第十一話 従者のささやかな成果報告
Szene-01 エールタイン家
寒期を迎えたレアルプドルフは一晩で雪の厚化粧をした。
ティベルダの能力について情報を得たエールタインは次にすべきことを考えているところである。
模造短剣を回し投げ上げては見事に柄を掴むという、普段の手遊びをしながら。
ティベルダはというと、玄関周辺に積もった雪を除く作業をしている。
「これぐらいかな。んー冷たい!」
玄関の扉を閉めると早歩きで主人の元へ向かう。
「エール様、玄関前の雪を退けました」
暖炉の前で背もたれを前にして椅子に座っているエールタインが労う。
「お疲れ様。こっちに来て温まりな」
ティベルダは主人からの言葉を聞き終わる前に動いていた。
椅子をエールタインの後ろに寄せて、背中に抱き着く。
「エールさま、あったかーい」
「うわぁ。ティベルダは冷え切っているじゃないか」
エールタインはティベルダの冷たさに驚いて模造剣を落としそうになった。
「ヒールと炎、どちらが温まりますか?」
「暖炉の前なのにティベルダが抱き着いてからの方が温かいよ」
ティベルダは主人の背中から首へと抱き着く場所を変えた。
「ボクに触れる時は常にヒールしているから、ティベルダ自身の温かさを知りたいな……いや、なんでもない」
ティベルダの手を握り、エールタインが言う。
「こんなに冷たく……なのにどうして」
自身の首にしっかりと巻き付けられた腕へと握りを移してゆくエールタイン。
部屋の壁には、夕焼けのようなオレンジ色に照らされて映る二人の影が揺れている。
二人きりの静かな空間。
薪のはじける音と炎が空気を撫でる音は、寧ろ静けさを感じさせる。
ティベルダは抱き着いたまま耳元で囁いた。
「抱き着いた時は冷たかったですよね? 今私はヒールしていないのです。ほら、目を見てください」
耳元から頬ずりをするように顔を前に出すティベルダ。
エールタインは間近にあるその目の色を横目で確かめた。
「青い……ということは、今感じているこれが――」
「そうですよ、私の体温なのです。エール様と同じことを考えていたみたいですね。えへへ、嬉しいです」
言うが早いか頬ずりをするティベルダ。
エールタインは特に何も反応せず、そのままさせている。
「頬も冷たいねえ。雪かきを一人でするって言い張ったのはこのため!?」
「バレちゃいましたか。でもそれだけじゃなくて、エール様にゆっくりしてもらいたかったのです」
頬ずりを続けながらティベルダは言った。
エールタインは模造剣の先をティベルダに向ける。
「あのさ、いつも言っているよね。能力に頼る行動はしないようにって」
ティベルダはゆっくりと主人から離れてゆく。
「……ごめんなさい」
「あんまり主人に心配をかけないように! 可愛い助手が辛い目に遭うのは嫌だよ」
模造剣ではあるが、驚いた顔のまま剣先を見つめるティベルダ。
恐る恐る主人の前に回り込み、
怯えた表情になりつつも、主人に尋ねた。
「可愛いですか?」
「可愛いよ」
首を傾げてさらに主人へ問う。
「好きですか?」
「大好きだよ」
ティベルダは両手を床につく。
膝を前に出してエールタインに近づくと割座になった。
「エール様が大好きなんです! ヒールを止める練習をして、少しできるようになって、それで、えっと、それをお伝えしたくて……」
エールタインは目の前で必死に訴えるティベルダの頭を勢いよく抱きしめた。
一瞬ギュっと抱えると椅子を後ろへ軽く蹴り、下りて両腕ごと抱きしめなおす。
「わかってるよ。ちょっと意地悪しただけ。したいようにしてあげようと思っていたから、実は何とも思っていないんだ」
ティベルダの頭を思いっきり撫でるエールタイン。
言うのを我慢していたのか、心の叫びを漏らした。
「もう、可愛いんだから!」
「あの……お邪魔だったみたいですね」
二人きりの世界にお客さんがみえたようだ。
その客人はエールタインの父に仕えたヨハナである。
解けた雪のせいで所々濡れたまま、麻袋を小脇に抱えて立っていた。
勢いを断ち切られたエールタインは拍子抜けをしたようで、呆けた表情で振り返る。
「だ……れ?」
「私をお忘れになったと。ちょっと早すぎません? そりゃあお二人は仲がよろしいので私がいなくても、いえ、いない方がよろしいのでしょうけれど、それにしても――」
ヨハナは拗ねてしまったようで、一人早口で捲し立て始めた。
エールタインは返す機会を探っているのか、口をパクパクとしかできない。
「これだけ置いて帰りますね。お幸せに」
「ヨハナあ! 待ってよ。一緒に食べようよ」
麻袋からちらりと食材が顔を覗かせている。
「お邪魔しましたー」
エールタインはティベルダの頭に手を乗せてからヨハナの元へと急いで向かう。
扉を開けようとしたところでヨハナは肩を掴まれた。
「待ってって!」
掴んだ肩をそのまま手前に引き、強引に振り向かせるエールタイン。
ヨハナはそれに逆らうことはせず、素直に従った。
「一緒に食べようよ」
「混ざっても良いので?」
「もちろん! ヨハナを拒むわけがないよ」
エールタインの後ろからティベルダもニコリと微笑んで見せた。
「ティベルダ、元気そうで良かったわ……あなたの顔を見たら一緒に食事したくなっちゃった。エール様、ご一緒しても?」
「ぜひ! あ、ティベルダに伝えようとしたことを思い出した」
「何ですか、エール様?」
「剣士の仕事をもらいに役場へ行こう」
寒期の冷たさと静けさは、人の心を寂しくさせる。
町の民は家に籠りながら寒さと寂しさを乗り越える時期である。
ヨハナは笑顔を作り、改めてエールタイン家に入り直した。
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