第三十六話 標的Ⅰ

Szene-01 ドミニク家、ルイーサの部屋


 エールタインに告白をした後のルイーサ。

 帰宅後は落ち着く気配が無かった。


「しちゃった、しちゃった、しちゃった! 告白をしてしまったわ!」


 部屋の中を歩き回りながら両手で顔を隠しているルイーサ。

 恥ずかしさに耐えかねているようだ。


「ふふふ」

「何よ。私は今大変なことになっているというのに」

「ルイーサ様がこんなに可愛いところを見ることができているのですから、嬉しいのです」


 ルイーサは両手を勢いよく下ろしてヒルデガルドをギロッと見た。

 しかし恥ずかしさには勝てないようで、再び両手で顔を隠した。


「ああもう! はあ、もう! どうしようかしら。どうしたらいいの!?」

「告白したのですから、あちらのお答えを待つしかないかと」


 指の間からヒルデガルドを見つめるルイーサ。


「お断りの返事だったらどうすればいいの? はいそうですか、とは終われないわ!」

「デュオとしてのお付き合いもお伝えしたのですから、悪い返事にはならないと思います」

「そうかしら」

「ルイーサ様が告白するほどの方です。信じましょう」


 ルイーサは大きくため息をついてベッドに座った。

 その時、ヒルデガルドの傍に置いてあるフタの開いた小鞄からアムレットが顔を出した。

 ヒルデガルドがそれに気づくとアムレットは鞄の中でクルクルと回る。


「どうしたの……えっ!? それでどこに……そんな……」


 アムレットから情報が入り込んだようだ。


「ルイーサ様、大変なことが起きたようです」


Szene-02 レアルプドルフ、西門


 魔獣討伐の一件から、門番の衛兵たちが以前とは違う緊張感を持つようになった。

 というよりは、平和ボケしていたというのが本音であろう。

 剣士は廃止されることなく、町を守る役を続けてきたのだ。

 なぜ無くならなかったのか。

 町は数ある国のどれかに所属するか、独立した町のどちらかを選ぶ。

 十年前、レアルプドルフを管轄下に置こうとしたカシカルド王国は、首を縦に振らないレアルプドルフに対して痺れを切らし、占領を企てる。

 武力による制圧を狙う王国に対して町は異議を唱え、町議会は満場一致で反攻するとした。

 かまわず宣戦布告してきた王国にレアルプドルフの剣士たちは牙をむく。

 そして剣士たちは町を守り切り、王国軍を退けた。

 その結果は周辺の他国や町が知ることとなり、それ以来レアルプドルフは独立した町となっている。

 その後孤立するのではないかという心配もされたが、周辺の町は友好関係を維持するために寧ろレアルプドルフとの交流を盛んにした。

 よって平穏な日々を送ることができていたため、剣士たちの気が緩みがちだったことは否めない。

 皮肉にも魔獣の登場によって意識を取り戻したと言える。

 そんな衛兵たちは町を出入りする者への改め作業に勤しんでいた。


「どうぞ、お気を付けて。次の方」


 四人の男たちが荷車と共に現れる。

 エールタイン達を襲った賊だ。


「これからどちらへ?」

「トゥサイ村です」


 荷車には樽が複数乗せられていて麻織物が被せられていた。

 衛兵は二人がかりで引いて来た荷車に目をやる。


「荷物を改めさせてもらうよ。樽の中身はなんだい?」

「油ですよ」

「結構な量を持っていくんだね。この袋は?」


 衛兵が荷台の両脇に置かれた樽の間にある二つの麻袋について問う。


「豆です。村ではどちらも手に入り辛くてね。色々と買い出しに来たってわけでして」


 しばし荷物全体を見回してから衛兵は手を上げた。


「通っていいですよ。ご苦労さんだね、相当重いだろう」

「そうなんですよ。それで二人ずつ交代で引いているんです」

「知っていると思うが、最近は魔獣も出てくるようになった。道中気を付けて」

