第十二話 剣士、始動

Szene-01 エールタイン家


 高原地帯にあるレアルプドルフに訪れた寒期は終わりを迎えた。

 寒さは厳しくなるが降雪はそれほど無い。

 西方にそびえ立つ山々が形成する壁のような山脈が、雪雲の動きを阻むからだ。

 その代わりに寒気を流し込む。

 過ぎ去ったとはいえ気温は低いまま。

 しっかりと厚着をしたエールタインとティベルダは役場に向かおうとしていた。


「ひゃ! 寒いというより痛いわ。息も吸い難いほどですけど、行くのですか?」


 玄関を開けてみたヨハナは、両肘を抱えながらエールタインに尋ねた。

 手を手袋に深く収めながらエールタインは答える。


「今なら人も少ないでしょ? こういう時の仕事なら報酬が良いんじゃないかと思ってね」

「そんなに急がなくても……」


 準備完了しているティベルダは主人の傍についている。


「ティベルダの実家に送る報酬と、能力情報を収集する旅の資金を作らないと」

「それ、全部私の事ですよ。エール様は剣士の仕事をしたいのでは?」


 エールタインはティベルダの頭に手を乗せて言う。


「従者のことを知らなければ主人はやれないからね。それにさ、ティベルダの家族がボクを気持ちよく受け入れてくれたことが嬉しかったんだよ」

「今の私はカーベル家の一員。エール様のお気持ちは嬉しいですが……」


 ヨハナがティベルダの目の前で手のひらを見せ、話を止めた。


「エール様は剣士になったのよ。従者の実家に報酬を送ることも大事な役目なの。あなたが主人に仕える身として持った決意は素敵だけど」


 エールタインは半ば照れ笑いをしながら言う。


「そういう話はボクがいない時に……今でもボクのことを分かってくれるヨハナは大好きだけど」


 カーベル家の先代となったアウフリーゲンに続き、その娘であるエールタインと共に歩んできたヨハナ。

 主人より先に後輩へ向けて言葉を発したのは、エールタインへの強い思いがさせたのかもしれない。


「すみません、エール様」

「いや、何も悪くはないよ。ただ……恥ずかしいだけ! ティベルダ、行くよ!」


 ティベルダはヨハナにお辞儀をして、


「ありがとうございます!」


 と明るく元気に先輩へ挨拶をした。

 勢いよくヨハナの脇をかすめて家を出ていった。


「私は駄目ね。エール様離れが出来ないわ……」


Szene-02 ルイーサ家


「エールタイン様に動きがありました」


 頭のてっぺんにアムレットを乗せたヒルデガルド。

 目覚め後の乱れた髪を整えていたルイーサが答える。


「そう。彼女ならそろそろ動き出すと思っていたわ」


 毎日欠かさず行っている目覚め後の手入れ。

 とてもゆったりと行っているものだが、報告を聞いて外出用の支度に帰る。


「ヒルデも用意しなさい」

「かしこまりました」


 ゆったりした動きから一転、静かに急ぎだした主人に即応するヒルデガルド。

 寝巻にしているワンピースの裾を持ち、一気に脱ぐ。

 鞄の上に置かれた外着を掴むと頭からこれまた一気に着た。


「こちらにいらっしゃい」


 ヒルデガルドはルイーサに呼ばれると、静かに主人の前でしゃがんだ。

 ルイーサは従者の髪の毛を整えてゆく。

 続いてその場で立たせ、ゆっくり回るように合図をして着衣を確認。

 数種類あるタイツの中から指をさしたものを履かせる。

 ブーツを履き切る所まで見届けると一言。


「可愛いわ」


 外出時の恒例である。


Szene-03 レアルプドルフ南北街道、三番地区前


 薄い雪化粧をした町を眺めながら歩くエールタインとティベルダ。

 手をつないで町役場へと向かっていた。

 その後ろから固く歯切れの良い足音が近づいてくる。


「あら、エールタインじゃない」


 エールタインは振り帰り、見知った顔に微笑んだ。


「ルイーサだ。久しぶりだね……でもなんでこっちに?」


 不思議そうにエールタインが尋ねる。


「剣士に昇格したから引っ越したの」


 こぼれそうになる笑みを堪えるルイーサ。

 それを見て笑いを堪えるヒルデガルド。

 そのヒルデガルドを不思議そうに見るティベルダ。

 この四人が集まると見られる恒例の光景である。


「そっか、ルイーサも引っ越ししたんだ! どこどこ?」


 ルイーサは堪えていることを忘れたのか、笑みをこぼして答えた。


「私も……私たちは五番地区よ。あなたは?」


 ティベルダにちらりと目で挨拶をしたヒルデガルドだが、笑いを堪えるのに必死になっているようだ。

 目線を地面に向けたままとなった。


「そうなの!? ボクたちも五番地区だよ。どの辺?」

「あら、偶然ね。私たちはアムレットがいるから茂みのある所にしたの。地区道の中ほどよ」

「へえ、そうなんだ。うちは壁の手前だから奥の方。ルイーサの家に寄れるね」


 ルイーサは満面笑顔になり、興奮気味に答える。


「奥の方なのね。それならいつでも立ち寄れるじゃない。気にせず寄りなさいよ」

「うん、近くならいつでも話せるね……ところで今日はどこへ?」


 ルイーサはきょとんとした。


「それを聞きたくて呼んだのよ。どこへ行くの?」

「役場だよ、仕事をもらいにね」

「……しごと?」


 きょとん顔が解けないルイーサが続けて尋ねる。

 ヒルデガルドは笑いの峠を越したようで、ほぼ通常に戻っていた。


「今なら寒期の名残があるから魔獣も大人しいし、他の剣士も動く人は少ない……ってことで今なら報酬が高いかなと思ってさ」

「そ、そう……」


 ティベルダがエールタインの袖を引っ張る。

 ヒルデガルドの様子を見るのとは違い、ルイーサへは鋭い目線を浴びせ続けている。


「はいはい。それじゃあ行くね」

「じ、実は私たちも役場へ行くところだから一緒に行きましょう」

「そうだったの? それなら……」


 腕にティベルダがしがみつく。

 続けてグイグイと引っ張って歩き出した。


「ティベルダ、そんなに引っ張らなくても……」


 ルイーサはエールタインを追う。

 その後ろを付かず離れずの距離で付いてゆくヒルデガルドは、三人の様子を見ながら一人楽しそうにしていた。

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