第三十七話 標的Ⅱ

Szene-01 レアルプドルフ二番地区前、東西街道


「連れ去られたってどういうこと!?」

「まだ理由までは分からないようです」


 アムレットからヒルデガルドに伝えられた情報により、ルイーサとヒルデガルドは急いで家から出た。

 ヒルデガルドが走りながら小鞄に手をやる。


「ありがと。西門を出たら頼むわ」

「何か連絡があったの?」

「はい。男数人が荷車を引いて西門を出たようです」


 ヒルデガルドは言った。


「門を出たらアムレットが様子を見に行ってくれます」

「頼もしいわね。とにかくどんな情報でも欲しいから助かるわ」


 西門に着いた二人は衛兵に尋ねる。


「ご苦労様です。今日荷車を引いた人たちが通りませんでしたか?」

「君たちは……討伐の時は凄かったね。見習いで功績を上げるなんて――」


 ルイーサはブーツで石畳を蹴り、衛兵の話を止めた。


「荷車を引いた者は通りましたか?」


 衛兵は驚いて一歩足を引いた。

 ルイーサの威嚇に近い態度に圧倒されつつ問いに答えた。


「荷車を引いて通る者ならたくさんいたけど」

「男数人なのだけど」


 ルイーサはヒルデガルドへ目をやる。

 ヒルデガルドはアムレットから追加の情報を聞き出していた。


「四人のようです」


 衛兵は樽の積み方で気になった男たちを思い出した。


「そういえば、ちょうど男四人組で油と豆を運んでいる者たちがいたよ」


 衛兵は続けた。


「樽の積み方に違和感があったから覚えている」

「樽の積み方?」

「ああ。たいていは横にして積むものだろ?」


 衛兵は不思議に思った時のことを思い出すように荷車の止まっていた辺りを見ながら話す。


「その者たちは縦に、それも両端に置いていたんだ。間に豆の入った麻袋を置いてね」

「確かに妙ですね。荷は確かめたのですか?」


 衛兵は片手を上げて自信あり気に答えた。


「そりゃ確かめたさ。それが仕事だからね」

「中身は?」

「樽は油で麻袋には豆だと――」

「確かめてはいないのですね?」


 ルイーサの突っ込みに言葉を詰まらせる衛兵。


「……油と豆」

「それは聞いただけですよね? 開けて見てはいないと」

「……見てはいない」

「ちっ」


 ルイーサは思わず舌打ちをした。


「ルイーサ様」

「つい、ね。それにしても荷の積み方は変ね。特に麻袋。たぶんそれね」

「そろそろ行かせたいのですが」

「わかったわ。衛兵様、通っていいかしら?」


 タジタジとなった衛兵はうなずいた。

 言葉を出せなかったようである。

 ルイーサとヒルデガルドは西門を出ていく。

 見習い剣士に敗北した衛兵は呟いた。


「……すごい圧だったな」


 西門から走ってまもなく、ルイーサとヒルデガルドは立ち止まった。

 ヒルデガルドはほぼ日が沈んで暗くなった街道上でアムレットを鞄から出した。


「頼むわね」


 アムレットは全速力で街道を走り、途中から森の中へ入った。


「アムレットは街道の先へ向かいましたので、私たちも街道を進みましょう」


 ヒルデガルドはランタンを灯した。

 改めて街道を走る。


「アムレットから連絡が来るまでひたすら走るだけね」

「お二人ともご無事だと良いのですが」

「それしか望んでいないわ」


Szene-02 ダン家


 ダン、ヘルマ、ヨハナの三人は、エールタインたちの帰りが遅いことを心配していた。


「なんだ、まだ帰っていないのか」

「ええ。遅いですよね」


 ダンと同じくヘルマも心配そうに言う。


「見習い剣士のお知り合いができたということで、お話が盛り上がっているのでしょうか」


 ヨハナは心配しつつも遅くなる理由を考えてみた。


「喜ばしいことではあるが、ここまで遅くするような子ではないのだが」


 エールタインは剣捌きに自信が無いこともあり、夜が更ける前に帰宅することを徹底していた。


「泉広場に行かれたことは分かっているので、私が見に行きましょうか」

「ヨハナなら大丈夫だとは思うが、もしものことは考えるべきだ」


 ダンは言う。


「行くなら俺とヘルマで行くが、過保護な気もするな」

「ダン様はエール様が可愛くてしょうがないですものね」

「こら、茶化す時ではないぞ。ああ、あいつは可愛いに決まっている。お前らだってそうだろう」