「聞きましたよ。剣士様が討伐されたとか」


 二人の衛兵が顔を見合わせて軽く笑顔になる。


「剣士の存在を改めて知らしめる良いきっかけになったんじゃないかな」

「頼もしいですね」


 衛兵と話をした男が合図をすると、二人の男が荷車を引く。

 門から少し離れた辺りで賊の男たちは笑い出す。


「まったくお笑いだったな。その頼もしい剣士さまになる見習いがここに乗っているのも気付かないなんてよう」

「あれで衛兵なんだと。笑いをこらえるのが大変だったぜ」


 西門の衛兵は四人の男たちが去るのを見届けながら、もう一人の衛兵に話しかけた。


「なあ、あの荷物の置き方どう思う?」

「荷物の置き方? 落ちなきゃいいんじゃないのか?」

「でもさ、樽って横置きするだろ」


 荷車に乗せられていた樽は縦に並んでいて、荷台の両端に立てた間に麻袋が置かれていた。

 一人の衛兵はその置き方に疑問を感じているようだ。


「運ぶ人次第なんじゃないか? 好きな置き方ってあるだろうし」

「そうかな……」


Szene-03 トゥサイ村、賊のアジト


 レアルプドルフの西隣にあるトゥサイ村。

 そこにある賊のアジトへエールタイン達は運ばれた。

 気絶したままだった二人は麻袋から出されようとしていた。


「まだ気絶しているな。今のうちに縛っておけ」


 エールタインを羽交い締めにした男が袋から引きずり出しながら顔を間近で見て言った。


「おい、こいつ女みてえだな」

「はあ?」

「男にしては軽いし、やわらかい」

「お前さあ、とうとう趣味が変わっちまったか?」


 男たちの笑い声でエールタインが意識を取り戻す。


「うう……」

「やべえ、気が付きやがった」


 袋から全身が出されたところだ。

 目を開けると同時に異変に気付いたようだ。


「ぐっ、離せ!」


 脇を抱えられたまま上半身を動かそうとしているエールタイン。

 しかし抱えている男が抑え込もうとする。


「ここまで来て動かれちゃ困るんだよ」


 四人を仕切る男が指示をする。


「脚をおさえろ!」


 エールタインは抑えられようとしている両脚を振り上げて勢いを付ける。

 脚を振り下ろすのに合わせて両腕を伸ばし、スルリと羽交い締めから抜け出した。


「くそっ」


 羽交い絞めを抜けられた男が悔しがる。

 エールタインはそのまま跳ね上がって連中から距離を取った。

 男たちを見渡してから問う。


「お前たちは何者?」


 指示をしている男が答えた。


「何者? ははは! いいねえ。そんな聞かれ方をされたのは初めてだ」


 にやけた顔で男は続けた。


「お前たちがいなけりゃ助かる奴がいるんだよ。俺たちはその手伝いをしているだけだ」

「誰かに頼まれたってことか。剣士の中にそんな人がいるとは」

「レアルプドルフは外から見れば平和過ぎるんだよ。この村じゃ毎日生きるだけでも必死な奴だらけだ」


 男の仲間もそれにうなずいている。


「なぜボクたちが狙われた? もっと格が上の剣士たちがいるだろうに」

「お前たちがいなければ、と言ったはずだ。お前たちに消えて欲しいんだよ」


 四人を束ねている男が話している中、他の三人はエールタインからの攻撃に備える構えをした。

 ティベルダは、袋から出した男が床に下ろした時に目覚めた。


「ん……エール様?」


 四対一の状況の真ん中に寝転がっているティベルダは、エールタインを探した。


「やれ!」


 指示が飛ばされ、三人の男がエールタインに襲いかかる。

 エールタインは三人を難なくかわした。

 だがその直後足元に縄が数本現れ、勢いよく飛び出していたエールタインはつまずいて倒れてしまった。


「はっはっは! 無様だねえ。まあ、見習いだとこんなものなのかね。ほらお前ら拘束しろ」


