の類から無事に帰ると催される恒例の宴を楽しんでいた。
今回の宴は日頃から憂いていたスクリアニア公国との戦いに勝利したということで、剣士たちはいつにも増して歓喜に満ち溢れている。
「こいつにまだ名前が付いていなけりゃ、エールタイン様の名前が由来ってことにできたのに」
「はっはっは、確かに! エールタイン様が活躍したおかげでエールのがぶ飲みが出来ているんだからなあ」
レアルプドルフは西から北東まで標高の高い山脈に囲まれ、雪解け水と湧き水が混ざった川を跨いでいる。
その恩恵で比較的綺麗な水に恵まれていることもあって、普段飲まれているのはティーだ。
そんなレアルプドルフは、街道を行き交う行商人や頻繁に交流している町から様々な物が手に入る。
ティーの葉と並んで手に入る飲み物は酒だ。その中でもよく飲まれているのがエールであった。
「いやいや、それはエールタイン様に失礼だ。せめてワインにしないと」
「普段みんながよく手にする物だから、気分が良くなると思ったんだよ」
「なるほど。安物だが町の誰でもエールタイン様に労ってもらえる良さか、高級酒で特別な時にしか手に出来ないことでエールタイン様への敬意を払うか……どちらも捨てがたい」
剣士同士の話に酒場の店員が割り込んだ。
「その話をエールタイン様が聞いたら困惑してしまいますよ。あの方は大胆だけど照れ屋さんだから。はい、追加のエールです」
店員は勢いよく木製の小樽を置いた。
「くーっ、そこがまた魅力なんだよなあ。お相手とかいたりするんだろうか」
「あー、それは……なあ」
「従者のティベルダが主人に絡む人には手厳しいから、簡単には近づけないらしい」
「強力な能力持ちだもんな。そりゃあしっかり主人を守っているだろうけど、敵じゃないなら話ぐらいは出来るだろう」
「……じゃあ、試してみろよ」
「いやいや、俺なんて相手にされるわけないだろ」
「お前じゃなくても相手にされねえよ。ティベルダが主人を守る理由ってのに難があるって話、聞いたことねえか?」
聞かれた剣士は首を捻ってから追加のエールを持った。
「主人を守ることは従者として正しいことだし、そこで難がある様なことなんて混ざりようがないんじゃ――」
「俺も噂以上には知らねえが、その……お前が気にしたお相手ってやつがティベルダかもしれねえんだと」
「あん? エールタイン様ってやっぱり男だったと?」
「じゃなくて――勘が悪いやつだな」
「あっ、そ……そうなのか。でも噂かもしれないし、たとえ本当にそうだとしてもエールタイン様が魅力的なことには変わりねえし」
「そ。結局みんなそういう答えにたどり着く。いつまでも見ていられる人が近くにいるってのはありがてえことだよ。そのおかげでエールが高級酒に思えるような美味さになるんだからよ」
宴に参加しているほとんどの剣士は、同じようなエールタイン話を何度も挟みながら酔いを楽しんだ。
Szene-02 レアルプドルフ、町役場
自宅で久しぶりにゆっくり休んだエールタインとルイーサは、それぞれの従者と共に町役場を訪れていた。
カシカルド王国の伝令と町長との話により決まった事柄を聞くために呼ばれたのである。
「すでに陛下とお約束されている件ではありますが、いかがなされますかな」
ローデリカからエールタインに対して出される話と言えば、顔を見せに行くことか、いっそローデリカの元で暮らさないかという誘いである。
「遠征から帰られたそうでしてな、ダン様と共に会われてからというもの、エールタイン様のことが気掛かりで仕方なくなっておられるとか」
「そんな……ボクのことなんて気にすることないのに。それより王様が遠征される方が心配だよ」
「エールタイン様、彼女は今でも一人の剣士としか思っていないのですよ。王様になったのはアウフ様との約束だったからであり、それ以上でも以下でもない。アウフ様に何かを伝えたい、一緒に何かを成し遂げたい――その思いが消えないままなのです。エールタイン様はアウフ様が何よりも大切にされていた方。今のローデリカには、エールタイン様を守ることがアウフ様と共に成し遂げる唯一の事である。まあ私の推測でしかありませんが、そのように思うのです。私の勝手な希望でしかないですが、出来るだけ彼女と会ってあげてください」
町長はゆっくりと、そして深々とエールタインに頭を下げた。
「ち、町長!? そんなことしないで、頭を上げてください!」