 ヘルマとヨハナは共に笑った。


「だからこそこうして全員が心配しているのですものね」

「そうだ。この家の要はあいつなんだよ」

「ではどうします?」

「……もう少し待ってみるか」


Szene-03 トゥサイ村北西部、賊のアジト


 新たな賊により拉致されたエールタインとティベルダ。

 二人はすでに両手両足を縛られている。

 ティベルダは目隠しもされていた。

 フードの男は目の色が変わってから発せられたティベルダの能力を見ている。

 彼は目から能力を発していると考えたようだ。


「さあてと。気晴らしをさせてもらいましょうか」


 フードを被った男がエールタインに近寄る。


「あんまり目立たない方が賢明なのですよ。あなたは目立ち過ぎだ」


 男はエールタインの頬を拳で殴った。


「うっ」


 殴った手をさすりながら男が言う。


「いやあ、久しぶりに殴りましたよ。普段は手を汚さないようにしていましたからね」


 さすっている手を見つめながら話を続ける。


「その僕に直接殴らせるなんてね。あなたはどこまで腹を立たせれば気が済むんですか、ね!」


 語尾を言うのに合わせてエールタインの頬を殴る。

 エールタインは気絶している所へ殴られていたので意識は戻ったがうつむいている。

 見ていないエールタインに向けて男は殴った手を振って見せる。


「殴る方も痛いんですよね。むかつくから殴るのに、殴るとこちらも痛い。納得いかないことばかりだ」


 次は足で鳩尾を蹴り入れる。

 エールタインはしばし息が出来なくなった。


「ははは、いいですねえ。僕は剣士ではないですよ? そんな奴にやられるのはどんな気分ですか?」


 そのまま連続で三回蹴りを入れる。

 エールタインは再び気絶をした。


「なんて弱いんだ。これが剣聖の弟子? これが剣聖の子供? 笑えないですよ」


 ぐったりとしたエールタインはそのまま放置される。

 賊は全員フードを被った男の周りに集まった。

 その時である。

 複数の声が重なった低い声が響き渡った。


「ゆ・る・さ・な・い」


 フードを被った男がティベルダを見た。


「気が付きましたか。あの時と同じ声ですね」


 彼はティベルダの能力を見たはずだが、動じているようには見えない。


「目を隠されてあの時と同じようにできるのかな?」


 目を隠されたティベルダの目の周辺は、紫色に光り出した。


「それでも試しますか。健気ですねえ」


 エールタインを縛り付けている縄が凍る。

 凍った縄の刺激でエールタインは意識を取り戻した。

 凍った縄はすぐに溶け、繊維が破壊されていた。

 フードの男は目を光らせるが自分に何も起こらないために大声で笑いだす。


「ははは! やはり何も出来ないようですねえ」


 ティベルダの目はオレンジ色へと変化した。

 エールタインはヒールを感じ取ったのか、瞼をしっかりと開ける。

 殴られた顔の腫れが引いてゆく。

 手首と足首も動かせるようになったようで軽く動かすと縄が解けた。

 そのまま連中に気づかれないよう静かに縛られていた場所から離れようとする。

 どうやらヒール効果で鳩尾の痛みも消されているようだ。


「できるだけ離れてください」


 その言葉を合図にエールタインはその場から全力で駆け出す。

 フードの男はその言葉に首を傾げた。


「何を言っている」

「お前に言ったのではない」


 ティベルダの声は再び複数の声となった。

 目隠しの淵からは真っ赤な光が放たれ始める。


「お前たちは微塵も残る価値が無い。エール様を傷つけた己を恨め、そしてあの世にも行けないことを悔やめ」


 賊の全員が真っ赤な光を見たまま動けなくなっている。


「き・え・ろ」


 ティベルダが発した言葉が能力を発動させる。

 集まっている賊の中心から強烈な爆発が起きた。

 エールタインはトゥサイ村の北西端が見える所まで走っていたが、それでも爆発を感じ取ったようで手近な岩場に身を隠す。

 しかし周辺は爆発に巻き込まれず、何も起こらない。

 エールタインは身を潜めながら辺りを見渡していた。

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