 派手に転んだエールタインが立ち上がる前に、三人がかりで取り押さえる。

 羽交い絞めをした男がエールタインを抱えると、エールタインの身体をまさぐった。


「やっぱりこいつ女だ! 間違いない」

「エール様に触れるな」


 突然複数の声が混じったような怒りを感じる低い女性の声が響く。

 全員がピタリと動きを止めた。


「汚れた手で触ったな。ゆ・る・さ・な・い」


 エールタインが声に反応した。


「……ティベルダ、なの?」


 声の主はティベルダだった。

 目の色が紫色に変わり、瞳孔以外が光を放つ。

 表情を無くしたままエールタインに向けて真っ直ぐ立っていた。

 妖しい声で主人に語りかける。


「エールさまぁ、今助けて差し上げますからね」


 主人に微笑みを返すとすぐに怒りの形相へと変貌した。


「何だお前? 妙なことをしてんじゃ――」


 ティベルダは男の言葉を遮断した。


「だ・ま・れ」


 その言葉が発せられると賊の全員が紫に光り凍り付いた。

 所々氷の結晶が付いている。

 一瞬にして動きを封じ込めたようだ。

 続けて近くにあるささくれた木片が凍らされ、それをティベルダは拾い上げた。


「私のご主人様に触れた罰を与えなければね」


 賊の頭と思われる男に近づく。

 そして凍った木片を頭部から足元まで急所のすぐ傍へ次々に刺していった。

 同じように他の三人にも刺し終わるとエールタインに近づいた。

 エールタインはただ茫然と立ち尽くしている。


「エール様、お待たせしました。そんな汚いものからは離れましょう」


 主人を連中から離れさせる。


「地獄を見せてあげる。ふふ、ふふふ」


 ティベルダの口角が上がると男たちの氷が溶けて全員が倒れた。

 意識を戻された男たちは悲鳴を上げてのたうち回る。

 血しぶきを上げたのち、全員の動きが止まった。

 エールタインは一面血の海と化した目の前の光景を見たままだ。


「もう大丈夫ですよ。エール様を浄化しますね」


 ティベルダの目はオレンジ色に変わっていた。

 いつもと同じようにヒールを主人に流し込む。


「これでだいじょうぶ……です」

「ティベルダ!?」


 ティベルダは全身の力が抜けてエールタインに寄りかかる。

 そのままずり落ちそうなティベルダをエールタインは抱えた。


「力を使い過ぎたんだね。ボクへの気持ちが君の能力を引き出すことがよくわかったよ」


 従者を抱えたまま座り込むエールタイン。

 抱きしめる力を増す。


「お返ししないと、ね」


 エールタインがティベルダと唇を重ねたところで新たな声が聞こえた。


「は! これは凄いですね。こいつらでは力不足でしたか。いやあ珍しいものを見せてもらいましたよ」


 エールタインは声の主へと振り返った。


「誰だ!」


 振り返った先にはフードを被り布で口を隠した男が立っていた。

 ティベルダが葬った連中とは違い、聡明さが滲み出ている様相だ。


「誰かなど、どうでもいいじゃないですか。そいつらのことも分かっていないですよね」


 男は話を続ける。


「まったく、弱い方を確保しようとするから失敗するんですよ」


 男が話を止めた途端、仲間と思われる複数の男たちが二人に駆け寄った。

 手際よくエールタインとティベルダを引き離す。

 力が抜けたままのティベルダを担ぎ上げ運んでゆく。

 エールタインは動く間もなく首の根を殴られて気絶した。


「ここまで簡単にできていたのになぜ失敗するんでしょうねえ。結局僕が手を汚さなければならないとは。はあ、許し難い」


 そう言うと男は血まみれの男に唾を吐いた。


「行きましょうか」


 またしてもエールタインたちは拉致されてしまった。

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