第六十一話 人の気持ち

Szene-01 レアルプドルフ、謁見部屋


 ティベルダによって体の自由を奪われ、強制的にレアルプドルフからの要望……いや、要求をスクリアニア公が了承する形で会談は締めくくられた。

 一方的な話をのむ形となったスクリアニア公だが、ダンと町長から聞かされた話とエールタインたちの様子や能力を目の当たりにしたことで、これまでとは違う考え方へと変わりかけていた。


「ザラには……ザラは能力を隠しているようだな。これまでの話の中で一度も能力について触れられなかった。まあ、俺も目の当たりにしたのは連れ去る時の一度だけだがな。あいつがあの能力を使わなければ、連れ去らずに済んでレアルプドルフに固執することは無かったのかもしれん。全ての理由にするつもりはないが、ずっと思っていたことだ」

「ザラに能力が?」

「お前が知らぬということは、やはり隠していたのだな。ふっ、気持ちは分からなくもない」


 ダンは目で町長に尋ねるが、少し目を見開いてから首を振った。


「もしかして会いたいのか? 会わせてくれと言いかけたように感じたぞ」

「――ふと考えはしたが、あいつは受け入れないだろう。ただ、もう一度能力を感じてみたいと思ったたけだ。あれは非常に心地よいものだが、本人は使いどころに困っているのだろうな」

「気になりますが、隠しているのなら今はそっとしておきましょう。今後は身近にいてくれるのだから、これまで私たちに話せなかったことを聞ける機会はいくらでもあるでしょうし」


 町長は普段のにこやかな顔に戻り、ザラと話す時間が出来たことを喜んだ。


「お話も形になったことですし、公爵殿をお送りするための馬車を用意させましょう」


 町長は謁見部屋の外で待機していた剣士に馬車の用意を頼んだ。

 待機している二人の内一人は馬車の用意を、もう一人が謁見部屋に入ってきて町長に耳打ちする。


「町長、昨日カシカルドからの伝令が来ました。宿で休んでいただいたのですが、早くから役場前でお待ちくださっているので、お急ぎください」

「ふむ、それは申し訳ない。すぐにそちらへ行きましょう」


 町長はダンに後を任せると、耳打ちした剣士と共に謁見部屋を出た。


Szene-02 スクリアニア公国、ヴェルム城


 スクリアニア公に仕えて参謀のような扱いを引き受けている執事は、城主が無事であると信じて城内の各所へ指示を出している。

 茫然としたままの兵士や女中は執事の指示に従うことしか頭が回らず、せっせと主君の帰城準備をしていた。

 妙な慌ただしさが漂うヴェルム城敷地内を、一人の男が走って居館へと向かった。


「執事を呼んでくれ」

「あ、はい、ただいま」


 男は居館前を歩いていた女中に出来るだけ息を整えてから頼むと、女中は男の勢いに釣られて急いで居館へと入った。

 呼ばれた執事が出て来て男に尋ねる。


「急いで来られたとのことですが、何事でございますか?」

「閣下についての情報を得たので取り急ぎお伝えしようと。レアルプドルフで会談の続きをされ、話し合いは決着したとのこと。お怪我は能力者により治癒されており、帰国の途に就かれるそうです。これらの情報はレアルプドルフの剣士が見張りに伝えてわかりました。お迎えの準備を進めてください」

「おお、ご無事なのですね! ご一報ありがとうございます」


 執事は兵士が走り去る姿を見送って、伝えられた情報を城壁の常駐部隊の耳にも入れた。

 すでに迎える準備を進めていた城内は、手の空いた者から城門へと集まり始めていた。


Szene-03 レアルプドルフ、町役場


 町役場前にはすでにカシカルドからの伝令が馬車と共に町長を待っていた。


「遠路はるばるお起しいただいたのにお待たせしてしまい申し訳ありません。私に御用があるとか」

「おお、町長殿。こちらこそ国の者が頻繁に出入りしてご迷惑でしょう」

「いえいえ、ローデリカ陛下が望まれることならば気持ちよく対応させていただきますぞ」

「それは助かる。今回参ったのは会談の結果はもちろんのこと、その後についての相談をさせてもらいたいのだ」


 伝令は、伝令役という点からみると明らかに度を超えた貫禄を漂わせて言う。


「その後についての相談?」

「うむ」


 思い当たる節があるような顔をした町長は、役場へ手を差し向けて入るように促した。


「では中へどうぞ」


Szene-04 レアルプドルフ、五番地区


 剣士が手綱を握る馬車に乗って帰国の途へ就いたスクリアニア公を見送った後、エールタインたちはダンから自宅に戻るよう指示を受けた。

 五番地区内の道をゆっくり歩きながら話をする少女たちは、久しぶりに見る自宅周辺の景色を見て全員が落ち着いた表情となっていた。


「ここの空気を吸うのが数年ぶりな気がするよ」

「ふふ、そうね。ただひたすら敵兵を倒して、エールタインの身を守ることに必死だったわ。おまけに敵国との戦いに参戦することが初めてで、さらには敵城にまで入って――長く感じて当然よ」

「ルイーサ、ボクの無茶な動きに付いてきてくれてありがとう」


 エールタインはルイーサの肩をしっかりと掴むと、思いっきりハグをした。


「ち、ちょっと、えーるたいん!?」

「なんて声を出してるのさ、剣士が戦い終わってお互いの存在を確かめられる。この瞬間が剣士にとって一番のご褒美でしょ」

「それは――そうだけど」

「ああ……安心する。二人とも生きているんだね。大変な事をやり遂げた後ってさ、頭は勝手に振り返るでしょ。そしたら急に怖くなってきちゃった。少しの間でいいから、このまま抱かせて」


 エールタインにがっちりと抱きかかえられたルイーサは、ぶら下げていた両腕を相手の背中へと回す。

 エールタインに負けないぐらいの力で抱き返し、体の密着度を上げて言った。


「あなたが震えていると、私が図太く見えてしまうじゃないの。そんなんじゃ可愛くて困ってしまう」

「迷惑……かな」

「抱き返している人に聞く質問ではないわね。あなたは私についてもっと知る必要があるわ」

「ルイーサ――」


 抱きしめ合う少女剣士を見る二人の従者のうち、一人が拳を強く握り締めて地面を蹴った。


 ――ドンッ!


 ティベルダは地面を蹴った足を捻ってヒルデガルドへ向くと、手を掴んでぐいっと引っ張り抱き着いた。


「エールタイン様の代わり?」

「ごめん、我慢できない」

「その素直なところ、ルイーサ様に似ていて大好きよ。私もルイーサ様と出来なくて同じ思いだし」


 ヒルデガルドはゆっくりとティベルダの背中へ両腕を回し、そっと抱えた。


「あの人に似ているの?」

「素直なところがね。ティベルダは素直でとても可愛いくて、何も言わなくても私のことを分かってくれる。それに加えて素敵な髪にきれいな目、強力な能力まで持ち合わせているから大好きになる理由ばかり。ルイーサ様への好意とは別物で、一番好きなの。とても不思議な感覚だから時々困惑してしまうけれど、二人とも一番好き」

「人の気持ちって、国の喧嘩よりずっと複雑だね。ただ好きで、一緒にいられるだけでいいのにな」

「国の喧嘩は人の気持ちが形になったものではあるけれど、なんとかしようと思えばなるものね。ティベルダの言う通り、人の気持ちが一番難しい」


 五番地区の緩やかな坂を流れる北風が、二組の少女剣士と従者を労うように撫でていた。

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