エールタインは町長の両肩を掴んで頭を上げるように頼んだ。
「ボクもよくローデリカさんのことを思うことがあるんです。それも今町長がおっしゃった事と同じように感じていました。でももしかしたら父さんの代わりでしかないのかなと考えてしまうこともあったので、また会って話したいと思っていたところです。スクリアニアとのことを一つ乗り越えたので、会いに行ってもいいですよ。むしろ今は会いたい気分です」
「ほんとに!?」
「え」
聞き覚えのある女性の声が、貫禄を感じるカシカルドの伝令の後ろから聞こえた。
町長と少女デュオが驚くより先に、伝令が体を震わせて振り返った。
「陛下!? 城から出られては困ります。ようやくツヴァイロートの民が落ち着いてきたところだというのに……」
「大丈夫よ、代役を頼んでおいたから」
「陛下の代わりなど誰が出来るというのですか。まったく、奔放過ぎて困りますな」
「そんな私にちゃーんと付いてきてくれているじゃない。その言葉、説得力に欠けるから一般剣士に降格してみる?」
「陛下が口にすることはほとんどが本気。冗談だと受け取り難いので、くたびれた剣士を驚かさないでもらいたい」
「あはは」
驚きが止まず、目を見開いたままのエールタインがゆっくりと伝令に近づいた。
気配に気づいた陛下と呼ばれている女性が、ちらりと片目を覗かせる。
エールタインは確信し、女性の背中に回り込むと両腕でがっちりと抱きしめた。
「くっ、さっすがエールね。捕まっちゃった」
「逃げる気が無かったじゃないですか。ローデリカさん、無茶はしないでください。ボクはいつでも会いにいきますから」
「あらまあ、そうなの? なら伝えてくれれば我慢してたのに」
「我慢、出来るんですか?」
「言ってくれるじゃない……うーんとね、出来ない」
「ははははは」
驚いたままの町長は、二人のやり取りを見ているうちにいつもの優しい笑みを浮かべて言った。
「陛下、ようこそレアルプドルフへ。まさかここでお会いできるとは思いもしませんでした。お元気そうなのは良い事ですが、エールタイン様を困らせると会ってくれなくなるかも知れませんぞ」
「町長、ほんっと久しぶりね! そちらもお元気そうで何よりよ。すぐに会いに来なくてごめんなさい」
「あなたのお気持ちはよく知っていますから、お気になさらず。それにカシカルドの王となったあなたとは仲良くしていたいですからな」
「そんなこと言わなくても、私はレアルプドルフの味方だから安心してちょうだい。むしろいっぱい頼ってもらいたいぐらいなんだから」
伝令がゆっくり立ち位置を変えると、エールタインに抱きしめられているローデリカの姿が露わになった。
ルイーサがカーテシーをするのに合わせて、二人の従者も挨拶をした。
「ルイーサに二人も久しぶり。相変わらず可愛いのね。少し分けてくれない?」
「陛下はとてもお綺麗なので、その必要は無いと思われますが」
「わあ、ありがと。ルイーサに綺麗って言われたから自信が付いたわ。傷だらけなのを隠してるだけなんだけどね。ところで……エールはいつまでそうしているの」
エールタインはローデリカの背中を強く抱きしめたままだ。
「すっごく落ち着くからつい――」
「嬉しいけどこれ……地味に関節固められてて、動けない」
「逃がしたくないから」
「あーん、そんな可愛いこと言わないでよ。国に持って帰っちゃう」
エールタインの気持ちをルイーサが代弁する。
「エールタインはスクリアニアとの戦いの後、抑えていた怖さが一気に出てしまっているんです。陛下はそれを感じてここまでいらしたのかと思いました。絶妙な来訪に驚くばかりです」
「いつも怖いのを抑えている子だってことはわかっていたけど、今回の戦いは特に酷かったでしょうね。えっと町長、中に入ってもいい?」
「もちろんですとも。役場では話す場所が狭いので、謁見部屋の方でゆっくりお話しされるといい。その間にダン様をお呼びします」
カシカルドの伝令は、エールタインに抱き着かれたまま謁見部屋へと向かうローデリカの護衛へと役を変えて付いてゆく。
ティベルダも両手が塞がっているエールタインの横に付くと、上着をぎゅっと掴んで離れないようにした。
思わぬ訪問者のために町長から呼ばれた剣士も護衛に加わって、役場前はにわかに賑やかな雰囲気へと変わった。
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