第十話 従者の里にて
Szene-01 レアルプドルフ内ブーズ、東地区ティベルダ生家
「あそこに見えるのが私の家です……二度と帰らないと思っていたのに」
ティベルダが差し示す方向に一軒の家がある。
エールタインも視認したようだ。
「ここがティベルダの育った所なんだね」
「雪がこれだけ降っていれば人出も少ないはずなので、今のうちに行きましょう」
主人の手を引っ張り生家へと走り出すティベルダ。
エールタインはその足取りに合わせて続く。
目的地である家は少し古びているものの小さくはない。
ティベルダの家に着くと裏から老婆が現れた。
「ああ? ティベルダかい!?」
「おばあちゃん!」
ティベルダは主の手を放して老婆に抱き着きに行く。
勢いに負けそうになりながら老婆が受け止めた。
「どうしたんだい、帰ってきてはいけないよ!」
「違うの。ご主人様が家族に会いたいって言ってくださってね」
老婆は抱き着くティベルダの肩越しに、エールタインの姿を見た。
「あなたがこの子のご主人様なのですか?」
エールタインは満面の笑みを作り、老婆に答える。
「初めまして、エールタイン・カーベルと申します。ティベルダと契約した者です」
そう言うとエールタインは被っていたフードから頭を出す。
肩に掛かるサラサラとした銀髪が現れるが、会釈をしたことで肩から顎へと毛先が下りた。
「頭をお上げください! ご主人様が目下の者に頭を下げるなど、罰を受けてしまいます!」
慌てる老婆はティベルダを振り払ってエールタインに駆け寄る。
「お願いです。そのようなことは……」
「すみません、困らせてしまいましたね。罰などありませんから安心してください」
ティベルダが祖母に声を掛ける。
「おばあちゃん、驚いたでしょ。この方が私のご主人様だよ、素敵でしょ?」
「驚いたさ。女性に引き取ってもらえたとは運の良い子だよ。それにとてもお優しい方とお見受けする」
老婆は何かに気づいたようでハッとして目を見開いた。
「カーベルといえば、まさかあのアウフリーゲン様の!?」
姿勢を戻したエールタインはフードを被り直して言う。
「父のような剣士になるのが目標です。そして剣士になったので今後はティベルダも危険な事に付き合わせることになります」
エールタインの言葉を真剣に聞く老婆。
その姿を見てか、伝えたいことを一気に伝えてゆく。
「もちろん無事でいるよう最善を尽くしますが、一度ご家族に会わせてあげたくて。それと――」
ちらっとティベルダを見てから続けるエールタイン。
「とても良い子なのでこれを直接お渡ししたかったのです。もちろん今後も役人が届けに来ますが最初だけは。それにティベルダの生まれ育った場所を見ておきたかったから」
老婆の目からは涙がこぼれ、頬を伝っていた。
少し震えた声で答える。
「ティベルダは幸せに暮らしているのですな……良かった。それなら、良かった」
顔を両手で覆う老婆にティベルダが改めて抱き着く。
「私も驚いているの。とっても素敵な家族に加えてもらえた。だから安心してね」
「ああ、よくわかったよ」
老婆はティベルダの頭を撫でた。
「能力の方はどうなんだい? ここにいる間は発揮できなくて心配していただろう?」
「うん、なんだか色々できるようになったよ」
ティベルダが能力について話始めるのに合わせてエールタインも加わる。
「能力は衝撃的でした。ボクは能力について全くと言っていいほど知らなかったから」
老婆はエールタインが話始めると一言一句聞き逃すまいという姿勢に変わる。
立場に対して敏感になっているようだ。
エールタインは能力が発揮された状況や内容についてすべてを話した。
「ほほう。凍らせるのは確かフリーズ、爆発させたのはバースト……レイジだったか」
真剣な面持ちでエールタインの話に答えようとする老婆。
「確かそのような名が付いていたはず。初めて見られたのが遠い国だということまでは覚えておるが……」
老婆はさらに記憶の引き出しを開けたようで、情報を追加してゆく。
「東地区から能力者が生まれるのは、どうもこの地区で飲んでいる川の水が関係あるようじゃ」
次々に出てくる能力の情報に驚くエールタイン。
いつの間にか真剣に聞く方に回っていた。
「川の源泉がある山には光石が多い。それが関係あるのではないかという話を聞いたことがある」
エールタインたちが渡った川とは違い、ブーズ東側の森中を流れる小川がある。
その川があると思われる方向へ軽く腕を伸ばして話を続ける。
「東地区の住民はその川を生活に使っている。当然飲み水にも使う。光石の混じる鉱石に触れた水を飲むことが能力と関係があるかもしれんという話じゃ」
「凄い……。能力について詳しかったのですね」
エールタインは思わず大きな声を出してしまう。
「静かにされた方がよい。他の者に来ていることが知られると厄介なことになりかねませんのでな」
老婆が慌てて両手を出し、声を抑えるようお願いする。
「すみません。能力については西でも情報が入らないので驚いてしまいました」
「無駄に長く生きているからの。こんなことを伝えるぐらいしかできんのじゃ」
ティベルダが老婆の肩に手を置いた。
「おばあちゃん……」
「こちらも家でゆっくりしてもらいたいのじゃが、家族には後で伝えておきますで」
「こちらもいきなり来て申し訳ありません。ではこれをお渡ししておきます」
エールタインが重みのある皮の袋を差し出した。
「上乗せ金です。能力のお話を聞くこともできたし、直接渡せて良かった」
「なんと! 剣士様が直接お持ちになるなど……」
「そんなに気にしないでください。普段は役人が代わりに持ってきているだけで、剣士が渡していることに変わりはないのですから」
苦笑いをするエールタインは老婆の手を取り、革袋を渡した。
「迷惑は掛けたくないので、これで失礼しますね。能力の情報をたくさんありがとうございました。大事なお孫さんをお預かりします。大切にしますから安心してください」
頼りなく見える持ち方で革袋を握った老婆が答える。
「本当に素晴らしい主人に出会えてこの子は幸せ者だ。エールタイン様もご無事に過ごされますように」
エールタインはティベルダに帰る合図をする。
ティベルダは即反応して老婆から主人の横へと場所を変えた。
「よしよし、ちゃんと動けているじゃないか。家族には伝えておくからしっかりお役に立つんだよ」
「うん。おばあちゃんも元気でね」
「それでは失礼します。また来ちゃうと思うので、その時改めてお話ししましょう」
エールタインが軽く会釈をするとティベルダも同じようにした。
二人はティベルダの生家を後にして元の道を戻ってゆく。
「ティベルダの能力を引き出したのはエールタイン様、あなたじゃよ。英雄の血は受け継がれておるのじゃな」
一度通った道のため、エールタインは迷わず走る。
それに付いてゆきつつ後ろをチラリと何度も振り返るティベルダであった。
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